【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
169 / 297
人界編

閑話 ―side.湊:血の意味②―

しおりを挟む
 誠悟が死に、亘の絶望した顔を見たことに満足したはずだった。しかし、それから大した時間もおかず、気づけば亘は別の主を得ていた。
 
『自暴自棄になり荒れていた亘に仕事を与えて、その力を真っ当に振るえるように御当主が取り計らったらしい』
『今までの妬みを晴らすように飛びかかっていった馬鹿どもを薙ぎ払い、その力を見せつけたようだ』

 そんな噂を耳にした。
 日向の当主代理は、亘に優梛様を奪われた事を忘れたのかと、耳を疑った。

 しかも、亘は新たな主となった奏太様との信頼関係をどんどん強くしていくし、妖界での大きな戦の後には、あちらに追いやったはずの結が姿を変え姫君の装いで人界に現れた。 
 豪奢な車に乗り、側近を侍らし、皆に膝をつかせるその様は、鬼界に置き去りにされたあの方の最期の姿とはあまりにも異なっていた。

 皆が誇らしげに迎え入れるのを横目に、私は一人、怒りを押し殺すので精一杯だった。

 誠悟の為にも、亘の為にも、結は絶対に幸せになってはならない者の筈だった。それなのに、結が幸せそうに笑うことで、亘も同じように笑うのが、とにかく許せなかった。虫酸が走り、息ができなくなるほどの憤りが胸中を占めた。


 父お抱えの行商人がフラリと現れたのはその頃。機が巡ってくるとはこういう事を言うのだろう。
 
 ある程度決まった時期にやってくるその行商人は、時期外れのその日、たまたま近くへ来る用事があったからと約束もなく父を訪ねて屋敷へ来た。
  
 しかしその日は丁度、父が不在としている日。
 普段であれば、私が商品を見せられることはないが、せっかく良い商品が手に入ったから御覧になりませんか、と誘われ、少しだけならと承諾した。

「これも御縁でしょう。商品の方がそれを必要とする方を呼び寄せる事がありますから」

 そう行商人は胡散臭く笑って言った。
 
 商売人の戯言か、その時は内心そう鼻で笑った。
 
 しかし今になってみれば、そういうこともあるのだろうと思う。父の不在に、直後に里の出入りを禁じられる行商人が自分の前に現れてそれを運んできたのだから。しかも、結の存在と亘が笑う姿に憤り、歯がゆさを感じていたその時期に。
 
 薬草や宝玉、妙な力を持つ武器、呪物の類。それらに混じって光を反射する二つの小さな水晶玉に、私は強く惹きつけられた。

 曰く、それは魂を籠める水晶玉。
 生者の血にたっぷり漬けるとその生者の魂を水晶玉に籠めることができ、更に生きる機能を持つ体に水晶玉を入れれば、その体に水晶玉の魂を移せるという。
 
 それが二つ。

 いくつか注意点を並べ立てられたが、気にするような事でもない些細なもの。私はそれにどうしようもなく魅了された。 
 
 その後すぐに、行商人は呪物の販売を咎められて里への出入りを禁じられた。あの機を逃していたら、きっと水晶玉を見ることすら叶わなかっただろう。
 
 本当に、あの水晶玉自身が私に買われに来たのかもしれない、何となくそう思った。
 

 水晶玉を手に入れたは良いものの、本当に使えるかどうかがわからない。誰かを使って実験をするにしても里の者では限界がある。
 私はその頃から、使い勝手のよさそうな里の外の妖や、戦力になり得る鬼を以前よりも精力的に集め始めた。結と亘に地獄を見せるには、都合よく動かせ処分できる手足はいくらあっても良い。

 人里に住む妖は、よく探せばそれなりに見つかる。しかし、里の武官と釣り合うような力のある者はほとんど居ない。せいぜい、小細工をする際の手足にするくらいだ。
 かと言って、ある程度の力をもつ鬼が人界へ紛れ込んでくる機会もあまりない。その為、鬼界への綻びを閉じられ周囲の鬼を始末される前に情報をなるべく早く集められるよう、拓眞兄上の取り巻きを使いつつ探り続けた。
 妖界への結界の綻びができなくなった反動か、鬼界への穴は以前に増して多く出現するようになっている。運良く鬼を見つければ、捕らえ母の血を飲ませていった。


 そうやって密かに動いていたのだが、しばらくした頃に問題が起こった。
 
 飲ませた血の量の問題か、鬼自身の問題かはわからないが、一度に二体の鬼を運ばせている間に鬼が暴れ出したらしい。
 せめて私がその場にいれば何らかの対応ができたかもしれないが、血を飲ませた後、兄上の配下に任せたのが仇となった。
 喬《きょう》はそのまま鬼を制御できずに山に落ち、たまたま居合わせた亘に見つかる事態となったのだ。

 問題はそれだけではない。兄の配下である喬と樹を使ったため私とのつながりは分からないはずではあるが、亘をその場で始末しきれず逃がしたのだ。生き残った樹が意図せず亘に余計な事を言っていないとも限らない。それに、柊士様が探りを入れているようだったが聞き取りが妖界で持たれた事でどの様に処理されているかがわからなかった。

 私の成していることを里の者達に勘付かれるわけにはいかない。
 
 丁度、兄は亘への強い劣等感と対抗心、守り手様の護衛役への執着心を抱えていた。それに、表向き、事を起こしたのは兄の配下だ。
 
 考えた末に、少々の噂をばらまいたうえで、亘が遭遇した鬼の件と関連づけるような事件を起こし、拓眞兄上の仕業に仕立て上げることにした。 
 お粗末な計画ではあったが、兄の仕業と思い込んでくれればそれで良い。守り手様の護衛役を害し守り手様自身を取り上げようとすれば、大方勘違いしてくれるだろう。
 
 ついでに、貴重な鬼を二体失い亘に知られて逃げ帰ってきた樹には、罰として、まだ誰にも見つかっていない結界の綻びから鬼界に入り、できるだけ強力な鬼を連れてくるように言い渡した。

 
 祭りの時期が近づく。
 父に押し付けられた雑事をこなしている最中、ふと、いつか買った水晶玉が目に入った。魂を入れ替える力を持つ、対の水晶玉。

 それと共に、白月として帝となった結の姿が思い浮かぶ。

 ああそうだ。
 なぜ思いつかなかったのだろう。

 祭りを口実に結を里に誘き出し、何らかの方法で水晶玉を使うことができれば、その魂を私の自由にすることができる。
 せっかくだから、母の体と入れ替えたらどうだろう。きっと、自由を奪われ父に飼われ続けた母も喜ぶだろう。

 母から血を貰うのも心苦しかったのだ。中身を入れ替え、存分に抜いてやれば良い。


 私は公文書に見立てた文を書く。真面目に仕事をしていたことが功を奏し、私が妖界へ文を送ることを、誰も疑問には思わない。

 しっかり血を飲ませた使いに返事を受け取りに行かせると、なんの疑いもなく了承の返事が戻ってきた。
 

 祭りの前日、西からやってきた都築兄上を招いた宴が屋敷で行われた。

「せっかく都築兄上もいらした祭りの席です。良い酒をご用意しましたよ」

 そう言いつつ、いつものように、使用人と同じように立ち回る。

「湊、そのようなことは他の者に任せれば良い。お前も席に」

 そう言う都築兄上に、私は御番所で見せるような笑みで返す。

「いいえ、私の御役目ですから」

 そう、こういった雑事は私の仕事だ。昔から嫌で嫌で仕方がなかった。でも、この場でこの役目を取られるのは困る。ここまでせっかく準備をしてきたのだから。

 私は忙しなく動くふりをしながら、できるだけ強い酒を、どんどん拓眞兄上に飲ませていった。

 拓眞兄上に酒が入ると乱暴になるのは何時もの事だ。気に入らないことがあれば器を投げられ、暴言を浴びせられる。でも、その様なこと、大きな目的と拓眞兄上の明日の行く末を思えば何てことはない。
 今だけ存分に、尊大に振る舞っておけばいい。最後くらい健気な弟を演じてやろう。

 拓眞兄上の世話を焼いていると、見兼ねた様に都築兄上がこちらへ来て声をかけてくださった。でも、今は邪魔をされる訳にはいかない。

「何時ものことです。相手が使用人だと更に抑えが効かなくなります。しばらくすれば酔い潰れるでしょうから、それまでは私が」

と言うと、都築兄上は何かあれば何時でも代わるから声をかけろと仰った。

 この兄上が常に里にいらっしゃったら何か変わっていただろうか。そんな思いが一瞬過る。ただ、過去の可能性を考えたところで、今の状況が変わるわけではない。

 拓眞兄上が味も何も分からなくなるくらいに泥酔した頃、私は真っ赤な葡萄酒を用意した。
 拓眞兄上の器の中に多量の母の血を注ぎ、その上から、特別な酒だと言って葡萄酒をなみなみと注ぐ。

 母の血は、男を虜にする魅惑の香りが含まれる。拓眞兄上はそれをグイと満足気に飲み干した。

「さあ、兄上。明日の祭りは貴方が主役です。存分に、暴れてくださいね」

 そう耳元で囁くと、拓眞兄上はスウとそのまま眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

処理中です...