焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

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第8話:炎上する都

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――永禄十一年、夏。

美濃を制した信長は、新たな城「岐阜城」を拠点とし、ついに“上洛”を決意した。
天下布武――ただの夢物語ではなく、現実の計画として動き始めたのである。

だが、都は静かではなかった。

京では足利義昭が、将軍の座を望みつつも、有力な後ろ盾を持たずにいた。
信長はそこに目をつけ、義昭を擁立して、室町幕府の実権を握る布石とした。

「将軍など、飾りで良い。俺が治めればそれでいい」

そう呟いた信長に、帰蝶は少し眉をひそめた。

「けれど、都というのは……陰と陽の渦巻くところ。
 あなたの“焔”があまりにも強すぎれば、燃え残った灰が、いつかあなたを包む」

「そのときは、その灰ごと燃やし尽くすさ。俺の焔でな」

信長の目は、すでに京の先を見ていた。
その視線の先にあるもの――それは、“天下”。

◇ ◇ ◇

信長の上洛は鮮やかだった。
京の諸勢力を制し、足利義昭を第十五代将軍として即位させる。

だが、それは同時に、古い秩序の破壊を意味していた。

寺社勢力、公家、武家、それぞれが築き上げてきた利権と伝統。
そのすべてを信長は、無慈悲に切り崩していった。

その象徴が――比叡山延暦寺の焼き討ちだった。

比叡山は千年の歴史を持つ仏教の聖地。
だが、武装僧侶を抱えるその存在は、軍事的にも脅威であった。

「延暦寺は、もう宗教ではない。武力を持つ“城”だ。ならば焼く」

家臣が言葉を失う中、信長はただ一言、命じた。

「焼き払え」

天正元年、比叡山は紅蓮の炎に包まれた。
老若男女、僧俗を問わず、数千の命が灰となったその日、
京の空は、血のように赤く染まった。

◇ ◇ ◇

帰蝶のもとにも、その知らせはすぐに届いた。

「比叡山を……焼いた、のですね」

城の一室で報せを聞いた帰蝶は、凍るような声でそう呟いた。

女中たちは恐れおののき、顔を伏せる。

だが、帰蝶は取り乱さなかった。

ただ静かに、机の上にあった香を一つ取り出し、火を灯す。

やがて室内に漂う沈香の香りが、苦しいほどに重く満ちた。

「あなたは、神も仏も焼き尽くして、何を手に入れるつもりなの……」

◇ ◇ ◇

その夜、京の屋敷に戻った信長を、帰蝶は迎えた。

彼女の瞳は、かつて見たことのないほど澄んでいた。
怒りでも悲しみでもなく――ただ、静かな問いかけのような。

「信長様。……怖くないのですか?」

「何がだ?」

「あなたが焼いたもの、奪ったものが、いつかあなたを呪わないと?」

信長は、少しだけ沈黙した。
そして、燭台の火を見つめながら、静かに答えた。

「俺は、呪われてでも構わん。
 その呪いすらも背負って、この国を変える。
 俺が死んだ後、誰かが“あの男がいたから、今がある”と思えば、それでいい」

帰蝶はゆっくりと近づき、信長の手を取り、額をそっと寄せた。

「ならば、私はあなたの呪いになります。
 あなたが背負いきれぬ苦しみを、少しだけ分けてください。
 あなたが灰になるそのときまで、私はあなたのそばにいます」

信長は何も言わなかった。
ただ、静かにその手を握り返した。

炎がゆらゆらと揺れる部屋の中、
信長と帰蝶は、ひとときだけ“焔”でも“華”でもない、ただの男と女になった。

――だが、戦はまだ終わらない。

次に立ちはだかるのは、石山本願寺。
そして、宿命の敵・武田信玄の影も、じわじわと迫りつつあった。

天下の焔が、さらに燃え広がる――



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