57 / 140
第57話 立場が入れ替わったとしても
しおりを挟む
何かよく分からない数字の飛び交いひたすら眠たくなる(というか少しだけ寝ちゃったけど)打ち合わせの後、ルドルフさまとの会談へ挑むことになった。
私達は宮殿に招かれ、白い大理石を惜しみなく使った会議用の部屋へと足を踏み入れる。
「やあ、グラジオス殿。昨日の演奏は素晴らしかったよ。今日の演奏も期待している」
「ありがとうございます、ルドルフ殿。雲母がまた何かを仕掛けているようなので、是非楽しんでいただければ幸いです」
ルドルフさまとグラジオスは、会って早々に固い握手を交わす。
音楽好きという共通点や、これまで何度か顔を合わせて来ただけあって、互いに親近感を持っている様にも見える。
「キララも来てくれたんだね。嬉しいよ」
「はい、ルドルフさま」
ルドルフさまは、私の手を取ってその甲に口づけるというちょっと私の心臓を壊しに来てるのかなっていう挨拶をかましてくれるが、一年半にわたって行われた海外公演によって鍛えられた鉄面皮と毛の生えた心臓で、何でもないふりを貫き通す。
「そうだ、ナターリエ達に色々と教えてくれたんだってね。私の好きな曲を演奏すると張り切っていたよ」
「ナターリエさんは本当に凄い方ですよね。歌も凄くうまくて……」
昨夜、しゃくりとかこぶしとか教えたら途端に自分の歌に応用しちゃって、ホント嫉妬しっぱなしだったのだ。
「そうかな? 私はキララの歌の方が好きだけどね」
「たまに聞くから新鮮味があるだけですよ」
「謙遜は行き過ぎると嫌味に思われるよ……さて」
さらりと殺し文句を言ってくるルドルフさまだったが、私にニコリと笑顔をひとつくれると、今度は背後に控えているカシミールや細かい交渉を行う文官たちへと視線を向けた。
「君たちが話し合える場所は奥に用意してあるから案内させよう」
ルドルフさまはそう言うと、手を振って部下に指示を出す。
部下は一礼しながら前へと進み出ると、こちらになりますと小さな声で案内を始めてしまう。
カシミールも、文官も一緒くたに。
一応、カシミールにはくれば不興を買う旨を警告しておいたのだが、無視されてしまった結果がこれだ。
私は思わず頭を抱えたくなってしまった。
「し、失礼ながらルドルフ殿下。第二王子である私は、会談に同席させていただきたいのですが」
予想通りグラジオスの何十倍も豪華な服を纏ったカシミールだったが、さすがに交渉相手を無礼だと叱責するわけにもいかず、顔を引きつらせながら軽い抗議を行う。
ルドルフさまは怪訝な顔をした後、服と顔をじろじろと眺め、何か納得したかのように頷いた。
「そうか、貴方がカシミールか。グラジオス殿を差し置いて交渉してくれと頼んで来たものだから、どれだけ頭が空なのかと呆れていたけれど……。なるほど、確かに何も考えていなさそうな見た目をしているね」
「なっ」
あまりにも辛辣すぎる言葉を言われてしまったカシミールは、一瞬でその場に凍り付いてしまった。
というか……もうホント殺す気でしょ、これ。一応初対面みたいなのに……。
ルドルフさまの言葉を聞いた感じ、どうやらカシミールは独自にグラジオスを出し抜こうとしていたらしい。
「君の国と帝国に、どれだけ国力の差があるのか理解していないのかい? それがこうして対等に交渉できるのは、全てグラジオス殿とキララのお陰だよ? だというのに彼女たちを差し置いて、あまつさえ彼女たちを貶める目的で私を利用する。それがどれだけ私を怒らせるのか想像も出来なかったのかい?」
グラジオスが王国内で疎んじられているのは、国民すら知っている有名な話だ。少し調べるだけで帝国の知るところとなるだろう。ましてや頭のいいルドルフさまだ。そういった継承権をめぐる争いだの汚いやり取りは全て見透かしてしまっている。
カシミールは優秀な王子だ。でもそれはあくまでもアルザルド王国という井の中の話で、世界に飛び出せば普通の王子でしかない。
一年半という長きに渡って遊説、会談、外交を行って鍛えられ、更に音楽という尖った武器を持つグラジオスの方が、よほど世界では戦えるのだ。
それを全く理解していなかったのが、カシミールの愚かな所だろう。
「私は君を叩き出そうとも思ったんだけどね」
ルドルフさまは、指を一本、カシミールの目の前ですっと立てる。
カシミールはルドルフさまの放つ圧力に、抗議の声を上げることすら出来ずに一歩後ろに下がった。
「君はグラジオス殿の弟だ。たったそれだけの理由で、私は君が今ここに居る事を許可している。これ以上を望めると思うのかい?」
カシミールは、もはや何も言えなかった。
本能的に格の違いというものを思い知ってしまったのかもしれない。
庶子として生まれ、そこから第二位皇位継承者にまで上り詰め、今は皇帝陛下の一番の相談役にまでなったルドルフさまと、王に気に入られてひたすら甘やかされたカシミールと。
比べ物にならない位の差がそこにはあった。
「君は自分の立場というものをよく理解しておきなさい」
ルドルフさまはそれだけ言うと、視線で部下を急かす。
可哀そうな部下は、冷や汗を流しながらカシミールを含めた全員への先導を続けるしかなかった。
「ルドルフ殿、カシミールも悪意があったわけではない。私が初めての外交、しかも貴重な帝国との交渉でへまをしないか心配してくれたのだ。そこは誤解しないでくれるとありがたい」
グラジオスも人がいいんだから……。
なんでここで庇っちゃうかなぁ。これ、下手すると恨まれるよ?
下に見てたグラジオスから情けをかけられたって捻じ曲がった感情から逆恨みされるよ?
「…………」
しばらくルドルフさまはグラジオスの顔をすがめる様に見て、それが本心だという事を読み取ったのか、少し皮肉気な笑みを浮かべる。
「なるほど、兄弟愛か。一方通行のように見えるがね」
それにグラジオスは一切答えずにカシミールの隣に行って肩を叩く。
そうするとグラジオスのややみすぼらしい服が一層際立って見えて、ルドルフさまの言葉が真実であると確信できた。
「じゃあ、美しい兄弟愛に免じて少しだけ機会をあげようか」
ルドルフさまはくるりと背を向けると、部屋の奥からリュートを取ってくる。
それを適当に爪弾いて――それだけで相当な腕だとわかる――からカシミールに差し出した。
「私は音楽を好む。この会談は、それが出来なければ話にならない。君はどの程度かな? 最低限私を納得させられるだけの腕を持っていれば、この場に居る事を許そう」
そう言われたところで、カシミールは一ミリたりとも手を動かすことが出来なかった。
もしかしたら軽く鳴らす程度の事は出来るかもしれないが、それは確実にルドルフさまの言う最低限にも届いていないだろう。
プロ野球選手の中に幼稚園児が混じってプレイが出来ないのと似たようなものだ。
正直、これはいじめみたいなものだったけれど、私はかわいそうなんて欠片も思わなかった。
グラジオスから手柄を横取りして、彼の立場を今まで通り弱いままで居させようという考えを持っていたのがバレバレだったし、何よりグラジオスが散々苛め抜かれていた時、カシミールは一切助けようとしないどころかいじめに参加してすらいた。
それどころか時には材料を提供し、率先してグラジオスに嫌がらせをしてきたのだ。
これは因果応報と言うべきだろう。
「ルドルフさま。私が少し手助けをしてもよろしいですか?」
でも、グラジオスはまたも手を伸ばす。
零れ落ちる一人一人に手を差し伸べると言い、それを実践してきたグラジオスだから、例えそれが自分に悪意を持っている存在だとしても手を差し伸べる事を止められなかったのだろう。
それこそがグラジオスのグラジオスたる所以なのだから。
「まあ、構わないよ」
はつ弦楽器であるリュートは手を貸したところで簡単に弾けるようになる代物ではない。右手と左手、両方がきちんと使える様にならなければ弾けないのだ。
それが分かっているルドルフ様は、何が出来るものでもないだろうと軽く頷いた。
――が、それがグラジオスの狙いだった。
「ありがとうございます」
グラジオスはリュートをルドルフさまから受け取ると、カシミールに耳打ちしてリュートを押し付ける。
押し付けられたカシミールは、ただぼうっとして何も出来ないままだったが、グラジオスは背後からカシミールを抱きしめる様にしてリュートを支え、再び弟に何事かささやいた。
カシミールはのろのろとした動きで手を伸ばし、弦の前に指を構える。
そして、変則的な演奏が始まった。
―― 一番の宝物――
カシミールはただ機械的に手を動かし、一定のリズムで弦を弾いてジャンジャンと音を鳴らしていく。
それをグラジオスが左でコードを抑え、伴奏に昇華させていた。
更にこの歌を選曲した事も、グラジオスの作戦の一つだろう。
伴奏に合わせてグラジオスが歌う。
最初は呟くように。だんだんと大きくなっていき、最後は伴奏を越えていく。
そう、この歌は伴奏が非常に小さく目立たないバージョンのものが存在するのだ。しかもギターをかき鳴らす様な伴奏だけの所もある。
多少誤魔化す工夫をしやすい曲なのだ。
そんな風にして歌を聴いていれば、やっぱりというかなんというか、私も耐え切れなくなって参加してしまった。
今回の歌うメインはグラジオスで、私は彼の補助。私はグラジオスの歌声に細いコーラスを重ねて音の厚みを支えていく。
力強い歌声に鈴の音の様な私の声が絡み合って、歌は更に力を増す。
グラジオスの中に在る何かが、歌声と共に大理石の部屋を駆け回った後、私達の心にじっくりと染み込んでいった。
演奏が終わった直後、ルドルフさまはわざとらしくため息をつく。
「……これは、少しズルじゃないかな?」
そうは言っても、ルドルフさまは自分の敗北を悟っているのか少しだけ楽しそうに苦笑いを浮かべていた。
でもその言葉は歌が予想外なまでに素晴らしかったことの裏返しである。結果は口にするまでもないだろう。
「すみません。目の前で歌われると私もつい……」
「キララは仕方ないさ。……そうだね、キララの歌を差し引いたとしても、確かに素晴らしい歌だったし……。まあ、弟君がその伴奏をしたというのも事実、かな」
もしかしたら、だけど。これもルドルフさまの狙った事なのかもしれないなんて事は私の考え過ぎだろうか。わざと悪役を買って出て、グラジオスに花を持たせる。なんて……。
「ありがとうございます、ルドルフ殿」
グラジオスは礼の言葉を口にしたのち、自分の勝利と作戦の成功を知って安堵の笑みを浮かべながらカシミールに何事か囁き、カシミールはそれに涼しい顔で応じる。
一見して美しい兄弟愛が展開されている様に見える光景だったのだが、私は直感的に言い知れぬ何かを感じ取り、少し肌寒さを感じずにはいられなかった。
私達は宮殿に招かれ、白い大理石を惜しみなく使った会議用の部屋へと足を踏み入れる。
「やあ、グラジオス殿。昨日の演奏は素晴らしかったよ。今日の演奏も期待している」
「ありがとうございます、ルドルフ殿。雲母がまた何かを仕掛けているようなので、是非楽しんでいただければ幸いです」
ルドルフさまとグラジオスは、会って早々に固い握手を交わす。
音楽好きという共通点や、これまで何度か顔を合わせて来ただけあって、互いに親近感を持っている様にも見える。
「キララも来てくれたんだね。嬉しいよ」
「はい、ルドルフさま」
ルドルフさまは、私の手を取ってその甲に口づけるというちょっと私の心臓を壊しに来てるのかなっていう挨拶をかましてくれるが、一年半にわたって行われた海外公演によって鍛えられた鉄面皮と毛の生えた心臓で、何でもないふりを貫き通す。
「そうだ、ナターリエ達に色々と教えてくれたんだってね。私の好きな曲を演奏すると張り切っていたよ」
「ナターリエさんは本当に凄い方ですよね。歌も凄くうまくて……」
昨夜、しゃくりとかこぶしとか教えたら途端に自分の歌に応用しちゃって、ホント嫉妬しっぱなしだったのだ。
「そうかな? 私はキララの歌の方が好きだけどね」
「たまに聞くから新鮮味があるだけですよ」
「謙遜は行き過ぎると嫌味に思われるよ……さて」
さらりと殺し文句を言ってくるルドルフさまだったが、私にニコリと笑顔をひとつくれると、今度は背後に控えているカシミールや細かい交渉を行う文官たちへと視線を向けた。
「君たちが話し合える場所は奥に用意してあるから案内させよう」
ルドルフさまはそう言うと、手を振って部下に指示を出す。
部下は一礼しながら前へと進み出ると、こちらになりますと小さな声で案内を始めてしまう。
カシミールも、文官も一緒くたに。
一応、カシミールにはくれば不興を買う旨を警告しておいたのだが、無視されてしまった結果がこれだ。
私は思わず頭を抱えたくなってしまった。
「し、失礼ながらルドルフ殿下。第二王子である私は、会談に同席させていただきたいのですが」
予想通りグラジオスの何十倍も豪華な服を纏ったカシミールだったが、さすがに交渉相手を無礼だと叱責するわけにもいかず、顔を引きつらせながら軽い抗議を行う。
ルドルフさまは怪訝な顔をした後、服と顔をじろじろと眺め、何か納得したかのように頷いた。
「そうか、貴方がカシミールか。グラジオス殿を差し置いて交渉してくれと頼んで来たものだから、どれだけ頭が空なのかと呆れていたけれど……。なるほど、確かに何も考えていなさそうな見た目をしているね」
「なっ」
あまりにも辛辣すぎる言葉を言われてしまったカシミールは、一瞬でその場に凍り付いてしまった。
というか……もうホント殺す気でしょ、これ。一応初対面みたいなのに……。
ルドルフさまの言葉を聞いた感じ、どうやらカシミールは独自にグラジオスを出し抜こうとしていたらしい。
「君の国と帝国に、どれだけ国力の差があるのか理解していないのかい? それがこうして対等に交渉できるのは、全てグラジオス殿とキララのお陰だよ? だというのに彼女たちを差し置いて、あまつさえ彼女たちを貶める目的で私を利用する。それがどれだけ私を怒らせるのか想像も出来なかったのかい?」
グラジオスが王国内で疎んじられているのは、国民すら知っている有名な話だ。少し調べるだけで帝国の知るところとなるだろう。ましてや頭のいいルドルフさまだ。そういった継承権をめぐる争いだの汚いやり取りは全て見透かしてしまっている。
カシミールは優秀な王子だ。でもそれはあくまでもアルザルド王国という井の中の話で、世界に飛び出せば普通の王子でしかない。
一年半という長きに渡って遊説、会談、外交を行って鍛えられ、更に音楽という尖った武器を持つグラジオスの方が、よほど世界では戦えるのだ。
それを全く理解していなかったのが、カシミールの愚かな所だろう。
「私は君を叩き出そうとも思ったんだけどね」
ルドルフさまは、指を一本、カシミールの目の前ですっと立てる。
カシミールはルドルフさまの放つ圧力に、抗議の声を上げることすら出来ずに一歩後ろに下がった。
「君はグラジオス殿の弟だ。たったそれだけの理由で、私は君が今ここに居る事を許可している。これ以上を望めると思うのかい?」
カシミールは、もはや何も言えなかった。
本能的に格の違いというものを思い知ってしまったのかもしれない。
庶子として生まれ、そこから第二位皇位継承者にまで上り詰め、今は皇帝陛下の一番の相談役にまでなったルドルフさまと、王に気に入られてひたすら甘やかされたカシミールと。
比べ物にならない位の差がそこにはあった。
「君は自分の立場というものをよく理解しておきなさい」
ルドルフさまはそれだけ言うと、視線で部下を急かす。
可哀そうな部下は、冷や汗を流しながらカシミールを含めた全員への先導を続けるしかなかった。
「ルドルフ殿、カシミールも悪意があったわけではない。私が初めての外交、しかも貴重な帝国との交渉でへまをしないか心配してくれたのだ。そこは誤解しないでくれるとありがたい」
グラジオスも人がいいんだから……。
なんでここで庇っちゃうかなぁ。これ、下手すると恨まれるよ?
下に見てたグラジオスから情けをかけられたって捻じ曲がった感情から逆恨みされるよ?
「…………」
しばらくルドルフさまはグラジオスの顔をすがめる様に見て、それが本心だという事を読み取ったのか、少し皮肉気な笑みを浮かべる。
「なるほど、兄弟愛か。一方通行のように見えるがね」
それにグラジオスは一切答えずにカシミールの隣に行って肩を叩く。
そうするとグラジオスのややみすぼらしい服が一層際立って見えて、ルドルフさまの言葉が真実であると確信できた。
「じゃあ、美しい兄弟愛に免じて少しだけ機会をあげようか」
ルドルフさまはくるりと背を向けると、部屋の奥からリュートを取ってくる。
それを適当に爪弾いて――それだけで相当な腕だとわかる――からカシミールに差し出した。
「私は音楽を好む。この会談は、それが出来なければ話にならない。君はどの程度かな? 最低限私を納得させられるだけの腕を持っていれば、この場に居る事を許そう」
そう言われたところで、カシミールは一ミリたりとも手を動かすことが出来なかった。
もしかしたら軽く鳴らす程度の事は出来るかもしれないが、それは確実にルドルフさまの言う最低限にも届いていないだろう。
プロ野球選手の中に幼稚園児が混じってプレイが出来ないのと似たようなものだ。
正直、これはいじめみたいなものだったけれど、私はかわいそうなんて欠片も思わなかった。
グラジオスから手柄を横取りして、彼の立場を今まで通り弱いままで居させようという考えを持っていたのがバレバレだったし、何よりグラジオスが散々苛め抜かれていた時、カシミールは一切助けようとしないどころかいじめに参加してすらいた。
それどころか時には材料を提供し、率先してグラジオスに嫌がらせをしてきたのだ。
これは因果応報と言うべきだろう。
「ルドルフさま。私が少し手助けをしてもよろしいですか?」
でも、グラジオスはまたも手を伸ばす。
零れ落ちる一人一人に手を差し伸べると言い、それを実践してきたグラジオスだから、例えそれが自分に悪意を持っている存在だとしても手を差し伸べる事を止められなかったのだろう。
それこそがグラジオスのグラジオスたる所以なのだから。
「まあ、構わないよ」
はつ弦楽器であるリュートは手を貸したところで簡単に弾けるようになる代物ではない。右手と左手、両方がきちんと使える様にならなければ弾けないのだ。
それが分かっているルドルフ様は、何が出来るものでもないだろうと軽く頷いた。
――が、それがグラジオスの狙いだった。
「ありがとうございます」
グラジオスはリュートをルドルフさまから受け取ると、カシミールに耳打ちしてリュートを押し付ける。
押し付けられたカシミールは、ただぼうっとして何も出来ないままだったが、グラジオスは背後からカシミールを抱きしめる様にしてリュートを支え、再び弟に何事かささやいた。
カシミールはのろのろとした動きで手を伸ばし、弦の前に指を構える。
そして、変則的な演奏が始まった。
―― 一番の宝物――
カシミールはただ機械的に手を動かし、一定のリズムで弦を弾いてジャンジャンと音を鳴らしていく。
それをグラジオスが左でコードを抑え、伴奏に昇華させていた。
更にこの歌を選曲した事も、グラジオスの作戦の一つだろう。
伴奏に合わせてグラジオスが歌う。
最初は呟くように。だんだんと大きくなっていき、最後は伴奏を越えていく。
そう、この歌は伴奏が非常に小さく目立たないバージョンのものが存在するのだ。しかもギターをかき鳴らす様な伴奏だけの所もある。
多少誤魔化す工夫をしやすい曲なのだ。
そんな風にして歌を聴いていれば、やっぱりというかなんというか、私も耐え切れなくなって参加してしまった。
今回の歌うメインはグラジオスで、私は彼の補助。私はグラジオスの歌声に細いコーラスを重ねて音の厚みを支えていく。
力強い歌声に鈴の音の様な私の声が絡み合って、歌は更に力を増す。
グラジオスの中に在る何かが、歌声と共に大理石の部屋を駆け回った後、私達の心にじっくりと染み込んでいった。
演奏が終わった直後、ルドルフさまはわざとらしくため息をつく。
「……これは、少しズルじゃないかな?」
そうは言っても、ルドルフさまは自分の敗北を悟っているのか少しだけ楽しそうに苦笑いを浮かべていた。
でもその言葉は歌が予想外なまでに素晴らしかったことの裏返しである。結果は口にするまでもないだろう。
「すみません。目の前で歌われると私もつい……」
「キララは仕方ないさ。……そうだね、キララの歌を差し引いたとしても、確かに素晴らしい歌だったし……。まあ、弟君がその伴奏をしたというのも事実、かな」
もしかしたら、だけど。これもルドルフさまの狙った事なのかもしれないなんて事は私の考え過ぎだろうか。わざと悪役を買って出て、グラジオスに花を持たせる。なんて……。
「ありがとうございます、ルドルフ殿」
グラジオスは礼の言葉を口にしたのち、自分の勝利と作戦の成功を知って安堵の笑みを浮かべながらカシミールに何事か囁き、カシミールはそれに涼しい顔で応じる。
一見して美しい兄弟愛が展開されている様に見える光景だったのだが、私は直感的に言い知れぬ何かを感じ取り、少し肌寒さを感じずにはいられなかった。
1
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる