【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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人界編

妖の里①

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 亘に乗って向かった先は、本家の裏山のさらに奥深い山中だった。
 空を飛べば大した距離ではないが、人が立ち入るには結構大変な場所だ。手入れのされていない山奥で、鬱蒼と生い茂った木々の中、舗装された道もない。
 確かに、こういった場所ならば、妖の里がひっそりあっても、気づかれにくいだろう。どうせ本家の私有地だろうし。

 亘はその山中にある、小さな岩壁の前に降り立った。小さな、とはいっても、俺の背丈の二倍位の高さは優にある。さらに、その岩壁に面して、苔むした石造りの鳥居が立っていた。

 なかなか不気味な雰囲気の場所だ。

 鳥居は岩壁にピタリと沿うように立っているので、その向こう側に何かがあるわけではない。
 ただ不思議なことに、獣道が鳥居の真ん中に向かって続き、壁の前でピタリと途切れていた。

「それで、里はどっち?」

 鳥居が里の目印かなんかだろう、とは思ったが、周囲を見回してみても家は疎か、木々が開けたような場所すらない。
 見渡す限り、雑木林がひたすら続いている。

「こちらです、奏太様」

 汐はそう言うと、鳥居の真ん中にまっすぐに向かっていく。

 こちらです、と言われても、そこには岩壁が立ちはだかるだけだ。
 それとも、岩壁と鳥居になにか仕掛けでもあるのだろうか。

 そう思い見守っていると、汐がピタリと岩壁にとまる。そして、再びふわりと舞い上がったかと思うと、その姿が岩壁に吸い込まれるように、ふっと掻き消えた。

「……え?」

 思わず声を出すと、背後にいた亘から、ククっと笑い声が聞こえてくる。
 振り返ると、亘は人の姿でニッとイタズラっぽい笑みを浮かべて、俺の背を押した。

「さあさ、参りましょう」

 俺は、亘に背を押されるがまま岩壁に向かっていく。

 ……ああ、これはあれかな。アニメとかでよくある、壁の一部が幻か何かになっているパターンのやつ……

 ここまで、いろいろな不思議に晒されてきたのだ。それくらいの事があっても、受け入れる耐性はできている。

 ただ、そうはいっても、ぐんぐん眼の前に岩壁が迫って来ると、本当に通り抜けられるのかと、身構えずにはいられない。

 ぶつかりそうになった瞬間、俺は思わず手を前に突き出した。
 ゴツゴツ、冷っとした感触が掌にあたる。しかも、押しても、周囲を触ってみても、変わらず岩壁が立ちはだかるだけだ。

「……は?」

 思っていたのと違う状況に、戸惑いの声をあげる。
 それにもかかわらず、亘はグイグイと背を押してくる。

「ちょ、ちょっと亘! 壁、壁!」
「壁に手をついて、キチンと対話しなければ入れませんよ?」
「はぁ!? 対話って何!? そういうのは先に言ってよ!」
「ああ、これは失礼」

 亘からは悪びれないどころか、面白がるような声が聞こえてきた。

 なるほど。最初から俺をからかうつもりだったらしい。せっかくハクの一件で見直したのに、なんでこういう事をするのだろうか。

「っていうか、背中押すのやめろよ!」

 仕切り直す間も、詳しいやり方を聞く間も与えず、岩壁が顔の前数センチまで迫ってもグイグイ押してくる亘に叫ぶようにそう言うと、ようやく背中の手がぱっと離れた。

 振り返ってジロっと睨むと、亘は両掌をこちらに見せるように上げて、ニコリと大変いい笑顔をこちらに向けている。

 すると、壁を抜けて汐がひらひら舞いながら、再び外に出てきた。

「一体何をなさっているのです?」
「何を、じゃないよ。汐もちゃんと入り方を言ってから中に入ってよ。案内役だろ」
「亘が、入り方は自分がお教えしたいと言うから任せたのですが……」

 汐は俺と亘の様子を伺うように、間をふわりと舞うと、呆れたような声を出した。

「……もうすぐ御役目に戻るのだから、奏太様をからかうのは止めなさいよ。大人げない」
「いや、奏太様はからかいがいがあるから、つい、な」

 つい、ではない。
 一年前のあの日、俺のことを“お仕えすべき方”と言っていた記憶があるが、空耳だったのだろうか。いや、きっと空耳だったに違いない。そう思わなければ、小馬鹿にしたような亘の態度に納得がいかない。

「それで? どうやって入るのか、ちゃんと教えてよ」

 亘に聞いたところで、正しい答えが返ってくるか怪しいので、汐の方を見て問いかける。
 汐は俺と亘に聞こえるように大きな溜息を一つついて人の姿に変わると、鳥居の真ん中あたりの岩壁にトンと手をついた。

「こうして手を付き、“吾を入れよ” と念じてください。すると、名を問われますから、ご自身の名を答えてください。奏太様の名は皆知っていますから、問題なく通れます」
「知られてなかったらどうなるの?」
「どうにもなりません。ただ、岩壁のまま中に入れぬだけです」

 なるほど。本家の私有地である山中に隠れるようにあって、更に、名前も知られていなければ入れない、と。念には念を入れてる訳だ。
 間違って誰かが迷い込んで来るようなことは、少なくとも無さそうだ。

 俺は、岩壁に手をつく。汐に言われた通り、

「吾を入れよ」

と念じると、頭の中に

「名を」

と短く低い、男の声が響いてきた。

「日向奏太《ひむかいそうた》」

 そう、頭の中の声に答えると、ふっと掌の感触が消えたのがわかった。

 そのまま、腕を押すと、すうっと腕が岩壁の中に突き抜けていく。
 体も同じように進めて中に入ると、そこは、オレンジ色の明かりに照らされた、洞窟の中だった。

 無骨にむき出しとなった左右の岩壁に点々とランプがかけられ、坑道にでも迷い込んだかのような感じだ。
 ぼうっと周囲を見回していると、不意に下から声が聞こえてきて、俺はビクっと肩を震わせた。

「ようこそ、お越し下さいました。奏太様」

 見ると、少年が二人、俺の眼の前に跪いている。年頃としては、中高校生くらいの見た目で、二人とも、グレイがかった髪色、水色と紺の着物姿だ。

「え……ええと……」

 ハクの前に妖達が膝をついているのはよく見かけていたが、まさか自分がそんな対応をされるとは思わず、戸惑いを隠せない。

 どう反応したものかと思っていると、

「あとが支えているのですが、奏太様」

という、いつもの調子の亘の声が聞こえてきた。
 すると、眼の前の紺色の着物の少年が、眉を顰めて亘を見上げる。

「失礼だぞ、亘。最初の大君の血を引く御方に」

 亘はそれにフンと鼻をならす。

「真面目が過ぎると、敬遠されるぞ。弌」
「弌と呼ぶなと何度言ったらわかる!?」
「二人共、そのやり取りは後に。奏太様をご案内するのが先よ」

 汐が俺達と、少年二人の間に入る。
 すると、弌と呼ばれた少年の隣にいた水色の着物の少年も顔を上げた。

 二人はよく似た顔つきをしている。ただ、こっちの方がやや優しげな顔つきだ。まあ、弌のほうがキツイ顔つきに見えるのは、怒っているのもあるのだろうが。

「そうだよ、兄さん。亘が嫌いなのはわかるけど、今は御役目中だ。亘が嫌いなのはわかるけど」

 隣にいる少年は、同じ事を二度繰り返した。どうやら、弌の弟らしい。
 そして、とりあえず、亘がこの二人に嫌われていることはよくわかった。

「はは、朔《さく》まで酷いな」
「二人は兄弟なの?」

 俺が尋ねると、亘が俺に説明するように一歩前に出て二人を見下ろす。

「ええ。兄のほうが、晦日に生まれたので晦《かい》、弟が翌日に生まれたので朔《さく》。覚えやすいでしょう?」
「いや、覚えやすいなら、キチンと名前で呼んであげなよ。なんで弌なんだよ」

 俺がそう言うと、二人は尊敬するようなキラキラした目で俺を見上げる。それに、亘は軽く肩を竦めた。

「門番、その弌、その弐、です。からかいがいがあるのです。奏太様と一緒で」
「からかう? お前、守り手様を一体なんだと……!」

 晦が噛みつくようにそう言いかけると、不意に、その後ろから美しい黒揚羽蝶がヒラリと舞ってくるのが目に入った。

「その辺にしろ、晦。」

 黒揚羽蝶はそう言うと、ふっとその姿を、蝶と同じ色模様の着物姿の男性に変える。艶のある黒い長い髪を後ろに垂らし、端正な顔つきだ。年は見た目だけで言えば、四十代くらいだろうか。
 亘が二十代後半の見た目で二百を超える歳なので、実際には何歳かは分からないが。

 男は眉根を寄せて、兄弟を見下ろす。

「其方らが門番に立っていると聞いて、こうなっているのではと思ったのだ。汐、此奴らの諍いくらい止められずにどうする。亘、其方も、もういい歳だろう。目下の者共の見本とならねばならぬ立場だ。もう少し自覚を持て」

 男にジロっと睨まれた亘は、ニコリと笑ってそれを受け流している。
 一方で汐は、両手を前に揃えて丁寧に頭を下げた。

「申し訳ありません。父様」
「……父様?」

 思わず声に出して呟くと、汐に父様と呼ばれた男は、すっとその場に片膝をつくと、俺に向かって頭を下げた。

「お見苦しいところをお見せし、申し訳ありません。お初にお目にかかります。奏太様。汐と栞の父、瑶《よう》と申します。お待ち申し上げておりました」
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