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第58話 不安をさかしまに、争いをさかしまに。廻せ廻せ廻せっ!
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会談は非常に和やかに進んだ。
別室にて税や輸出入禁止品目など細かい所が決められ、どうしても、というところをグラジオスとルドルフさまが詰めていく。
全てが決まったというわけでは無かったが、このままいけば大きな問題もなく調印に至って経済交流が可能となるだろう。
新たな歴史がグラジオスとルドルフさまの手によって刻まれるというのは、見ていて少し誇らしい気がした。
「さて、会談が終われば君たちはこれから劇場に行くのかな。忙しいね」
「そうですけど私はもうこれが楽しみで楽しみで仕方なかったんですよ」
机の向こう側でルドルフさまがサファイアブルーの瞳を輝かせて笑う。
私達の講演を楽しみにしてくれているお客様の一人を前にして、私は嬉しさが胸の奥からこみ上げてくるのを感じた。
「ふふっ。キララとグラジオス殿の顔に書いてあったからね。つまらない会談なんか早く終わらせて歌いたいってね」
「いやぁ~……」
実際その通りだったので、私とグラジオスは互いの顔を突き合わせて苦笑いするしかなかった。
「さっきルドルフさまが終わろうかっておっしゃった瞬間にグラジオスが椅子引いたからバレちゃったじゃん」
「指で空鍵盤を叩きながら終始脳内で歌っていた奴が俺を責める権利などないはずだが」
「なんでバレたの!?」
「両手を俺からも見えないようにわざわざ机の下に隠すからだ、ガキかお前は」
くっ、もっと自然にやればよかったか……。でも隣だから結局見えちゃうんだよね。
……あれ、ルドルフさま。少し寂しそう?
横目だったのできちんと見たわけではないけれど、一瞬だけルドルフさまの瞳に影があった気がして、私はルドルフさまへと視線を戻す。
「さあ、今夜はどんなことをして楽しませてくれるのかな? 何か仕掛けているんだよね」
そう言って笑うルドルフさまは、いつも通り天使の様な輝きに満ちていたため、私の思い過ごしかなと考えを改める。
「はい。でも秘密です。楽しみにしておいてください」
「ああ、でも昨日みたいなのだったら少しは手加減してほしいな」
まだ耳に残っている気がするよと言われ、私は笑って誤魔化しておく。
「それでは、失礼させていただいても?」
私以上に気が急いているのか、グラジオスは既に腰を少しだけ浮かせていた。
「ああ、すまない。準備の時間が無くなってしまうね。いいよ、今日はこれで終わろう」
「ありがとうございます」
私達はルドルフさまに丁寧に礼を尽くして会談を終える。
その瞬間、ただそこに居るだけで会談に一切かかわるが出来なかったカシミールが立ち上がり、無言で一礼すると私達より先に部屋を出て行き、ただの一言も私達と言葉を交わすことなく去って行ってしまった。
「しょうがないよ。グラジオス行こっ」
それを悲し気な様子で見つめていたグラジオスを急かし、私達もその場を後にしたのだった。
「アッカマンさん、どんな感じです?」
私達は控室に駆け込みながら、興業の全てを取り仕切っているアッカマンに問いかける。
ハイネとエマの姿が見えないのは二人共一人になってイメージトレーニングでもしているのだろう。
「開演二時間前にして客席の三倍は集まってきていますね。関連商品の売り上げでしたら楽譜と歌詞が既に完売しております。絵姿はやはり全員の描かれている物が人気で八割といったところでしょうか。それ以外も順調です」
「そですか……」
皇帝陛下を前にしての御前演奏は基本的に無報酬であるため(お土産は貰えるけど売れる様な代物ではない)、入場料やグッズ展開で稼がねばならないと分かってはいるものの、自分の絵姿が買われていくのはなんとなく……もにょる。
「歌姫様、それにグラジオス殿下。時間がございませんので衣裳をお早く。さすがに練習を一度は致しませんと」
「あっ、はい」
帝国の劇場は本当に立派で、世界一と言っても過言ではない。その分施設設備も整っており、私はその設備を使って今までにない派手なステージを行う事を提案したのだ。
歌うだけのステージも面白いが、ライブにそういう特殊な演出を入れるのもちょっと憧れていたのだ。
私は控室の隅に設けられた衣裳を着替えるスペースへと急いで足を向けたのだが。
「待て、雲母」
「何?」
グラジオスが私の肩を掴んで自らの方へと振り向かせた。
「髪飾りを忘れているぞ」
言いながらグラジオスは片手で肩口にとまった蝶の髪飾りを外そうとする。しかし固く結びつけられた髪飾りは、片手では少し取り辛い様だった。
私は焦るグラジオスの胸の真ん中を、ポンポンと叩く。
「今返されても衣裳つけたりしないといけないから、着替えたらグラジオスが付けて」
「む……」
「じゃ、がんばろっ」
私は気合とばかりにグラジオスのお腹にぺしっと軽くこぶしを突き入れた後(私の背が低い……じゃなくてグラジオスの背が高いからそれ以外の所が叩きにくいのだ)、今出来る限り最高の笑顔を作る。
「大丈夫。歌があれば、私達も、みんなも笑顔になるんだからっ」
「ああ」
一応頷いてはいたが、グラジオスの顔には未だ緊張が伺える。
帝国との交流が上手くいくかはある意味この演奏にこそかかっているからだろう。
聴衆、つまりガイザル帝国民を満足させることが出来れば、帝国民が自発的にアルザルド王国と取引し始めるのだ。
双方が活発に行き来する様になれば、形だけでなく二つの国が繋がる事になる。そうすれば戦争だって起こりにくくなるはずで、大きな未来が私達の、そしてグラジオスの肩にのしかかっているのだ。
「ちょっと頭下げて」
私はグラジオスの首に飛びつくと、体重をかけて無理やり顔を下げさせた。
それから私はグラジオスの頬を両手で思いっきり挟むと、ちょっとだけ勢いをつけて……。
「てっ」
頭突きをした。
額と額を合わせたまま、私はグラジオスの青い目を睨みつける。
「大丈夫」
その言葉は私とグラジオスが出会った時によく私が口にした言葉だ。
あまりに私が口癖のように言ったせいで、グラジオスが一番最初に覚えてしまった日本語でもある。
最近はあまり口にしていなかったが、不安になるとやっぱり言っていた気がする。
私の中ではとっても頼りになる魔法の言葉だ。
私は何度も何度も、自分に言い聞かせるように、グラジオスに、私の相棒に言い聞かせる。
「大丈夫! 出来る!」
何度も何度も大丈夫と言い、グラジオスに気合を注入していく。
すると、強張っていたグラジオスの頬から少しずつ力が抜けていくと同時に赤みがさしていった。
「大丈夫……だよっ」
トドメのつもりでもう一度、軽くごちんっと額をぶつけてから私は手を離した。
これで気合が入らなかったら小心者だって嗤ってやる。
「どう?」
「……大丈夫だ」
グラジオスの言葉には炎が灯っていた。でも……。
「声が小さいっ! もう一回気合入れてあげよっか?」
「大丈夫だ!」
「よしっ!」
気合が入った返事に満足した私は、大きく頷いて着替えのスペースに駆け込んでいった。
別室にて税や輸出入禁止品目など細かい所が決められ、どうしても、というところをグラジオスとルドルフさまが詰めていく。
全てが決まったというわけでは無かったが、このままいけば大きな問題もなく調印に至って経済交流が可能となるだろう。
新たな歴史がグラジオスとルドルフさまの手によって刻まれるというのは、見ていて少し誇らしい気がした。
「さて、会談が終われば君たちはこれから劇場に行くのかな。忙しいね」
「そうですけど私はもうこれが楽しみで楽しみで仕方なかったんですよ」
机の向こう側でルドルフさまがサファイアブルーの瞳を輝かせて笑う。
私達の講演を楽しみにしてくれているお客様の一人を前にして、私は嬉しさが胸の奥からこみ上げてくるのを感じた。
「ふふっ。キララとグラジオス殿の顔に書いてあったからね。つまらない会談なんか早く終わらせて歌いたいってね」
「いやぁ~……」
実際その通りだったので、私とグラジオスは互いの顔を突き合わせて苦笑いするしかなかった。
「さっきルドルフさまが終わろうかっておっしゃった瞬間にグラジオスが椅子引いたからバレちゃったじゃん」
「指で空鍵盤を叩きながら終始脳内で歌っていた奴が俺を責める権利などないはずだが」
「なんでバレたの!?」
「両手を俺からも見えないようにわざわざ机の下に隠すからだ、ガキかお前は」
くっ、もっと自然にやればよかったか……。でも隣だから結局見えちゃうんだよね。
……あれ、ルドルフさま。少し寂しそう?
横目だったのできちんと見たわけではないけれど、一瞬だけルドルフさまの瞳に影があった気がして、私はルドルフさまへと視線を戻す。
「さあ、今夜はどんなことをして楽しませてくれるのかな? 何か仕掛けているんだよね」
そう言って笑うルドルフさまは、いつも通り天使の様な輝きに満ちていたため、私の思い過ごしかなと考えを改める。
「はい。でも秘密です。楽しみにしておいてください」
「ああ、でも昨日みたいなのだったら少しは手加減してほしいな」
まだ耳に残っている気がするよと言われ、私は笑って誤魔化しておく。
「それでは、失礼させていただいても?」
私以上に気が急いているのか、グラジオスは既に腰を少しだけ浮かせていた。
「ああ、すまない。準備の時間が無くなってしまうね。いいよ、今日はこれで終わろう」
「ありがとうございます」
私達はルドルフさまに丁寧に礼を尽くして会談を終える。
その瞬間、ただそこに居るだけで会談に一切かかわるが出来なかったカシミールが立ち上がり、無言で一礼すると私達より先に部屋を出て行き、ただの一言も私達と言葉を交わすことなく去って行ってしまった。
「しょうがないよ。グラジオス行こっ」
それを悲し気な様子で見つめていたグラジオスを急かし、私達もその場を後にしたのだった。
「アッカマンさん、どんな感じです?」
私達は控室に駆け込みながら、興業の全てを取り仕切っているアッカマンに問いかける。
ハイネとエマの姿が見えないのは二人共一人になってイメージトレーニングでもしているのだろう。
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「そですか……」
皇帝陛下を前にしての御前演奏は基本的に無報酬であるため(お土産は貰えるけど売れる様な代物ではない)、入場料やグッズ展開で稼がねばならないと分かってはいるものの、自分の絵姿が買われていくのはなんとなく……もにょる。
「歌姫様、それにグラジオス殿下。時間がございませんので衣裳をお早く。さすがに練習を一度は致しませんと」
「あっ、はい」
帝国の劇場は本当に立派で、世界一と言っても過言ではない。その分施設設備も整っており、私はその設備を使って今までにない派手なステージを行う事を提案したのだ。
歌うだけのステージも面白いが、ライブにそういう特殊な演出を入れるのもちょっと憧れていたのだ。
私は控室の隅に設けられた衣裳を着替えるスペースへと急いで足を向けたのだが。
「待て、雲母」
「何?」
グラジオスが私の肩を掴んで自らの方へと振り向かせた。
「髪飾りを忘れているぞ」
言いながらグラジオスは片手で肩口にとまった蝶の髪飾りを外そうとする。しかし固く結びつけられた髪飾りは、片手では少し取り辛い様だった。
私は焦るグラジオスの胸の真ん中を、ポンポンと叩く。
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「む……」
「じゃ、がんばろっ」
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「大丈夫。歌があれば、私達も、みんなも笑顔になるんだからっ」
「ああ」
一応頷いてはいたが、グラジオスの顔には未だ緊張が伺える。
帝国との交流が上手くいくかはある意味この演奏にこそかかっているからだろう。
聴衆、つまりガイザル帝国民を満足させることが出来れば、帝国民が自発的にアルザルド王国と取引し始めるのだ。
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私はグラジオスの首に飛びつくと、体重をかけて無理やり顔を下げさせた。
それから私はグラジオスの頬を両手で思いっきり挟むと、ちょっとだけ勢いをつけて……。
「てっ」
頭突きをした。
額と額を合わせたまま、私はグラジオスの青い目を睨みつける。
「大丈夫」
その言葉は私とグラジオスが出会った時によく私が口にした言葉だ。
あまりに私が口癖のように言ったせいで、グラジオスが一番最初に覚えてしまった日本語でもある。
最近はあまり口にしていなかったが、不安になるとやっぱり言っていた気がする。
私の中ではとっても頼りになる魔法の言葉だ。
私は何度も何度も、自分に言い聞かせるように、グラジオスに、私の相棒に言い聞かせる。
「大丈夫! 出来る!」
何度も何度も大丈夫と言い、グラジオスに気合を注入していく。
すると、強張っていたグラジオスの頬から少しずつ力が抜けていくと同時に赤みがさしていった。
「大丈夫……だよっ」
トドメのつもりでもう一度、軽くごちんっと額をぶつけてから私は手を離した。
これで気合が入らなかったら小心者だって嗤ってやる。
「どう?」
「……大丈夫だ」
グラジオスの言葉には炎が灯っていた。でも……。
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