焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

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第7話:稲葉山に降る雪

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――永禄十年・晩秋。
木々の葉が赤から金へと変わる頃、稲葉山城を囲む尾根に、早くも雪がちらつき始めた。

信長は、美濃侵攻の陣を稲葉山城下に築いていた。
長良川を越えたあたりの台地に拠点を置き、じわじわと敵を追い詰めていく――それは、まるで獲物に牙を立てる獣のような動きだった。

一方、稲葉山城内では、焦りと動揺が広がっていた。

「織田信長は“うつけ”ではなかった……いや、まるで化け物のような進軍だ」

「もはや、美濃もここまでか……」

家臣たちは次第に言葉を失い、かつての武威は見る影もない。
帰蝶の従兄弟にあたる斎藤龍興も、若くして家督を継いだが、信長の勢いの前では無力だった。

その頃、信長の本陣には一通の密書が届けられていた。

「斎藤家内部に、離反の動きあり。
城の西門、守備が手薄。夜陰に乗じて突入を」

文を携えたのは、帰蝶の元侍女――“百合”だった。
彼女は帰蝶の命で、美濃に潜入し、情報を探り続けていた。

信長はその文を読むと、静かに頷いた。

「帰蝶の読み、まさに的中……。やはり俺にとって、最強の軍師は妻か」

家臣たちが驚く中、信長は立ち上がる。

「総攻撃の準備を進めよ。雪が本降りになる前に、稲葉山を落とす」

そして迎えた夜――

雪が静かに降り始めた。
月は雲に隠れ、城下町は息を潜めていた。

信長は精鋭部隊を率いて、密書の示す西門から城へと忍び寄る。
深い雪が足音を吸い込み、兵たちの息遣いだけが闇を裂いた。

「門が開いている……!」

西門は、信長の読みどおり、内側から開かれていた。
おそらく、斎藤家内に潜んでいた離反者が信長の勝利を見越して動いたのだ。

信長はその隙を逃さず、一気に城内へとなだれ込んだ。

戦いは熾烈だった。
しかし、混乱する敵兵に迷いがある限り、信長の軍は止まらない。

そして――

夜が明ける頃、稲葉山城の天守に、織田の軍旗が翻っていた。

勝った。
信長は、かつて「うつけ」と呼ばれた男は、
父の仇とされ、幾度も嘲られたこの城を、自らの手で落としたのだ。

その日、信長は短剣を天守の柱に突き立てた。
それは父・信秀の形見。
信長の“焔”が過去を超え、ひとつの宿命に終止符を打った瞬間だった。

――その頃。

遠く離れた尾張の館。
帰蝶は、城の庭に舞い落ちる雪を見つめていた。

「終わったのですね……」

百合が深く頭を下げる。

「はい。信長様は、勝利を収められました。
 稲葉山城は、今や織田の手に」

帰蝶の瞳に、ふと涙が光った。
けれどそれは悲しみではない。
決して血で語られることのなかった故郷に、ようやく“別れ”を告げるための涙だった。

「これで、信長様は“国を変える男”となるでしょう。
 私の帰る場所はもう、あの城ではなく、あなたの隣です――信長様」

その夜、信長は帰蝶に文を送った。

「稲葉山、落つ。
ここよりこの城を“岐阜”と改める。
天下への礎として、新しき名を刻むのだ。
すぐに迎えに行く――我が華よ、共にこの国を変えよう」

文を読み終えた帰蝶は、微笑んだ。

「“岐阜”――ふふ、なんて強く、美しい響き」

――焔に咲く華は、いよいよ国の中枢へ。

信長と帰蝶、ふたりの物語は、ここからさらに深く、激しさを増してゆく。



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