【完結】冷遇された私が皇后になれたわけ~もう貴方達には尽くしません~

なか

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劣等感④ セドアside

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 クロヴィスはこの一年間で、本当に皇帝という座についた。

 帝国全土に広がっていた魔物という不安を払い、対抗する騎士団の育成に力を注いだ。
 それに貴族や民が賛同して協力をする事で、この帝国はたった一年で見違える平和を得たのだ。

 俺にはその栄光に対して抗う術はなく、無残に落ちぶれていった。
 元からポーションを頼みの綱に広げていた交流、ラシェルを虐げていたという噂が広まったと同時に、人心は簡単に消え去ったのだ。

 父上も同様だ。
 あれから体調をさらに崩して病床に伏した父上には、なにも出来なかった。
 いや、きっと父上が健康であっても無意味だっただろう。

 クロヴィス……奴が皇帝になろうとする執念は、すさまじいものだった。
 仮初の身体で睡眠が不要だからと、時間を問わずにこの帝国のために尽力して、その身がいくら傷つこうとも、いくら朽ちていこうとも歩みを止めなかったのだ。

 そんな奴に、俺が対抗などできるはずもなかったのだろう。

「はは……俺は結局、見下していたあいつに、魔力だけでなく……全てが負けていたんだな」

 情けない。
 自分の惨めな姿が、あまりに情けなくて笑いがこみ上げる。

「セドア。入るぞ」
 
 ノックと共に、忌々しい奴の声が聞こえた。
 入るな、と言えるような立場は俺にはない。
 黙っていれば、クロヴィスは何も言わずに扉を開いて俺の私室へと足を踏み入れた。

「今日をもって、俺は皇帝に即位した」

「そう……みたいだな。式典の時の民からの歓声がここにまで聞こえたよ。満足か? 俺から皇位を奪って……」

「満足だよ。これで……ラシェルを救えるからな」

「くっ……」

 分かっていた。
 こいつが皇帝に即位した瞬間、俺の罪は全てが明るみにされて断罪される。
 クロヴィスを殺そうとした罪もあるが。
 以前と違い、ラシェルはポーションを多くの人々へと届けて救国の女神とまで賞賛され始めているのだ。

 そんな彼女を虐げていた事実だけで、俺には断頭台がお似合いだろう。

「お前には、相応の償いをしてもらう。セドア、お前は……」

「……」

「流刑だ。全ての富を捨て……辺境の地で暮らせ」

「……は?」


 何を言っている。
 斬首、断頭台へ上がるのが俺の罪だったはずだ。
 なのに、流刑だと?

「父上も同様だ。俺を殺そうとした一級魔術師は、他国での強制労働を命じている」

「クロヴィス……どういうつもりだ! なぜ……俺を殺さない!」

「……」

「情けのつもりか?」

「ちげーよ。俺は直に死ぬのに、お前が先に待ってるなんて、気に喰わないだけだ」

「っ!?」

 なにを考えている。
 俺は、お前を殺すように命じた張本人だぞ。

 なぜ、殺さない。
 俺が憎いはずだ。
 なのに……どうして……

「見下しているのか? そうやって情けをかけて、俺を助けたつもりか? クロヴィスッ!! 思い上がるなよ! 俺はお前に情けをかけられるまで落ちぶれてはいない!」

「思い上がってるのは、お前だよ。セドア」

「なにを……?」

「自分の姿、鏡で見てみろよ」

 そう言って、クロヴィスは鏡を指さした。
 動きに合わせて視線を送れば、そこに映る自身の姿に驚愕する。

「なんだ……これは……」

「とっくに落ちぶれてんだよ。お前は……」

 鏡には、みずぼらしい男が映っていた。
 髪は乱れて脂にまみれて、服も汚れているのに着替えてもいない。

 髭は伸び荒れて、腕も枯れ枝のように細い。
 これが……俺だというのか?

「俺はこの一年で身体が朽ちたが、お前は精神が朽ちてたみたいだな」

「……そうだ。俺は、俺は……全てを失って、この部屋で一年……」

「流刑前に、身の回りだけは整えておけ。お前は一応……皇族だからな」

「クロヴィス……俺を、恨んでいないのか? いっそ殺してくれ。落ちぶれた俺に未来などない!」

「俺は殺さねーよ。お前は、たった一人の兄上からな」

「え?」

「じゃあな。流刑の地は極寒で気を抜いたら死ぬからな。無駄死にしない程度に頑張ってろ」
 
「待て! クロヴィス……俺は、お前に……」

 呼び止めようとも、クロヴィスはこちらには視線も向けずに去っていく。
 残ったのは、みすぼらしいまでに落ちぶれた俺だけだ。

 下民の血が混ざっているとクロヴィスを見下し、皇族の血統に囚われ。
 傲慢な考えで身を滅ぼした愚か者の傍には、もう誰もいなかった。






   ◇◇◇


 とりあえず身を正し、流刑のために用意された馬車に乗りこむ。
 だが、そこには驚くべき人物がいた。

「っ!? エ、エミリー!?」

「お久しぶりです。セドア様」

 驚いたことに、そこにはエミリーが居た。
 俺の婚約者候補だった一人で、ラシェルを共に虐げていた女性だ。

「どうして、ここに……」

「どうしてって、私も同じ罪ですよ。ラシェルを虐げていた罰です。無罪とはいきませんから」

「……そうか。君も……流刑に……」

「でもセドア様。私はこれを望んでいたのです。落ちぶれた先でも貴方と一緒なら、少しも苦ではありませんわ」

 そう言って微笑むエミリーだが。
 ずっと疑問だった。

 彼女は婚約者候補だった頃から、こうして俺に好意を抱いてくれていた。
 だが、それほどまでの想いを向けられる理由を俺は知らない。

「エミリー……君は、どうしてそこまで俺に好意を……」

「あら、お忘れなのですか? セドア様」

「忘れた? なにを……」

 会話の途中、馬車が大きく揺れる。 
 俺達はこれから果ての地と呼ばれる流刑の領地へと送られるのだ。

 だが、目の前のエミリーはむしろ嬉しそうに俺へと言葉を返した。

「私は学園にいた頃、周囲に溶け込めず孤独だった私へと話しかけて、ランチを一緒に食べてくれたじゃないですか」

「そんな……事でか?」

「そんな小さな優しさが……死を考えていた私を、救ってくれる事もあるのですよ。セドア様」

「エミリー……」

「ふふ、ようやくラシェルではなく。私を見てくれましたね」

 ほんの少しの優しさ。
 それが、彼女が俺を想ってくれる理由になったのだろう。

 思えば誰かに優しくした記憶なんて、ほとんどない。
 それほどまでに、俺の心は醜く歪んでいたのだろう。
 誰かに優しくした記憶など、極み僅かしか……
 



『兄上……おんぶしてください』



「っ!!」

 記憶の彼方にしまっていた思い出が蘇り、思わず身体が跳ねる。
 肩に寄りかかっていたエミリーは驚いていた。
 
「ど、どうしたのですか? セドア様……」

「……なぁ、エミリー。俺は……大きな間違いを犯していたのかもしれない」

「私もですよ。それでも、流刑の地で贖罪のために暮らすのも悪くはありませんわ」

「でも、やり直したいと言えば……協力してくれるか? エミリー」

「……え?」

 このまま落ちぶて死んでもよかった。
 しかし、今しがた思い出した記憶がその考えを振り払い、この惨めな場所からせめて一歩だけでも這い上がる力を蘇らせる。


「エミリー、頼みがある」
 
「なにを……」

「これから俺と共に……足掻いてくれないか?」
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