アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

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牙狼の帰郷

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※※※

 エリシオン村は、いつの間にかレベル五へと進化し、名実ともに「エリシオン町」となっていた。人口は三百人を超え、それにともなって、新たな施設が二つ追加された。

 ギルドホールでは、移民の受け入れ対応に追われ、ホテルにはギルドホールに入りきらない人々が宿泊している。図書館の隣には小さな学校が建てられ、子どもたちの声が活気を添えていた。

 そして――言うまでもなく、神殿はアキラハウスの隣に堂々と建っている。
「他の施設は、今いる人たちに作らせましょう」

 そう言いながら、ラピスは小さくため息をついた。市場も商店も、現地の住民たちで何とかなるだろう。――いや、正直に言えば、めんどくさい。本気を出して神殿を豪華にしすぎたせいで、建築リソースが底をついてしまったのだ。

「次のレベルアップで、アキラハウスをお城にしよう!」

 冗談めかしてそう言いながらも、心の奥には今のこの町の規模――三百人ほどの、人と人の顔が見える距離感への愛着が芽生えていた。

「ねぇ、ラピさん。魔物の動き、最近どうなってるのかな」

 アキラの問いに、ラピスは答えられない。ルール変更によって、神の視点での観察ができなくなっている。

「……ごめん、アキラ。わからないの。だから、情報収集を強化するように指示してほしいの」

 ラピスの視線が、ディスプレイの隅に表示された「アクティブポイント」に移る。それが一定値に達すれば、アバターを作成し、この世界に“ダイブ”することができる。
だが――それが、正直怖い。

 現実世界でも、彼女はすでに寝る時間と食事のほかは、ほぼこの仮想世界の管理に明け暮れている。今の自分はまだ、画面越しの“保護者”だ。その距離感が、わずかな安心を与えていた。

「でも、それって……今までの暮らしと、そんなに違わないのかもしれない」
 “プレイヤー”ではなく、“住人”になるということ。その境界線が、心の奥で少しずつ揺らいでいる。でも、本当の問題はそこじゃない。
 アキラに会って――どう話せばいいのか。それを考えるだけで、頬が熱くなり、胸の鼓動が早まってしまう。

「そういえば、クロは一度ダイブしたことあるって言ってたよね……魔物のことも、案外しゃべってくれるかもしれない」

 小さな企みが脳裏をかすめ、ラピスはスマートフォンを手に取った。
黒神――クロに、電話をかける。



 セレナとルナは、滅んだ故郷がある北方の大地を歩いていた。目の前に広がる森は、かつて牙狼族が暮らしていた場所に近い。

「……このあたり、だったよね」
「ワオーン……」

 昨日、宿でたまたま同室になった商人が言っていた。このあたりには、近頃、野生の狼がよく出る森があるらしい。
「気をつけな。お前のお供のルナも狼みたいなもんだけどな」

 そんな冗談を言い残し、商人は去っていった。

「ワオーン!」
 ルナがやる気満々に遠吠えする。ようやくここまで来た。……感慨深い、というより寄り道が多すぎた。だって、美味しい店があちこちにあったのだ。仕方ない。

「それで、ラピス様、その店はどこにあるのかご存知ですか?」

――あの質問がまずかったかもしれない。
 怒っていたラピス様が、途中から何も言わなくなったときは、さすがに焦った。

「……なんか、ラピスは俺の側にしか出現できなくなったんだって」

 アキラが、軽く笑いながらそう教えてくれた。その後、ノクスからも連絡が届いた。

『もうすぐ戦争が始まるから、急いで帰ってきなよ!』

 けれど、アキラ本人からは、何の指示もなかった。

『セレナは今、故郷探しの途中だから邪魔したくないってさ。戦力的にも大丈夫らしい。でも、一応伝えておくね。牙狼の森の南に、死者の軍団が迫ってる……』

死者の軍団――。

 それは、かつて倒れた兵士たちが腐敗し、怨念に引かれて蘇った集団。踏み荒らした森は枯れ果て、生き物の命を吸い尽くす、悪夢そのもの。

「それ、もっと早く言いなさいよっ!」
 セレナは、声を荒げた。
「え? てっきりまだ、故郷の場所が見つかってないのかと思って……」
「まあ、そんなところ。とにかく、忙しくなったから切るわ!」

 慌てて通信を切る。

……やばい。バレた。
 遊んでたのが、完全にバレた。

 しかも、旅の資金もずいぶん使い込んでしまった。ほとんどが食費だけど。

「でもまあ、魔物倒して得たお金と経験値で、アキラにはちゃんと還元できてるはず」
「ワオーン!」

ルナの鼻がひくつく。
「うん、わかる。狼の匂いがするね。さあ、行こう、ルナ!」

 もう遊びは終わりだ。食べ歩きに夢中になっていた時間は、ここまで。今は――牙狼の頂点として、果たすべき使命がある。

 この森に迷い込んだ狼たちを牙狼の森に返し、そして、迫りくる死者の軍団から、森を守る。

 牙狼による、狼狩りの時間が始まった。



 あっという間に、森にいた狼たちは全て捕らえられた。もちろん、傷つけることはない。ルナが彼らに語りかける。

「ワオーン……!」
「ワオーン! ワオーン……!」

 遠吠えが、森にこだまする。それは服従の意志。セレナとルナへの誓いの歌だ。
「ありがとう。じゃあ、私の故郷に寄ってから戻ろうか」

 そこは、牙狼族がかつて住んでいた遺跡。今はただの更地で、風が吹き抜けるばかり。けれど、セレナには分かる。

「ここだ……」

 滅びの直前、ルナとともに棺の中で眠った記憶。そして、アキラの手で目覚めたあの日のこと。この場所には、かつての家族の魂が、確かに眠っている。

 風が止まる。
 そして、セレナとルナの身体が、ほのかに光を帯び始めた。あたたかい。なつかしい。

――祝福だ。

 滅びた牙狼の一族が、二人にその存在を認めている。過去と現在が交わる瞬間。


「今までありがとう。そして、これからも……ずっと一緒にいてね」


 セレナは、そっと目を閉じた。その胸に、あの日の家族の温もりを抱きながら。
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