『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第59話 ザ・グレイテスト・ショー

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 何百人という人が歌劇を楽しめるように作られた劇場が、今は私達の歌を聴く人だけで占められている。

 席だけでなく廊下にまで立ち見客が詰め掛けており、きっと今までで最も多くの人が来てくれたのではないだろうか。

 更には歌が終わるたびに万雷の喝采で世界が満ち溢れるのだ。

 私の胸は幸福でいっぱいになり、それに恩返しするように私は懸命に歌を紡いでいった。

「凄い……ですね、雲母さん」

 今までにない熱に浮かされたエマが、観客に手を振りながらそう零す。

「だね。帝国の人たちって……はぁ……歌とか演劇が、大好きみたいだよね」

 ルドルフさまの影響かどうかは分からないが、明らかに観客の興奮の度合いが他国に比べて高い。

 激しい曲などでわざわざ場を温めなくとも歌に聞き入ってくれるのは本当にありがたかった。

「話してる暇があるのか?」

「次っすよ、あれ!」

 グラジオスとハイネから声が飛ぶ。

 次こそ絶対に失敗できない仕掛けの初お披露目なのだ。浮足立って失敗するわけにはいかなかった。

 さすがは曲をしっかり持ち続けてくれるドラム担当とベース担当。いつだって冷静だ。

「ありがと!」

「礼を言う暇があったら息を整えろ」

 もっともだと思った私は、口を閉じて一礼した後みんなと共に舞台袖へと下がった。

 それと共に舞台の照明が落とされ、商会の人たちが色んな道具や背景を運び入れて準備を整えていく。

「キララさん」

 手に色んな道具持っている商会の人が私の手に衣裳を押し付ける。

 さあ、次で私は新しい世界を開くんだ。

 私の胸は興奮とプレッシャーで鼓動が鳴りっぱなしで今にもはちきれてしまいそうだった。

 本当に上手くいくのか怖くて、喜んでもらえるのか分からなくて逃げ出してしまいたかったけれど、私のわがままに付き合ってくれる仲間たちの存在が、背中を押してくれる。

 だから私は……。

「分かったよ」

 素早く衣裳を脱ぎ捨てて私自身の準備を始めた。





 丸いサーチライトの様な光が舞台に伸び、中心にたった一人で立っている私を照らし出す。

 衣装はそれまでと違い、肩が見えるほど布の面積が少なくだいぶ身軽に見える。

 観客は全く違う毛色のいで立ちをした私がいったい何をするのか、期待に満ちた眼差しを向けてきて――演奏が始まった。

――espiazioneエスピアツィオーネ――

 贖罪を意味するこの歌は、宗教音楽を思わせる厳かなオルガンの伴奏で始まった。

 それと同時に私も舞い始める。

 大袈裟なくらいに腕を振り――。

 ――私が腕を突き出したのに合わせ、いくつもの音が奏でられ、重ねられ、荘厳な演奏が始まった。

 それに負けないように私も歌を紡ぎ始める。

 オペラを思わせる力強い歌と共に、私は舞う。

 だが観客は思ったはずだ。これでは今までと何も変わらないと。

 歌も素晴らしい。曲ももちろん申し分ない。でも、と。

 当たり前だ。私の歌は、いや、ショーはこれからなのだから。

 曲がサビに入るその間隙を突いて、舞台に大きな炎が上がる。

 その瞬間、私は飛び降りた・・・・・

 私の一つ目の仕掛け、それは奇術だ。

 今頃、一瞬の合間に奈落から飛び出したエマが私の代わりに踊り、歌っているだろう。

 観客からは炎が吹き上がったと思ったら、私がエマに変わっていて戸惑うはずだ。

 仕掛けはそれだけじゃない。私は急いで舞台下を走り、伝声管に向けて歌い始める。

 舞台下から伸びる伝声管を駆け巡った声は、劇場の横手から飛び出す。それと同時に、髪を黒く染め、私と似た背丈で同じ衣裳を着た踊り子さんが伝声管近くのテラスで踊り始める手筈になっている。

 これで瞬間移動でもしたように見えるはずだ。

 更に私はタイミングを合わせて伝声管を操作していく。

 次から次に『私』の居場所が変わり、その度に観客からどよめきが上がる。そして――。

 私は再び奈落から飛び出すと、エマと共に踊り出した。

 歌と奇術の組み合わせによって、歌に色どりを与える。その素晴らしさに、観客たちは演奏中だという事も忘れて拍手を送る。


 でも――まだだよっ――。


 奈落を飛び出した時、こっそり持っていた鉄線の先端をエマの背中に取り付ける。

 私の分は舞台下で歌っている合間に商会の人が取り付けてくれていた。

 鉄線の先は、当然クレーンに繋がっており、滑車を利用して自由に私達を空中で舞わせる事が可能になっていた。

 商会の人たちの操作で、私達の体は空《くう》へと浮かび上がる。

 観客の人たちは、あまりに想定外の事が起こり、ぽかんと口を開けて空中で踊る私達を見上げていた。

 人々の視線と光を一心に浴びた私達は、空を飛び回りながら観客の頭上を舞い踊る。

 ふと、二階のテラスに座る観客と目が合った。

 観客は誰あろう、皇帝陛下とルドルフさまだ。皇帝陛下は私と目が合った瞬間、無邪気に手を振ってくれたのだが、ルドルフさまは目をまんまるに開いて私を見つめている。

 いつもの笑みすら浮かべられないほど出し抜けたことをちょっと誇らしく思いながら私は彼らの前を飛び去って行った。

 やがて曲が終わり、私達も舞台へと降り立つと、ようやく魔法の衝撃から立ち直った観客たちは口々に喝采を叫び、これでもかというほどの拍手を私達に浴びせてくれる。

 私の仕掛け、魅せるショーは大成功した。

 私とエマは何度も何度も彼らにお辞儀をして歓声に応えたのだった。
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