将軍の宝玉

なか

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35.葡萄

   最近なんだか旦那様との距離が近い。出来るだけ一緒の時間を取ってくれているのが分かる。
   私が不安にならないように前にも増して、優しく接してしてくれている。それにものすごく甘やかされていると感じる、

   元々旦那様はずっと憧れの人だった。慣れてきたとはいえ、未だにこうしてそばにいることが信じられないのが正直なところだ。
   遠くからしか知らないけど、厳しくきちんとした人だと思っていた。耳に入る話は鬼神のような強さと数々の武勇伝。他国にも部下にも怖れられる大きくて強い人。

   最初の頃からの少し距離を感じる丁寧な態度が、最近はちょっと違う。なんというか、私を見る目がとても柔らかい。それに気づいてかその変化にどうしても戸惑ってしまう。
   

   目の前には艶やかな葡萄が一房。今日のお土産らしい。
   夕食を一緒に食べた後、しばらくして私の部屋を訪れた旦那様の手には葡萄の乗った器があった。瑞々しいその粒を自ら剥いて、先程から口元に差し出されている。
   自分で剥けると言っても、手拭きを1枚しか持ってきていないと、何故か却下されて今に至る。

   すぐに具合が悪くなったり勝手に1人で落ち込んだりとあまりに未熟な私は、小さな子供と同じに思われてるんだろう。もしくは手のかかるペットとか。
   優しくて責任感の強い旦那様だから、きっと一度保護したものを最後まで世話をするという感覚なのかもしれない。

   差し出された翡翠のような粒を軽く口を開いて受け取ると、旦那様の親指に微かに唇が触れた。固い指の腹。
   果汁に濡れたそれを思わず舌で追い掛けそうになる。口の中の粒がそれを遮る。

   何を考えているんだ。
   自分に恥ずかしくなり食べることに集中する。ちらりと隣を盗み見する。その大きな手で、意外と器用に次の粒を剥こうとしている。

「そろそろお腹いっぱいです」

「ではもうひとつだけ。今日は少し馬に乗ったと聞きましたよ。夕食はいつもと変わらないくらいでしたから、ちゃんとたくさん食べてください」

「ご存知だったんですね」

   今日は午後から少しだけ馬のリラとの時間を楽しんだのだった。かなり体調もよく回復してきているのを自分でも実感できて嬉しい。

「大分元気になられてよかったです」

   優しい笑顔で最後と言われ、新しく剥いた粒を差し出される。今度は唇に指が触れないように注意して受け取った。
   甘くてとても美味しいけど、こうやって人に剥いて食べさせてもらうなんて初めてだから、余計美味しいのだろうか。

   くすりと笑みをもらした旦那様が、さっき触れた親指で果汁のついたすっと唇を拭われる。何をされたかすぐに分からなくて、ぼんやりと視線で追う。
   果汁に濡れたその指を自分の口元に持って行き、旦那様がぺろりと舐めた。
   かっと頬が熱を持った。


「実は、来週からひと月程屋敷を空けなくてはいけなくなりました」

「え?」
   
   葡萄と一緒に持ってきていた濡れ布巾で自分の手を拭きながら、さらりと言われた。唐突な話に内容が理解できなかった。

「隣国へ。往復の日程を考えると3週間はかかる予定です。詳しくは言えませんが警護を兼ねて」

「危ないお仕事なのですね」

   つい先ほどの顔のほてりも急激に冷める。不安な気持ちが表に出ていたのか、頬をゆっくりと撫でられる。

「危険がないとは言えませんが、安全に仕事を遂行するためにも行かなくてはいけません」

「それがお仕事ですから。でも、…どうかお気をつけて」

   旦那様は強い方だ。きっとなんの心配もないはずだけど、戦に行くのとはまた違った危険があるだろう。
   本当なら余計なことを心配させず、安心して発ってもらわないといけない。

   少し力が入っていた肩を抱き寄せられ、その広い胸に体を預ける。

「不安に思うことはありませんよ」

   髪に何かが触れ、すぐ近くで聞こえる低い声に、子供のふりをしてこのまま甘えたくなる。いつかのように安心させるように背中を撫でられる。

「星祭の前には戻ってきます」


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