死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

文字の大きさ
97 / 105
最終章

124話 ヒルダside

しおりを挟む
「どうして……アドルフに会いたいだなんて」

 私の願いを聞いて、カーティアは分かりやすく困惑を示す。
 その瞳には困惑と警戒、そして疑問がありありと含まれていた。
 当然だろう、かつて魅了により操っていたグラナート王国の元国王……アドルフと会わせろだなんて。

「ただ、彼が見てみたいだけ」

 私は理由をはぐらかす。
 言える訳がないからだ。
 散々、多くを不幸にしておきながら……この心の内に抱えていた苦悩を吐いて楽になる気はない。

 そう。私の過去。
 それを話して、今更どうして欲しい訳でもない。
 ただ、ただ……この苦悩を少しでも晴らしたいだけだと私は思いながら、過去を思い出した。



   ◇◇◇◇


 幼少期、私はナーディス家に生まれた長女として愛されていた。
 我が家はそれなりに裕福で、いつも頬笑みに溢れた家庭だったのを今でも覚えている。

『ヒルダ、今日はどんな遊びをしたい?』

 兄がそう言って、微笑む。
 兄の優しい声は、幼い私の心を常に安心させてくれた。

『お兄ちゃん、庭でかくれんぼしよう!』

 幼少期の私は無邪気に答えて、兄と一緒に庭に飛び出した。
 緑あふれた庭園にて、朝露に太陽の光が輝く中で兄妹で走り回って遊んだ。
 それを見に来た両親が、微笑んで食事の支度ができたと私達を呼ぶ。

『ヒルダ、またご飯食べた後も遊ぼうね』

『うん! お兄ちゃん!』

 笑い声が絶えなかった。
 あの記憶を思い出すだけで、私は満たされた気持ちになれる。

 けれど、そんな楽しい日々の裏では、私はある事に気付いていた。
 両親は頻繁に貴族を屋敷に招き、何やら話し込んでいる様子。
 私はそれが気になって仕方がなくて、ある日、母に尋ねてみた。

『お母様、みんなで何を話しているの?』

 私の言葉に母は驚いた表情を見せて、取り繕うように微笑んだ。

『ヒルダ、そんなことを気にしてないで。子供には難しい話だから』

『でも、でもね……まほうがどうのって話してるのきこえて。ヒルダ……すっごくきょうみあるの。いっしょにきいたらだめ?』
 
 私が食い下がると、母は表情を曇らせる。
 その瞳はなにかを迷っていたが、やがて首を横に振った。

『駄目よ。お兄ちゃんと遊んできなさい』

 なぜか普段は笑顔の母が、その話をする時だけは冷たかった。
 それがたまらなく、気になっていたのだ。
 だが、その答えを聞く前に……あの日は訪れた。

『ナーディス家に対して、禁忌魔法使用という重大な罪を犯した疑いがある。よってこれより! 我がカルセイン王国の規定に従い、強制調査へと移行する!!』

 そんな口上を述べて、カルセイン王国の騎士団が屋敷に踏み込んでくる音が響く。
 荒々しく床を駆ける足音、鉄の鎧が鳴り響く。
 
『……』

 父と母が、騎士団の調査を見ながら……ばつの悪そうな顔をしているのが私には分かった。
 二人の手が震えて、私と兄を抱きしめていた。

『団長! これっ!?』

『っ!』

 騎士団の団長と思わしき人が、ある本を手に取って両親を見つめる。
 途端に、騎士団の目の色が変わったと私にも分かった。

『禁忌魔法に関する禁書を発見。加えて地下室にも魔法を使ったと思わしき痕跡がある』
『これより、ナーディス家を第一級禁忌魔法使用容疑にて、強制連行させてもらう!』

 叫ぶ騎士が、即座に私達へと手を伸ばす。
 第一級禁忌魔法使用、その罪は使った本人だけではなく、家族すらも処罰する重い罪。
 それを知っていた両親だからこそ、判断は早かった。

『逃げなさい! お兄ちゃんはヒルダを連れていって!』

『え?』

『早く!』
 
 両親が突然、魔法を使って騎士団へと放つ。 
 轟音が鳴り響き、怒声と共に返す魔法がこちらへと向けられ、屋敷の壁が、床が、思い出が粉々に崩れていく。
 瞬間、両親へと魔法が飛んで、炎が燃え盛る。

『ヒルダ! こっち!』

 ただただ恐怖に震えていた私を、兄が手をとって走り出す。
 その手には、両親が奪い返して渡したのだろう……あの禁書があった。

『捕らえろ! すぐに!』

 騎士団の声を背にうけながら、逃げる兄と共に屋敷を出て走り続ける。
 雨が降ってきて……息も荒くなって、徐々に視界さえ霞んでも足は止められなかった。

『ヒルダ……ごめん』

『お兄ちゃん?』

『こっから、あるいていって。逃げるんだ。生きて……』

『どうして……どうしてあんな事になったの? お兄ちゃん』

『…………ごめん』

 兄は私を抱き上げ、見知らぬ馬車に乗せた。
 そのまま馬を叩いて、走り出して遠くなっていく兄の姿に目線が離せなかった。
 豆粒ほどになった兄の場所に、やがて騎士団の魔法である業火があがった姿を最後に……私は走り出した無人の馬車の中で、涙を流し続けた。

『なんで……私は……』

 声にならない叫びが胸を締め付ける。
 両親や家族を奪われた私の心には、深い悲しみとともに、カルセイン王国への怒りが渦巻いていた。

『私は幸せを、どうして奪われなくてはならないの?』

 呟いたあの瞬間から、私は芽生えた感情に囚われた。
 それは怒り、復讐の炎だ。
 カルセイン王国が私の家族を奪って、不幸にした……

 家族を奪われ、いまや心の指標もなくなった私はただ……
 ただ怒りに身を任せ続けた。
 その後……後悔を胸に刻むとも知らずに。
しおりを挟む
感想 1,018

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。