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三章
93話 親子の国②
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倒れた子供はディウという名前を名乗った。
そして、その子から事情を聞いて怒りが収まらない。
もしも我が子が……そう思えば悔しさと怒りがこみ上げるのだ。
今はリルレットとテア、そしてイヴァがディウ君と交流をしてくれている。
同年代の子に囲まれて安心した表情を見せている事に安心しつつ、レティシア様と視線を交わす。
レティシア様の瞳にも、私と同様に燃え上がるような激情が宿っていた。
「絶対に、許せないですね……レティシア様」
「ええ……三歳なんて、愛情を受けるだけで良いのに」
感極まり、瞳を潤ませたレティシア様がディウ君を見る。
「あの子は強い子ね、そんな状況でもお母様を想って……」
「レティシア様、一つご相談があります、旅行を中断して……ディウ君のために」
「もちろん、あの子を放っておくなんてできないわ」
「ありがとうございます、お母様がディウ君を引き渡した事情は分かりませんが……まずは、幼子を痛ぶるような貴族には相応の報いが必要のはずですね」
互いの意思が決まり、その後は近隣の情報を集めてくれていたジェラルド様が帰ってきた。
子供達以外の大人が集まり、情報を共有する。
「件の貴族家ですが……恐らくキョウ国の伯爵家が怪しいかと、領民から子供を引き取った噂があります」
相変わらず、ジェラルド様の情報収集能力の高さに驚いてしまう。
いまは、何よりもそれが頼もしい。
「ではそこへ行き、ディウ君への所業の責を問いましょう。母親の所在も知る必要があります」
「その通りだな……カティが怒っているなら。俺も容赦せず潰そう」
沈黙して話を聞いていたシルウィオが口を開く。
あまり家族以外には感情的にはならないけれど、テアと歳の近い子供が受けた所業に当然ながら思うことはあるのだろう。
その瞳は、久しく見ていない鋭さがあった。
アイゼン帝国らしく、相手が決まったなら抵抗する間もなく制圧する。
その勢いは健在で、グレインも意気揚揚と頷く。
が……
「しかし、これはキョウ国の問題でもあります」
ジェラルド様の言葉、それは至極当然な外交上の問題であった。
「我らがアイゼン帝国が罰する事は、キョウ国としては良く思わないでしょう。自国の貴族の問題は、自国で片付けたいでしょうしね」
「ですが……キョウ国と情報共有している間に、伯爵家は証拠を隠蔽してしまいます」
グレインの言葉に、ジェラルド様が渋い表情で頷く。
外交上、私たちが大手を振って介入することは難しい……
特に帝国とキョウ国は親密国でもあり、今回のことでアイゼン帝国への印象を悪くするわけにはいかない。
以前のビモタ国のように、王が相手であれば圧倒的な介入も必要とならざるを得ないが、今回はただの伯爵位だ。
「いかがいたしましょうか……陛下」
「考えは変わらん。外交のために、幼子が受けた痛みを見て見ぬふりするなど……皇帝として、そのような帝国の恥を晒す気はない」
「っ! 私の思慮が浅かったです。陛下の言う通り……帝国の尊厳を守るためも竦む訳にはいきませんね」
ジェラルド様はそう言ったけれど。
もちろん彼が懸念する事も、シルウィオが語った帝国としての尊厳も二つ共に重要だ。
だから……それらを解決する方法を、私とレティシア様は考えていた。
「実は、提案があるのですが」
私の言葉にシルウィオ達の視線が集まる。
「カーティア様……? いったいなにを……」
「ジェラルド、聞いてあげて」
「レティシア?」
「貴方がよく私に話してくれるように、カーティア様には驚かされました……まさか、あのような案を考えつくなんて」
レティシア様は褒めてくださるけれど、私の拙い案を修正して完璧に導いてくれたのは彼女のおかげだ。
これは……私とレティシア様で考えた案といってもいい。
「カティ、聞かせてくれるか?」
「はい、シルウィオ。まず––」
皆へと計画を伝える。
帝国としてディウ君を救い、かつ国交にヒビの入らぬようにしつつ……
なにより、彼の母親の所在を知るための作戦を。
◇◇◇
「いやはや、よくおいでくださいました。アイゼン皇帝陛下」
キョウ王国の伯爵家。
その邸へと訪れた私達を、当主と奥様が歓迎してくれる。
しかし表情は若干のこわばりと、困惑が浮かんでいた。
それも当然だ……なにせアイゼン帝国皇族である私とシルウィオが素性を明かしてやって来ているのだから。
「急な来訪となり、申し訳ありません」
「い、いえいえ! 皇后様……私どもに御用があれば、なんでもおっしゃってください」
「ありがとう、私達が急にやって来たのは……内密でお願いがあるからです」
私の言葉を合図に、無言のままシルウィオが指を鳴らす。
瞬間、魔法により邸の全ての窓が閉まり、カーテンが閉まって外が見えぬようになる。
ほの暗い部屋となり、伯爵たちが息を呑む。
「ここから先は、内密でお願いできますか?」
「も、もちろんです。一体……なにを……?」
「実は、先日こちらで引き取ったという子供が……我がアイゼン帝国の皇族と遠縁であったと分かったのです」
「な……なんと!」
途端に瞳の色が変わる。アイゼン帝国の皇家と関わりが持てるという希望を見たのだろう。
当然ながら……口からの出まかせであるが、皇族が自ら来て、このシチュエーション。
信じてしまうのも無理はない。
「そのうえで、私達はその子を引き取りに来ました」
「ひ、引きとりにきた……? ど、どうして」
「これ以上、皇族の血をむやみに広げる訳にはいきませんから。当然の対応でしょう?」
「そ、その通りですね」
「もちろん、相応の報酬を考えております。協力してくれますか?」
報酬。そんな分かりやすい餌に伯爵たちは目の色を変える。
夫妻共に顔を合わせ、あっさりと頷いた。
どうやら……彼らにディウ君に対する愛はないようだ。
「もちろん協力します! ですが……あの子は今は家出をしており。まったく……困ったものです」
「あら、それは大変。その子は帝国が責任を持って見つけましょう。ですが……出て行くような事情がおありで?」
「……そ、その」
言いよどむ彼らに、少し苛ついてしまうのを堪える。
ディウ君の証言で全てを知っているが。
まだ……明かす時ではない。
「もしかすると、あの子へ酷いことをしたのでは?」
「っ!? い、いえ! 決してそのような」
「貴様ら……この俺に虚言を吐く気か?」
突然、無言を貫いていたシルウィオの冷たい一言に空気が変わる。
張り詰めるような威圧感に、伯爵たちは顔をひきつらせた。
「あ……あの……」
「全てを話してくれませんか。これは……その子の今後のケアのためにも重要なのです」
「……」
「もちろん、私達は責任を問わないと約束します。過去のことを罰する気はありません。正直に……今、全てを話してくれますか?」
蜘蛛の糸を垂らすかのように尋ねる。
責任を問わないといった私の言葉にすがるように、彼らは全てを話し始めた。
伯爵の奥様は子が産めず、そのことで跡継ぎがいないことに不安があった。
そのため、ディウ君には幸福な生活を約束すると告げ、母親から買収して跡取りとしたのだ。
しかし、当然ながら抵抗したディウ君へと……虐待行為をしてしまったと。
うん、やはり言い訳にもならぬ理由だ。
「申し訳ありません……私達は子の育て方を知らず、つい手を出してしまい」
「ですが……教育のためだったのです! これは全てあの子のため」
殊勝な態度で謝罪をしているが、証言はとれた。
よし……もう演技は終わり。
「子育てが初めてだからと……子に何度も暴力を振るう親がいますか?」
「え?」
「教育だからと、小さな子を痛めつける行為に……なんの正義があるというの?」
我慢を止めれば、抑えられぬ怒りが漏れ出てしまう。
私の子供達がディウ君のような扱いを受けたと考えれば、八つ裂きにしても怒りは収まらないだろう。
「伯爵という地位など、貴方達には見合っておりません。それどころか……人としても最低です」
「な、なにを……? まさか!? 私達を罰する気ですか!? 許すと約束を……」
「もちろん、約束は守ります。帝国も不用意にキョウ国に干渉はできませんから」
ほっとした表情を浮かべた彼らだけど、私は微笑んで言葉を続けた。
「ですが、外にいる人たちは許してくれますかね?」
「「……え?」」
シルウィオが再び指を鳴らせば、閉まっていたカーテンが開いていく。
外に居たのは、キョウ国の騎士団や……伯爵家の領民たち。
ジェラルド様達が集めた者達が、外にいて全てを聞いていた。
「な……え?」
「うそ……」
「さて、私達は約束を守ります。ただ……キョウ国は今すぐに貴方を罰するでしょうね? 全てを聞いてしまったのだから」
キョウ国では、児童の買収など重罪。
加えて領民の子供を伯爵家の跡取りと偽り、挙句に虐待とくれば当然ながら……重罪は免れない。
「伯爵殿、我らが騎士団は貴方の身柄を捕えさせていただきます」
鎧を着込んだキョウ国騎士団が、現行犯で伯爵を捕えようと動く。
ここまで聞いて、見逃すなどあり得ないだろう。
だが……伯爵家の当主はあがくように、奥様を騎士団へと突き飛ばして走り出した。
「どけ!」
「あ、貴方!?! 待ってよ! 私を置いていかないで!」
「うるさい! あんなガキが原因で、一生を終えるなど耐えられるか! 俺は逃げ––」
不運な事だ。
伯爵が逃げた先に待っていたのは、我が国でも最高の騎士だった。
グレイン……彼が目にも止まらぬ速さで剣を振るい、当主の足を貫いた。
「あ! あぐぅぅぅ!! い、いだいぃ!?!?」
キョウ国の騎士達は何が起こったか分からずに慌てていた。
いきなり伯爵家当主が倒れたのだから当然だろう。
よし、あまりの剣速に帝国が手を下したとはバレていない。
流石グレインだ。
「わ、私は……あんなガキに」
「そういえば、聞き忘れていた」
「え?」
呟きを漏らし、シルウィオが歩き出す。
そして、そのまま伯爵家当主の胸を踏みつけた。
「あぎぃ!?!!」
地面がひび割れる勢いで、骨が砕ける音が鳴り響く。
それでも死なぬように狙ったのだろう、伯爵は荒い息を吐いて生きていた。
「はひ……はひ」
「あの子の母親の居場所を教えろ」
「は……はひぃ」
まぁ、最後だけはシルウィオが手を出したけれど。
結果としては、騎士団が捕えた事になるので問題はないはずだ。
伯爵は生きているのが奇跡なボロボロの状態で、連行されていった。
◇◇◇
伯爵たちから聞いた、ディウ君の母親の元へと馬車で向かう。
その地へ近づくにつれて、ディウ君が見知った光景に瞳を輝かせる。
だが、同時に不安そうな表情もみせるのだ。
「どうしたの? ディウ」
「……」
「リルレット達が聞くよ?」
伯爵たちを詰めていた間、ディウ君と一緒に居てくれたリルレット達。
まるでお姉ちゃんや、お兄ちゃんのようにディウ君を気遣ってくれる。
イヴァはいつも通りだけど、ディウ君の傍を離れず見ていた。
「あのね……ディウ。ママに会えるのすごくうれしい……けど」
「けど……?」
「ママは、喜んでくれるかな? ママは、僕に居なくなってほしかったのかな?」
ディウ君が漏らした不安。
そんなことはないと、伝えようとしたが……リルレットとテアが優しくディウ君の頭を撫でた。
「大丈夫だよ、不安ならね……いっぱい……お母様に好きって言えばいいの。リルはそうしてるよ」
「……え?」
「テア達もね、寂しい時はお母様やお父様にいっぱい好きって言うんだ。そうしたら……二人とも返してくれる。ぎゅってしてくれるよ」
「イヴァも、ぎゅうしてもらってゆ」
「好きってちゃんと伝えたら……ディウ君のお母様も返してくれるよ! きっと!」
「……分かった、ディウも言う」
どうやら大人よりも、子供達で話す方が安心できたようだ。
ディウ君の決心がついた時には、目的地へと辿り着いた。
そして、皆が見守る中でディウ君が自身の家へと走って扉を叩く。
「だ、だれですか……っ!? ディウ!」
扉を開いたお母様らしき人が、ディウ君を見て驚きの表情を浮かべる。
そんなお母様へと、ディウ君は潤む声を出した。
「あ、あのね……ママ。ディウは……ママとずっと一緒がいい。大好きなママといるだけでいいの」
「ディウ……っ」
「だから、きらいにならないで。ずっといっしょにいて」
「っ!!!! ごめん、ごめんねディウ! 私が……馬鹿だったわ!」
お母様はディウ君を抱きしめ、涙を流す。
その姿に……愛が無いなんて私は思えなかった。
「ママ……」
「ごめんなさい……ディウはなにも悪くないよ。ママが悪いの、貴方が幸せになると思って……伯爵家に引き取ってもらうなんて」
「ディウは、ママといっしょが、いちばん幸せだよ」
「っ……ごめんね、ディウ。ごめんなさい……私」
「ディウ、寂しかった。怖かった……ママと会えないと思って」
「ごめん、ごめん……ディウ。私と……また暮らしてくれるの?」
お互いに大粒の涙を流しながら、お母様が尋ねた言葉。
当然、ディウ君は抱きつきながら答える。
「ディウはいっしょがいいの! それだけでいいの!」
「っ……ごめんね。ママが馬鹿だったわ。ママもディウが一緒なら……それだけで良かったのに」
「ママの馬鹿! ずっといっしょがいい!」
「ごめん、ごめんね。これからは……もう絶対に離さないから……」
「もう……ぜったいにはなさないで!」
「うん……絶対、絶対に離さないよ。ディウ」
親子共に愛情を伝え合い、もう離さぬと誓い合う。
きっと……お母様の謝罪の言葉は本当のはずだ。
お母様は、これからも後悔し続けるかもしれない。それでも、また共に暮らすうちに互いの傷が癒えていく事を願うしかないだろう。
私達は、二人が泣き止むのを遠くから見守った。
その後、ディウ君の母親に事情を聞いた。
どうやら父親が半年前に事故で他界してしまい……ディウ君を女手一つで育てる事になったようだ。
しかし、彼女の住む村はお金を稼ぐ手段が乏しい。
ディウ君の父親も出稼ぎをするしかなく、貯金も多くなかった。
懐が貧しい……そんな事情で、ディウ君が幸せになるならと伯爵家に渡したという。
当然、後悔して返してもらうように要求したが、法外な金額を請求され……それを稼ぐために日々を過ごしていたらしい。
「本当にありがとうございます……ディウは必ず、私が今度こそ自分で育ててみせます」
「働き口はあるのですか?」
「はい、隣街に引っ越せばなんとか……住み慣れないですが、仕方ないです。この村ではお金を稼ぐ手段はないですから」
そんな話をしていた時だった。
聞いていたレティシア様が、周囲を見渡して微笑んだ。
「あら、むしろ……好都合の場所に住んでいるわよ? これからここは、金脈となるのだから」
「え?」
困惑の声を出せば、レティシア様は指を刺す。
その方向が指し示すのは、植えられた見知らぬ草であった。
「あれが、私の探していたコメ。またの名をイネよ。本当に、この国で育てていたのね」
レティシア様の言葉に、ディウ君のお母様は戸惑う。
「あれが金脈? この村で育てていますが、家畜の飼料で安く買いたたかれている作物ですよ?」
「あら、それはあのイネが持つ本当の魅力に皆が気付いていないからよ」
私とシルウィオ。
それに皆が見つめる中、なぜか自分のことのように嬉しそうなジェラルド様がレティシア様の隣に立つ。
「皆さま、ここからは私の妻。レティシアに任せてくれますか?」
ジェラルド様の言葉に、レティシア様が頷く。
「皆様にお米の素晴らしさをお伝えしましょう。そのために……カレーライスを振る舞いますよ!」
か、かれーらいす?
それは……いったいなに?
そして、その子から事情を聞いて怒りが収まらない。
もしも我が子が……そう思えば悔しさと怒りがこみ上げるのだ。
今はリルレットとテア、そしてイヴァがディウ君と交流をしてくれている。
同年代の子に囲まれて安心した表情を見せている事に安心しつつ、レティシア様と視線を交わす。
レティシア様の瞳にも、私と同様に燃え上がるような激情が宿っていた。
「絶対に、許せないですね……レティシア様」
「ええ……三歳なんて、愛情を受けるだけで良いのに」
感極まり、瞳を潤ませたレティシア様がディウ君を見る。
「あの子は強い子ね、そんな状況でもお母様を想って……」
「レティシア様、一つご相談があります、旅行を中断して……ディウ君のために」
「もちろん、あの子を放っておくなんてできないわ」
「ありがとうございます、お母様がディウ君を引き渡した事情は分かりませんが……まずは、幼子を痛ぶるような貴族には相応の報いが必要のはずですね」
互いの意思が決まり、その後は近隣の情報を集めてくれていたジェラルド様が帰ってきた。
子供達以外の大人が集まり、情報を共有する。
「件の貴族家ですが……恐らくキョウ国の伯爵家が怪しいかと、領民から子供を引き取った噂があります」
相変わらず、ジェラルド様の情報収集能力の高さに驚いてしまう。
いまは、何よりもそれが頼もしい。
「ではそこへ行き、ディウ君への所業の責を問いましょう。母親の所在も知る必要があります」
「その通りだな……カティが怒っているなら。俺も容赦せず潰そう」
沈黙して話を聞いていたシルウィオが口を開く。
あまり家族以外には感情的にはならないけれど、テアと歳の近い子供が受けた所業に当然ながら思うことはあるのだろう。
その瞳は、久しく見ていない鋭さがあった。
アイゼン帝国らしく、相手が決まったなら抵抗する間もなく制圧する。
その勢いは健在で、グレインも意気揚揚と頷く。
が……
「しかし、これはキョウ国の問題でもあります」
ジェラルド様の言葉、それは至極当然な外交上の問題であった。
「我らがアイゼン帝国が罰する事は、キョウ国としては良く思わないでしょう。自国の貴族の問題は、自国で片付けたいでしょうしね」
「ですが……キョウ国と情報共有している間に、伯爵家は証拠を隠蔽してしまいます」
グレインの言葉に、ジェラルド様が渋い表情で頷く。
外交上、私たちが大手を振って介入することは難しい……
特に帝国とキョウ国は親密国でもあり、今回のことでアイゼン帝国への印象を悪くするわけにはいかない。
以前のビモタ国のように、王が相手であれば圧倒的な介入も必要とならざるを得ないが、今回はただの伯爵位だ。
「いかがいたしましょうか……陛下」
「考えは変わらん。外交のために、幼子が受けた痛みを見て見ぬふりするなど……皇帝として、そのような帝国の恥を晒す気はない」
「っ! 私の思慮が浅かったです。陛下の言う通り……帝国の尊厳を守るためも竦む訳にはいきませんね」
ジェラルド様はそう言ったけれど。
もちろん彼が懸念する事も、シルウィオが語った帝国としての尊厳も二つ共に重要だ。
だから……それらを解決する方法を、私とレティシア様は考えていた。
「実は、提案があるのですが」
私の言葉にシルウィオ達の視線が集まる。
「カーティア様……? いったいなにを……」
「ジェラルド、聞いてあげて」
「レティシア?」
「貴方がよく私に話してくれるように、カーティア様には驚かされました……まさか、あのような案を考えつくなんて」
レティシア様は褒めてくださるけれど、私の拙い案を修正して完璧に導いてくれたのは彼女のおかげだ。
これは……私とレティシア様で考えた案といってもいい。
「カティ、聞かせてくれるか?」
「はい、シルウィオ。まず––」
皆へと計画を伝える。
帝国としてディウ君を救い、かつ国交にヒビの入らぬようにしつつ……
なにより、彼の母親の所在を知るための作戦を。
◇◇◇
「いやはや、よくおいでくださいました。アイゼン皇帝陛下」
キョウ王国の伯爵家。
その邸へと訪れた私達を、当主と奥様が歓迎してくれる。
しかし表情は若干のこわばりと、困惑が浮かんでいた。
それも当然だ……なにせアイゼン帝国皇族である私とシルウィオが素性を明かしてやって来ているのだから。
「急な来訪となり、申し訳ありません」
「い、いえいえ! 皇后様……私どもに御用があれば、なんでもおっしゃってください」
「ありがとう、私達が急にやって来たのは……内密でお願いがあるからです」
私の言葉を合図に、無言のままシルウィオが指を鳴らす。
瞬間、魔法により邸の全ての窓が閉まり、カーテンが閉まって外が見えぬようになる。
ほの暗い部屋となり、伯爵たちが息を呑む。
「ここから先は、内密でお願いできますか?」
「も、もちろんです。一体……なにを……?」
「実は、先日こちらで引き取ったという子供が……我がアイゼン帝国の皇族と遠縁であったと分かったのです」
「な……なんと!」
途端に瞳の色が変わる。アイゼン帝国の皇家と関わりが持てるという希望を見たのだろう。
当然ながら……口からの出まかせであるが、皇族が自ら来て、このシチュエーション。
信じてしまうのも無理はない。
「そのうえで、私達はその子を引き取りに来ました」
「ひ、引きとりにきた……? ど、どうして」
「これ以上、皇族の血をむやみに広げる訳にはいきませんから。当然の対応でしょう?」
「そ、その通りですね」
「もちろん、相応の報酬を考えております。協力してくれますか?」
報酬。そんな分かりやすい餌に伯爵たちは目の色を変える。
夫妻共に顔を合わせ、あっさりと頷いた。
どうやら……彼らにディウ君に対する愛はないようだ。
「もちろん協力します! ですが……あの子は今は家出をしており。まったく……困ったものです」
「あら、それは大変。その子は帝国が責任を持って見つけましょう。ですが……出て行くような事情がおありで?」
「……そ、その」
言いよどむ彼らに、少し苛ついてしまうのを堪える。
ディウ君の証言で全てを知っているが。
まだ……明かす時ではない。
「もしかすると、あの子へ酷いことをしたのでは?」
「っ!? い、いえ! 決してそのような」
「貴様ら……この俺に虚言を吐く気か?」
突然、無言を貫いていたシルウィオの冷たい一言に空気が変わる。
張り詰めるような威圧感に、伯爵たちは顔をひきつらせた。
「あ……あの……」
「全てを話してくれませんか。これは……その子の今後のケアのためにも重要なのです」
「……」
「もちろん、私達は責任を問わないと約束します。過去のことを罰する気はありません。正直に……今、全てを話してくれますか?」
蜘蛛の糸を垂らすかのように尋ねる。
責任を問わないといった私の言葉にすがるように、彼らは全てを話し始めた。
伯爵の奥様は子が産めず、そのことで跡継ぎがいないことに不安があった。
そのため、ディウ君には幸福な生活を約束すると告げ、母親から買収して跡取りとしたのだ。
しかし、当然ながら抵抗したディウ君へと……虐待行為をしてしまったと。
うん、やはり言い訳にもならぬ理由だ。
「申し訳ありません……私達は子の育て方を知らず、つい手を出してしまい」
「ですが……教育のためだったのです! これは全てあの子のため」
殊勝な態度で謝罪をしているが、証言はとれた。
よし……もう演技は終わり。
「子育てが初めてだからと……子に何度も暴力を振るう親がいますか?」
「え?」
「教育だからと、小さな子を痛めつける行為に……なんの正義があるというの?」
我慢を止めれば、抑えられぬ怒りが漏れ出てしまう。
私の子供達がディウ君のような扱いを受けたと考えれば、八つ裂きにしても怒りは収まらないだろう。
「伯爵という地位など、貴方達には見合っておりません。それどころか……人としても最低です」
「な、なにを……? まさか!? 私達を罰する気ですか!? 許すと約束を……」
「もちろん、約束は守ります。帝国も不用意にキョウ国に干渉はできませんから」
ほっとした表情を浮かべた彼らだけど、私は微笑んで言葉を続けた。
「ですが、外にいる人たちは許してくれますかね?」
「「……え?」」
シルウィオが再び指を鳴らせば、閉まっていたカーテンが開いていく。
外に居たのは、キョウ国の騎士団や……伯爵家の領民たち。
ジェラルド様達が集めた者達が、外にいて全てを聞いていた。
「な……え?」
「うそ……」
「さて、私達は約束を守ります。ただ……キョウ国は今すぐに貴方を罰するでしょうね? 全てを聞いてしまったのだから」
キョウ国では、児童の買収など重罪。
加えて領民の子供を伯爵家の跡取りと偽り、挙句に虐待とくれば当然ながら……重罪は免れない。
「伯爵殿、我らが騎士団は貴方の身柄を捕えさせていただきます」
鎧を着込んだキョウ国騎士団が、現行犯で伯爵を捕えようと動く。
ここまで聞いて、見逃すなどあり得ないだろう。
だが……伯爵家の当主はあがくように、奥様を騎士団へと突き飛ばして走り出した。
「どけ!」
「あ、貴方!?! 待ってよ! 私を置いていかないで!」
「うるさい! あんなガキが原因で、一生を終えるなど耐えられるか! 俺は逃げ––」
不運な事だ。
伯爵が逃げた先に待っていたのは、我が国でも最高の騎士だった。
グレイン……彼が目にも止まらぬ速さで剣を振るい、当主の足を貫いた。
「あ! あぐぅぅぅ!! い、いだいぃ!?!?」
キョウ国の騎士達は何が起こったか分からずに慌てていた。
いきなり伯爵家当主が倒れたのだから当然だろう。
よし、あまりの剣速に帝国が手を下したとはバレていない。
流石グレインだ。
「わ、私は……あんなガキに」
「そういえば、聞き忘れていた」
「え?」
呟きを漏らし、シルウィオが歩き出す。
そして、そのまま伯爵家当主の胸を踏みつけた。
「あぎぃ!?!!」
地面がひび割れる勢いで、骨が砕ける音が鳴り響く。
それでも死なぬように狙ったのだろう、伯爵は荒い息を吐いて生きていた。
「はひ……はひ」
「あの子の母親の居場所を教えろ」
「は……はひぃ」
まぁ、最後だけはシルウィオが手を出したけれど。
結果としては、騎士団が捕えた事になるので問題はないはずだ。
伯爵は生きているのが奇跡なボロボロの状態で、連行されていった。
◇◇◇
伯爵たちから聞いた、ディウ君の母親の元へと馬車で向かう。
その地へ近づくにつれて、ディウ君が見知った光景に瞳を輝かせる。
だが、同時に不安そうな表情もみせるのだ。
「どうしたの? ディウ」
「……」
「リルレット達が聞くよ?」
伯爵たちを詰めていた間、ディウ君と一緒に居てくれたリルレット達。
まるでお姉ちゃんや、お兄ちゃんのようにディウ君を気遣ってくれる。
イヴァはいつも通りだけど、ディウ君の傍を離れず見ていた。
「あのね……ディウ。ママに会えるのすごくうれしい……けど」
「けど……?」
「ママは、喜んでくれるかな? ママは、僕に居なくなってほしかったのかな?」
ディウ君が漏らした不安。
そんなことはないと、伝えようとしたが……リルレットとテアが優しくディウ君の頭を撫でた。
「大丈夫だよ、不安ならね……いっぱい……お母様に好きって言えばいいの。リルはそうしてるよ」
「……え?」
「テア達もね、寂しい時はお母様やお父様にいっぱい好きって言うんだ。そうしたら……二人とも返してくれる。ぎゅってしてくれるよ」
「イヴァも、ぎゅうしてもらってゆ」
「好きってちゃんと伝えたら……ディウ君のお母様も返してくれるよ! きっと!」
「……分かった、ディウも言う」
どうやら大人よりも、子供達で話す方が安心できたようだ。
ディウ君の決心がついた時には、目的地へと辿り着いた。
そして、皆が見守る中でディウ君が自身の家へと走って扉を叩く。
「だ、だれですか……っ!? ディウ!」
扉を開いたお母様らしき人が、ディウ君を見て驚きの表情を浮かべる。
そんなお母様へと、ディウ君は潤む声を出した。
「あ、あのね……ママ。ディウは……ママとずっと一緒がいい。大好きなママといるだけでいいの」
「ディウ……っ」
「だから、きらいにならないで。ずっといっしょにいて」
「っ!!!! ごめん、ごめんねディウ! 私が……馬鹿だったわ!」
お母様はディウ君を抱きしめ、涙を流す。
その姿に……愛が無いなんて私は思えなかった。
「ママ……」
「ごめんなさい……ディウはなにも悪くないよ。ママが悪いの、貴方が幸せになると思って……伯爵家に引き取ってもらうなんて」
「ディウは、ママといっしょが、いちばん幸せだよ」
「っ……ごめんね、ディウ。ごめんなさい……私」
「ディウ、寂しかった。怖かった……ママと会えないと思って」
「ごめん、ごめん……ディウ。私と……また暮らしてくれるの?」
お互いに大粒の涙を流しながら、お母様が尋ねた言葉。
当然、ディウ君は抱きつきながら答える。
「ディウはいっしょがいいの! それだけでいいの!」
「っ……ごめんね。ママが馬鹿だったわ。ママもディウが一緒なら……それだけで良かったのに」
「ママの馬鹿! ずっといっしょがいい!」
「ごめん、ごめんね。これからは……もう絶対に離さないから……」
「もう……ぜったいにはなさないで!」
「うん……絶対、絶対に離さないよ。ディウ」
親子共に愛情を伝え合い、もう離さぬと誓い合う。
きっと……お母様の謝罪の言葉は本当のはずだ。
お母様は、これからも後悔し続けるかもしれない。それでも、また共に暮らすうちに互いの傷が癒えていく事を願うしかないだろう。
私達は、二人が泣き止むのを遠くから見守った。
その後、ディウ君の母親に事情を聞いた。
どうやら父親が半年前に事故で他界してしまい……ディウ君を女手一つで育てる事になったようだ。
しかし、彼女の住む村はお金を稼ぐ手段が乏しい。
ディウ君の父親も出稼ぎをするしかなく、貯金も多くなかった。
懐が貧しい……そんな事情で、ディウ君が幸せになるならと伯爵家に渡したという。
当然、後悔して返してもらうように要求したが、法外な金額を請求され……それを稼ぐために日々を過ごしていたらしい。
「本当にありがとうございます……ディウは必ず、私が今度こそ自分で育ててみせます」
「働き口はあるのですか?」
「はい、隣街に引っ越せばなんとか……住み慣れないですが、仕方ないです。この村ではお金を稼ぐ手段はないですから」
そんな話をしていた時だった。
聞いていたレティシア様が、周囲を見渡して微笑んだ。
「あら、むしろ……好都合の場所に住んでいるわよ? これからここは、金脈となるのだから」
「え?」
困惑の声を出せば、レティシア様は指を刺す。
その方向が指し示すのは、植えられた見知らぬ草であった。
「あれが、私の探していたコメ。またの名をイネよ。本当に、この国で育てていたのね」
レティシア様の言葉に、ディウ君のお母様は戸惑う。
「あれが金脈? この村で育てていますが、家畜の飼料で安く買いたたかれている作物ですよ?」
「あら、それはあのイネが持つ本当の魅力に皆が気付いていないからよ」
私とシルウィオ。
それに皆が見つめる中、なぜか自分のことのように嬉しそうなジェラルド様がレティシア様の隣に立つ。
「皆さま、ここからは私の妻。レティシアに任せてくれますか?」
ジェラルド様の言葉に、レティシア様が頷く。
「皆様にお米の素晴らしさをお伝えしましょう。そのために……カレーライスを振る舞いますよ!」
か、かれーらいす?
それは……いったいなに?
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