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36.出立
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仕事で帰れないことはあっても、結婚して長期に離れるのは初めてになる。シェリルノーラはいつも通りに振る舞っているが、時々ふと寂しそうな顔で見つめてくることがあった。
出立を前に数日ほぼ屋敷に帰らず、仕事を片付けた。いよいよ出立を翌日に控えた日、昼過ぎには仕事を終わらせる。留守を守る隊の責任者に必要事項を引き継ぎ、片付いた執務室を後にする。
予告してなかった早い帰宅に、玄関まで出迎えてくれたシェリルノーラの顔に驚きと笑顔が浮かぶ。いつものように体調の確認をするが、今日も問題ないようだ。
「少し庭を歩きましょうか」
その言葉にはにかんで頷く姿が可愛らしい。年齢よりちょっと幼く見えるが、すらりとした肢体のれっきとした青年なのに。
手を差し出すと、その手を見てきょとんとしている。そのまま待っていると意味が通じたのか、おずおずと手を差し出す。
その手を取って樹々の葉が色づき始めた庭に出る。初めてここに来た時は新緑だったのに、季節がいつの間にか移ろっていた。
初秋の柔らかな陽射しにシェリルノーラはの蜂蜜色の髪がきらきらと輝く。改めて美しい人だ。
ただ彼の魅力は外見だけでなく、そのまっすぐさにある。結婚してまだそんなに時間を共にしていないが、少しずつ分かってきた。
東屋までゆっくり会話もなく歩き、並んで腰を下ろした。涼しい風が時折吹く。
「寒くないですか?」
大丈夫だと答えられるが、部屋着のまま連れてきてしまった。上着を脱いで肩にかける。シェリルノーラには少し重いだろうが風邪を引かせるよりはいい。
御礼を言って上着に着られている姿に抱きしめたくなるが、とりあえず自制し話をすることにした。
「予定通り明日朝発ちます」
予定は告げてあったが改めて口にすると離れがたい気持ちになる。俺の方が後ろ髪を引かれていることに気づいて、初めての感情に内心苦笑がもれる。
「朝、王に謁見した後は隊を率いてそのまま隣国に向かいます。しばらく留守にしますが屋敷のことは頼みます」
「はい。お気をつけて行ってきてください」
気丈に笑顔を見せたシェリルノーラは、自分がどんな瞳で私を見ているか気づいているだろうか。
「戦に行くわけではありませんし、そう心配はいりませんから」
「はい」
失礼、と声をかけてその背中と膝に腕を回す。そのまま軽い体を膝の上に抱えあげた。シェリルノーラは小さく驚いた声を出した。最近折を見て抱き上げているせいか、慣れてきたようで抵抗もなく収まる。
それでも恥ずかしいのか視線を足元に落とす。
「勿論旦那様がお強いのは分かっています。自ら赴かれるのは、それだけこの国にとって大事なお仕事なのでしょう。お役目を無事果たされることを祈りながら待っています。ご心配には及びません」
固い声で一息に言い切って、顔を上げた。
言葉の裏にある気持ちは敢えて確認しなくてもいい。表情や仕草が伝えてきてくれていた。
その言葉に頷くと、また俯いてしまったシェリルノーラの温かさを確かめる。そのままでいると、こてんと頭を預けてきた。その頭に手を当てる。
しばらく2人で物言わず静かな時間を過ごした。
翌朝いつもの軍服に着替え、胸の内ポケットを外から触れてみた。
愛する人の髪を身につけると、無事にその人の元に戻れるという言い伝えがある。シェリルノーラは知らないだろう。
今まで神頼みや言い伝えなど気にしたことはなかったが、ふと思い出してそれがほしいと思った。
昨日部屋に戻って少し髪がほしいと言うと、やはり謂れを知らないようで不思議そうな顔で了承してくれた。あの件の後、伸びた毛先だけ整えた長い髪。
細い紐で髪を少しだけ取ってきつく結ぶ。結び目より一握り上に刃を当てると、ふわりと掌に落ちる。それを白い布でできた小さな袋に入れた。
「こんなものが御守になるのですか?」
「ええ、ありがとうございます」
その長い髪を指に絡めているとまだ欲しいのかと勘違いしたのか、もう少しいるかと尋ねられた。女性ではないからか、元々の性質からか、髪を触られてもあまりその意味に考えが及ばないようだ。
準備を終えて王城に向かうため玄関ホールに立った。今まで戦で屋敷を空けることも多かったため、心得ているダラスだけが控えていた。
「ダラス、頼んだ」
「はい、万事お任せ下さい」
いつもの落ち着いた態度に頷きで返す。それから見送ってくれるシェリルノーラを軽く抱き寄せる。
「私がいなくてもきちんと食べて、少しでも体調が悪ければ必ずタリー先生を呼んでください。いいですね」
「はい。お仕事頑張ってください。道中もお気をつけて」
笑顔をつくって見上げてくる額にひとつ唇を落として腕を解く。びっくりして固まっている姿に笑みがもれる。
「あなたの元にちゃんと帰ってきます。待っていてください」
出立を前に数日ほぼ屋敷に帰らず、仕事を片付けた。いよいよ出立を翌日に控えた日、昼過ぎには仕事を終わらせる。留守を守る隊の責任者に必要事項を引き継ぎ、片付いた執務室を後にする。
予告してなかった早い帰宅に、玄関まで出迎えてくれたシェリルノーラの顔に驚きと笑顔が浮かぶ。いつものように体調の確認をするが、今日も問題ないようだ。
「少し庭を歩きましょうか」
その言葉にはにかんで頷く姿が可愛らしい。年齢よりちょっと幼く見えるが、すらりとした肢体のれっきとした青年なのに。
手を差し出すと、その手を見てきょとんとしている。そのまま待っていると意味が通じたのか、おずおずと手を差し出す。
その手を取って樹々の葉が色づき始めた庭に出る。初めてここに来た時は新緑だったのに、季節がいつの間にか移ろっていた。
初秋の柔らかな陽射しにシェリルノーラはの蜂蜜色の髪がきらきらと輝く。改めて美しい人だ。
ただ彼の魅力は外見だけでなく、そのまっすぐさにある。結婚してまだそんなに時間を共にしていないが、少しずつ分かってきた。
東屋までゆっくり会話もなく歩き、並んで腰を下ろした。涼しい風が時折吹く。
「寒くないですか?」
大丈夫だと答えられるが、部屋着のまま連れてきてしまった。上着を脱いで肩にかける。シェリルノーラには少し重いだろうが風邪を引かせるよりはいい。
御礼を言って上着に着られている姿に抱きしめたくなるが、とりあえず自制し話をすることにした。
「予定通り明日朝発ちます」
予定は告げてあったが改めて口にすると離れがたい気持ちになる。俺の方が後ろ髪を引かれていることに気づいて、初めての感情に内心苦笑がもれる。
「朝、王に謁見した後は隊を率いてそのまま隣国に向かいます。しばらく留守にしますが屋敷のことは頼みます」
「はい。お気をつけて行ってきてください」
気丈に笑顔を見せたシェリルノーラは、自分がどんな瞳で私を見ているか気づいているだろうか。
「戦に行くわけではありませんし、そう心配はいりませんから」
「はい」
失礼、と声をかけてその背中と膝に腕を回す。そのまま軽い体を膝の上に抱えあげた。シェリルノーラは小さく驚いた声を出した。最近折を見て抱き上げているせいか、慣れてきたようで抵抗もなく収まる。
それでも恥ずかしいのか視線を足元に落とす。
「勿論旦那様がお強いのは分かっています。自ら赴かれるのは、それだけこの国にとって大事なお仕事なのでしょう。お役目を無事果たされることを祈りながら待っています。ご心配には及びません」
固い声で一息に言い切って、顔を上げた。
言葉の裏にある気持ちは敢えて確認しなくてもいい。表情や仕草が伝えてきてくれていた。
その言葉に頷くと、また俯いてしまったシェリルノーラの温かさを確かめる。そのままでいると、こてんと頭を預けてきた。その頭に手を当てる。
しばらく2人で物言わず静かな時間を過ごした。
翌朝いつもの軍服に着替え、胸の内ポケットを外から触れてみた。
愛する人の髪を身につけると、無事にその人の元に戻れるという言い伝えがある。シェリルノーラは知らないだろう。
今まで神頼みや言い伝えなど気にしたことはなかったが、ふと思い出してそれがほしいと思った。
昨日部屋に戻って少し髪がほしいと言うと、やはり謂れを知らないようで不思議そうな顔で了承してくれた。あの件の後、伸びた毛先だけ整えた長い髪。
細い紐で髪を少しだけ取ってきつく結ぶ。結び目より一握り上に刃を当てると、ふわりと掌に落ちる。それを白い布でできた小さな袋に入れた。
「こんなものが御守になるのですか?」
「ええ、ありがとうございます」
その長い髪を指に絡めているとまだ欲しいのかと勘違いしたのか、もう少しいるかと尋ねられた。女性ではないからか、元々の性質からか、髪を触られてもあまりその意味に考えが及ばないようだ。
準備を終えて王城に向かうため玄関ホールに立った。今まで戦で屋敷を空けることも多かったため、心得ているダラスだけが控えていた。
「ダラス、頼んだ」
「はい、万事お任せ下さい」
いつもの落ち着いた態度に頷きで返す。それから見送ってくれるシェリルノーラを軽く抱き寄せる。
「私がいなくてもきちんと食べて、少しでも体調が悪ければ必ずタリー先生を呼んでください。いいですね」
「はい。お仕事頑張ってください。道中もお気をつけて」
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