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第二章 藍と学校
107. 母という呪い The Mothers Curse
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アイは下に落ちていっていた。
そして誘うように右腕をザミールの方へ向かって伸ばしていた。うつくしい笑みを浮かべながら――。
ザミールは洞窟内の壁を蹴って、アイに右腕を振りかぶったままアイに迫ろうとする。
すると、何か違和感があることに気がついた。暗くてよく見えないが、ザミールとアイを囲むように、洞窟内の壁を何かが這っている。
ザミールは心割き心を配ってその正体を確かめるよりも。腕と身体にのみ心を集中させて、どんな攻撃が来てもみを守れるであろう量を自身に纏うことを決断した。
ぽちゃん、となんだか場違いで間抜けな音がした。眼の前のアイが水の中に沈んだのだ。
アイは蠱惑的な笑みで言った。
「……ようこそ――おれの心へ――!!」
◇◆◇
――!
これは、この水は彼奴が沈んでいっている膨大な量の水は――!
壁をウネウネと伝っていたものの正体は――!
此奴の水の心か!!
アイは最初から、白い煙を纏いこの穴に最初にぶち当たったときから、ここずっと心を溜めていたんだ!
――この闘いの最初の最初から!!
白い煙となって逃げていた時も、十分に広い閉鎖環境という、俺を倒すのに最適な環境をずっと探していたんだ!!
闇雲に遁走していたように思わせておいて……!!
そしていつ俺を誘い込むかをずっと考えていた……!
ここに心を割いていたから、こころをもつもののクセに心を配ったりしねぇわけだ!
やりやがる!!戦術IQがたけぇ!!
まずい――!
後ろも壁を伝っていた心によって塞がれた。もう前に進んでさっさと彼奴をぶっ飛ばして心を止めるしかねぇ……!!
◇◆◇
ボチャンっ!と俺もアイの心に飛び込んでいった。すると、アイの今までの人生の哀しみが俺のこころに流れ込んできた。
これは……哀しみの水の心か――!!
《オマエみたいなゴミ、生むんじゃなかった。》
《オマエに愛を与えてやろう……。》
《この……人間野郎が!》
《――ここに、お前はもう、おれの息子じゃなくなった。
じゃあな、愛する価値のない元、息子よ――。
お前は今から、
“アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ”だ。》
クソっ頭の中に此奴の哀しみが響きやがる!!まともに心も練れねぇし、思考もできねぇ……!!
――此奴の哀しみは……深すぎる……!!
膨大すぎて共感して相殺もできねぇ!!
このまま突っ切るしかねぇ……!!
俺も――俺の人生を賭した心を使うしかねぇ……!!
水圧で圧死させられる前に!!
◇◆◇
「倒れろぉぉぉおお!!」
アイが叫ぶ。
「がアァアあぁ!!」
ザミールも叫ぶ。
二つの咆哮が折り重なって、ぶつかり合う。
こころとこころをぶつけ合ったほんとうの“対話”だった。
ザミールを押しつぶしていた。水流とザミールの間に、少しずつ、だが確実に黒い砂が顕現する。
それは、彼の周りの水を押し返し、少しずつその領域を拡大していく。完全に押し込められた状態から少しずつ、少しずつ自分の心を広げていく。
ザミールが呟く。
《砂の渇望……!!》
するとザミールの周りの砂は、弾け飛び一気にその領域を拡大する。そしてそれはアイを包むように一つ所に収束していく。
「……チッ!!」
アイはたまらず舌打ちをするが、自分の身を守ることではなく、相手への攻撃の手を緩めないことを選んだ。
こうして、ザミールはアイの、のたうち回る“哀しみの濁流”のなかに、アイはザミールの満たされることのない“渇きの砂塵”のなかに包みこまれていった。
――そうしてみた――。
お互いの心のなかに、お互いの剥き出しの心のなかに、それぞれの人生を――!!
◇◆◇
アイ・ミルヒシュトラーセの人生を一言で表す事が出来るのなら、それはきっと“哀しみに満ちた喜劇”だろう。
ザミール・カマラードの人生を一言で表すなら、それは――
◇◆◇
ザミール・カマラードは今現在となっては、ミルヒシュトラーセ家に反する反政府組織のリーダー、パンドラ公国の闇が集うスラム街の顔だが、その生まれは決して貧しいものではなかった。
むしろ、アイとは正反対に華々しく祝福された生を受けた。
ザミールがカラマード家名を持っていることからも分かるように、彼は元々貴族の出だった。
それも辺境伯爵直属の、“ミルヒシュトラーセの剣”と呼ばれるミルヒシュトラーセ家に敵対する人間を代々屠ってきた……いわば、ミルヒシュトラーセ家の懐刀だった。
◇◆◇
数十年前まで、ミルヒシュトラーセ家にはそれぞれ“ミルヒシュトラーセの剣”、“ミルヒシュトラーセの盾”、そして“ミルヒシュトラーセの手”と呼ばれる、攻撃、防御、諜報を旨とする組織が下についていた。
“ミルヒシュトラーセの剣”はカラマード家、
“ミルヒシュトラーセの盾”は陽炎家、
“ミルヒシュトラーセの手”は不知火家が担当していた。
カラマード家は、辺境伯爵に対する蛮族を攻撃することを担当し、陽炎家はミルヒシュトラーセ家と敵対する国内外の政敵と、外敵からミルヒシュトラーセ家の人間たちを守護した。
そして、不知火家は主に内側の敵、つまり内憂を排することをその存在理由としていた。彼らがミルヒシュトラーセの“手”と呼ばれている理由は、辺境伯爵家の人間が行わない、汚れ仕事を……つまり、拷問や殺しを遂行して、ミルヒシュトラーセ家の人間が直接手を汚さずにすむような働きを担っていたからだ。
いくら国内を牛耳るミルヒシュトラーセ家とは言え、公にはパンドラ公国は、ファンタジア王国に権威を与えられた公王が最高権威者であり、文字通り国の頭である。ファンタジア王国の王にミルヒシュトラーセ家が与えられたのは、“権力”であって“権威”ではないからだ。
つまり強大なファンタジア王国のお墨付きで、ミルヒシュトラーセ家よりも、公王家の方が何事おいても優越する。
そこでいくら、地獄利権を得て、公王の権威を揺るがすほどの権勢を得たとは言え、表立って汚いことはできない。対立派閥である公王派からしてみれば格好の攻撃理由になり得るからだ。
そういう理由もあって、ミルヒシュトラーセ家は直接手を汚さずに済むように、“ミルヒシュトラーセの剣”、“ミルヒシュトラーセの盾”、そして特に“ミルヒシュトラーセの手”を使役していた。
◇◆◇
しかし、現在は盾と手であった陽炎家と不知火家が不知火陽炎連合を組み、カラマード家は見る影もない。
何故か?
それはザミール・カマラードの母親、アデライーダ・カラマードが原因だった。いや、実際に契機となったのは、アデライーダの夫が人間体だったことだ。
アイが生まれ、地獄利権を手にして、からのエレクトラの行動は早かった。差別思想という“原罪”の存在を知った彼女は、まず人間体差別に乗り出した。
自らの夫、オイディプスと子を作ったマグダラのサクラが憎かったからだ。そうして、要職に就いていた人間体を次々と弾劾し、身の回りを優れた獣神体で固めていった。
そのことに反発したのが、既にミルヒシュトラーセの剣のトップとして、エレクトラを支えていた。ザミール・カマラードの母親、アデライーダ・カラマードだった。理由は単純、彼女の愛した夫が人間体だったからだ。
アデライーダは愛する夫を守るために、今まで誰よりも“忠実”に尽くしてきたエレクトラに反旗を翻した。
◇◆◇
このとき既にザミールは生まれており、妹と弟が一人ずつ居た。ザミールは既に獣神体だったが、妹と弟の性別はまだ確定していなかった。
ザミールはアデライーダによくよく言われたものだ。
『貴方は獣神体なんだから、下の子が人間体になったら、絶対に守ってあげて。
……そしてもちろん獣神体として、人間体のお父さんのこともね。』
その言葉はザミールの生を決定づける“呪いの言葉”だった。
奇しくもアイとザミールは両方とも“母親”という“祝福”にその生を縛られた者同士だったのだ。
そして誘うように右腕をザミールの方へ向かって伸ばしていた。うつくしい笑みを浮かべながら――。
ザミールは洞窟内の壁を蹴って、アイに右腕を振りかぶったままアイに迫ろうとする。
すると、何か違和感があることに気がついた。暗くてよく見えないが、ザミールとアイを囲むように、洞窟内の壁を何かが這っている。
ザミールは心割き心を配ってその正体を確かめるよりも。腕と身体にのみ心を集中させて、どんな攻撃が来てもみを守れるであろう量を自身に纏うことを決断した。
ぽちゃん、となんだか場違いで間抜けな音がした。眼の前のアイが水の中に沈んだのだ。
アイは蠱惑的な笑みで言った。
「……ようこそ――おれの心へ――!!」
◇◆◇
――!
これは、この水は彼奴が沈んでいっている膨大な量の水は――!
壁をウネウネと伝っていたものの正体は――!
此奴の水の心か!!
アイは最初から、白い煙を纏いこの穴に最初にぶち当たったときから、ここずっと心を溜めていたんだ!
――この闘いの最初の最初から!!
白い煙となって逃げていた時も、十分に広い閉鎖環境という、俺を倒すのに最適な環境をずっと探していたんだ!!
闇雲に遁走していたように思わせておいて……!!
そしていつ俺を誘い込むかをずっと考えていた……!
ここに心を割いていたから、こころをもつもののクセに心を配ったりしねぇわけだ!
やりやがる!!戦術IQがたけぇ!!
まずい――!
後ろも壁を伝っていた心によって塞がれた。もう前に進んでさっさと彼奴をぶっ飛ばして心を止めるしかねぇ……!!
◇◆◇
ボチャンっ!と俺もアイの心に飛び込んでいった。すると、アイの今までの人生の哀しみが俺のこころに流れ込んできた。
これは……哀しみの水の心か――!!
《オマエみたいなゴミ、生むんじゃなかった。》
《オマエに愛を与えてやろう……。》
《この……人間野郎が!》
《――ここに、お前はもう、おれの息子じゃなくなった。
じゃあな、愛する価値のない元、息子よ――。
お前は今から、
“アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ”だ。》
クソっ頭の中に此奴の哀しみが響きやがる!!まともに心も練れねぇし、思考もできねぇ……!!
――此奴の哀しみは……深すぎる……!!
膨大すぎて共感して相殺もできねぇ!!
このまま突っ切るしかねぇ……!!
俺も――俺の人生を賭した心を使うしかねぇ……!!
水圧で圧死させられる前に!!
◇◆◇
「倒れろぉぉぉおお!!」
アイが叫ぶ。
「がアァアあぁ!!」
ザミールも叫ぶ。
二つの咆哮が折り重なって、ぶつかり合う。
こころとこころをぶつけ合ったほんとうの“対話”だった。
ザミールを押しつぶしていた。水流とザミールの間に、少しずつ、だが確実に黒い砂が顕現する。
それは、彼の周りの水を押し返し、少しずつその領域を拡大していく。完全に押し込められた状態から少しずつ、少しずつ自分の心を広げていく。
ザミールが呟く。
《砂の渇望……!!》
するとザミールの周りの砂は、弾け飛び一気にその領域を拡大する。そしてそれはアイを包むように一つ所に収束していく。
「……チッ!!」
アイはたまらず舌打ちをするが、自分の身を守ることではなく、相手への攻撃の手を緩めないことを選んだ。
こうして、ザミールはアイの、のたうち回る“哀しみの濁流”のなかに、アイはザミールの満たされることのない“渇きの砂塵”のなかに包みこまれていった。
――そうしてみた――。
お互いの心のなかに、お互いの剥き出しの心のなかに、それぞれの人生を――!!
◇◆◇
アイ・ミルヒシュトラーセの人生を一言で表す事が出来るのなら、それはきっと“哀しみに満ちた喜劇”だろう。
ザミール・カマラードの人生を一言で表すなら、それは――
◇◆◇
ザミール・カマラードは今現在となっては、ミルヒシュトラーセ家に反する反政府組織のリーダー、パンドラ公国の闇が集うスラム街の顔だが、その生まれは決して貧しいものではなかった。
むしろ、アイとは正反対に華々しく祝福された生を受けた。
ザミールがカラマード家名を持っていることからも分かるように、彼は元々貴族の出だった。
それも辺境伯爵直属の、“ミルヒシュトラーセの剣”と呼ばれるミルヒシュトラーセ家に敵対する人間を代々屠ってきた……いわば、ミルヒシュトラーセ家の懐刀だった。
◇◆◇
数十年前まで、ミルヒシュトラーセ家にはそれぞれ“ミルヒシュトラーセの剣”、“ミルヒシュトラーセの盾”、そして“ミルヒシュトラーセの手”と呼ばれる、攻撃、防御、諜報を旨とする組織が下についていた。
“ミルヒシュトラーセの剣”はカラマード家、
“ミルヒシュトラーセの盾”は陽炎家、
“ミルヒシュトラーセの手”は不知火家が担当していた。
カラマード家は、辺境伯爵に対する蛮族を攻撃することを担当し、陽炎家はミルヒシュトラーセ家と敵対する国内外の政敵と、外敵からミルヒシュトラーセ家の人間たちを守護した。
そして、不知火家は主に内側の敵、つまり内憂を排することをその存在理由としていた。彼らがミルヒシュトラーセの“手”と呼ばれている理由は、辺境伯爵家の人間が行わない、汚れ仕事を……つまり、拷問や殺しを遂行して、ミルヒシュトラーセ家の人間が直接手を汚さずにすむような働きを担っていたからだ。
いくら国内を牛耳るミルヒシュトラーセ家とは言え、公にはパンドラ公国は、ファンタジア王国に権威を与えられた公王が最高権威者であり、文字通り国の頭である。ファンタジア王国の王にミルヒシュトラーセ家が与えられたのは、“権力”であって“権威”ではないからだ。
つまり強大なファンタジア王国のお墨付きで、ミルヒシュトラーセ家よりも、公王家の方が何事おいても優越する。
そこでいくら、地獄利権を得て、公王の権威を揺るがすほどの権勢を得たとは言え、表立って汚いことはできない。対立派閥である公王派からしてみれば格好の攻撃理由になり得るからだ。
そういう理由もあって、ミルヒシュトラーセ家は直接手を汚さずに済むように、“ミルヒシュトラーセの剣”、“ミルヒシュトラーセの盾”、そして特に“ミルヒシュトラーセの手”を使役していた。
◇◆◇
しかし、現在は盾と手であった陽炎家と不知火家が不知火陽炎連合を組み、カラマード家は見る影もない。
何故か?
それはザミール・カマラードの母親、アデライーダ・カラマードが原因だった。いや、実際に契機となったのは、アデライーダの夫が人間体だったことだ。
アイが生まれ、地獄利権を手にして、からのエレクトラの行動は早かった。差別思想という“原罪”の存在を知った彼女は、まず人間体差別に乗り出した。
自らの夫、オイディプスと子を作ったマグダラのサクラが憎かったからだ。そうして、要職に就いていた人間体を次々と弾劾し、身の回りを優れた獣神体で固めていった。
そのことに反発したのが、既にミルヒシュトラーセの剣のトップとして、エレクトラを支えていた。ザミール・カマラードの母親、アデライーダ・カラマードだった。理由は単純、彼女の愛した夫が人間体だったからだ。
アデライーダは愛する夫を守るために、今まで誰よりも“忠実”に尽くしてきたエレクトラに反旗を翻した。
◇◆◇
このとき既にザミールは生まれており、妹と弟が一人ずつ居た。ザミールは既に獣神体だったが、妹と弟の性別はまだ確定していなかった。
ザミールはアデライーダによくよく言われたものだ。
『貴方は獣神体なんだから、下の子が人間体になったら、絶対に守ってあげて。
……そしてもちろん獣神体として、人間体のお父さんのこともね。』
その言葉はザミールの生を決定づける“呪いの言葉”だった。
奇しくもアイとザミールは両方とも“母親”という“祝福”にその生を縛られた者同士だったのだ。
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