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第57話 立場が入れ替わったとしても
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何かよく分からない数字の飛び交いひたすら眠たくなる(というか少しだけ寝ちゃったけど)打ち合わせの後、ルドルフさまとの会談へ挑むことになった。
私達は宮殿に招かれ、白い大理石を惜しみなく使った会議用の部屋へと足を踏み入れる。
「やあ、グラジオス殿。昨日の演奏は素晴らしかったよ。今日の演奏も期待している」
「ありがとうございます、ルドルフ殿。雲母がまた何かを仕掛けているようなので、是非楽しんでいただければ幸いです」
ルドルフさまとグラジオスは、会って早々に固い握手を交わす。
音楽好きという共通点や、これまで何度か顔を合わせて来ただけあって、互いに親近感を持っている様にも見える。
「キララも来てくれたんだね。嬉しいよ」
「はい、ルドルフさま」
ルドルフさまは、私の手を取ってその甲に口づけるというちょっと私の心臓を壊しに来てるのかなっていう挨拶をかましてくれるが、一年半にわたって行われた海外公演によって鍛えられた鉄面皮と毛の生えた心臓で、何でもないふりを貫き通す。
「そうだ、ナターリエ達に色々と教えてくれたんだってね。私の好きな曲を演奏すると張り切っていたよ」
「ナターリエさんは本当に凄い方ですよね。歌も凄くうまくて……」
昨夜、しゃくりとかこぶしとか教えたら途端に自分の歌に応用しちゃって、ホント嫉妬しっぱなしだったのだ。
「そうかな? 私はキララの歌の方が好きだけどね」
「たまに聞くから新鮮味があるだけですよ」
「謙遜は行き過ぎると嫌味に思われるよ……さて」
さらりと殺し文句を言ってくるルドルフさまだったが、私にニコリと笑顔をひとつくれると、今度は背後に控えているカシミールや細かい交渉を行う文官たちへと視線を向けた。
「君たちが話し合える場所は奥に用意してあるから案内させよう」
ルドルフさまはそう言うと、手を振って部下に指示を出す。
部下は一礼しながら前へと進み出ると、こちらになりますと小さな声で案内を始めてしまう。
カシミールも、文官も一緒くたに。
一応、カシミールにはくれば不興を買う旨を警告しておいたのだが、無視されてしまった結果がこれだ。
私は思わず頭を抱えたくなってしまった。
「し、失礼ながらルドルフ殿下。第二王子である私は、会談に同席させていただきたいのですが」
予想通りグラジオスの何十倍も豪華な服を纏ったカシミールだったが、さすがに交渉相手を無礼だと叱責するわけにもいかず、顔を引きつらせながら軽い抗議を行う。
ルドルフさまは怪訝な顔をした後、服と顔をじろじろと眺め、何か納得したかのように頷いた。
「そうか、貴方がカシミールか。グラジオス殿を差し置いて交渉してくれと頼んで来たものだから、どれだけ頭が空なのかと呆れていたけれど……。なるほど、確かに何も考えていなさそうな見た目をしているね」
「なっ」
あまりにも辛辣すぎる言葉を言われてしまったカシミールは、一瞬でその場に凍り付いてしまった。
というか……もうホント殺す気でしょ、これ。一応初対面みたいなのに……。
ルドルフさまの言葉を聞いた感じ、どうやらカシミールは独自にグラジオスを出し抜こうとしていたらしい。
「君の国と帝国に、どれだけ国力の差があるのか理解していないのかい? それがこうして対等に交渉できるのは、全てグラジオス殿とキララのお陰だよ? だというのに彼女たちを差し置いて、あまつさえ彼女たちを貶める目的で私を利用する。それがどれだけ私を怒らせるのか想像も出来なかったのかい?」
グラジオスが王国内で疎んじられているのは、国民すら知っている有名な話だ。少し調べるだけで帝国の知るところとなるだろう。ましてや頭のいいルドルフさまだ。そういった継承権をめぐる争いだの汚いやり取りは全て見透かしてしまっている。
カシミールは優秀な王子だ。でもそれはあくまでもアルザルド王国という井の中の話で、世界に飛び出せば普通の王子でしかない。
一年半という長きに渡って遊説、会談、外交を行って鍛えられ、更に音楽という尖った武器を持つグラジオスの方が、よほど世界では戦えるのだ。
それを全く理解していなかったのが、カシミールの愚かな所だろう。
「私は君を叩き出そうとも思ったんだけどね」
ルドルフさまは、指を一本、カシミールの目の前ですっと立てる。
カシミールはルドルフさまの放つ圧力に、抗議の声を上げることすら出来ずに一歩後ろに下がった。
「君はグラジオス殿の弟だ。たったそれだけの理由で、私は君が今ここに居る事を許可している。これ以上を望めると思うのかい?」
カシミールは、もはや何も言えなかった。
本能的に格の違いというものを思い知ってしまったのかもしれない。
庶子として生まれ、そこから第二位皇位継承者にまで上り詰め、今は皇帝陛下の一番の相談役にまでなったルドルフさまと、王に気に入られてひたすら甘やかされたカシミールと。
比べ物にならない位の差がそこにはあった。
「君は自分の立場というものをよく理解しておきなさい」
ルドルフさまはそれだけ言うと、視線で部下を急かす。
可哀そうな部下は、冷や汗を流しながらカシミールを含めた全員への先導を続けるしかなかった。
「ルドルフ殿、カシミールも悪意があったわけではない。私が初めての外交、しかも貴重な帝国との交渉でへまをしないか心配してくれたのだ。そこは誤解しないでくれるとありがたい」
グラジオスも人がいいんだから……。
なんでここで庇っちゃうかなぁ。これ、下手すると恨まれるよ?
下に見てたグラジオスから情けをかけられたって捻じ曲がった感情から逆恨みされるよ?
「…………」
しばらくルドルフさまはグラジオスの顔をすがめる様に見て、それが本心だという事を読み取ったのか、少し皮肉気な笑みを浮かべる。
「なるほど、兄弟愛か。一方通行のように見えるがね」
それにグラジオスは一切答えずにカシミールの隣に行って肩を叩く。
そうするとグラジオスのややみすぼらしい服が一層際立って見えて、ルドルフさまの言葉が真実であると確信できた。
「じゃあ、美しい兄弟愛に免じて少しだけ機会をあげようか」
ルドルフさまはくるりと背を向けると、部屋の奥からリュートを取ってくる。
それを適当に爪弾いて――それだけで相当な腕だとわかる――からカシミールに差し出した。
「私は音楽を好む。この会談は、それが出来なければ話にならない。君はどの程度かな? 最低限私を納得させられるだけの腕を持っていれば、この場に居る事を許そう」
そう言われたところで、カシミールは一ミリたりとも手を動かすことが出来なかった。
もしかしたら軽く鳴らす程度の事は出来るかもしれないが、それは確実にルドルフさまの言う最低限にも届いていないだろう。
プロ野球選手の中に幼稚園児が混じってプレイが出来ないのと似たようなものだ。
正直、これはいじめみたいなものだったけれど、私はかわいそうなんて欠片も思わなかった。
グラジオスから手柄を横取りして、彼の立場を今まで通り弱いままで居させようという考えを持っていたのがバレバレだったし、何よりグラジオスが散々苛め抜かれていた時、カシミールは一切助けようとしないどころかいじめに参加してすらいた。
それどころか時には材料を提供し、率先してグラジオスに嫌がらせをしてきたのだ。
これは因果応報と言うべきだろう。
「ルドルフさま。私が少し手助けをしてもよろしいですか?」
でも、グラジオスはまたも手を伸ばす。
零れ落ちる一人一人に手を差し伸べると言い、それを実践してきたグラジオスだから、例えそれが自分に悪意を持っている存在だとしても手を差し伸べる事を止められなかったのだろう。
それこそがグラジオスのグラジオスたる所以なのだから。
「まあ、構わないよ」
はつ弦楽器であるリュートは手を貸したところで簡単に弾けるようになる代物ではない。右手と左手、両方がきちんと使える様にならなければ弾けないのだ。
それが分かっているルドルフ様は、何が出来るものでもないだろうと軽く頷いた。
――が、それがグラジオスの狙いだった。
「ありがとうございます」
グラジオスはリュートをルドルフさまから受け取ると、カシミールに耳打ちしてリュートを押し付ける。
押し付けられたカシミールは、ただぼうっとして何も出来ないままだったが、グラジオスは背後からカシミールを抱きしめる様にしてリュートを支え、再び弟に何事かささやいた。
カシミールはのろのろとした動きで手を伸ばし、弦の前に指を構える。
そして、変則的な演奏が始まった。
―― 一番の宝物――
カシミールはただ機械的に手を動かし、一定のリズムで弦を弾いてジャンジャンと音を鳴らしていく。
それをグラジオスが左でコードを抑え、伴奏に昇華させていた。
更にこの歌を選曲した事も、グラジオスの作戦の一つだろう。
伴奏に合わせてグラジオスが歌う。
最初は呟くように。だんだんと大きくなっていき、最後は伴奏を越えていく。
そう、この歌は伴奏が非常に小さく目立たないバージョンのものが存在するのだ。しかもギターをかき鳴らす様な伴奏だけの所もある。
多少誤魔化す工夫をしやすい曲なのだ。
そんな風にして歌を聴いていれば、やっぱりというかなんというか、私も耐え切れなくなって参加してしまった。
今回の歌うメインはグラジオスで、私は彼の補助。私はグラジオスの歌声に細いコーラスを重ねて音の厚みを支えていく。
力強い歌声に鈴の音の様な私の声が絡み合って、歌は更に力を増す。
グラジオスの中に在る何かが、歌声と共に大理石の部屋を駆け回った後、私達の心にじっくりと染み込んでいった。
演奏が終わった直後、ルドルフさまはわざとらしくため息をつく。
「……これは、少しズルじゃないかな?」
そうは言っても、ルドルフさまは自分の敗北を悟っているのか少しだけ楽しそうに苦笑いを浮かべていた。
でもその言葉は歌が予想外なまでに素晴らしかったことの裏返しである。結果は口にするまでもないだろう。
「すみません。目の前で歌われると私もつい……」
「キララは仕方ないさ。……そうだね、キララの歌を差し引いたとしても、確かに素晴らしい歌だったし……。まあ、弟君がその伴奏をしたというのも事実、かな」
もしかしたら、だけど。これもルドルフさまの狙った事なのかもしれないなんて事は私の考え過ぎだろうか。わざと悪役を買って出て、グラジオスに花を持たせる。なんて……。
「ありがとうございます、ルドルフ殿」
グラジオスは礼の言葉を口にしたのち、自分の勝利と作戦の成功を知って安堵の笑みを浮かべながらカシミールに何事か囁き、カシミールはそれに涼しい顔で応じる。
一見して美しい兄弟愛が展開されている様に見える光景だったのだが、私は直感的に言い知れぬ何かを感じ取り、少し肌寒さを感じずにはいられなかった。
私達は宮殿に招かれ、白い大理石を惜しみなく使った会議用の部屋へと足を踏み入れる。
「やあ、グラジオス殿。昨日の演奏は素晴らしかったよ。今日の演奏も期待している」
「ありがとうございます、ルドルフ殿。雲母がまた何かを仕掛けているようなので、是非楽しんでいただければ幸いです」
ルドルフさまとグラジオスは、会って早々に固い握手を交わす。
音楽好きという共通点や、これまで何度か顔を合わせて来ただけあって、互いに親近感を持っている様にも見える。
「キララも来てくれたんだね。嬉しいよ」
「はい、ルドルフさま」
ルドルフさまは、私の手を取ってその甲に口づけるというちょっと私の心臓を壊しに来てるのかなっていう挨拶をかましてくれるが、一年半にわたって行われた海外公演によって鍛えられた鉄面皮と毛の生えた心臓で、何でもないふりを貫き通す。
「そうだ、ナターリエ達に色々と教えてくれたんだってね。私の好きな曲を演奏すると張り切っていたよ」
「ナターリエさんは本当に凄い方ですよね。歌も凄くうまくて……」
昨夜、しゃくりとかこぶしとか教えたら途端に自分の歌に応用しちゃって、ホント嫉妬しっぱなしだったのだ。
「そうかな? 私はキララの歌の方が好きだけどね」
「たまに聞くから新鮮味があるだけですよ」
「謙遜は行き過ぎると嫌味に思われるよ……さて」
さらりと殺し文句を言ってくるルドルフさまだったが、私にニコリと笑顔をひとつくれると、今度は背後に控えているカシミールや細かい交渉を行う文官たちへと視線を向けた。
「君たちが話し合える場所は奥に用意してあるから案内させよう」
ルドルフさまはそう言うと、手を振って部下に指示を出す。
部下は一礼しながら前へと進み出ると、こちらになりますと小さな声で案内を始めてしまう。
カシミールも、文官も一緒くたに。
一応、カシミールにはくれば不興を買う旨を警告しておいたのだが、無視されてしまった結果がこれだ。
私は思わず頭を抱えたくなってしまった。
「し、失礼ながらルドルフ殿下。第二王子である私は、会談に同席させていただきたいのですが」
予想通りグラジオスの何十倍も豪華な服を纏ったカシミールだったが、さすがに交渉相手を無礼だと叱責するわけにもいかず、顔を引きつらせながら軽い抗議を行う。
ルドルフさまは怪訝な顔をした後、服と顔をじろじろと眺め、何か納得したかのように頷いた。
「そうか、貴方がカシミールか。グラジオス殿を差し置いて交渉してくれと頼んで来たものだから、どれだけ頭が空なのかと呆れていたけれど……。なるほど、確かに何も考えていなさそうな見た目をしているね」
「なっ」
あまりにも辛辣すぎる言葉を言われてしまったカシミールは、一瞬でその場に凍り付いてしまった。
というか……もうホント殺す気でしょ、これ。一応初対面みたいなのに……。
ルドルフさまの言葉を聞いた感じ、どうやらカシミールは独自にグラジオスを出し抜こうとしていたらしい。
「君の国と帝国に、どれだけ国力の差があるのか理解していないのかい? それがこうして対等に交渉できるのは、全てグラジオス殿とキララのお陰だよ? だというのに彼女たちを差し置いて、あまつさえ彼女たちを貶める目的で私を利用する。それがどれだけ私を怒らせるのか想像も出来なかったのかい?」
グラジオスが王国内で疎んじられているのは、国民すら知っている有名な話だ。少し調べるだけで帝国の知るところとなるだろう。ましてや頭のいいルドルフさまだ。そういった継承権をめぐる争いだの汚いやり取りは全て見透かしてしまっている。
カシミールは優秀な王子だ。でもそれはあくまでもアルザルド王国という井の中の話で、世界に飛び出せば普通の王子でしかない。
一年半という長きに渡って遊説、会談、外交を行って鍛えられ、更に音楽という尖った武器を持つグラジオスの方が、よほど世界では戦えるのだ。
それを全く理解していなかったのが、カシミールの愚かな所だろう。
「私は君を叩き出そうとも思ったんだけどね」
ルドルフさまは、指を一本、カシミールの目の前ですっと立てる。
カシミールはルドルフさまの放つ圧力に、抗議の声を上げることすら出来ずに一歩後ろに下がった。
「君はグラジオス殿の弟だ。たったそれだけの理由で、私は君が今ここに居る事を許可している。これ以上を望めると思うのかい?」
カシミールは、もはや何も言えなかった。
本能的に格の違いというものを思い知ってしまったのかもしれない。
庶子として生まれ、そこから第二位皇位継承者にまで上り詰め、今は皇帝陛下の一番の相談役にまでなったルドルフさまと、王に気に入られてひたすら甘やかされたカシミールと。
比べ物にならない位の差がそこにはあった。
「君は自分の立場というものをよく理解しておきなさい」
ルドルフさまはそれだけ言うと、視線で部下を急かす。
可哀そうな部下は、冷や汗を流しながらカシミールを含めた全員への先導を続けるしかなかった。
「ルドルフ殿、カシミールも悪意があったわけではない。私が初めての外交、しかも貴重な帝国との交渉でへまをしないか心配してくれたのだ。そこは誤解しないでくれるとありがたい」
グラジオスも人がいいんだから……。
なんでここで庇っちゃうかなぁ。これ、下手すると恨まれるよ?
下に見てたグラジオスから情けをかけられたって捻じ曲がった感情から逆恨みされるよ?
「…………」
しばらくルドルフさまはグラジオスの顔をすがめる様に見て、それが本心だという事を読み取ったのか、少し皮肉気な笑みを浮かべる。
「なるほど、兄弟愛か。一方通行のように見えるがね」
それにグラジオスは一切答えずにカシミールの隣に行って肩を叩く。
そうするとグラジオスのややみすぼらしい服が一層際立って見えて、ルドルフさまの言葉が真実であると確信できた。
「じゃあ、美しい兄弟愛に免じて少しだけ機会をあげようか」
ルドルフさまはくるりと背を向けると、部屋の奥からリュートを取ってくる。
それを適当に爪弾いて――それだけで相当な腕だとわかる――からカシミールに差し出した。
「私は音楽を好む。この会談は、それが出来なければ話にならない。君はどの程度かな? 最低限私を納得させられるだけの腕を持っていれば、この場に居る事を許そう」
そう言われたところで、カシミールは一ミリたりとも手を動かすことが出来なかった。
もしかしたら軽く鳴らす程度の事は出来るかもしれないが、それは確実にルドルフさまの言う最低限にも届いていないだろう。
プロ野球選手の中に幼稚園児が混じってプレイが出来ないのと似たようなものだ。
正直、これはいじめみたいなものだったけれど、私はかわいそうなんて欠片も思わなかった。
グラジオスから手柄を横取りして、彼の立場を今まで通り弱いままで居させようという考えを持っていたのがバレバレだったし、何よりグラジオスが散々苛め抜かれていた時、カシミールは一切助けようとしないどころかいじめに参加してすらいた。
それどころか時には材料を提供し、率先してグラジオスに嫌がらせをしてきたのだ。
これは因果応報と言うべきだろう。
「ルドルフさま。私が少し手助けをしてもよろしいですか?」
でも、グラジオスはまたも手を伸ばす。
零れ落ちる一人一人に手を差し伸べると言い、それを実践してきたグラジオスだから、例えそれが自分に悪意を持っている存在だとしても手を差し伸べる事を止められなかったのだろう。
それこそがグラジオスのグラジオスたる所以なのだから。
「まあ、構わないよ」
はつ弦楽器であるリュートは手を貸したところで簡単に弾けるようになる代物ではない。右手と左手、両方がきちんと使える様にならなければ弾けないのだ。
それが分かっているルドルフ様は、何が出来るものでもないだろうと軽く頷いた。
――が、それがグラジオスの狙いだった。
「ありがとうございます」
グラジオスはリュートをルドルフさまから受け取ると、カシミールに耳打ちしてリュートを押し付ける。
押し付けられたカシミールは、ただぼうっとして何も出来ないままだったが、グラジオスは背後からカシミールを抱きしめる様にしてリュートを支え、再び弟に何事かささやいた。
カシミールはのろのろとした動きで手を伸ばし、弦の前に指を構える。
そして、変則的な演奏が始まった。
―― 一番の宝物――
カシミールはただ機械的に手を動かし、一定のリズムで弦を弾いてジャンジャンと音を鳴らしていく。
それをグラジオスが左でコードを抑え、伴奏に昇華させていた。
更にこの歌を選曲した事も、グラジオスの作戦の一つだろう。
伴奏に合わせてグラジオスが歌う。
最初は呟くように。だんだんと大きくなっていき、最後は伴奏を越えていく。
そう、この歌は伴奏が非常に小さく目立たないバージョンのものが存在するのだ。しかもギターをかき鳴らす様な伴奏だけの所もある。
多少誤魔化す工夫をしやすい曲なのだ。
そんな風にして歌を聴いていれば、やっぱりというかなんというか、私も耐え切れなくなって参加してしまった。
今回の歌うメインはグラジオスで、私は彼の補助。私はグラジオスの歌声に細いコーラスを重ねて音の厚みを支えていく。
力強い歌声に鈴の音の様な私の声が絡み合って、歌は更に力を増す。
グラジオスの中に在る何かが、歌声と共に大理石の部屋を駆け回った後、私達の心にじっくりと染み込んでいった。
演奏が終わった直後、ルドルフさまはわざとらしくため息をつく。
「……これは、少しズルじゃないかな?」
そうは言っても、ルドルフさまは自分の敗北を悟っているのか少しだけ楽しそうに苦笑いを浮かべていた。
でもその言葉は歌が予想外なまでに素晴らしかったことの裏返しである。結果は口にするまでもないだろう。
「すみません。目の前で歌われると私もつい……」
「キララは仕方ないさ。……そうだね、キララの歌を差し引いたとしても、確かに素晴らしい歌だったし……。まあ、弟君がその伴奏をしたというのも事実、かな」
もしかしたら、だけど。これもルドルフさまの狙った事なのかもしれないなんて事は私の考え過ぎだろうか。わざと悪役を買って出て、グラジオスに花を持たせる。なんて……。
「ありがとうございます、ルドルフ殿」
グラジオスは礼の言葉を口にしたのち、自分の勝利と作戦の成功を知って安堵の笑みを浮かべながらカシミールに何事か囁き、カシミールはそれに涼しい顔で応じる。
一見して美しい兄弟愛が展開されている様に見える光景だったのだが、私は直感的に言い知れぬ何かを感じ取り、少し肌寒さを感じずにはいられなかった。
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