59 / 140
第59話 ザ・グレイテスト・ショー
しおりを挟む
何百人という人が歌劇を楽しめるように作られた劇場が、今は私達の歌を聴く人だけで占められている。
席だけでなく廊下にまで立ち見客が詰め掛けており、きっと今までで最も多くの人が来てくれたのではないだろうか。
更には歌が終わるたびに万雷の喝采で世界が満ち溢れるのだ。
私の胸は幸福でいっぱいになり、それに恩返しするように私は懸命に歌を紡いでいった。
「凄い……ですね、雲母さん」
今までにない熱に浮かされたエマが、観客に手を振りながらそう零す。
「だね。帝国の人たちって……はぁ……歌とか演劇が、大好きみたいだよね」
ルドルフさまの影響かどうかは分からないが、明らかに観客の興奮の度合いが他国に比べて高い。
激しい曲などでわざわざ場を温めなくとも歌に聞き入ってくれるのは本当にありがたかった。
「話してる暇があるのか?」
「次っすよ、あれ!」
グラジオスとハイネから声が飛ぶ。
次こそ絶対に失敗できない仕掛けの初お披露目なのだ。浮足立って失敗するわけにはいかなかった。
さすがは曲をしっかり持ち続けてくれるドラム担当とベース担当。いつだって冷静だ。
「ありがと!」
「礼を言う暇があったら息を整えろ」
もっともだと思った私は、口を閉じて一礼した後みんなと共に舞台袖へと下がった。
それと共に舞台の照明が落とされ、商会の人たちが色んな道具や背景を運び入れて準備を整えていく。
「キララさん」
手に色んな道具持っている商会の人が私の手に衣裳を押し付ける。
さあ、次で私は新しい世界を開くんだ。
私の胸は興奮とプレッシャーで鼓動が鳴りっぱなしで今にもはちきれてしまいそうだった。
本当に上手くいくのか怖くて、喜んでもらえるのか分からなくて逃げ出してしまいたかったけれど、私のわがままに付き合ってくれる仲間たちの存在が、背中を押してくれる。
だから私は……。
「分かったよ」
素早く衣裳を脱ぎ捨てて私自身の準備を始めた。
丸いサーチライトの様な光が舞台に伸び、中心にたった一人で立っている私を照らし出す。
衣装はそれまでと違い、肩が見えるほど布の面積が少なくだいぶ身軽に見える。
観客は全く違う毛色のいで立ちをした私がいったい何をするのか、期待に満ちた眼差しを向けてきて――演奏が始まった。
――espiazione――
贖罪を意味するこの歌は、宗教音楽を思わせる厳かなオルガンの伴奏で始まった。
それと同時に私も舞い始める。
大袈裟なくらいに腕を振り――。
――私が腕を突き出したのに合わせ、いくつもの音が奏でられ、重ねられ、荘厳な演奏が始まった。
それに負けないように私も歌を紡ぎ始める。
オペラを思わせる力強い歌と共に、私は舞う。
だが観客は思ったはずだ。これでは今までと何も変わらないと。
歌も素晴らしい。曲ももちろん申し分ない。でも、と。
当たり前だ。私の歌は、いや、ショーはこれからなのだから。
曲がサビに入るその間隙を突いて、舞台に大きな炎が上がる。
その瞬間、私は飛び降りた。
私の一つ目の仕掛け、それは奇術だ。
今頃、一瞬の合間に奈落から飛び出したエマが私の代わりに踊り、歌っているだろう。
観客からは炎が吹き上がったと思ったら、私がエマに変わっていて戸惑うはずだ。
仕掛けはそれだけじゃない。私は急いで舞台下を走り、伝声管に向けて歌い始める。
舞台下から伸びる伝声管を駆け巡った声は、劇場の横手から飛び出す。それと同時に、髪を黒く染め、私と似た背丈で同じ衣裳を着た踊り子さんが伝声管近くのテラスで踊り始める手筈になっている。
これで瞬間移動でもしたように見えるはずだ。
更に私はタイミングを合わせて伝声管を操作していく。
次から次に『私』の居場所が変わり、その度に観客からどよめきが上がる。そして――。
私は再び奈落から飛び出すと、エマと共に踊り出した。
歌と奇術の組み合わせによって、歌に色どりを与える。その素晴らしさに、観客たちは演奏中だという事も忘れて拍手を送る。
でも――まだだよっ――。
奈落を飛び出した時、こっそり持っていた鉄線の先端をエマの背中に取り付ける。
私の分は舞台下で歌っている合間に商会の人が取り付けてくれていた。
鉄線の先は、当然クレーンに繋がっており、滑車を利用して自由に私達を空中で舞わせる事が可能になっていた。
商会の人たちの操作で、私達の体は空《くう》へと浮かび上がる。
観客の人たちは、あまりに想定外の事が起こり、ぽかんと口を開けて空中で踊る私達を見上げていた。
人々の視線と光を一心に浴びた私達は、空を飛び回りながら観客の頭上を舞い踊る。
ふと、二階のテラスに座る観客と目が合った。
観客は誰あろう、皇帝陛下とルドルフさまだ。皇帝陛下は私と目が合った瞬間、無邪気に手を振ってくれたのだが、ルドルフさまは目をまんまるに開いて私を見つめている。
いつもの笑みすら浮かべられないほど出し抜けたことをちょっと誇らしく思いながら私は彼らの前を飛び去って行った。
やがて曲が終わり、私達も舞台へと降り立つと、ようやく魔法の衝撃から立ち直った観客たちは口々に喝采を叫び、これでもかというほどの拍手を私達に浴びせてくれる。
私の仕掛け、魅せるショーは大成功した。
私とエマは何度も何度も彼らにお辞儀をして歓声に応えたのだった。
席だけでなく廊下にまで立ち見客が詰め掛けており、きっと今までで最も多くの人が来てくれたのではないだろうか。
更には歌が終わるたびに万雷の喝采で世界が満ち溢れるのだ。
私の胸は幸福でいっぱいになり、それに恩返しするように私は懸命に歌を紡いでいった。
「凄い……ですね、雲母さん」
今までにない熱に浮かされたエマが、観客に手を振りながらそう零す。
「だね。帝国の人たちって……はぁ……歌とか演劇が、大好きみたいだよね」
ルドルフさまの影響かどうかは分からないが、明らかに観客の興奮の度合いが他国に比べて高い。
激しい曲などでわざわざ場を温めなくとも歌に聞き入ってくれるのは本当にありがたかった。
「話してる暇があるのか?」
「次っすよ、あれ!」
グラジオスとハイネから声が飛ぶ。
次こそ絶対に失敗できない仕掛けの初お披露目なのだ。浮足立って失敗するわけにはいかなかった。
さすがは曲をしっかり持ち続けてくれるドラム担当とベース担当。いつだって冷静だ。
「ありがと!」
「礼を言う暇があったら息を整えろ」
もっともだと思った私は、口を閉じて一礼した後みんなと共に舞台袖へと下がった。
それと共に舞台の照明が落とされ、商会の人たちが色んな道具や背景を運び入れて準備を整えていく。
「キララさん」
手に色んな道具持っている商会の人が私の手に衣裳を押し付ける。
さあ、次で私は新しい世界を開くんだ。
私の胸は興奮とプレッシャーで鼓動が鳴りっぱなしで今にもはちきれてしまいそうだった。
本当に上手くいくのか怖くて、喜んでもらえるのか分からなくて逃げ出してしまいたかったけれど、私のわがままに付き合ってくれる仲間たちの存在が、背中を押してくれる。
だから私は……。
「分かったよ」
素早く衣裳を脱ぎ捨てて私自身の準備を始めた。
丸いサーチライトの様な光が舞台に伸び、中心にたった一人で立っている私を照らし出す。
衣装はそれまでと違い、肩が見えるほど布の面積が少なくだいぶ身軽に見える。
観客は全く違う毛色のいで立ちをした私がいったい何をするのか、期待に満ちた眼差しを向けてきて――演奏が始まった。
――espiazione――
贖罪を意味するこの歌は、宗教音楽を思わせる厳かなオルガンの伴奏で始まった。
それと同時に私も舞い始める。
大袈裟なくらいに腕を振り――。
――私が腕を突き出したのに合わせ、いくつもの音が奏でられ、重ねられ、荘厳な演奏が始まった。
それに負けないように私も歌を紡ぎ始める。
オペラを思わせる力強い歌と共に、私は舞う。
だが観客は思ったはずだ。これでは今までと何も変わらないと。
歌も素晴らしい。曲ももちろん申し分ない。でも、と。
当たり前だ。私の歌は、いや、ショーはこれからなのだから。
曲がサビに入るその間隙を突いて、舞台に大きな炎が上がる。
その瞬間、私は飛び降りた。
私の一つ目の仕掛け、それは奇術だ。
今頃、一瞬の合間に奈落から飛び出したエマが私の代わりに踊り、歌っているだろう。
観客からは炎が吹き上がったと思ったら、私がエマに変わっていて戸惑うはずだ。
仕掛けはそれだけじゃない。私は急いで舞台下を走り、伝声管に向けて歌い始める。
舞台下から伸びる伝声管を駆け巡った声は、劇場の横手から飛び出す。それと同時に、髪を黒く染め、私と似た背丈で同じ衣裳を着た踊り子さんが伝声管近くのテラスで踊り始める手筈になっている。
これで瞬間移動でもしたように見えるはずだ。
更に私はタイミングを合わせて伝声管を操作していく。
次から次に『私』の居場所が変わり、その度に観客からどよめきが上がる。そして――。
私は再び奈落から飛び出すと、エマと共に踊り出した。
歌と奇術の組み合わせによって、歌に色どりを与える。その素晴らしさに、観客たちは演奏中だという事も忘れて拍手を送る。
でも――まだだよっ――。
奈落を飛び出した時、こっそり持っていた鉄線の先端をエマの背中に取り付ける。
私の分は舞台下で歌っている合間に商会の人が取り付けてくれていた。
鉄線の先は、当然クレーンに繋がっており、滑車を利用して自由に私達を空中で舞わせる事が可能になっていた。
商会の人たちの操作で、私達の体は空《くう》へと浮かび上がる。
観客の人たちは、あまりに想定外の事が起こり、ぽかんと口を開けて空中で踊る私達を見上げていた。
人々の視線と光を一心に浴びた私達は、空を飛び回りながら観客の頭上を舞い踊る。
ふと、二階のテラスに座る観客と目が合った。
観客は誰あろう、皇帝陛下とルドルフさまだ。皇帝陛下は私と目が合った瞬間、無邪気に手を振ってくれたのだが、ルドルフさまは目をまんまるに開いて私を見つめている。
いつもの笑みすら浮かべられないほど出し抜けたことをちょっと誇らしく思いながら私は彼らの前を飛び去って行った。
やがて曲が終わり、私達も舞台へと降り立つと、ようやく魔法の衝撃から立ち直った観客たちは口々に喝采を叫び、これでもかというほどの拍手を私達に浴びせてくれる。
私の仕掛け、魅せるショーは大成功した。
私とエマは何度も何度も彼らにお辞儀をして歓声に応えたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?
エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。
文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。
そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。
もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。
「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」
......って言われましても、ねぇ?
レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。
お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。
気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!
しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?
恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!?
※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。
ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております
さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。
深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。
しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!?
毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。
「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。
けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。
「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」
血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。
やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。
社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。
――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる