【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
181 / 297
人界編

閑話 ーside.亘:儀式の間ー

しおりを挟む
 亘が儀式の間に入ったのは数年ぶり。もう二度と入ることはないと思っていた。
 一度燃やされ建て替えられたはずの日向の本家。しかし、その部屋の造りはあの時と全く同じ。もともと、土の地面に無機質な壁、祭壇しかなかった場所だ。建て替えられたところで壁が少しばかりきれいになっているだけで代わり映えなんてするわけがない。

 奏太をあちらに送らなくても良い、そうは分かっていても、その部屋に足を踏み入れるには相当な勇気が必要だった。亘の隣を歩く汐も同じだったのだろう。いつも以上に表情が硬く強張っている。

 深く掘り返された穴。その中にある人ひとり動物一匹を入れるための箱。それを見るだけで、胸がギリリと引き絞られるような感覚に苛まれた。嫌でもあの方の声が耳に蘇る。

『……ここから出して……お願い……汐……亘……』
 
 伸ばされた手を取らず、箱に蓋をし、自らの手でこの穴に埋めた。敬愛していたあの方を。すべてが闇に呑まれるような絶望感を思い出す。
 
 亘はこびりついて離れないその声を振り払う様に、ぎゅっと一度目を瞑って頭を振った。

 しかし、あの日のことをどうにか頭の隅に追いやっても、今度は別の事柄が浮かび上がってくる。数日前、恐怖と懇願の色を瞳に宿した鬼の目を。

 ……あの方を、二度も殺すことになってしまった……この手で……

 数年前にここで聞き続けたあの方の声と、数日前のあの方の目が重なる。どちらも助けを乞うものだった。しかし、亘はどちらにも応えず、あの方の手を取ることはなかった。片や助けを求める声を無視し、片や己の手で斬り捨てた。

 護るべき者を護るために、二度と失いたく無かった者をこの手にかけたのだ。
 自分の根幹にあったものが崩れそうになる。足元が酷く不安定で、土台が揺らいで折れそうになる。
 亘は残された今の主を護るのだという使命になんとか縋ることで、それに必死に堪えていた。
 それでも、こうしてこの場を目の当たりにすると、償う方法などないあの方への罪の重さと絶望に膝を折りたくなってくる。
 
 じっと穴の方を見つめて考え事をしていると、不意に、こちらを気遣うような声音が聞こえた。
 
「二人とも、辛いなら隣の部屋に戻ってていいよ」

 奏太の声に、亘はハッと意識が現実に引き戻される。

「いえ。大丈夫です」

 反射的にそう答えると、横で汐もコクリと頷いた。
 
「お側におります」

 それでも、奏太は心配そうにこちらをじっと見つめている。前の主を害した我が身に向けられる、純粋に自分達を想う眼差しに、何だか胸が苦しくなる。
 
 言葉に詰まっていると、隣にいた汐が奏太に小さく微笑んで見せた。

「大丈夫です、奏太様。こちらの事はお気になさらず、これから先の確認を柊士様となさってください。お話できる機会は、しばらくなくなるでしょうから」

 汐の言葉に、奏太は疑わしそうな目で亘と汐を見る。しかし、しばらくこちらを観察したあと、奏太は軽く息を吐いた。

「わかった。でも、無理しなくていいから。辛かったらちゃんと言えよ」
 
 そう言い残して奏太は柊士達との話に戻っていく。
 
 亘達から離れたのは、ほんの僅かな距離。それなのに、その背を見ていると漠然とした不安が湧いてくる。

 転換の儀。
  
 里の上位者達は、奏太をあちらに送るつもりはない。あれは柊士の芝居で、今もただ偽装のためにここに居るだけだ。

 それでも、
 
『……ごめんな』

 そう、諦めとともに転換の儀を受け入れた奏太の声を思い出し、恐怖に身が竦む。唯一残されたはずの者が二度と自分の手の届く場所に戻って来ないような、そんな感覚に。

 再び転換の儀で主を失うかもしれない、その宣告を受けた時、自分を何とか立たせていた支えが奪われ、底のない闇に引きずりこまれるような感覚に陥った。
 
 実際、柊士が部屋に来て湊を欺くための偽装だったと聞かされるのがもう少し遅かったら、そのまま全てが闇に呑まれていたかもしれない。
 
 絶望のままに、自分が自分であることも忘れて暴れていたかもしれない。誰を敵に回そうとも、仲間と自分の血でその身を濡らそうとも、奏太がいくら反対しようとも、徹底的に。
 
 もう、失いたくない。たとえ全てを敵に回しても、邪魔をする者全てを消し去っても、この身が明日を迎えられなくとも。

 ……もう、二度と……何があっても、この方だけは……

 亘が必死に縋り付くそれは、願いか、誓いか、それとも……
 
 もう決して信念とは呼べなくなった、呪いめいたそれが、心の底で暗く重く渦巻いていた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...