最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか

鳳ナナ

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番外編

決闘?興味ありませんわね

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「なんだと貴様! もう一度言ってみろ!」
「ああ何度でも言ってやるさ! この芋くさい田舎貴族め!」

 夕暮れも差し迫った放課後。
 魔法演習場に向かうため、学院の中庭を歩いていると、どこからかそんな声が聞こえてきました。
 視線をやると制服を着た二人の生徒がなにやら言い争っています。

 見たところどうも貴族の子息達のようですが……こんな人目に付く場所でお顔を真っ赤にして罵倒の応酬を繰り広げるなど、まったく野蛮ですこと。

「黙って聞いていれば! もう我慢ならん!」
「こちらとて我慢の限界だ! こうなったらはっきり白黒つけようではないか!」

 そう言うと、二人はまるで示し合わせたかのように、ポケットに手を伸ばし、取り出した手袋を地面に投げ捨てます。

「あれは一体なにをなさっているのかしら……?」

 疑問に思い首を傾げていると、スッと。
 見知った気配が隣に並び、私に向かって言いました。

「あれは決闘をするための宣戦布告だな」

 この気取った声と、公爵家の令嬢である私に挨拶すらしない馴れ馴れしい立ち振る舞い。
 振り向かずとも声の主が誰か分かります。

「……ごきげんよう、ジュリアス様」

 つい一週間前。
 私から学年主席の座を私から奪い去った上、全教科満点を取るのはチョロいと嘲笑った男――第一王子ジュリアス・フォン・パリスタン。
 目下私が目の敵にしているその方は、仏頂面で挨拶をする私に向かって、実に楽しそうな笑顔で言いました。

「今日は早いな。友人も連れずに一人でいそいそとどこへ行くつもりだ?」

 ぬけぬけと。一体誰のせいでこの私がわざわざ放課後に人の目を盗んで魔法を練習する羽目になったとお思
いなのでしょうか。

「別に普段どおりですわ。どこへと聞かれても、家路を急いでいるだけですが」
「ほう、それは妙だな。私がヴァンディミオンの馬車を見たのは貴女が向かっている方とは逆の門だったが」

 思わず拳が震えます。目の前のクソ王子をぶん殴れと。
 いえ、いけませんわ。こんなことで表情を乱してはジュリアス様の思うつぼ。
 冷静に、冷静に受け流すのよ。

「目の前にいるのは顔の良いカカシ。目の前にいるのは高貴な血を引くカカシ」
「おい聞こえているぞ。誰がカカシだ、誰が」

 よし。落ち着きました。

「宣戦布告とは、穏やかではありませんね。ここは野蛮な振る舞いとはかけ離れた、高等で優雅な教育を受ける貴族や才ある平民の子女達の学び舎だと言いますのに」
「貴女がいうとイマイチ説得力にかけるが、まあそうだな。だが、決闘は数世代も前の王政の頃から貴族の男達の間で受け継がれてきた、由緒正しい高貴な戯れというやつでな」

 ジュリアス様いわく、決闘がなかった時代の貴族達はちょっとした口論がヒートアップして殺し合いに発展することも珍しくなかったそうで。
 それを重く見た当時の国王が、私闘が過剰になり過ぎないようにガス抜き的な意味合いを込めて作ったのが、決闘という制度のようです。

「貴族同士の決闘において相手を殺したり致命傷を負わすことは恥とされている。基本的には剣や素手の一騎打ちで勝敗を決めるものであり、殺傷力の高い魔法や行動を阻害する魔法の使用も禁止だ」
「それはなんとも手緩い……物騒なお話ですわね」
「本音ダダ漏れだからな……っと、おい。どこへ行く?」
「先程も言った通り、帰るのですが」
「なんだ、止めないのか? 貴女のことだからてっきり仲裁という体を取りながら嬉々として乱入するのかと思って期待していたのだが」

 失礼な。このお方は一体人のことをなんだと思っているのでしょう。
 私は殴れるとあらば誰彼構わず襲いかかるような血に飢えた獣ではありません。
 殴るお肉はちゃんと品定めして、時と場所を選んで殴る美食家ぐるめなのです。

「他者に迷惑がかからない貴族のご子息同士のただの私闘であるならば、第三者の私が口を出すことではありませんので」

 要するにあれは決闘とは名ばかりの、一族の誇りや名誉をかけているわけでもない、ただの子供同士の喧嘩でしょう?
 正直言って、まったく食指が動きませんね。

「それではごきげんよう」

 キョトンとするジュリアス様を残し、私はその場を立ち去りました。
 今は主席奪還のために、己を磨く方が先決です。
 今に見ていなさい。その余裕ぶったドヤ顔を、凍りつかせてご覧に入れましょう。

------

「スカーレット様、少しよろしいでしょうか」

 翌日。お昼休みに学院の廊下を歩いていると、初老の教師に呼び止められました。

「ご機嫌よう、先生。私になにか御用でしょうか」

 会釈をすると、先生は申し訳なさそうな顔で言いました。

「大変申しあげにくいことなのですが……実はスカーレット様の婚約者でいらっしゃるカイル様のことでご相談がありまして」

 久しぶりに聞いたその名前に、思わず顔をしかめかけました。
 カイル様が私の髪を切ろうとしてジュリアス様に追い払われてから、まったく姿を見せなくなって早一ヶ月。
 呼び出されることもなくなり、せっかく煩わしいバカ王子の介護から解放されたと思っていましたのに。
 一体あのバカはなにをやらかしたのでしょうか。

「先月、カイル様が特別科から一般科に降科されたのはご存知でしょうか」
「はい。存じております。それが何か?」
「我が学院では転科する際に転科届という書類にご本人からのサインを頂かなければならないのですが、何度お願いしてもカイル様から一向にサインを頂けず、困っているのです」

 苛立ちのあまり、人目もはばからずに舌打ちをするところでした。
 なんて程度の低い、子供じみた真似をするのでしょう。
 おそらくは降科したことを認めたくないから、学院側に嫌がらせのつもりでやっているのでしょうが。
 それがこの国の王位継承権を持つ第二王子のすることですか。

「恐れ多くも王宮に打診をしようとも思ったのですが、もし王宮に告げ口などしたらどうなるか分かっているのだろうなと脅されてしまい、どうにも困っていまして」
「本当に申し訳ございません……」

 お父様にカイル様を支えるようにと言われている建前上、あの方が問題を起こせば、少なからず私にも責任がおよぶのは必死。
 ああ、もう。目の前にいたら顔面を容赦なくぶん殴ってやりたい気分ですわ。

「このようなこと、本来は学院側で何とかしなければいけないことなのですが……婚約者でいらっしゃるスカーレット様ならばカイル様を説得できるやもと思い、恥をしのんで頭を下げに来た次第であります。どうかお願いできないでしょうか」
「分かりました。私が説得します。後のことはお任せ下さいませ」
「ああ……ありがとうございます。これで私も学院をクビにならないで済みます……本当に、本当に感謝します」

 安堵の表情で去っていく教師を見送った私は、足早に校舎から出ます。
 向かう先は一般科のある旧校舎です。
 正直まったく気は進みませんが、これも世のため人のためだと思ってなんとかしてみせましょう。

「ねえ見て、あれってもしかして……」
「うそ、特別科の氷の薔薇様!?」
「なんでスカーレット様が私達の校舎に!?」

 旧校舎の廊下に足を踏み入れると、すれ違う生徒達全員から好奇の視線を浴びました。
 校舎が違うとはいえ、同じ学院の生徒ですし、一般科とはいえほぼすべての生徒は貴族なので、私が物珍しいということもないでしょうに。

「ごきげんよう」
「こ、こ、こんにちは! スカーレット様!」

 視線があった女子生徒に微笑みながら挨拶をすると、お顔を真っ赤にして顔をそらされてしまいました。
 シャイなのかしら。こういう反応をされると、少しからかってみたく……と、いけません。
 早くカイル様を見つけないと。
 どうせ一悶着あるのは目に見えているので、ゆっくりしていたらお昼休みが終わってしまいます。

「あの、お聴きしたいことがあるのですがよろしいかしら」
「あ、あたしなんかで答えられることであればなんなりと!」
「Aクラスはどちらになるかしら」
「Aクラスは二階に上がって東側の一番奥になります!」
「感謝します。それではごきげんよう」
「さ、さようなら! スカーレット様!」

 会釈をして階段に向かいます。
 チラリと背後を振り返ると、

「ね、ね、どうだった!? 生スカーレット様!」
「とてもお綺麗だったわ……それにあたしみたいな低位の貴族の娘にも礼儀正しくてお優しかったし……すき」
「ああ、羨ましいっ! 私達みたいな末席の家の娘じゃ、近寄ることもはばかられるから普段は見てることしかできないのに! 私もお話してみたかった!」

 なにやら女子生徒の方々が集まり、こちらをチラチラ見ながらお話をされていました。
 内容までは良く聞き取れませんでしたが、何をしに来たのか不思議がっていたのでしょう。
 尾ヒレがついておかしな噂になる前に、先を急がねばなりませんね。

「Aクラス……ここですか」

 教室内を見渡すと生徒の数もまばらでカイル様の姿は見当たりませんでした。
 そういえば当たり前のようにカイル様はいるものと思っていましたが、お昼休みなので外で昼食を食べている可能性もありますのよね。
 さて、どうしたものでしょう――

「……スカーレット様?」

 聞き覚えのある声に振り帰ると、そこにはシグルド様が立っていました。
 なぜ文武ともに優秀と噂のシグルド様が一般科に、と思いましたが、カイル様の護衛をするために一緒に一般科に降科されたのですね。
 彼もなんとも運が悪いというか、損な役を引き受けたものです。

「ごきげんよう、シグルド様」
「ごきげんよう。もしやカイル様に何か御用でしょうか」
「はい。実は先生から書類を……お届けするように頼まれまして」

 会話の一瞬の間からカイル様がなにかやらかして私が尻ぬぐいに来たのだと察したのか、シグルド様がわずかに同情するような表情を浮かべます。
 察しの良いことで。というか、やはりこのお方はカイル様に心酔して仕えているわけではなく、真っ当な考えの持ち主のようですわね。

「カイル様ならこの旧校舎の裏手にある庭にいらっしゃいます。本来なら俺も護衛としてお傍に控えなければいけないのですが、一人がご所望のようでしたので」

 どうせ昼休みくらい一人にしろ! 息がつまるわ! とでも怒鳴って追い払ったのでしょう。
 昔から度々そういったことがありましたし。
 まったくあのバカ王子ときたら、本当にいつまで経っても幼児並の短絡的思考しかできないのですから。

「教えていただき、ありがとうございました。これからもカイル様の御身の安全をお任せいたします。それでは、ごきげんよう」
「いえ。王家のお方に忠義を尽くし、身を挺して守るのは騎士として当然のことですから」

 シグルド様と別れた私は、旧校舎を出て裏庭に向かいます。
 ところどころに木が茂り、庭園となっているその場所には、昼食を楽しんでいる生徒達の姿がありました。
 さて、カイル様のお姿は――

「……カイル様。第二王子ともあろうお方が、こんな場所で寝転がって。はしたないですわよ」
「……ああ? 誰だ、俺の眠りを妨げる愚か者は――!?」

 大きな樹の下でふんぞり返るように偉そうに寝転がっていたカイル様は、目を開けて声の主が私だと分かると驚きの表情で飛び起きました。

「き、貴様、スカーレット!? な、なぜ貴様がここにいる!? なにをしに来た!?」

 貴方がくだらないワガママを言って他所様に迷惑をかけるから、尻ぬぐいをするために来たのですよ、このクソ王子。
 と言いたいのをグッと堪えて、私は手に持った書類を差し出します。

「転科届です。先生が困っていらっしゃいましたよ。カイル様がサインをしてくれない、と言って」
「なに? 転科届だと?」

 書類をチラ、と見たカイル様は小馬鹿にするかのような顔で「ハッ!」と鼻で笑って言いました。

「困ろうがどうなろうが知ったことか! 優秀な俺を不当に一般科などというバカの集まりに降科させた学院側が悪いのだ! サインをする必要などどこにもないわ!」

 はあ? 貴方のどこをどうひいき目に見たら優秀な要素があるのですか?
 勉強も鍛錬もせずに、周りのバカな貴族の子息達と毎日遊び惚けて。
 貴方なんて恵まれた家柄と血筋を自らドブに投げ捨てたロクデナシでしょう。
 魔法や武術の才能がなく、家格も低いため一般科に通わざるを得なかったここにいる彼らのほうが、よっぽど毎日努力してますわよ。

「フン! あの教師もマヌケなヤツだ! 貴様に頼めばこの俺がサインをすると思っているとはな! むしろ逆効果よ! これで俺はなにがあろうと絶対にサインをする気はなくなったぞ! バカめ! ふはははは!」
「――ジュリアス様に言いつけますよ」

 ボソッとそうつぶやくと、カイル様の表情が固まりました。
 そして慌てて周囲を見回します。

「お、おい。まさかアイツもここに来ているのか……?」
「さあ、どうでしょう。神出鬼没な方ですし。ですが最近はなぜか私の周りで良くお見掛けしますわね。もしかしたら、そろそろフラリと現れるやもしれません」
「くっ……貴様ぁ……こざかしい真似を!」

 カイル様がジュリアス様を苦手としているのは、以前私が髪を切られそうになった時にお二人が相対した時の反応からわかっておりました。
 正直ジュリアス様もあまり関わりたいお方ではありませんが……利用できるとあらば利用させていただきましょう。

 それぐらいはしても罰は当たらないはずです。
 最近、さんざん煽られてストレスをかけられていますし、迷惑税ですわ。

「このことをジュリアス様が知ったら、またさぞかし楽し気に嫌味を言われるのでしょうね。あのお方と来たら、人の嫌がる顔を見るのが三度の食事よりも大好きのようですから」
「黙れ! くそぉ! 分かった! サインすればいいのであろう! すれば!」

 乱暴に私から書類とペンを奪い取ったカイル様は、木を台代わりにして名前を書き始めます。
 大して揉めることもなく、事が済んでほっとしました。
 たまには役に立ちますわね、あの腹黒王子ジュリアスも。

「――ふざけるな! こんなこと許されるわけがない!」

 少し離れたところから突然怒鳴り声が聞こえました。
 視線をやると、そこには激昴した様子の一人の男子生徒と、にやにやとした嫌らしい笑みを浮かべて、うつむく女生徒の腰に手を回している男子生徒が対峙しています。
 笑みを浮かべていた男子生徒は、両手を広げると高慢な態度で言いました。

「許されるんだな、それが。なぜか分かるかい? それはボクが侯爵家の息子で、お前が商家の息子、つまり平民だからだ!」

 そして、男子生徒は女生徒を無理矢理抱き寄せると、怒りの表情を浮かべる生徒に指を差して叫びます。

「たとえこの女がお前の恋人だとしても! 僕が欲しいと思ったならお前達平民は頭を垂れて、はいどうぞと僕に差し出さなければならない! それが貴族社会であるこの国のルールなのだ! 分かったか! はははっ!」
「……なんですかあれは」

 思わず口に出してしまいました。
 この学院では身分を振りかざして相手に無理矢理言うことを聞かせるような行いは禁止されています。
 そんなことも理解していないなんて一体どこのバカな家の子息ですか。

「どこのバカが騒いでいるのかと思えばサヴォス侯爵家のカーツか」

 三人のやり取りを見たカイル様がつまらなそうな顔で言いました。
 サヴォス侯爵家……確か、領地から良質の鉱石が大量に発見されて、伯爵家から一気に侯爵家に成り上がった新興貴族の家ですね。

 侯爵家に成り上がってからというもの、サヴォス家の一族はそこかしこで横柄な態度や振舞いを取るようになり、社交界でも相当に評判が悪いと聞いています。
 実際目にしたわけではないので半信半疑ではありましたが、子息のあの振舞いを見る限り噂に偽りなしといったところでしょうか。

「ごめんなさい、マトック……私が、目を付けられたばかりに……」
「ソフィーが謝る必要なんてない! 大丈夫、君は絶対に俺が守るから! さあこっちにおいで!」

 マトックと呼ばれた商家の男子生徒がカーツ様に抱かれているソフィーさんに手を伸ばします。
 しかしソフィーさんは悲しそうな顔でふるふると頭を横に振ってそれをこばみました。
 呆然とするマトックさんに、カーツ様は勝ち誇った顔で口を開きます。

「この男爵家の女は良く分かっているようだな! 僕に逆らってサヴォス家を敵に回せば、自分の家が一体どうなるかってことがさあ!」
「お、脅しても無駄だ! 学院に訴えれば処罰されるのはオマエの方だぞ!」
「はははっ! 学院に処罰される? この僕が? 無知な平民はこれだから! 僕が処罰されるわけないだろ、バーカ!」
「この学院のルールは国が定めたものだ! たとえ相手が侯爵家の子息であっても、不当な行いには正当な罰が下るはずだ!」
「サヴォス家がこの学院に毎年どれだけの金を寄付しているか知らないのか? 相手が上級貴族ならともかく、平民から女を寝取ったくらいで僕が処罰されるわけがないんだよ! この女もそれが分かっているからこうしておとなしくしているのさ!」
「そ、そんなバカな……そんなこと、あっていいはずがない……ソフィー、嘘だよな……?」
「ごめん……ごめんなさい、マトック……」

 ソフィーさんが顔を手で覆ってうなずきます。
 それを見たマトックさんはその場に膝をつき、崩れ落ちてしまいました。

「ようやく理解できたみたいだね。それじゃ、ソフィーはもらっていくよ。オマエみたいな平民にはもったいない良い女だからね。っていうかさ、そもそも平民が男爵家とはいえ貴族の女と付き合おうとすること自体が身の程知らずなんだよねえ? 平民は平民らしく、平民の芋女とでもイチャついてなよ! じゃあね、負け犬くん!」

 ソフィーさんの手を引っ張って、意気揚々とカーツ様が去っていこうとします。
 これはさすがに見過ごすわけにはいきませんね。
 こんな下衆な行いがまかり通れば、学院の風紀は乱れに乱れ、名声は地に落ちてしまいます。
 それになにより――あのカーツという男は、私が殴るにふさわしいクソ野郎のようですから。

「――っとうだ」
「なに?」

 しかし、私が彼らに近づこうとしたその時。
 うずくまっていたマトックさんが顔を上げてさけびました。

「決闘だ! カーツ・サヴォス! お前に決闘を申し込む!」

 マトックさんが懐から取り出したハンカチを地面に叩きつけます。
 そしてカーツ様に指を突き付けて、怒りの表情で言いました。

「貴族は決闘を挑まれたら受けなければならない! そうだろう!」
「……へえ。平民のくせに決闘のことを知ってるんだ。生意気だね」

 カーツ様は面倒くさそうな顔でそう言うと、懐から取り出したハンカチをその場に放り投げます。
 そういえば昨日見た生徒達もこんなことをしていましたね。
 おそらくこれが決闘を互いに了承するための儀式なのでしょう。

「良いだろう。決闘を受けよう。ただし、場所と時間は僕が指定させてもらうよ。本来身分が下からの者の決闘は受けなくてもいいのに、わざわざ受けてやるんだ。それぐらいはいいだろう?」
「好きにしろ! その代わり一つ約束してもらうぞ! 俺が勝ったら二度とソフィーに近づくな! いいな!」

 その言葉に返答するように、カーツ様はにやりといやらしい笑みを残して去っていきました。
 解放されたソフィーさんは、マトックさんに抱き着きひとまず安堵の表情を浮かべています。
 私としては振り上げた拳の落としどころが無くなってしまい消化不良ですが、当人同士で解決できる問題であれば出る幕はありません。

 見たところ、カーツ様は立ち振る舞いも素人同然で、まったく身体を鍛えていない様子でした。
 反面マトックさんはかなり良いガタイをしていますし、殴り合いの勝負であればどちらが勝つかは一目瞭然でしょう。
 それにしてもあのいかにもまっとうな勝負など受けそうにもないカーツ様が、二つ返事で決闘を受けるなんて少し意外でしたが。
 なにか卑劣な手段でも企んでいるのでしょうか。

「死んだな、あの平民」
「……はい?」

 突然物騒なことを言い出したカイル様に思わず聞き返してしまいました。
 私の問いに、カイル様はフンと鼻を鳴らして答えます。

「貴族の、それも上級貴族の男子が決闘などという泥臭い蛮行を自ら行うわけがないだろう。十中八九“代理決闘者”を連れてくるに決まっている」

 ……なるほど。代理決闘者。
 つまり自分の代理となる決闘者を連れてきて代わりに戦わせるということですか。
 カイル様の良い方から察するに、どうやら上級貴族の間ではそれが一般的なこととしてまかり通っているようですわね。

 決闘と聞いた時は、野蛮な行いだとは思いましたが、自分の手で決着をつけるという一点においては少しは理解できるところもありましたのに。
 どうやら私の買い被りだったようです。所詮、腑抜けは腑抜け。愚か者は愚か者、といったところでしょうか。

「侯爵家ともなれば決闘を専門とする凄腕の決闘者を家に雇っていてもおかしくはない。あの去り際の顔から察するに、自分にたてついてきたあの平民を決闘の場で合法的に痛めつけ、なぶり殺しにして楽しみたいのであろうよ。悪趣味なヤツだ。まあ、気持ちは分かるがな。平民が貴族に逆らうなど万死に値する。どんな仕打ちを受けたとしても自業自得よ!」
「分かりやすい解説ありがとうございます。やはり餅は餅屋ですね」
「は? おい、それはどういう意味――」

 カイル様に背を向けて、私は抱き合っている二人に歩み寄ります。
 私の存在に気付いて驚く二人に、私はニコリと微笑んで言いました。

「――その決闘、私に一枚噛ませてはいただけませんか?」

------

 翌日の放課後。
 決闘の場所に指定された学院の魔法演習場には、多くの生徒達が野次馬に集まっていました。
 マトックさんを嬲るところを周囲に見世物にするために、カーツ様が呼んできたのでしょう。
 残念ですが私が絡む以上、貴方の思い通りにはいきませんわよ。おバカさん。

「スカーレット様!」

 マトックさんとソフィーさんが私に駆け寄ってきます。
 不安げな顔をしている二人を落ち着かせるように私は微笑んで言いました。

「そんな顔をなさらないでくださいませ。大丈夫です。後のことは私にお任せを」
「すいません……見ず知らずの俺達なんかのために」
「何とお礼を言えば良いか……スカーレット様に手を差し伸べていただかなければ、マトックはきっとひどい目に合っていたのでしょう……考えただけでも恐ろしいです」

 二人にはカーツ様が連れてくるであろう代理決闘者のことを伝えてあります。
 カーツ様が決闘に出てくるものとばかり思っていた二人は、その話を聞いてひどく取り乱しました。
 そんな彼らに私は満面の笑顔で約束したのです。

 私にお任せ下されば、あちら側が連れてくる決闘者に確実に勝てる代理決闘者を、このスカーレット・エル・ヴァンディミオンの名にかけて連れてきますと。

「お気になさらずに。この学院に通う一生徒として、また同じ貴族側の人間としても、あのような学院の秩序を乱す蛮行は決して見過ごすわけにはいきませんから」

 私の言葉に二人は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべます。
 感謝したいのはこちらの方ですよ。
 最近主席奪還のために根をつめて鍛錬に励んでいたせいで、鬱憤が溜まっていましたからね。
 今日は思う存分に発散させていただきます。

「あの、それでスカーレット様、つかぬことをお聞きしてもいいですか?」

 マトックさんがおそるおそる私の顔色をうかがうように聞いてきました。
 それに続けてソフィーさんも、辺りを見回しながらたずねてきます。

「スカーレット様がお連れになった決闘者の方は、どちらに……?」

 ああ、そういえばまだ私が誰を呼んだのか言っていませんでしたね。

「代理決闘者は私です」
「…………は?」

 二人が口をポカンと開けたまま固まりました。
 そんな二人を背に、私は人波の中心である決闘の場に悠々と歩いていきます。
 そこにはすでに、カーツ様と彼の代理決闘者と思われる、派手な赤い燕尾服を身に纏い、長い金髪を後ろで結ったマタドールのような風体の男が立っていました。
 てっきりマトックさんが来ると思っていたカーツ様は私の姿に気が付くと、怪訝な表情で言いました。

「これはこれはスカーレット様。ご機嫌麗しゅう。ヴァンディミオン家のご令嬢が、どうしてこのような場所に? マトックはどこへ?」
「ごきげんよう、カーツ様。今日はマトックさんの代理決闘者として、私が決闘のお相手をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「なっ!? あ、貴女のような高貴なお方がなぜあんな平民ごときのために!? しかもご自身が代理決闘者とは、これは何の冗談ですか!?」

 冗談ではございません。
 今日、貴方はこの場で私に完膚なきまでにボコボコに殴られるのです。
 さあ覚悟なさいませ。成金貴族のボンボン息子。

「で、カーツのお坊ちゃん。どうするんです? やっても良いんですかねえ?」

 決闘者の男が前髪をいじりながら前に出てきます。
 カーツ様は忌々しそうにチッと舌打ちをして言いました。

「良いも悪いもない! 決闘の場に立った以上、相手を負かさなければ僕はサヴォス家の一生の恥さらしだ! クソッ!」

 それは良いことを聞きましたね。
 では早速一生の恥をここでかいてもらうこととしましょうか。

「……相手はヴァンディミオン公爵家のご令嬢だ。手加減をして、怪我をさせない程度に負かしてやれ。まったく、あの平民め。面倒なことをしてくれたよ!」
「了解、我が主よ。まあそこで高みの見物とでも洒落込んでてください。このジョルジュ、見事お坊ちゃんの期待に答えてみせますよ」

 ジョルジュと名乗った決闘者の男が、腰に下げていた装飾過多の刺突剣レイピアをスラリと引き抜きます。
 さて、私もグローブをつけて戦闘態勢に入りますか。
 と、思って制服のポケットに手を伸ばすと、ジョルジュさんが私に向かって腰に刺さっていたもう一本の剣を投げてきました。

「見たところ得物をお持ちでないようでしたので。どうぞ、それをお使いくださいレディ」
「お気づかいありがとうございます。ですが私は――」
「いえいえ、どうかお気になさらずに。丸腰の相手と勝負しても、その勝利にはなんの価値もありませんから。決闘はあくまで正々堂々。ルールに則り、互いの誇りを賭けて戦うからこそ美しい。そうは思いませんか?」
「はあ」

 まったく理解できませんし、いらないお世話なのですが。
 むしろ卑怯で姑息な手段を選ばない相手であってくれた方が、殴り甲斐が増えて良かったですのに。

「それでは行きますよ、お嬢さん。なぁに、痛みを与えないようにすぐに決着をつけてあげますよ。私は決闘者である前に紳士ですからね」
「どうぞ、ご自由に」

 一応こちらも抜剣し、刺突剣を片手で構えます。
 すると、待っていましたとばかりにジョルジュさんが構えた剣先を、私の手元に向かって突き出してきました。

「喰らいなさい! 麗しくも凄絶なる我が渾身の剣を! はあッ!」
「はい」

 突き出されてきた剣を、無造作にこちらの剣で叩き落とします。
 バキン、と鈍い音を立てて、ジョルジュさんの剣は床に転がりました。

「えっ?」

 周囲で決闘を見ていた野次馬達から一斉にそんな声が漏れました。
 少し遅れてジョルジュさんも、自分の手元に剣が無いことに気が付きます。

「……は?」

 何が起こったのか分からない。
 そんな顔をしている彼に、私は首を傾げて言いました。

「私の勝ちですか?」
「いや、その……なんていうか、今のは手が滑ったといいますか」
「手が滑った。そんな言い訳が決闘の場で通用するとでも?」
「……」

 剣先を喉元に突きつけて問いただすと、顔から滝のように汗を流してジョルジュさんは黙り込んでしまいました。
 加護を使う間もなく終わってしまいましたか。
 消化不良もいいところですね――と、思っていましたら。
 突然カーツ様が、私の前に飛び出してきて叫びました。

「い、今のはなし! やり直しだ! やり直しを要求する!」

 一瞬の静寂の後、周囲の生徒達が「はあ!?」と、声をあげます。
 当然ですわね。誰がどう見ても実力差は歴然。
 手が滑ったなどという言い訳が通用するはずもありませんから。

「ふ、ふざけるな! どう見ても今のはそいつの負けだろうが!」

 当事者であるマトックさんなんて、今にも血管が切れそうなくらいに激怒していらっしゃいます。
 周囲からは同調するかのように「そうだそうだ!」「負けを認めなさいよ!」と声が上がりました。
 それに対してカーツ様は「うるさい! 黙れ! 素人共が!」と逆ギレを始めます。

「決闘の勝敗はどちらかが降参するまでなんだよぉ! ジョルジュが降参していない以上、勝負は仕切り直しだ!」

 どうしてこう、クズな貴族の連中と来たら、自分達の負けや非を絶対に認めようとしないのかしら。
 まあ、別にいいですけどね。
 何度来ても同じように叩き潰すだけですから。

「別に構いませんよ私は。何度やっても同じことですし」
「で、でもスカーレット様!」

 納得が行かなそうなマトックさんに私は首を横に振ります。
 ここで完全な決着をつけないまま遺恨を残せば、こういった手合は必ず別の方法で報復しようとしてきますからね。
 そうさせないためにも、反撃の意志がわかなくなるまで、ここでしっかりと完膚なきまでに相手の心を叩き折る必要があるのです。

「フッ、中々やりますね。相手が貴族のお嬢さんということでこのジョルジュ、すっかり油断させられましたよ!」

 私達が会話をしている間に、そそくさと地面に落ちた剣を拾い上げていたジョルジュさんが、何事もなかったかのようにまた剣を構えます。
 そして意気揚々と私に指を差して宣言されました。

「ですが先程までのはほんのウォーミングアップです。次は本気で行きますよ! お覚悟めされい!」

 本気ですか。先程の動きを見ている限り、いくらか力が増したところで大差はないように思いますが。
 それにお生憎様、私には殿方のように戦いを楽しむような気質は持ち合わせておりませぬ故、貴方の本気とやらを堪能させていただく前に、次の一合にて閉幕とさせていただきます。

「今度こそ喰らいなさい! 我が全身全霊の剣を! はあッ!」

 バカの一つ覚えのようにまたジョルジュさんが、先程よりは幾分か素早く剣を突き出してきました。
 それを私はまた叩き落とそうとして――

「っ!?」

 野次馬の中から飛んできた不可視の“拘束”バインド魔法で、一瞬動きを封じられ硬直します。
 結果、剣を叩き落とすことがかなわず、私は身をひねることでかろうじて突きをかわしました。
 無理な耐性で回避したため、態勢を崩した私を見るなり、ジョルジュさんは口元にニヤリと笑みを浮かべます。

「我が剣の鋭さに臆したか! 腰が引けていますよ、お嬢さん!」

 さらに突き出される剣を今度こそ叩き落とそうとした私は、野次馬の中でこちらに向かって手を突き出している男の姿をとらえました。

「……あのクソ王子!」

 野次馬の中で今まさに拘束の魔法を放とうとしている男――カイル様は、私と目が合うと、嗜虐的に顔を歪めました。
 何がどうあっても私の足を引っ張りたいようですわね。
 今すぐにあのドヤ顔に向かって剣をぶん投げてやりたいところです。

「ほらほらどうしました!? 何度やっても同じじゃなかったんですか? 反撃してご覧なさい! できるものならねえ!」

 目の前の口だけ決闘者は、私が満足に動けないことをいいことに俄然調子に乗って好き放題剣を突き出してくる始末ですし。
 あまりやりすぎても私のイメージが壊れると思って手加減していましたが、はっきり言ってこれは完全なる不正ですし……もうやってしまっても構いませんよね?

「遊んでいるんじゃない! さっさと決めてしまえ、ジョルジュ! 先程のような醜態は二度と許さないぞ!」

 カーツ様がさけぶとその声に答えるように、ジョルジュさんが深く踏み込んで来ます。
 そして勝利を確信した顔で、私の腕に向かって剣を突き出してきました。

「遊びは終わりだ! お眠りなさい、お嬢さん!」

 チラリと野次馬の方に視線を向けると、やはりカイル様が私に向かって魔法を放とうとしています。
 そう何度も同じ手を食らうと思ったら大間違いですよ。
 私は拘束の魔法が届く前に、加護の力を発動させようとして――

「――私はその魔法を“許可しない”」

 どこからか高らかに、聞き覚えのある声が耳に届いてきました。
 周囲の視線が一斉に声の主の方に集中します。
 私のいる場所からは見えませんが、そこにはきっとドヤ顔をしたあの金髪のお方が、カイル様に向かって国宝である王帝印の指輪をかざして立っていることでしょう。

「……まったく、頼んでもいませんのに余計なお節介をしてくれたものです」

 周囲の注意がそれた中、遠慮なく力を振るえることを確信した私は、身体強化の力を発動させます。
 そして突き出されたジョルジュさんの剣先を、人差し指と中指の間で挟み取りました。

「バカな!? 私の本気の突きをたった指二本で!?」
「私、剣はあまり好きではないのですよね。だって剣で切ったら美味しいお肉の感触を、拳で直接味わえないじゃないですか」
「は? 君は何を言って――」

 指の間に力を込めると、ポキッと音を立ててあっさりと剣がへし折れました。
 やはりダメですね、鉄の塊は。
 最後に物を言うのは自らの拳です。

「はぁっ!? け、剣を指で折ったぁ!?」
「それと先程、貴方は遊びは終わりと言いましたが、それはこちらのセリフですわ。なぜなら――」

 制服のポケットからグローブを取り出し、両手にはめます。 
 うろたえるジョルジュさんに今日一番の笑みを浮かべながら、私は拳を構えました。

「――私、拳こっちの方が本業なのですよね」
「ちょ、まっ!? そ、そうだ! や、やり直しだ! 剣が折れているのだからやり直しを要求し――」

 今までの鬱憤を晴らすように。
 ジョルジュさんの顔面に向かって一直線に拳を振り抜きます。

「うぎゃああああああ!?」

 ボゴォ! と肉と骨がひしゃげる音を立てて、ジョルジュさんは野次馬の方に吹っ飛んでいきました。

「き、貴様! 俺の方に飛んでくるなあ! ぐわああああああ!?」
「う、うわあああ!? カイル様が巻き込まれて吹っ飛ばされたぞ!」
「あ、泡を吹いて白目を……い、医務室だ誰か医務室に連れて行け!」

 あら、飛んでいった方向に偶然カイル様が。
 本来私からカイル様に手を出すなんて許されることではありませんが、これは偶然の事故ですから仕方ありませんわね。ふふっ。

「な、なんだ……何が起こったんだ!? 少し目を離した隙に、なぜジョルジュが顔面をへこませて吹っ飛んでいる!?」

 視線を向けると、カーツ様はショックのあまり尻もちをついてその場にへたりこんでいました。
 そんな彼の元に、私はボキボキと指を鳴らしながら歩みよります。

「そういえばまだ、降参の言葉を聞いていませんでしたね。まだ続けますか? 別に良いですわよ、私は。貴方が引き継いで決闘を続行しても」
「ひっ!? こ、降参だ! 降参するぅうう!」
「あら、そうですか。それではソフィーさんのことは諦めるのですね?」
「い、言われずとも、そんな男爵家の女なんてくれてやるよ! 元々ちょっと遊んで捨てるつもりでいたからな! 惜しくもなんともな――」

 最後まで言わせる前に、私はジョルジュさんから借りた剣を、カーツ様の足の間の石畳にズンと深く突き刺します。

「ひいっ!? い、石畳に剣がこんなに深く!?」
「あら失礼、手が滑りましたわ」
「ぜ、絶対にわざとだ……」
「ところで今、なにやら聞き捨てならないことを言っておりませんでしたか? 私のお友達であるソフィーさんに対して、遊んで捨てるつもりだったとか」
「それはえっと、言葉の綾というかだね……」
「まさかあのサヴォス侯爵家のご子息であるカーツ様に限ってそのようなゲスにも劣る畜生な発言をするわけがありませんわよね? もし本当に言っていたのであれば、ショックのあまり私、また手が滑ってしまうかもしれませんわ。ええ、それはもう派手に」
「な、なにも言っておりませえええん! 申し訳ございませんでしたあああ!」
「謝る相手が違いますわね。貴方が謝るべきなのは私ではなく、被害者のお二方でしょう?」
「ソフィーさんとマトック君も誠に申し訳ございませんでしたあああ!」
「よろしい」

 と言いながら一発顔面をブン殴っておきます。

「ぐぎゃあ!? な、なんで謝ったのに……」
「ムカついたからですが、なにか?」
「り、理不尽だ……ぐふっ」

 理不尽もなにも。
 これだけ人をムカつかせる行動を取っておいて、むしろなぜ自分は謝れば殴られないと思ったのでしょう。
 一発で済ませてあげたことにむしろ感謝してほしいぐらいですわね。

「ふぅ、スッキリした」

------

「ありがとうございました! スカーレット様!」
「男爵家の娘なんて家格の低い私なんかを救ってくださるなんて、なんとお礼をすれば良いか……ありがとうございます、ありがとうございます」
「お気持ちはもう十分伝わりましたので、そろそろ帰っても良いかしら」

 いつまで経っても終わらない、永久に続くかと思われたマトックさんとソフィーさんの感謝の言葉を適度に切り上げさせて、自宅の屋敷に帰る途中。。
 夕日を背に学院の門をくぐると、そこには一人の男子生徒が立っていました。

「今日は遅かったな。最近は毎日忙しそうにしていたのに。なにかあったのか?」

 その男子生徒――ジュリアス様は、陽の光を浴びて黄金色に輝く髪をかきあげながら、私に微笑みかけてきます。
 まあ、白々しい。なにがあったかなんて、すべて知っているくせに。

「そういえば今日、魔法演習場で決闘があったらしいな。なんでも平民の恋人達の仲を引き裂こうとした侯爵の息子が、どこぞのご令嬢に叩きのめされたとか」

 無視して先を行こうとする私の横に、しれっとジュリアス様が並んできます。
 顔をしかめる私に、ジュリアス様は楽しげな口ぶりで言いました。

「その時ちょうど私もその辺りを歩いていてな。興味本位で近づいてみれば、我が愚弟がまた、なにか良からぬことをしでかそうとしていたものだから、少し教育をしてやっていたのだ。貴女にも見せてやりたかったな。得意げに使っていた魔法を封じられて慌てふためく愚弟の、あの愚かな様を」

 天使のようにきれいなお顔をしてるくせに、なんて腹黒な方なのでしょう。
 こんな方に関わっていたら、私までひねくれた人間になってしまいますわ。
 無視してさっさと屋敷に帰りましょう。

「だが、そんな騒ぎを起こしてしまったせいで、決着の瞬間を見逃してしまってな。私と同様に、周囲にいた者も全員が全員、何が起こったのか分からずじまいだった。まったくついていない。愚か者と愚弟がまとめてなぎ倒される瞬間など、さぞ愉快な見世物であっただろうに」
「そうですかそれは残念でしたねそれではごきげんよう」

 素っ気なく言って、道に止まっていたヴァンディミオン家の馬車に乗り込みます。
 扉が閉まる間際、背後からジュリアス様が言いました。

「……決闘には興味ないんじゃなかったのか? このお人好しめ」

 人のことを言えた口ですか。
 言っておきますけど、私は絶対に貴方に助けてもらったお礼なんて言いませんからね。

「なんのことでしょう。私はただ――ムカつく男をブン殴っただけですわ」
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