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人界編
儀式までの数日
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儀式の間に閉じ込められてからは、差し入れられた本を読んだり、トランプの相手を汐と亘にしてもらったり、二人の昔話を聞いたりして時間を過ごしている。
汐は生まれて三十年そこそこらしいので、うちの両親の思い出話くらいの時代感だが、亘の場合は二百年前からの歴史だ。人の歴史は分からないらしいけど、それでも、江戸、明治、大正、昭和、平成と人界で過ごしている分、なんだか歴史の教科書を捲っているような感覚で話を聞いていた。
「精神年齢は汐より下な気がするけどね」
と冗談のつもりで言ったら、
「歳が上だからと言って凄いということはありませんよ。榮など私の倍生きていましたが、尊敬すべきところがありましたか?」
と真顔で返され、黙るしかなかった。
それから、ちょっとずつ、汐に妖界の文字も教えてもらうことにした。練習しながら妖界にいる巽宛に手紙を書いたら、翌日、『怖い人達に囲まれてます。助けてください』と人界の文字で書かれた手紙が戻ってきた。
「ねえ、淕、これってどういうこと?」
届けてくれた手紙を見せながら言うと、淕は文面に目を通したあと、少しだけ困ったような表情をして俺と手紙を交互に見る。
「どうやら妖界で質にとられているようです。柊士様に宛てられた妖界からの文にそのようなことが書いてあったと」
「は!?」
驚きに声を上げると、淕はパっと俺の手から手紙を取り上げ、何事もなかったかのような顔でグチャッと握りつぶした。さらに、俺に向ってニコリと笑う。
「白月様がお目覚めになるまでの間だけです。巽も武官ですから、奏太様が御心配になることはありませんよ。弱音を吐いて主を煩わせるなど、巽には再教育が必要そうですね」
「いや、でも、俺があっちに行かせたわけだし、何かあったら……」
俺が言うと、淕は緩く首を横に振った。
「柊士様も手荒に扱わぬよう交渉の文を送られていましたから大丈夫でしょう。奏太様がお気になさることではありません」
淕はそう繰り返すと、この話は終わりだとばかりに丸めた手紙を懐にしまい込んだ。
柊士が動いてくれるなら安心だけど、送り出すのはもうちょっと慎重になったほうが良かっただろうか。
そう思っていると、淕はさっさと別の話題に切り替えた。
「それよりも、遥斗という青年が目覚めました」
「遥斗が? 様子は? 体に異常は……」
「体に異常はありません。ただ、鬼の血を飲まされて操られていた間の記憶が残っているようで、随分混乱しているようです」
「記憶が? 全部?」
操られている間の遥斗の異常な行動を思い出して、ゾッとする。あれを全部覚えていたとしたら、混乱状態に陥るのも無理はない。
「尾定殿が鎮静剤打ち、心を落ち着けられるよう柊士様の御命令で栞が枕元で夢を操っています。本人は柊士様のお側にいる時間が減ると随分不満そうですが……」
淕がチラと汐に目を向けながら言うと、汐はフンと鼻を鳴らした。
「主の御命令でほんのちょっと御側にいられないだけだというのに、随分な甘えだこと」
……ああ、怒ってる……
汐は苛立ちを隠すことなく、淕を冷たい目で見据えている。自分から敢えて地雷を踏みに行ったように見えたが、淕はそれに答えることなく気まずそうにスゥっと視線を別の場所に移した。
あまりの気まずさに、俺は話を変えようと口を挟む。
「あ、あの、栞は確か幸せな夢を見させるんだよね? 夢を操るなんてこともできるの?」
「え、ええ。夢に浮かぶ記憶を整理しつつ、幸せな嘘を少しずつ織り込んで行くそうです。そうやって、起こった出来事の衝撃を和らげていくのだと」
夢は記憶を整理する為にみるのだと、どこかで聞いた事がある。栞の力は、以前聞いた時にはとても怖い力だと思ったけど、使い方によってはとても役立つ力のようだ。
まだ怒っている汐に話を振るつもりはないけれど、もしかしたら、悪夢を見せる汐の力も、使い方によっては目覚まし以上の凄い使い道があるのかもしれない。
落ち着いた頃に、教えてもらおう。
「あの青年は、しきりに奏太様の御心配をしているそうです。奏太様に会わせろと煩いのですが、今の状態では説明が難しいため、お怪我をして寝込んでいると伝えています。無事に全てが決着する頃には、きっと本人も落ち着いているでしょう。奏太様の口から御説明して差し上げてください」
こっちが遥斗を巻き込んだのに、俺の心配をしてくれているとは思わなかった。
淕が言う通り、全てが解決して落ち着いたら、遥斗としっかり真正面から話をしてみよう。全部を理解して受け入れてくれるかは分からないけど、できるだけ言葉を尽くして真っ直ぐに向き合ってみようと、そう思った。
ついでに汐と栞もキチンと話をさせよう。
亘と淕はなんだか普通だけど、何となく、力で解決しようという柾的な解決法を考えてるんじゃないかと、そんな気がした。その方が後腐れはなさそうなので、こちらは一旦放置だ。
「あれ、そういえば、柾は柊ちゃんが使ってるとして、椿は?」
「あぁ……」
淕はそう声に出すと、視線を斜め上に向ける。
「落ち込んでいます。すごく」
「なんで?」
「奏太様が妖界へ行かれると思い込んでいるからです。表向きには慶事として扱われますが、主を失うわけですし」
「え、話してないの?」
「ええ、そのほうが、信憑性が増すと柊士様が」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
汐と亘はここに居るし、巽は妖界にいるのでそもそもこの事態を知らない。柾は知っているだろうけど、本人も俺も、俺の護衛役であるという意識は薄いし、柾が動じている姿は想像つかない。でも、椿は……
「少し、可哀想な気がします」
普段こういう事を言わない汐がこう言うのだ。きっといろいろ思うところもあるのだろう。
「しかし、そのお陰で周囲も転換の儀の執り行いを信じているところがありますから。後を追うような事をしないように見張ってはおきますが、しばらくはこのままが良いかと」
「…………後を追うって、妖界に着いて来ようとするってこと?」
「いえ、本来は、こちらでの生を終え、あちらに転生することを意味しますから、場合によっては自死ということも……」
俺はそれにギョッと目を見開く。
「自死って、まさか、そんな……」
「有りえないことではありません。過去にそんな例もあったそうですし、その様な事になればきっと私も……」
そこまで言いかけて、淕は口を噤んだ。亘と汐から漏れ出る殺気は俺でもわかる程だ。
淕はゴホンと一度咳払いをする。
「とにかく、椿のことはこちらにお任せください」
二人に睨まれつつ、淕はそう言葉を濁した。
七日後、俺達は今まで過ごしていた部屋の隣にあった広間で儀式の衣装を纏った柊士、粟路、都築の三人と顔を合わせた。
儀式の間の地面は土で剥き出しになっていて、白木の祭壇が置かれている。祭壇の左右には、鈴がたくさんついた錫杖のような長い棒が地面に突き刺さっていて、紙垂《しで》のついた細いしめ縄で繋がれている。祭壇の上には榊、御神酒、鏡、更に盛られた塩や米。そして祭壇の前には、掘り返された深く大きな穴があり、中に土で汚れた棺桶のような箱が入っていた。
ついでに、その脇で、普通のネズミの姿になった忠が小さな籠に入れられて震えている。
転換の儀には、ハクが兎になったように、依代となる動物が必要だ。ただ、偽装のためにだけに普通の動物を捕まえて来るわけにはいかないので、里の妖連中に殆ど知られていない忠に白羽の矢が立ったそうだ。
俺が急に儀式で閉じ込められる事になったため、本家の一室に閉じこもったまま帰れずにいたのを、柊士が利用しようと考えたらしい。
「ごめんな、忠。巻き込んで……」
気絶せんばかりの忠の様子を見てそう言うと、うるうるした目で見返された。
「……私はいつ帰れるのでしょう……?」
「ホントごめん。必ず帰れるようにするから、もう少し付き合って。……ゲームでもマンガでも、人のものを借りなくても楽しめるように、きちんと御礼をするよ。……柊ちゃんが」
そう言いつつ柊士を見れば、軽く肩を竦めた。きっと用意してくれることだろう。
それから、儀式の道具に紛れ込ませるように、缶詰めなどの保存食が運びこまれてくる。今までも淕達がちょっとずつ足していたけど、本来は儀式を行っている数日間は食事不要なので、儀式の間が完全に閉ざされる。その為、この食料で数日を過ごさなければならないのだと聞かされた。味気ない食事になりそうだけど、湊を捕まえて平穏を取り戻すためだ。我慢しよう。
一通りの準備が終わると、都築は膝を床につき、俺に深く頭を下げた。
「この度は、誠に申し訳ございません。一連の騒動を受け、湊を無事に捕らえましたら、亀島家の取り潰しを柊士様に願いました。奏太様には大変な御迷惑をおかけしますが、どうか、もうしばらく、御辛抱ください」
「取り潰し……? 西の里はどうなるの?」
俺が疑問を口にすると、柊士が補足してくれる。
「粟路の長男に西の里を任せ、次男を北に向かわせることになった。亀島の名は残らないが、都築にはしばらく西の執務の補佐に入ってもらい、新たな管理者に評価させて、その後の処遇を考える」
粟路の長男というと、以前、祭りの席で挨拶された、厳しそうなおじさんだったはずだ。ちょっと怖いなと思った記憶がある。
「そろそろ跡目を譲るつもりでいましたが、あやつであれば、西の里も適正に管理するでしょう」
粟路もそう頷いた。それに、都築が厳かな声で応じる。
「父と同じように処罰を受けても仕方のない状況である中、寛大な処遇に感謝いたします」
里の政治に俺は口出し出来ないし、するつもりもない。きっと伯父さんとも話し合った上で、そういう措置をとることにしたのだろう。
榮、拓眞、湊と、亀島家のことを考えると少し心配にはなるけれど、それでも西の里をずっと管理していた都築を急に排斥する事も出来ないのだろう。きっと少しずつ、体制移行を行うつもりなのだ。
儀式の時間を使って、俺たちはしばらくの間、今までの認識合わせや里の状況の確認などをして過ごした。
一度聞いていた話の確認だけど、落ち着いて整理する丁度よい機会だったと思う。
「ここから更に五日後が、儀式終了の目安だ。」
「随分長いね。遼《りょう》ちゃんが妖に変わった時はもっと短くなかった?」
山の中で行われた転換の儀の後のことを思い出してそう言うと、柊士は嫌なことを思い出させるなとばかりに顔を顰める。
「あれはそもそも、正規の手順を踏んでない。手っ取り早く絶命させるために、刀を使ったんだ」
なるほど……
確かに、遼は儀式の直前に、青嗣《あおし》達に刀で自分を斬らせていたっけ。俺もあのときの儀式を思い出して陰鬱な気持ちになる。
「今回は本来の手順を踏む。湊が現れるとしたら、儀式最終日である五日目だろう。通常は、陽の泉まで守り手を入れた箱を運び、そこで初めて箱を開ける。陽の気に満ちた水で陰の気を祓い、最後の清めをしてあちらに送り出すんだ。あいつの筋書き通りなら、そこで初めて儀式の失敗が露見する。外であるがために近づきやすい。あいつの望む結末を見届けるなら、そこが一番だ」
湊が望む結末。
儀式が失敗して、亘が俺の死を確認する瞬間を、湊は見たいのだ。妖に転じるという目的も果たせず、自分の手で殺したのだと亘が自覚した瞬間を。
「……ねえ、万が一儀式が失敗したらどうなるの?」
「通常なら、別の守り手を……」
「そうじゃなくて、護衛役と案内役の話」
俺が言うと、柊士は僅かに目を伏せる。
「前に説明した通り、儀式の遂行は護衛役と案内役によって行われる。成功すれば、主を妖界の帝に押し上げた誉れを、失敗すれば、主を……最初の大君の血を引く者を殺した罰を受ける。里で最も重い罰を」
「……え、護衛役と案内役が……?」
「全ての責任を護衛役と案内役に背負わせる為に、あらゆる危険を排した上で、二貴族の長と日向の当主のみの同席とし、護衛役と案内役以外は絶対に手を出さない、そういう決まりなんだ」
愕然とした。日向家に伝わる悪習にも、湊がそれを完全に利用していた事にも。
「……つまり、湊の思い通りに事が進んでたら……」
「時期は違えど、最終的にはお前ら三人、まとめて死んでた。お前は儀式で、亘と汐はその後の処刑で、な」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
湊の手を一切汚さずに俺たちは死に、あいつはただそれを里の者達に紛れて見届ければ良かったのだ。影で一人笑いながら。
「ただ、そうはならない」
柊士はきっぱりとそう言い切る。
「絶対に報いを受けさせるぞ」
「うん。絶対だ」
柊士の言葉に、俺は力強く頷いた。
汐は生まれて三十年そこそこらしいので、うちの両親の思い出話くらいの時代感だが、亘の場合は二百年前からの歴史だ。人の歴史は分からないらしいけど、それでも、江戸、明治、大正、昭和、平成と人界で過ごしている分、なんだか歴史の教科書を捲っているような感覚で話を聞いていた。
「精神年齢は汐より下な気がするけどね」
と冗談のつもりで言ったら、
「歳が上だからと言って凄いということはありませんよ。榮など私の倍生きていましたが、尊敬すべきところがありましたか?」
と真顔で返され、黙るしかなかった。
それから、ちょっとずつ、汐に妖界の文字も教えてもらうことにした。練習しながら妖界にいる巽宛に手紙を書いたら、翌日、『怖い人達に囲まれてます。助けてください』と人界の文字で書かれた手紙が戻ってきた。
「ねえ、淕、これってどういうこと?」
届けてくれた手紙を見せながら言うと、淕は文面に目を通したあと、少しだけ困ったような表情をして俺と手紙を交互に見る。
「どうやら妖界で質にとられているようです。柊士様に宛てられた妖界からの文にそのようなことが書いてあったと」
「は!?」
驚きに声を上げると、淕はパっと俺の手から手紙を取り上げ、何事もなかったかのような顔でグチャッと握りつぶした。さらに、俺に向ってニコリと笑う。
「白月様がお目覚めになるまでの間だけです。巽も武官ですから、奏太様が御心配になることはありませんよ。弱音を吐いて主を煩わせるなど、巽には再教育が必要そうですね」
「いや、でも、俺があっちに行かせたわけだし、何かあったら……」
俺が言うと、淕は緩く首を横に振った。
「柊士様も手荒に扱わぬよう交渉の文を送られていましたから大丈夫でしょう。奏太様がお気になさることではありません」
淕はそう繰り返すと、この話は終わりだとばかりに丸めた手紙を懐にしまい込んだ。
柊士が動いてくれるなら安心だけど、送り出すのはもうちょっと慎重になったほうが良かっただろうか。
そう思っていると、淕はさっさと別の話題に切り替えた。
「それよりも、遥斗という青年が目覚めました」
「遥斗が? 様子は? 体に異常は……」
「体に異常はありません。ただ、鬼の血を飲まされて操られていた間の記憶が残っているようで、随分混乱しているようです」
「記憶が? 全部?」
操られている間の遥斗の異常な行動を思い出して、ゾッとする。あれを全部覚えていたとしたら、混乱状態に陥るのも無理はない。
「尾定殿が鎮静剤打ち、心を落ち着けられるよう柊士様の御命令で栞が枕元で夢を操っています。本人は柊士様のお側にいる時間が減ると随分不満そうですが……」
淕がチラと汐に目を向けながら言うと、汐はフンと鼻を鳴らした。
「主の御命令でほんのちょっと御側にいられないだけだというのに、随分な甘えだこと」
……ああ、怒ってる……
汐は苛立ちを隠すことなく、淕を冷たい目で見据えている。自分から敢えて地雷を踏みに行ったように見えたが、淕はそれに答えることなく気まずそうにスゥっと視線を別の場所に移した。
あまりの気まずさに、俺は話を変えようと口を挟む。
「あ、あの、栞は確か幸せな夢を見させるんだよね? 夢を操るなんてこともできるの?」
「え、ええ。夢に浮かぶ記憶を整理しつつ、幸せな嘘を少しずつ織り込んで行くそうです。そうやって、起こった出来事の衝撃を和らげていくのだと」
夢は記憶を整理する為にみるのだと、どこかで聞いた事がある。栞の力は、以前聞いた時にはとても怖い力だと思ったけど、使い方によってはとても役立つ力のようだ。
まだ怒っている汐に話を振るつもりはないけれど、もしかしたら、悪夢を見せる汐の力も、使い方によっては目覚まし以上の凄い使い道があるのかもしれない。
落ち着いた頃に、教えてもらおう。
「あの青年は、しきりに奏太様の御心配をしているそうです。奏太様に会わせろと煩いのですが、今の状態では説明が難しいため、お怪我をして寝込んでいると伝えています。無事に全てが決着する頃には、きっと本人も落ち着いているでしょう。奏太様の口から御説明して差し上げてください」
こっちが遥斗を巻き込んだのに、俺の心配をしてくれているとは思わなかった。
淕が言う通り、全てが解決して落ち着いたら、遥斗としっかり真正面から話をしてみよう。全部を理解して受け入れてくれるかは分からないけど、できるだけ言葉を尽くして真っ直ぐに向き合ってみようと、そう思った。
ついでに汐と栞もキチンと話をさせよう。
亘と淕はなんだか普通だけど、何となく、力で解決しようという柾的な解決法を考えてるんじゃないかと、そんな気がした。その方が後腐れはなさそうなので、こちらは一旦放置だ。
「あれ、そういえば、柾は柊ちゃんが使ってるとして、椿は?」
「あぁ……」
淕はそう声に出すと、視線を斜め上に向ける。
「落ち込んでいます。すごく」
「なんで?」
「奏太様が妖界へ行かれると思い込んでいるからです。表向きには慶事として扱われますが、主を失うわけですし」
「え、話してないの?」
「ええ、そのほうが、信憑性が増すと柊士様が」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
汐と亘はここに居るし、巽は妖界にいるのでそもそもこの事態を知らない。柾は知っているだろうけど、本人も俺も、俺の護衛役であるという意識は薄いし、柾が動じている姿は想像つかない。でも、椿は……
「少し、可哀想な気がします」
普段こういう事を言わない汐がこう言うのだ。きっといろいろ思うところもあるのだろう。
「しかし、そのお陰で周囲も転換の儀の執り行いを信じているところがありますから。後を追うような事をしないように見張ってはおきますが、しばらくはこのままが良いかと」
「…………後を追うって、妖界に着いて来ようとするってこと?」
「いえ、本来は、こちらでの生を終え、あちらに転生することを意味しますから、場合によっては自死ということも……」
俺はそれにギョッと目を見開く。
「自死って、まさか、そんな……」
「有りえないことではありません。過去にそんな例もあったそうですし、その様な事になればきっと私も……」
そこまで言いかけて、淕は口を噤んだ。亘と汐から漏れ出る殺気は俺でもわかる程だ。
淕はゴホンと一度咳払いをする。
「とにかく、椿のことはこちらにお任せください」
二人に睨まれつつ、淕はそう言葉を濁した。
七日後、俺達は今まで過ごしていた部屋の隣にあった広間で儀式の衣装を纏った柊士、粟路、都築の三人と顔を合わせた。
儀式の間の地面は土で剥き出しになっていて、白木の祭壇が置かれている。祭壇の左右には、鈴がたくさんついた錫杖のような長い棒が地面に突き刺さっていて、紙垂《しで》のついた細いしめ縄で繋がれている。祭壇の上には榊、御神酒、鏡、更に盛られた塩や米。そして祭壇の前には、掘り返された深く大きな穴があり、中に土で汚れた棺桶のような箱が入っていた。
ついでに、その脇で、普通のネズミの姿になった忠が小さな籠に入れられて震えている。
転換の儀には、ハクが兎になったように、依代となる動物が必要だ。ただ、偽装のためにだけに普通の動物を捕まえて来るわけにはいかないので、里の妖連中に殆ど知られていない忠に白羽の矢が立ったそうだ。
俺が急に儀式で閉じ込められる事になったため、本家の一室に閉じこもったまま帰れずにいたのを、柊士が利用しようと考えたらしい。
「ごめんな、忠。巻き込んで……」
気絶せんばかりの忠の様子を見てそう言うと、うるうるした目で見返された。
「……私はいつ帰れるのでしょう……?」
「ホントごめん。必ず帰れるようにするから、もう少し付き合って。……ゲームでもマンガでも、人のものを借りなくても楽しめるように、きちんと御礼をするよ。……柊ちゃんが」
そう言いつつ柊士を見れば、軽く肩を竦めた。きっと用意してくれることだろう。
それから、儀式の道具に紛れ込ませるように、缶詰めなどの保存食が運びこまれてくる。今までも淕達がちょっとずつ足していたけど、本来は儀式を行っている数日間は食事不要なので、儀式の間が完全に閉ざされる。その為、この食料で数日を過ごさなければならないのだと聞かされた。味気ない食事になりそうだけど、湊を捕まえて平穏を取り戻すためだ。我慢しよう。
一通りの準備が終わると、都築は膝を床につき、俺に深く頭を下げた。
「この度は、誠に申し訳ございません。一連の騒動を受け、湊を無事に捕らえましたら、亀島家の取り潰しを柊士様に願いました。奏太様には大変な御迷惑をおかけしますが、どうか、もうしばらく、御辛抱ください」
「取り潰し……? 西の里はどうなるの?」
俺が疑問を口にすると、柊士が補足してくれる。
「粟路の長男に西の里を任せ、次男を北に向かわせることになった。亀島の名は残らないが、都築にはしばらく西の執務の補佐に入ってもらい、新たな管理者に評価させて、その後の処遇を考える」
粟路の長男というと、以前、祭りの席で挨拶された、厳しそうなおじさんだったはずだ。ちょっと怖いなと思った記憶がある。
「そろそろ跡目を譲るつもりでいましたが、あやつであれば、西の里も適正に管理するでしょう」
粟路もそう頷いた。それに、都築が厳かな声で応じる。
「父と同じように処罰を受けても仕方のない状況である中、寛大な処遇に感謝いたします」
里の政治に俺は口出し出来ないし、するつもりもない。きっと伯父さんとも話し合った上で、そういう措置をとることにしたのだろう。
榮、拓眞、湊と、亀島家のことを考えると少し心配にはなるけれど、それでも西の里をずっと管理していた都築を急に排斥する事も出来ないのだろう。きっと少しずつ、体制移行を行うつもりなのだ。
儀式の時間を使って、俺たちはしばらくの間、今までの認識合わせや里の状況の確認などをして過ごした。
一度聞いていた話の確認だけど、落ち着いて整理する丁度よい機会だったと思う。
「ここから更に五日後が、儀式終了の目安だ。」
「随分長いね。遼《りょう》ちゃんが妖に変わった時はもっと短くなかった?」
山の中で行われた転換の儀の後のことを思い出してそう言うと、柊士は嫌なことを思い出させるなとばかりに顔を顰める。
「あれはそもそも、正規の手順を踏んでない。手っ取り早く絶命させるために、刀を使ったんだ」
なるほど……
確かに、遼は儀式の直前に、青嗣《あおし》達に刀で自分を斬らせていたっけ。俺もあのときの儀式を思い出して陰鬱な気持ちになる。
「今回は本来の手順を踏む。湊が現れるとしたら、儀式最終日である五日目だろう。通常は、陽の泉まで守り手を入れた箱を運び、そこで初めて箱を開ける。陽の気に満ちた水で陰の気を祓い、最後の清めをしてあちらに送り出すんだ。あいつの筋書き通りなら、そこで初めて儀式の失敗が露見する。外であるがために近づきやすい。あいつの望む結末を見届けるなら、そこが一番だ」
湊が望む結末。
儀式が失敗して、亘が俺の死を確認する瞬間を、湊は見たいのだ。妖に転じるという目的も果たせず、自分の手で殺したのだと亘が自覚した瞬間を。
「……ねえ、万が一儀式が失敗したらどうなるの?」
「通常なら、別の守り手を……」
「そうじゃなくて、護衛役と案内役の話」
俺が言うと、柊士は僅かに目を伏せる。
「前に説明した通り、儀式の遂行は護衛役と案内役によって行われる。成功すれば、主を妖界の帝に押し上げた誉れを、失敗すれば、主を……最初の大君の血を引く者を殺した罰を受ける。里で最も重い罰を」
「……え、護衛役と案内役が……?」
「全ての責任を護衛役と案内役に背負わせる為に、あらゆる危険を排した上で、二貴族の長と日向の当主のみの同席とし、護衛役と案内役以外は絶対に手を出さない、そういう決まりなんだ」
愕然とした。日向家に伝わる悪習にも、湊がそれを完全に利用していた事にも。
「……つまり、湊の思い通りに事が進んでたら……」
「時期は違えど、最終的にはお前ら三人、まとめて死んでた。お前は儀式で、亘と汐はその後の処刑で、な」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
湊の手を一切汚さずに俺たちは死に、あいつはただそれを里の者達に紛れて見届ければ良かったのだ。影で一人笑いながら。
「ただ、そうはならない」
柊士はきっぱりとそう言い切る。
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「うん。絶対だ」
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