【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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人界編

閑話 ―side.巽:人界の使者―

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 白月は、大きな天蓋の下、帳《とばり》に囲われた中で眠っていた。

「薬を使い、随分前から眠っています。強力な薬を使い続けているので、しばらくは目覚めません」

 紅翅は白月を見下ろしてそう言った。

 帳の内側にいるのは、巽と紅翅、白月の女性護衛役が二名だけ。
 一方で、外には翠雨、璃耀という二人の貴人とその護衛、更に巽をここまで連れてきた宇柳がいた。
 

 妖界に入り、厳重に護られた温泉地へ入り、翠雨や璃耀と対面してからこの部屋に来るまでが随分と大変だった。

 妖界の屈強な武官達に警戒心も顕わに睨まれ続けたのもそうだが、美しく整った顔つきの左大臣様から向けられる射殺さんばかりの怒気と、蔵人頭様から向けられる心胆を凍りつかせるような冷たい視線に耐えながら、事情説明をするのはもっと大変だった。

 もしや説明を終える前に処刑されるのではと思う程に。何度心の中で奏太に助けを求めたことか。
 
 宇柳と二人、自分達が怒りに触れないように言葉を選びまくり、日向家も被害者であることを主張し、罪のすべてを湊と拓眞の二人に集中させるようにして説明していった。実際そうではあるのだが、そのあたりをハッキリさせておかないと妖界から人界へ攻め入って来そうな気すらしたのだ。
 
 妖界の者達が攻め入って来たところで、人界では地方の片田舎で人知れずに起こった戦いになるだろう。ただ万が一、柊士と奏太を妖界側に奪われるようなことになったら、人界は鬼界との結界の維持ができなくなって直に終わる。御二人の重要性をわかっているからこそ、妖界を敵に回すようなことは絶対に避けなければならなかった。

 内蔵を捩じ切られるような思いで外交をしながら、巽は何とか、白月の体のあるこの部屋に辿り着いたのだった。

 
 巽は目の前に寝かされた女性を見る。
 
 白月として初めてお目にかかった時もそう思ったが、なんてきれいな方なのだろうかと改めて思う。
 その名の通り、闇に浮かぶ白い月のような色の髪に、無垢で透き通った肌。まるで人形のように整った目鼻立ちと、そこに浮かぶ薄紅の唇。 

 この姿だけを見れば、結であった頃の面影はない。何者にも心を砕く優しさと、心のままに笑う天真爛漫さ、時折見せる聡明さと思慮深さ。それらがあって、初めてあの頃の守り手様の姿が重なるのだ。
 
 今のこの姿には、触れてはならぬ神聖さがある。

 ……この御体に、刃を入れるのか……

 巽はゴクリと喉を鳴らした。

「巽殿」

 紅翅に促され、巽はようやく小さく頷く。

 やるべきことはそれ程複雑ではない。注意しなければならないのは、大量の血を必要とする分、白月の体が死んでしまわないようにすることだけ。

 巽は自分が持つ水晶玉の扱いと、今まさに埋まっている可能性のある水晶玉について自分の知っていることを既に紅翅に伝えている。そのうえで、白月の体の扱い自体は侍医殿に任せることになっていた。
 
 紅翅が小刀を握り、あの祭の日に鬼に割かれたのと同じ場所を、ゆっくり切り開くと、白く透き通るような肌に赤い線が入り、血が染み出す。
 ある程度まで傷を広げると、紅翅は慎重にそこに指先を入れ始めた。上手く見つかるか、固唾をのんでじっと紅翅の手に集中する。

 すると、あるところで紅翅はピタリと手を止めた。

「ありました」

 そう言うと、ゆっくりと血に染まった手を引き抜く。そこには、見覚えのある、中央に白い球のある水晶玉がしっかりとつままれていた。

 それを確認すると、今度は少しだけ傷口を広げてもらい、血が溜まるその場所に巽はそっと人界からもってきていた無色の水晶玉を浸した。

 鬼に白月を移した時に使われた水晶玉なら、鬼の魂を入れたことは無いはず。
 白月の魂を掬い上げた時間を思い出しながら、ジリジリ痛むような視線に耐えつつじっと待った。
 そろそろだろうか。水晶玉をほんの少し取り出してみる。

 そこには、白月の体に入れる前まで白かった中央に、しっかりとした青い光が灯っているのが見えた。

 第一段階の終了に、巽はホッと息を吐く。これで、白月の体から鬼の魂を取り出し、閉じ込める事が出来たはずだ。

 更に、隣に置いた橙色の光を宿す水晶玉を手に取り、傷口の中に入れ込む。

 目の前の紅翅にコクリと頷いて見せると、紅翅は手早く傷を塞ぐための処置を始めた。ここから先は、侍医殿にお任せすれば良い。

 白月の顔を見ても、血色には変化なく、ただ先ほどと同じように眠っているように見えるだけだ。

 巽はあとを紅翅に任せ、安堵に胸を撫で下ろしながら、そっと降ろされた帳の中から出た。
 
「……終わったのか?」
「はい。あとは無事にお目覚めになるのを待つだけです」

 巽は翠雨にそう答えつつ、小さな机に置かれた盥で、水晶玉についた血を落としていく。
 手ぬぐいで水晶玉を拭き取ると、透明な水晶の内側で、白月のそれとは明らかに違う青の光が揺らめいていた。
 
「使者殿、その水晶玉を拝見したい」

 巽の手の中を覗き込むようにしながら、隣まで来ていた翠雨に言われて、巽はそっと青い光を宿した水晶玉を手渡す。
 
 翠雨は不意にその場にしゃがみこみ、何故か床の上に水晶玉を置く。そしておもむろに、懐から小刀を取り出した。
 いったい何をするのだろう。
 大仕事を終え、ホッとした心地のままそんな事をぼんやり思って見ていると、翠雨は突然、刀の頭《かしら》の部分を思い切り水晶玉に叩きつけた。

「しょ、証人がっ!!」

 巽が思わず悲鳴を上げる。
 しかし無情にも、水晶玉は真ん中から脆くも二つに割れて崩れ、色が完全に白と透明に戻ってしまっているように見えた。

 あ然としていると、翠雨はニコリとキレイに笑う。
 
「これは申し訳ない。手が滑った」

 ……いや、誰がどう見ても、故意に割りましたよね?

「璃耀、どうするのが良いと思う?」

 何も言えずに水晶玉を前で青褪めていると、呼ばれた璃耀がスッと側に腰を落とした。そして、白の手ぬぐいで汚いものでも持つように水晶玉の欠片を持ち上げてまじまじと検分するように見る。何かを確認したように一つ頷くと、手ぬぐいごとその場に破片をポイっと投げ捨てた。

「壊れてしまったものは仕方がありませんね。死の泉にでも沈めて処分したほうが良ろしいでしょう。宇柳、手配しろ」
「……は、はい!」
 
 翠雨と璃耀が場所をあけると、宇柳は青い顔で水晶玉にかけより、破片を片付け始める。
 二人は立ったまま、それを冷たく見下ろしていた。
 
「……う、宇柳殿、大事な証人だったのですが……奏太様にどうご説明すれば……」

 破片拾いを手伝うふりをしながら、可能な限りの小声で宇柳に言うと、宇柳はふるふると小さく首を横に振った。
 
「あとでいくらでも聞きますから、今は黙りましょう……」

 宇柳の注意が鋭くこちらを見る四つの目に向いているのを感じ取り、巽はグッと口を噤んだ。


 紅翅の処置も終わり白月の状態が安定したことを確認すると、巽は何故か翠雨に連れられ、休憩の為にと一室に案内された。さすが左大臣様なだけあって、護衛や側近が一緒に移動するため、巽としては肩身が狭い。

 着いた部屋の入口には屈強な雰囲気の武官が二名控えていて、何を厳重に守っているのかと思うほど警戒をしている。とても安らかに休憩出来るような雰囲気ではない。
 
 武官にジロリと睨まれ、小さくなりながら翠雨に続いて部屋に入ると、翠雨の側近によって戸が閉められた。

 部屋の中央でクルリとこちらへ向き直った翠雨は、美しく整ったその顔に、優しげな表情をピタリと貼り付けて巽を見た。
 
「使者どの、白月様が目覚めるまでこの部屋をお貸しする。ゆっくりしていくと良い」
「え、いえ! そこまで御迷惑をおかけするわけには……」

 巽としては、できるだけ早く主の下へ帰りたい。事件は全く解決していないし、再び奏太が危険にさらされないとは言い切れない。

 慌てて顔の前で両手を振ると、翠雨は、まるで黙れと言わんばかりに殊更に笑みを深めた。

「なに、御遠慮召されるな」

 翠雨はそう言いつつ、何故かこちらに歩みよってくる。ジリっと一歩下がりかけると、背中を翠雨の護衛に押し止められた。
 巽は蛇に睨まれたように動けず、ヒクッと顔を引き攣らせる。
 
「い、いえ、長居するわけにはまいりません。主が今大変なことに……」

 そう言いかけた途端、翠雨はピタリと巽の前で足を止めた。さらに胸元から扇子を引き抜いたと思えば、ヒタと巽の首筋に扇子の先を当て、耳元に顔が寄せられる。
  
「まあ、そう慌てるな。万が一あの方に何かがあれば、其方の首と胴を切り離して、人界側への見せしめにせねばならぬ」

 そう低く囁かれた言葉に、巽はゴクリと唾をのんだ。キリキリと再び内蔵が絞られるように悲鳴を上げ始める。

「そちらの事情など知ったことか。主上の御命より大事なものなどあろうはずがない。それがわからぬとは言わせぬぞ、使者殿」

 そこまで言うと、翠雨の顔がパッと離れる。
 それから、一際明るい声が部屋に響いた。

「しっかり饗《もてな》させていただこう」
 
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