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妖界編
路線バスの悲劇①
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それは春休み直前のある日、ぼやくように潤也が言った一言から始まった
「春休みになったら泊まりで遊びにいかないか? 俺達、4月になったら、受験生だぞ。」
それに、俺も聡も眉根を寄せる。
「無理だろ。少なくとも、俺達だけじゃ。」
実のところ、冬休みも計画だけは上がっていたのだ。
しかし夏のキャンプの一件以来、子ども同士での宿泊は「まだ早かった」と結論付けられ、冬はどの家からもOKが出なかった。
行きたいが、未成年である以上、親の許可がなければどうにもならない。
しかし、潤也は端からから諦めムードの俺と聡を他所にニヤリと笑う。
「俺達だけじゃ無ければいいんだろ?」
「いや、保護者付きの旅行なんて何が楽しいんだよ。」
聡が言うと、潤也は黙れと言うように、机をトントンと指で叩いた。
「最近、親戚の兄ちゃんが、海の近くでペンションを始めたんだよ。冬休みに親のいる前で皆と泊まりに行って良いか聞いてみたら、うちの親の説得を手伝ってくれたんだ。格安で泊めてもらえるし、それならお前らも、うちの親戚の家に泊まりに行くって言えるだろ。」
それに、俺と聡は顔を見合わせる。
「……うーん……まあ、それなら何とか……」
「説得してみる価値はあるかもしれないけど……」
「じゃあ、聞いてみてくれよ。二泊三日くらいで行けたらいいかなと思ってるから。一応、絢香と紗月にも声をかけてみる。」
潤也は行く気満々だ。ただ、前回のキャンプで、絢香と俺は、たった一日だが入院する羽目になっている。
許可を得られる可能性がある、というだけで、説得するのはハードルが高そうだ。
どう攻略すべきかと途方に暮れて、俺はハアと息を小さく吐いた。
思ったとおり、親の説得には相当骨を折る事になった。
まず、キャンプの日の事情を知っている父を巻き込んだ。
そもそも、妖が絡んでこなければあんなことにはならなかったのだ。妖界の結界が強固になった今、あんな事が起こる可能性は低い。
鬼が出てくれば別だが、今まで一度しか遭遇していないのに、そんなピンポイントで遭遇するようなことがあってたまるか。
もう一つの懸念として、遼の件がある。でも、一応向こうの目論見は朝廷によって一度潰されている。すぐには動かないだろうという見立てだ。
更に、4月から受験生だということも盾にした。受験学年前の最後の長期休みだ。今行かずにいつ行くというのか。
しかも、二年生の夏以降は本家のあれこれにつきあわされて結構働いている。
そうやって、先んじて父を説得して味方につけ、4月になったら受験に集中すると約束させられた上で、何とか宿泊許可をもぎ取ることができたのだった。
ただ一方で、聡は許可を得たようだったが、女子二人は結局親の許可が降りなかったらしい。
特に絢香は原因が良くわからないまま入院までしたのだ。説明できるようなことでもないし、あの時の状況を考えれば、俺が親でも許可しないと思う。
結局、男三人、いつものメンツで二泊三日の旅行に出ることになったのだった。
行き先は、電車とバスでニ時間ほど行った、県内の海岸だ。
春先に行くようなところでもないが、バーベキューをしたり、季節外れの花火をしたり、近くにアスレチック施設があったりと、それなりに楽しめるよう、いろいろ計画を立てた。
そして当日。
ワクワクしながら待ち合わせ場所に向かい、いつも学校に行くのとは逆方向の電車に揺られる。
しかし、そうしてついた先は殆ど人の居ない寂れた駅だった。
周囲にコンビニ一つなく、開いているか開いていないかもわからない小さな土産物屋が一軒ポツンと建っている。
しかも、さっきまできれいに晴れていた筈なのに、今は分厚い雲に空が覆われ始めていた。
……何だか凄く幸先が悪い。
そんな中、ペンションの最寄りへ行くバスを待ち始めたのだが、待てども待てどもバスはやってこない。
それもそのはず。
錆びきったバス停に掲げられた時刻表には、一行に一つの数字しか書かれていない。
待ち始めて既に50分。
「……バス、来るよな?」
と潤也が不意に不安を溢した。
潤也だけではない。調べてから家をでてこなかった自分たちも悪いが、待ちすぎて、だんだん、本当にこの寂れた駅の錆びたバス停にバスが来るのか不安になってくる。
この長い待ち時間、殆ど駅に人気がなかったのも不安を掻き立てた理由の一つだと思う。
時刻表を何度も見ながら、そろそろだろうか、とソワソワし始めた頃、
「あ、来たぞ。」
と、聡が駅の小さなロータリーに路線バスが入ってくるのを指さした。
ひとまず、きちんとバスが来たことにほっと息を吐く。
停止したバスに乗り込むと、中にはパラパラと人が乗っていた。男女合わせて五、六人といったところだ。
俺達が1番後方の広い席に三人並んで座ると、バスがゆっくりと動き出した。
最初のうちは、バスが来た安心感と目的地に近づくワクワク感から、次の予定に気持ちを馳せて、細かくああだこうだ言いながら話をしていた。
しかしある時を境に、突然、他の乗客たちからザワザワとした声が上がり始めた。
「あれ、これ道が違くない?」
「乗るバス間違えたかな。」
という会話から始まり、
「いや、俺はきちんといつものバスに乗ったはずだぞ」
「行き先表示も正しかったはずだ」
と、別の乗客にも波紋のように拡がっていく。
「俺達はあってるよな?」
と潤也が言ったが、初めて乗るバスだ。景色で合っているかどうかを判断することはできない。
「バス停が駅に一つしかなくて、路線表示も一つしかなかったんだ。間違えようがないだろ。」
聡が冷静にそれに答える。
俺達がそんな話をしている間に、ついに、乗客の一人がピンポンと降車ボタンを鳴らした。
「次、止まります。」
というアナウンスが流れる。
それなのに、どういうわけか、バスは次のバス停を完全に素通りしてそのまま走り続けた。
「おい! なんで停まらないんだよ!」
乗客のおじさんが怒声をあげる。
しかし、運転席からはなんの返事もない。
「……大丈夫かな。」
と呟くと、二人も不安そうな表情を浮かべていた。
おじさんは痺れを切らしたように立ち上がり、バスの揺れにふらふらしながら運転席まで向かう。
その間にも、また一つバス停を通り過ぎる。
「おい!」
おじさんはもう一度運転手に呼びかけたが、やはり、返事は無さそうだ。
運転している者には手が出せないのもあるのだろうが、おじさんはずっと運転手に向かってブツブツ文句を言っている。
他の乗客も不安そうな表情を浮かべたり、イライラしだしていた。
自分達もきちんと目的地につけるのかどうかが不安で、おじさんと運転手のやり取りに耳を澄ませ、成り行きを見守る。
ただ、話が進展している様子は一切ない。
そんなことをしているうちに、バスは次第に町を離れ、道の両側に鬱蒼と木々が生えるような山道を登り始めた。
「……なあ、このバス、本当に一体どこに向かってるんだろう。」
流石に、海岸沿いのペンションに向かっていたのに山に登り始められると、自分達の目的地とも完全にズレていることを認識せざるを得ない。
バスは乗客の困惑を他所に、更にそこからぐんぐん坂道をのぼっていき、舗装されていない狭い路地のようなところにガタンと乗り上げたところで、ようやく停止した。
周囲には木しか見えないような完全なる山中だ。
空が木々の幹と葉で覆われて殆ど見えない。加えてこの曇天だ。周囲はすごく薄暗い。
ようやくそこでプシューとドアが開いたが、こんなところで降ろされたって困る。
皆が窓から周囲の様子を伺っていた。
「おい、お前! 一体何をやってる!」
今までブツブツ言っていたおじさんが、我慢しきれずにバッと運転手の肩を掴んだ。
「聞いてるのか!?」
さらにそれを乱暴に揺するような仕草を見せると、運転手の体はグラっと揺れ、運転席からガタタっと無防備に床に転がり落ちてしまった。
「キャア!」
という女性客の叫び声が短く響く。
まるで、テレビなどでよく見るミステリードラマの世界だ。
騒然とした車内で、おじさんは唖然と足元に倒れ伏す運転手を見下ろしていた。
叫び声をあげた女性とともにいたお兄さんが、
「大丈夫ですか!?」
と駆け寄っていくが、運転手からはやはり反応がない。
おじさんが何かをしたというわけでは無いのだろう。だとすると、一体何があったのだろう。
病気か何かだろうか……
そう思っていると、一体こんな山中のどこから来たのか、不意に、一人の若い男がバスの車内に入ってきた。
「まあまあ乗っているな。良い方法を見つけたものだ。」
男は、倒れた運転手を気にするでもなく、騒然とした車内に不思議な顔をするでもなく、平然とした態度で最前列にある細い柱に寄りかかって車内を見渡す。
「なあ、あんた、救急車を呼んでくれ、この人、意識がないんだ。」
もともと車内にいた方のお兄さんが、運転手の体を支えながら、一人異様に落ち着き払った男に声をかける。
男はそれを一瞥して、にっと不気味に笑った。
「何を呼ぼうとしているかしらんが、死んだら死んだでまた代わりを見つければよい。」
「……は?あんた、何言ってんだよ。」
お兄さんは眉を顰め、意味のわからない事を言う男に早々に見切りをつけて、車内の他の者を見回す。
「もういい、誰か、救急車呼んでくれ!」
「あ、俺呼びます!」
隣で様子を伺っていた潤也がバッと立ち上がり手を挙げた。
しかし、直ぐに
「余計な事をするな。」
と男が眉間にシワを寄せ、低く底冷えのするような声をだした。
更に、一体どのようにしたのか、突然その手の爪をググッと長く鋭く伸ばす。亘の鷲の手の状態に似た爪だ。それが人の指に五本しっかりついている。
そしてそれを、運転手を抱えていたお兄さんの背中に思い切り振り下ろした。
血が一気にその場に飛び散り、複数の女性の叫び声がバスの中に響き渡る。
「太一!!」
お兄さんと一緒にいた女性が、咄嗟に飛び出し、お兄さんに駆け寄ろうとする。
しかし、男は自分の前を通り過ぎようとした女性の襟首を掴み、思い切り床に投げ飛ばした。
「順に殺してやるから、食料が騒ぐな。大人しくしてろ。」
お姉さんは思い切り背中と頭を打ち付けたようで気を失い、お兄さんはうめき声をあげて蹲っている。運転手も意識がないのか、床に横たわったままピクリとも動かない。
すぐ近くにいるおじさんは、運転手に詰め寄っていた元気はどこへやら、ただただ体を硬直させていた。
「何がどうなってるんだよ……」
聡が呆然としながら呟く。
でも、人を平然と食料と呼ぶような者、俺には一つしか思い浮かばない。
「……まさか、鬼……?」
そう零すと、さほど大きな声でもなかったのに、男は、ニヤリと口元を歪めた。
「春休みになったら泊まりで遊びにいかないか? 俺達、4月になったら、受験生だぞ。」
それに、俺も聡も眉根を寄せる。
「無理だろ。少なくとも、俺達だけじゃ。」
実のところ、冬休みも計画だけは上がっていたのだ。
しかし夏のキャンプの一件以来、子ども同士での宿泊は「まだ早かった」と結論付けられ、冬はどの家からもOKが出なかった。
行きたいが、未成年である以上、親の許可がなければどうにもならない。
しかし、潤也は端からから諦めムードの俺と聡を他所にニヤリと笑う。
「俺達だけじゃ無ければいいんだろ?」
「いや、保護者付きの旅行なんて何が楽しいんだよ。」
聡が言うと、潤也は黙れと言うように、机をトントンと指で叩いた。
「最近、親戚の兄ちゃんが、海の近くでペンションを始めたんだよ。冬休みに親のいる前で皆と泊まりに行って良いか聞いてみたら、うちの親の説得を手伝ってくれたんだ。格安で泊めてもらえるし、それならお前らも、うちの親戚の家に泊まりに行くって言えるだろ。」
それに、俺と聡は顔を見合わせる。
「……うーん……まあ、それなら何とか……」
「説得してみる価値はあるかもしれないけど……」
「じゃあ、聞いてみてくれよ。二泊三日くらいで行けたらいいかなと思ってるから。一応、絢香と紗月にも声をかけてみる。」
潤也は行く気満々だ。ただ、前回のキャンプで、絢香と俺は、たった一日だが入院する羽目になっている。
許可を得られる可能性がある、というだけで、説得するのはハードルが高そうだ。
どう攻略すべきかと途方に暮れて、俺はハアと息を小さく吐いた。
思ったとおり、親の説得には相当骨を折る事になった。
まず、キャンプの日の事情を知っている父を巻き込んだ。
そもそも、妖が絡んでこなければあんなことにはならなかったのだ。妖界の結界が強固になった今、あんな事が起こる可能性は低い。
鬼が出てくれば別だが、今まで一度しか遭遇していないのに、そんなピンポイントで遭遇するようなことがあってたまるか。
もう一つの懸念として、遼の件がある。でも、一応向こうの目論見は朝廷によって一度潰されている。すぐには動かないだろうという見立てだ。
更に、4月から受験生だということも盾にした。受験学年前の最後の長期休みだ。今行かずにいつ行くというのか。
しかも、二年生の夏以降は本家のあれこれにつきあわされて結構働いている。
そうやって、先んじて父を説得して味方につけ、4月になったら受験に集中すると約束させられた上で、何とか宿泊許可をもぎ取ることができたのだった。
ただ一方で、聡は許可を得たようだったが、女子二人は結局親の許可が降りなかったらしい。
特に絢香は原因が良くわからないまま入院までしたのだ。説明できるようなことでもないし、あの時の状況を考えれば、俺が親でも許可しないと思う。
結局、男三人、いつものメンツで二泊三日の旅行に出ることになったのだった。
行き先は、電車とバスでニ時間ほど行った、県内の海岸だ。
春先に行くようなところでもないが、バーベキューをしたり、季節外れの花火をしたり、近くにアスレチック施設があったりと、それなりに楽しめるよう、いろいろ計画を立てた。
そして当日。
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しかし、そうしてついた先は殆ど人の居ない寂れた駅だった。
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しかも、さっきまできれいに晴れていた筈なのに、今は分厚い雲に空が覆われ始めていた。
……何だか凄く幸先が悪い。
そんな中、ペンションの最寄りへ行くバスを待ち始めたのだが、待てども待てどもバスはやってこない。
それもそのはず。
錆びきったバス停に掲げられた時刻表には、一行に一つの数字しか書かれていない。
待ち始めて既に50分。
「……バス、来るよな?」
と潤也が不意に不安を溢した。
潤也だけではない。調べてから家をでてこなかった自分たちも悪いが、待ちすぎて、だんだん、本当にこの寂れた駅の錆びたバス停にバスが来るのか不安になってくる。
この長い待ち時間、殆ど駅に人気がなかったのも不安を掻き立てた理由の一つだと思う。
時刻表を何度も見ながら、そろそろだろうか、とソワソワし始めた頃、
「あ、来たぞ。」
と、聡が駅の小さなロータリーに路線バスが入ってくるのを指さした。
ひとまず、きちんとバスが来たことにほっと息を吐く。
停止したバスに乗り込むと、中にはパラパラと人が乗っていた。男女合わせて五、六人といったところだ。
俺達が1番後方の広い席に三人並んで座ると、バスがゆっくりと動き出した。
最初のうちは、バスが来た安心感と目的地に近づくワクワク感から、次の予定に気持ちを馳せて、細かくああだこうだ言いながら話をしていた。
しかしある時を境に、突然、他の乗客たちからザワザワとした声が上がり始めた。
「あれ、これ道が違くない?」
「乗るバス間違えたかな。」
という会話から始まり、
「いや、俺はきちんといつものバスに乗ったはずだぞ」
「行き先表示も正しかったはずだ」
と、別の乗客にも波紋のように拡がっていく。
「俺達はあってるよな?」
と潤也が言ったが、初めて乗るバスだ。景色で合っているかどうかを判断することはできない。
「バス停が駅に一つしかなくて、路線表示も一つしかなかったんだ。間違えようがないだろ。」
聡が冷静にそれに答える。
俺達がそんな話をしている間に、ついに、乗客の一人がピンポンと降車ボタンを鳴らした。
「次、止まります。」
というアナウンスが流れる。
それなのに、どういうわけか、バスは次のバス停を完全に素通りしてそのまま走り続けた。
「おい! なんで停まらないんだよ!」
乗客のおじさんが怒声をあげる。
しかし、運転席からはなんの返事もない。
「……大丈夫かな。」
と呟くと、二人も不安そうな表情を浮かべていた。
おじさんは痺れを切らしたように立ち上がり、バスの揺れにふらふらしながら運転席まで向かう。
その間にも、また一つバス停を通り過ぎる。
「おい!」
おじさんはもう一度運転手に呼びかけたが、やはり、返事は無さそうだ。
運転している者には手が出せないのもあるのだろうが、おじさんはずっと運転手に向かってブツブツ文句を言っている。
他の乗客も不安そうな表情を浮かべたり、イライラしだしていた。
自分達もきちんと目的地につけるのかどうかが不安で、おじさんと運転手のやり取りに耳を澄ませ、成り行きを見守る。
ただ、話が進展している様子は一切ない。
そんなことをしているうちに、バスは次第に町を離れ、道の両側に鬱蒼と木々が生えるような山道を登り始めた。
「……なあ、このバス、本当に一体どこに向かってるんだろう。」
流石に、海岸沿いのペンションに向かっていたのに山に登り始められると、自分達の目的地とも完全にズレていることを認識せざるを得ない。
バスは乗客の困惑を他所に、更にそこからぐんぐん坂道をのぼっていき、舗装されていない狭い路地のようなところにガタンと乗り上げたところで、ようやく停止した。
周囲には木しか見えないような完全なる山中だ。
空が木々の幹と葉で覆われて殆ど見えない。加えてこの曇天だ。周囲はすごく薄暗い。
ようやくそこでプシューとドアが開いたが、こんなところで降ろされたって困る。
皆が窓から周囲の様子を伺っていた。
「おい、お前! 一体何をやってる!」
今までブツブツ言っていたおじさんが、我慢しきれずにバッと運転手の肩を掴んだ。
「聞いてるのか!?」
さらにそれを乱暴に揺するような仕草を見せると、運転手の体はグラっと揺れ、運転席からガタタっと無防備に床に転がり落ちてしまった。
「キャア!」
という女性客の叫び声が短く響く。
まるで、テレビなどでよく見るミステリードラマの世界だ。
騒然とした車内で、おじさんは唖然と足元に倒れ伏す運転手を見下ろしていた。
叫び声をあげた女性とともにいたお兄さんが、
「大丈夫ですか!?」
と駆け寄っていくが、運転手からはやはり反応がない。
おじさんが何かをしたというわけでは無いのだろう。だとすると、一体何があったのだろう。
病気か何かだろうか……
そう思っていると、一体こんな山中のどこから来たのか、不意に、一人の若い男がバスの車内に入ってきた。
「まあまあ乗っているな。良い方法を見つけたものだ。」
男は、倒れた運転手を気にするでもなく、騒然とした車内に不思議な顔をするでもなく、平然とした態度で最前列にある細い柱に寄りかかって車内を見渡す。
「なあ、あんた、救急車を呼んでくれ、この人、意識がないんだ。」
もともと車内にいた方のお兄さんが、運転手の体を支えながら、一人異様に落ち着き払った男に声をかける。
男はそれを一瞥して、にっと不気味に笑った。
「何を呼ぼうとしているかしらんが、死んだら死んだでまた代わりを見つければよい。」
「……は?あんた、何言ってんだよ。」
お兄さんは眉を顰め、意味のわからない事を言う男に早々に見切りをつけて、車内の他の者を見回す。
「もういい、誰か、救急車呼んでくれ!」
「あ、俺呼びます!」
隣で様子を伺っていた潤也がバッと立ち上がり手を挙げた。
しかし、直ぐに
「余計な事をするな。」
と男が眉間にシワを寄せ、低く底冷えのするような声をだした。
更に、一体どのようにしたのか、突然その手の爪をググッと長く鋭く伸ばす。亘の鷲の手の状態に似た爪だ。それが人の指に五本しっかりついている。
そしてそれを、運転手を抱えていたお兄さんの背中に思い切り振り下ろした。
血が一気にその場に飛び散り、複数の女性の叫び声がバスの中に響き渡る。
「太一!!」
お兄さんと一緒にいた女性が、咄嗟に飛び出し、お兄さんに駆け寄ろうとする。
しかし、男は自分の前を通り過ぎようとした女性の襟首を掴み、思い切り床に投げ飛ばした。
「順に殺してやるから、食料が騒ぐな。大人しくしてろ。」
お姉さんは思い切り背中と頭を打ち付けたようで気を失い、お兄さんはうめき声をあげて蹲っている。運転手も意識がないのか、床に横たわったままピクリとも動かない。
すぐ近くにいるおじさんは、運転手に詰め寄っていた元気はどこへやら、ただただ体を硬直させていた。
「何がどうなってるんだよ……」
聡が呆然としながら呟く。
でも、人を平然と食料と呼ぶような者、俺には一つしか思い浮かばない。
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