人質王女の恋

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 ダンスが終わっても、アスランの腕がミシェルの腰に回されたままで身体を離すことが出来なかった。
 見上げるとアスランのグレーの目が切なく見下ろしている。
 ミシェルはこの状態をどうしたらいいのかわからずアスランを覗き込むのだが、アスランはこの現実を確認するようにミシェルを見つめ続けている。

「陛下。こちらへ」

 あまりに動かないため、ブロンソンが傍まで来てアスランに耳打ちをする。
 その声に弾かれやっと腰に回した腕を緩めたアスランは、慣れているエスコートでミシェルの手を自分の腕に回し腕に置かれた手の甲の上に手のひらを重ねた。
 それでも視線は、やはりミシェルから離すことが出来ないままだった。

 ミシェルはダンスの間もずっとドキドキしていた。
 夢が叶ったのか、夢の中にいるのか。現実を消化しきれないままアスランのリードで身体が動いていた。

 アスランも現実を消化しきれていない。
 ミシェルを見つめて、確認してしまう。これは本当に現実なのだろうかと。
 ほんの数分前までアスランは胸の苦しみに苛まれていたのに、突然目の前に幸せそのものが現れ喜びをくれた。
 こんな夢のような現実が本当にあるのだろうか。
 見つめ続け確認し続けても消えそうにない。手にぬくもりも確かに感じている。
 なぜこんなことに成れたのか、どんな魔法を使ったのか。聞きたいことが山ほどある。





 アスランの私室までブロンソンが付き添った。
 無言のままここまで来て、やっと二人きりでお互いに向き合う。
 アスランは再びミシェルを確かめるように見つめる。

「ミシェル、触ってもいいか?」

 絞り出すような声が切実だった。
 ミシェルが小さく頷くと、アスランは薄氷に触るような慎重さで頬を撫でた。
 大きな手が小さな頬を包み、親指が額、眉、瞼をなぞる。

「擦ると……お化粧が取れて痣が……」

 ミシェルは隠している痣が出てしまうのを戸惑いアスランの手を止めたが、アスランはグレーの瞳を柔らかく細めてから額に唇を落とした。

「いいんだ。どんなミシェルでも変わらない。どんなものでも見たいし、触りたい。すべてがミシェルなのだから、恐れずにオレにくれ」

 こめかみに鼻を擦り、ミシェルの身体を長い両腕で包み込んだ。
 全身をすっぽりと身体のなかに収められ、ミシェルは呼吸が苦しくなる。
 立っているのも難しくなって、アスランの胸にしがみついた。

「ミシェル?」
「苦しいです……。胸にこみ上げてくるのです。幸せすぎて、息が出来ない……」

 堪らなくなる。
 アスランも同じ気持ちだ。
 互いの想いが同じになれることが、これほどなのか。
 震えるほど幸せだ。
 抱きしめて。堪えられずもう一度ぎゅっと強く抱きしめてから、身体を支えてミシェルをソファーに座らせた。
 向かい合えばいつまででも互いの瞳を見つめ続けられる。
 呼吸の整ったミシェルが微笑みを向けるので、アスランの目尻も下がる。

「ミシェル。魔法の話を、聞いてもいいか?」

 どうしてこうなっているのか。どうやってここに来てくれたのか。
 この現実をしっかり本物だと実感したかった。

 ミシェルも、その話をしようと思っていた。
 あの夜の事を謝りたかった。
 あの夜から始まったここまでの道のりをアスランに聞いてほしかった。






 ミシェルはゆっくりと整理しながら、ここまでの道のりをアスランに話した。
 あの夜傷つけてしまったこと。
 自分が情けなくて仕方がなかったこと。
 ルリーンの治療のこと。
 痣が薄くなっていること。
 痣は完全には消えないということ。
 化粧で隠すことが出来ると言うこと。
 帰国が決まったこと。
 ブロンソンが招待状をくれたこと。
 決意したこと。
 クロウの前でベールが取れたこと。
 使用人たちの前でもベールが取れたこと。
 諦めたくないと決めたこと。
 テイラーが来てくれたこと。
 今日ここに来たこと。
 
 ミシェルは何度も言葉に詰まりながら自分の弱さと恐れを告白した。
 アスランは黙ってそれを聞き、熱くなる胸のせいで目尻を潤ませた。
 弱くなんかない。弱いはずがない。
 自分のためにここまでの事をしてくれた勇気に感動が止まらない。
 膝の上に置かれていたミシェルの手を取る。

「諦めないでくれて。頑張ってくれて、ありがとう……」

 どれほどの言葉を尽くしても足りない。
 どうかこの感謝が伝わってほしいと願いを込めて手を握った。
 ミシェルは握ったアスランの手にもう片方の手を重ねた。

「わたしを許し、受け止めてくださって。ありがとうございます。ア……アスラン様」

 名前を呼ばれこれ以上堪えるのは無理だった。
 横並びで座るミシェルを身体ごと抱き寄せ、片手で頭を撫でる。
 愛する女性がただの男に戻してくれる。
 名前を呼んでくれる。
 身体を預けてくれる。

 一生見ることが出来ないと思っていた。
 触ることなど決して叶わないと。
 しかし、アスランは見つめ、撫で、唇を落とすことが出来ている。
 痣のある場所にも、何度もキスをする。

 ミシェルの瞳から涙が零れて止まらない。
 誰にも触られることがないと思っていた。
 でもルリーンが触ってくれた。
 それがどれほど大きいことだったかは、ルリーンも知れないだろう。
 そして今は。初めて恋したひとが触れている。
 唇で、愛しいと伝えてくれる。
 諦めていたものすべてが、今ここにある。

 アスランはミシェルの涙を指ですくい、唇が跡をたどり、ミシェルの唇にたどり着く。
 ミシェルは人生初めてのくちづけに恐れ戸惑い硬くなった。
 アスランの腕に包んでいるミシェルの肩がピクリを動く。
 身体に力が入りアスランから離れようとするのだが、アスランは離さなかった。
 唇を重ね、ついばみ、軽く吸い。ミシェルの甘さを味わう。

 まだ足りない。もっと欲しい。

 硬くなったミシェルの身体を片手で支え、唇を重ねながらもう片手で頬を撫でる。
 アスランが動くたびミシェルの身体はビクビクと反応した。
 何度も繰り返し求め、愛してると熱が唇に訴える。
 ミシェルは必死にそれを受け取り身体のなかに溶かした。 
 あまりに切実な想いが流れ込み、徐々にミシェルの身体から力が抜ける。
 気が遠くなような幸福な官能にミシェルは脱力し、支えられている腕からも崩れ落ちそうになる。
 小さな水音が鳴って唇を離すと、覚束ない瞳がアスランへ限界を訴えていた。

「すまない。無理をさせた」

 ミシェルの身体を抱え直し抱き上げてソファーに座り直させてから首に腕を回し、頭を肩にもたれかけさせた。
 ミシェルの頭を撫で、額に唇を落とす。

「……申し訳ございません。急に身体から力が抜けてしまいました」

 緊張と興奮に疲弊していた精神も体力も限界で、アスランにされるがまま身体を預けてしまっている。
 こんなのはしたないのではないか……と頭の端に小さく浮かぶのだが。
 動けない。動きたくない。

 でも動かなきゃいけない。

 アスランはこのままミシェルと過ごしていたかった。
 国王と言う立場も何もかもを忘れて、ただ二人だけで生きているようなこの瞬間を離せないでした。
 だからミシェルが重たくなった身体をもそもそと動かし始めた時、その動きを止めずにいるのに努力が必要だった。

「アスラン様。わたしは戻らねばなりません」

 ミシェルが帰宅を言い出すことは予測出来ていたので、アスランはがっかりした表情を出さないよう微笑んで見せた。

「屋敷で待っているのです。わたしを案じ、わたしの為に祈ってくれている人たちが待っているのです」
「ああ。わかっている。ルリーン達を安心させてやらないとな」

 離れがたい気持ちが邪魔してなかなか立ち上がれないでいるが、ミシェルの為にも帰してやらなければならない。

「ミシェル。もう一度言うよ。君のすべてを愛している。一緒にこの先の長い人生を生きて行こう」

 何度確認しても足りない。
 もう今日が終わるから、最後にもう一度だけ確認させてほしい。

「わたしのすべてを、愛するアスラン様に捧げます。一生を共に歩かせてください」

 現実だ。夢じゃない。
 ミシェルの言葉を胸に刻印する。

「明日逢いに行く。いつもの時間に。必ず」

 嬉しそうに目を細めるミシェルに最後のくちづけして、離れたがらない身体を無理やり剥がして立ち上がる。
 部屋の外へ声をかけるとテイラーが来た。

「ミシェル殿下をお送りする準備は整っております」
「よろしく頼む」
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