人質王女の恋

小ろく

文字の大きさ
21 / 25

21

しおりを挟む
 緑の離宮までの帰り道。
 テイラーは馬車の中で床に頭をこすりつける勢いでミシェルに詫びた。

「勝手な判断でお傍を離れて申し訳ございませんでした!」

 ミシェルはテイラーの肩に手を置き顔を上げさせ、首を振った。

「あなたが一緒に来てくれてどれほど心強かったか。十分助けてもらいました。ありがとう」

 優しいミシェルの言葉に、恥ずかしくなるテイラーだった。
 馬車が緑の離宮へ馬車が入っていくと、玄関でウロウロしながら待っていたルリーンが飛び出してきた。
 ミシェルは疲れ切ってクタクタだったが、ルリーンの姿が見えて最後の体力が一気にかき集められた。

 ルリーンに話したいことがいっぱいあったのよ。
 ルリーンに聞いてほしいことばかりだったのよ。

 普段なら絶対にしないミシェルだが、馬車を飛び出してルリーンに抱きついた。
 驚いたルリーンだが、馬車から飛び降りる時に見えたミシェルの笑顔に立場を置いて抱き締め返した。

「ミシェル殿下! よく頑張られました」
「頑張ったって、どうしてわかるの?」
「魔法使いですから」

 ミシェルは納得して、再び抱き合う。
 ルリーンに続いて出てきたクロウも、一緒に心配して待っていた使用人たちも。誰も魔法は使えなかったがミシェルが頑張ったことはすぐにわかった。
 ミシェルの輝く笑顔を、皆が心から喜んだ。






 帰宅後、体力の限界を超えて宮殿での出来事をミシェルは話して聞かせた。
 ルリーンもこれほど愛に輝くミシェルを初めて見て、幸せを胸いっぱいにした。
 あとは明日お聞かせください、とミシェルを寝かせルリーンは感慨に耽る。
 ヒューブレインに来てからの数か月は、ミシェルにとって激動の日々だっただろう。
 よく耐えて、よく立ち上がった。望むことをよく諦めないでくれた。
 この幸せはミシェルが自身が勝ち取ったものだ。
 
 気になったのは終始うつむいていたテイラーのことだったが。
 彼が何をやらかしたかは翌日しっかり聞いてたっぷり呆れることとなる。



 *****




 アスランがブロンソンとテイラーと共に緑の離宮に来て一番にしたことは。

「ルリーン。君はわたしにとっても魔法使いだ」

 出迎えたルリーンの前まで行き、手を掬い取ると腰を折って甲にキスをした。
 国王が平民にこんなことは普通しない。
 アスランからルリーンへの最大級の敬意だ。
 ルリーンはアスランからの敬意を満面の笑みで受け取った。

 早く二人きりになりたいアスランだったが、ブロンソンの話しが先だ。
 サロンでミシェルとアスラン、二人の前にブロンソンが座る。
 ミシェルはベールを着けていない。
 ルリーンの化粧で痣を隠してはいるが、顔の半分を隠していた布は取り去っている。

 ブロンソンは昨日初見たミシェルの顔を美しいと思ったが、今日は昨日よりも遥かに超えていた。
 愛を得た女性とはこれほどなのかと目を疑うほどに、ミシェルは眩しく輝いていた。

「本日はご確認と今後のお話をさせていただくために参りました。昨日の今日で早速ですが、アスラン国王陛下との御婚約の話しを進めてよろしいかの確認を」

 ブロンソンはいつも通りの無表情だ。
 アスランとミシェルは視線を合わせ、頷き合う。

「はい。わたしは陛下がよろしいのであれば国へ報告し、了承を得たいと思っています」

 はっきりと淀みなくミシェルがブロンソンに言うと、アスランは愛しそうにミシェルの手にそっと手を重ねた。

「では、わたしの方から貴国へご婚約の申し入れをご連絡させていただきます」

 ミシェルもブロンソンも、もちろんアスランも、グルシスタからこの婚約を断られるとは思っていない。
 ミシェルは両親や兄妹、家族が喜んでくれると解っている。
 ブロンソンはすでにモローから了承を得ていた。
 アスランはグルシスタ側が何を言おうが譲らないつもりなので問題にしていない。

「ご帰国はご連絡済みですのでその予定のままご帰国いただき、ご家族とのお時間をゆっくり過ごされた後ヒューブレインへご婚約者として入っていただけるよう日程を調整し公布致します」
「そうしてくれ」

 アスランは満足そうに頷く。
 あまりにも早い展開だが、昨夜のうちにブロンソンと話をし一刻も早く結婚出来るよう差配しろと言っておいたのだ。

「それと。これはご提案ですが。帰国前に海へお連れしたいとお伝えしてありましたが、是非初めての海は陛下とご一緒に行かれるのはいかがでしょうか。また婚礼の儀にはグルシスタ国王陛下はもちろんご家族もご招待いたしますので、皆様で海へご旅行されるものよろしいかと」

 アスランがミシェルを見るとブロンソンの話しの途中からもう隠すことのない瞳が見開かれ、今まで見る事の出来なかった表情を見せる。
 海はアスランが連れて行ってあげたかったし、家族も一緒ならミシェルはもっと喜ぶだろう。
 ふたりきりで……は、これからいつでも行ける。
 輝く瞳がアスランに向けられ、アスランが頷くと喜び溢れる笑顔を見せる。

「アスラン様、お願いがございます」

 いいよ。なんでも聞く。
 即答しそうになるが、口に出しては言わないようにしないと…。

「なんだ?」
「海へは。ここの者も一緒に連れて行きたいのです。クロウやルリーンも。下僕もメイドもコックも。みんなで行こうと約束したのです。みんなで、行きたいのです」
「そうか。それならはもちろん連れて行こう。ここの者は本当によく君に仕えてくれているのだな。休暇にして向こうで自由に過ごせるようにもしよう」
「ありがとうございます!」

 ミシェルは嬉しそうに身体を揺らし、振り返る。
 後ろで控えていたルリーンに満面の笑みを向けると、ルリーンも何度も頷いた。
 ふたりとも本当に嬉しそうだが、とりわけミシェルは子供のような喜びようだ。

「そんなに嬉しいかい?」
「ええ! とても! ここに居られるのもあと少しです。みんな本当によく尽くしてくれました。最後にみんなと一緒に過ごせるのは本当に、嬉しいのです……」

 ここを出たら最後。それは……。

「恐れながら、ミシェル殿下。それはどういうことでしょうか?」

 ミシェルが寂しそうに話すと後ろにいたルリーンが進み出てきた。

「どういうって……。結婚したら、ここでは暮らせないわ」
「もちろんでございます。お住まいは宮殿になります。しかしながら、わたしとはこれきりですか?わたしはミシェル殿下の侍女としてグルシスタへお戻りになられる時もご一緒させていただけると思い込んでおりましたし、宮殿へも、ご一緒するつもりでしたよ」
「ルリーン! それは本当なの⁈」
「殿下が望んでくださると思い込んでいましたが……残念です……」
「ルリーン!」

 ルリーンが変な小芝居を始めたと思ったら、ミシェルは顔を青くしてルリーンの元へ走った。

「望んでたわ! 本当よ! あなたと離れるなんて半身を失うようだと!」

 ここでアスランの片眉が上がる。
 それは言いすぎじゃないか?

「でも、あなたには家の仕事もあるでしょう? お父様のお手伝いをしていたと言っていたし……。でも! 一緒に来てくれるなら! 私の国グルシスタにも連れて行きたいわ。戻ってきても、毎日傍にいて欲しいわ。お願いよルリーン!」

 ルリーンを抱きしめ懇願するミシェル。
 主人をからかう使用人はどうなのだろうか?
 アスランは不機嫌を隠さずルリーンを見るが、ルリーンはそれに気付かず嬉しそうにミシェルを抱き返していた。

「わたしが殿下のお傍を離れるとお思いですか? ずーっと一緒ですよ。これからも」

 アスランが想像していたよりもずっと、ルリーンはミシェルを愛しているようだ。

「お家の仕事はいいの?」
「大丈夫です。それよりも、わたしだけではありませんよ。ね? ブロンソン伯爵」

 ルリーンがブロンソンに話を振ると。
 ブロンソンはまったくの無表情のままで答える。

「ここの者は宮廷でもミシェル殿下に仕えてもらうように差配いたします」
「まぁ、ブロンソン伯爵。本当に嬉しいわ。ここの者たちはわたしにとって大切な家族のように思っているのです」

 ミシェルは十分嬉しそうだが、これだけではアスランは足りない。

「結婚の贈り物として、この緑の離宮をプレゼントしたい。少し小さいし、新しく建てるのもいいが、君にとってここは大切な場所だから。ここでいいなら」
「そんな。いただくなってことは……」

 大きな贈り物に困惑するミシェルだったが、ブロンソンがフォローを入れた。

「王妃様は歴代離宮を所有されます。アスラン陛下の御母堂様は花の離宮をお使いになられていました。ご希望なら立て替えも致しますが、いつでも心落ち着けるようクロウがこちらの管理を致します」

 たった二日前まで不安で苦しい日々を過ごしていたミシェルは、この抱えきれない幸せを処理できず再びルリーンに抱きついた。
 ルリーンは優しくミシェルを抱きしめながら背中を擦った。

「殿下、最初に申し上げたじゃないですか。もう国に帰りたくない! と言ってしまいたくなるくらいのお世話をする用意がある……って。でも、まだまだですよ。これからはもう勘弁してほしい! と言い出すくらい、お幸せになっていただきます。陛下がしてくださいます。わたしたちもお手伝いいたします。ご覚悟ください」

 ルリーンはアスランを向いて頷いた。
 アスランは立ちあがりルリーンからミシェルを受け取ると、きつく抱きしめた。

 ルリーンの言う通りだ。
 オレがミシェルを必ず幸せにする。
 怪我をしてから日の光から隠れて生きてきただろう。そうして生きる覚悟もしていただろう。
 恋をして諦め、傷つき。泣きながら立ち上がり、必死で立ち向かって。
 どれほどの苦しい中で勇気をかき集めてくれたのか。

「一緒に幸せになるんだ。オレと。ルリーンたちと。この国の国民も、きっと君を愛すよ」
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

あなたが幸せになるために

月山 歩
恋愛
幼い頃から共に育った二人は、互いに想い合いながらも、王子と平民という越えられない身分の壁に阻まれ、結ばれることは叶わない。 やがて王子の婚姻が目前に迫ると、オーレリアは決意する。 自分の存在が、最愛の人を不貞へと追い込む姿だけは、どうしても見たくなかったから。 彼女は最後に、二人きりで静かな食事の時間を過ごし、王子の前から姿を消した。

王宮勤めにも色々ありまして

あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。 そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····? おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて····· 危険です!私の後ろに! ·····あ、あれぇ? ※シャティエル王国シリーズ2作目! ※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

私は彼を愛しておりますので

月山 歩
恋愛
婚約者と行った夜会で、かつての幼馴染と再会する。彼は私を好きだと言うけれど、私は、婚約者と好き合っているつもりだ。でも、そんな二人の間に隙間が生まれてきて…。私達は愛を貫けるだろうか?

処理中です...