13 / 30
11話
しおりを挟む
『馬鹿だよな、あの女』
『ほんっとうに都合の良い女』
暗闇の中で彼らの声が響いて止まらない。
逃げようと走ってもその場を動けなくて、足がもつれて上手く走れない。
『平民がでしゃばるなよ』
『出ていけ』
嫌だ。
否定しようとしても声は出ず、ただ聞こえてくる罵声に心が締め付けられる。
嫌な汗と、手足に力が入らない。
気付けば、私は崖に落ちていくように下へ下へと落ちていく。
自分が死んでしまうと思い、どうしようもない無力感に襲われた。
「…………!」
「…ディ!」
……この、声は。
「リディ!」
声が聞こえて目を開くと月明かりが優しく差し込む寝室で、私の肩をゆするようにアルが居た。
「ア、アル?」
「良かった。凄くうなされていたから心配で」
気付けば、自然と頬に涙が流れていた。
忘れた……いや、忘れたいと思っていた記憶が夢の中に出てきてまで私を苦しめていたのだ。
「ご、ごめん……アル」
「リディは何も悪くないよ。悪くない、本当に」
あぁ、駄目だ。
あれだけ鮮明に思い出してしまうと、身体が震えてしまう。
アルにもうこんな姿を見せたくはないのに、涙もポロポロとこぼれて止まらない。
「大丈夫? リディ」
「ち、違う。ごめんね、これは違くて」
心配をかけないために、理由にもなっていない言葉を吐いてしまう。
頭の中にこびりついてしまった記憶が私の思考を邪魔するのだ。
「…………」
「あの、本当に大丈夫だから。起こしちゃったね」
「……リディ、覚えている?」
「へ?」
アルは寝台に腰掛けて、私を見つめながら呟く。
なにを言いだすのか、私は耳を傾けた。
「昔、君の家に泊めてもらった事あったよね。僕はその時に家を離れた寂しさで泣いていると、君が一緒に居てくれた」
「そ、そうなの?」
すっかり忘れていた幼き頃の思い出を、アルは宝石箱を開く子共のように。
大切に愛おしそうな瞳で語り続ける。
「私がいるから、大丈夫って言って。一緒にいてくれて……本当に安心できたんだ」
おもむろにアルは両手を開き、微笑みながら私を手招いて口を開いた。
「だから、寂しい時は頼ってよ。僕も君にもらった優しさを返したい」
「え……で、でも」
夜の仄暗い中、月明かりに横顔が照らされるアルを見ると凛々しくてかっこよくて。
差し伸べられた両手に恥ずかしくて、身体を動かせない。
なのに、アルは微笑みながら呟く。
「おいで、リディ」と。
まるで、アルだけ大人になったようだ。
語り口は幼き頃のように私を呼び、それに抗う事が出来ずに私は身体をアルへと傾けた。
ふわりと香る匂い。
私よりも硬くて、大きい身体に寄り添うとギュッと抱きしめられる。
暖かくて、優しくて……嬉しい。
「大丈夫だよ、リディ……君の近くには僕がいるから」
そっと耳元で囁かれる言葉、夜闇の中で私の髪を優しくすく彼の手。
どれもが心を爆発させるほどに緊張するはずだったのに、何故か今だけは心の奥底から安心できた。
「アルは、昔の事いっぱい覚えてくれているのね」
「僕は君より三つ上だから、よく覚えているんだ。それに……代えがたい君との大切な思い出ばかりだから……」
「……アル」
思わず私の髪を撫でてくれていた彼の手を取る。
私自身の手を絡めていくと、返すように彼もキュッと握ってくれるのだ。
夜闇の中、思わずお互いに視線を合わせるとドクドクとどちらのか分からない鼓動が聞こえだす。
「…………」
「…………」
お互いに見つめ合い、沈黙の時間が流れる。
何かを言い出したい気持ちが溢れているが、それを言い出せば関係が変わる。
その事に二人とも、一歩が踏み出せないでいる事を自覚した。
沈黙に耐え切れずに、意気地のない私は逃げるように呟いてしまう。
「あのね、私達って幼馴染……だよね?」
「…………」
「アル?」
「今は……ね」
ポツリと呟いたアルはおもむろに顔を近づけると。
私の頬にそっとキスを落とした。
突然の事に私は固まっていると、彼の紅の瞳と視線が合う。
その表情は幼い頃のアルとの記憶にはなくて、初めて見る大人びたアルの凛々しい表情だった。
「この話はお終い。リディは安心して寝て」
「…………う、うん」
ね、寝ようとしてもアルの表情を思い出してしまう。
あんな表情を見せてくれている彼が、今も抱きしめてくれているのだから心は落ち着かない。
ドクドクと脈打つ鼓動の中、彼の胸に顔をうずめると同じく激しい鼓動が聞こえてくる。
(大人びていても、アルも同じ気持ちなんだ)
そう思った瞬間に、何故か安心感が襲ってきて。
悪夢で眠れなかった分を取り返すように……私は深い眠りへと落ちていった。
アルに抱きしめられて、安心感に包まれると私はまた勇気を貰える。
今の私にはアルがいてくれる。
学園で私を笑う彼らと会ってもきっと大丈夫だと思えた。
だから、明日起きればアルに相談しよう。
私が学園に戻り、全てを告発すべきかどうかを。
いつまでもお世話になっている訳にはいかない、私は自分の足で立たなければならない。
アルが、その勇気をくれたから。
『ほんっとうに都合の良い女』
暗闇の中で彼らの声が響いて止まらない。
逃げようと走ってもその場を動けなくて、足がもつれて上手く走れない。
『平民がでしゃばるなよ』
『出ていけ』
嫌だ。
否定しようとしても声は出ず、ただ聞こえてくる罵声に心が締め付けられる。
嫌な汗と、手足に力が入らない。
気付けば、私は崖に落ちていくように下へ下へと落ちていく。
自分が死んでしまうと思い、どうしようもない無力感に襲われた。
「…………!」
「…ディ!」
……この、声は。
「リディ!」
声が聞こえて目を開くと月明かりが優しく差し込む寝室で、私の肩をゆするようにアルが居た。
「ア、アル?」
「良かった。凄くうなされていたから心配で」
気付けば、自然と頬に涙が流れていた。
忘れた……いや、忘れたいと思っていた記憶が夢の中に出てきてまで私を苦しめていたのだ。
「ご、ごめん……アル」
「リディは何も悪くないよ。悪くない、本当に」
あぁ、駄目だ。
あれだけ鮮明に思い出してしまうと、身体が震えてしまう。
アルにもうこんな姿を見せたくはないのに、涙もポロポロとこぼれて止まらない。
「大丈夫? リディ」
「ち、違う。ごめんね、これは違くて」
心配をかけないために、理由にもなっていない言葉を吐いてしまう。
頭の中にこびりついてしまった記憶が私の思考を邪魔するのだ。
「…………」
「あの、本当に大丈夫だから。起こしちゃったね」
「……リディ、覚えている?」
「へ?」
アルは寝台に腰掛けて、私を見つめながら呟く。
なにを言いだすのか、私は耳を傾けた。
「昔、君の家に泊めてもらった事あったよね。僕はその時に家を離れた寂しさで泣いていると、君が一緒に居てくれた」
「そ、そうなの?」
すっかり忘れていた幼き頃の思い出を、アルは宝石箱を開く子共のように。
大切に愛おしそうな瞳で語り続ける。
「私がいるから、大丈夫って言って。一緒にいてくれて……本当に安心できたんだ」
おもむろにアルは両手を開き、微笑みながら私を手招いて口を開いた。
「だから、寂しい時は頼ってよ。僕も君にもらった優しさを返したい」
「え……で、でも」
夜の仄暗い中、月明かりに横顔が照らされるアルを見ると凛々しくてかっこよくて。
差し伸べられた両手に恥ずかしくて、身体を動かせない。
なのに、アルは微笑みながら呟く。
「おいで、リディ」と。
まるで、アルだけ大人になったようだ。
語り口は幼き頃のように私を呼び、それに抗う事が出来ずに私は身体をアルへと傾けた。
ふわりと香る匂い。
私よりも硬くて、大きい身体に寄り添うとギュッと抱きしめられる。
暖かくて、優しくて……嬉しい。
「大丈夫だよ、リディ……君の近くには僕がいるから」
そっと耳元で囁かれる言葉、夜闇の中で私の髪を優しくすく彼の手。
どれもが心を爆発させるほどに緊張するはずだったのに、何故か今だけは心の奥底から安心できた。
「アルは、昔の事いっぱい覚えてくれているのね」
「僕は君より三つ上だから、よく覚えているんだ。それに……代えがたい君との大切な思い出ばかりだから……」
「……アル」
思わず私の髪を撫でてくれていた彼の手を取る。
私自身の手を絡めていくと、返すように彼もキュッと握ってくれるのだ。
夜闇の中、思わずお互いに視線を合わせるとドクドクとどちらのか分からない鼓動が聞こえだす。
「…………」
「…………」
お互いに見つめ合い、沈黙の時間が流れる。
何かを言い出したい気持ちが溢れているが、それを言い出せば関係が変わる。
その事に二人とも、一歩が踏み出せないでいる事を自覚した。
沈黙に耐え切れずに、意気地のない私は逃げるように呟いてしまう。
「あのね、私達って幼馴染……だよね?」
「…………」
「アル?」
「今は……ね」
ポツリと呟いたアルはおもむろに顔を近づけると。
私の頬にそっとキスを落とした。
突然の事に私は固まっていると、彼の紅の瞳と視線が合う。
その表情は幼い頃のアルとの記憶にはなくて、初めて見る大人びたアルの凛々しい表情だった。
「この話はお終い。リディは安心して寝て」
「…………う、うん」
ね、寝ようとしてもアルの表情を思い出してしまう。
あんな表情を見せてくれている彼が、今も抱きしめてくれているのだから心は落ち着かない。
ドクドクと脈打つ鼓動の中、彼の胸に顔をうずめると同じく激しい鼓動が聞こえてくる。
(大人びていても、アルも同じ気持ちなんだ)
そう思った瞬間に、何故か安心感が襲ってきて。
悪夢で眠れなかった分を取り返すように……私は深い眠りへと落ちていった。
アルに抱きしめられて、安心感に包まれると私はまた勇気を貰える。
今の私にはアルがいてくれる。
学園で私を笑う彼らと会ってもきっと大丈夫だと思えた。
だから、明日起きればアルに相談しよう。
私が学園に戻り、全てを告発すべきかどうかを。
いつまでもお世話になっている訳にはいかない、私は自分の足で立たなければならない。
アルが、その勇気をくれたから。
251
あなたにおすすめの小説
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥
矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。
でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。
周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。
――あれっ?
私って恋人でいる意味あるかしら…。
*設定はゆるいです。
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる