シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
152 / 238
蠱惑の魔剣

壊れていく静寂

しおりを挟む
ノルドは、宴のざわめきを遠くに感じた。
 ラゼルを囲む笑い声が、かすかに、耳障りに響く。

「……ああ、そういうことか」
 呟きは、自分自身に向けられたものだった。


 その夜。
 ノルドは、テントの隅で薬品を調合していた。
 静まり返った空気。宴の名残は、もうどこにもない。皆、眠りについている。

 だが、眠れない。
 カリスの沈黙。
 探索中の違和感。
 あの二人の、ラゼルへの過剰な同調。

 ――考えるべきことが多すぎる。
「ノルド、少しいいかしら?」
 テントの外から、静かな声。
 覗くようにして立っていたのは、フィオナだった。

「……どうしましたか?」
「お酒を飲みすぎたみたい。解毒薬を、もらえないかと思って」

 嘘だ。
 顔はうっすらと紅潮しているが、目は澄んでいる。言葉も滑らかだ。
 何より、匂いが違う。いつもの酒席での彼女とは違う。

「……そんな必要があるようには、見えませんが」
 声が、尖った。
 自分でも驚くほどに。

 フィオナは、少しだけ目を見開いた。しかし、すぐに柔らかく笑ってみせた。
「ごめんなさい、試すような真似をして。あなたの実力は理解しているつもりよ。カリスとも話してる」
 その言葉が何を意味するか。考える前に、ノルドの警戒心が跳ね上がる。

 ──何を見抜かれた?
 ──何を引き出そうとしている?
「そろそろ、あなたたちの目的を教えてくれませんか?」
「そう……それは、協力してくれると思っていいのね?」

 しまった。
 ノルドは、唇を噛む。

 選択肢を与えているようでいて、答えを選ばせているのは彼女のほうだ。
「……いえ」
「そう、残念だわ」
 短く息を吐く音。

 そして、声のトーンが変わる。低く、静かに。

「じゃあ、一つだけ。今日の探索で、あなたが気づいたこと──何かあったかしら?」
 ノルドは、答えなかった。目を逸らさず、沈黙だけを返す。

 だが、フィオナは待たない。

「あなたなら、もう気づいてるはずよ。一つは──今日一緒にいた、あの冒険者の女の子たち。二人とも、ラゼル王子の影響下にある。魔術的な魅了とは違う……気づきにくいけど、確実な何か」

 言葉にされて、ノルドは息を呑んだ。
 昼の探索、食事中──感じていた小さな違和感。それが今、言語として突きつけられた。

「そしてもう一つ。カリスは、このままでは……いえ、私たちは、近いうちに限界が来るわ」

 心臓が、鈍く跳ねる。
 カリスの蒼ざめた顔。
 魔力の乱れ。集中力の欠如。

 あれは、疲労なんかじゃなかった。
「私たちには、制約があるの。口に出せないこともあるし、行動にも縛りがある。そして──正気でいられる時間すら、限られている」

 声は穏やかだった。
 脅しでも、訴えでもない。ただ、事実の提示。
 ノルドは、言葉を失った。
 ただ、彼女がテントから去っていくのを、見送るしかなかった。


「ノルド、この仕事……降りましょう」
 背後から囁く声。
 いつの間にか、ビュアンが肩に立っていた。
「でも……」

 迷いが、言葉になった。
 そのとき、ヴァルがそっと顔を寄せ、彼の頬を舐めた。

「こら、ヴァル……くすぐったいよ」
 ――まったく、大事な話の最中だっていうのに。ほんとにお前は……

 だが、その無邪気な温もりが、ひどく優しかった。
 心が、ほぐれる。

 同時に、その優しさが、今は苦しかった。

「……セラに相談しましょう。彼女なら、何か……」
 妖精の言葉。
 だが、それは逃げだ。提案しかできない自分。
 優しさも、責任感も──今は、すべてがノルドを苦しめる重荷だった。

 ラゼルを殺せば、すべては終わる。
 それは「解決」かもしれない。
 だが、それはノルドを壊す。

「……なんで、どいつもこいつも、ノルドを頼るんだ」
 ビュアンの目が、赤く光っていた。
 怒りと哀しみを、滲ませながら。


 次の朝。
 ノルドは、眠れぬ夜を越えて、眠気を抱えたまま支度をしていた。

「すいません、朝はサンドイッチです」
 まったく、準備をする気が起きない。
「ありがとう、ノルド。出してくれたら私たちでやるわ」

 カリスが微笑んで手伝ってくれる。
 その笑顔に、ノルドの胸がズキンと痛んだ。


 二階層の採掘場へと再び向かう。
 昼過ぎには、鉱石はほとんど採り尽くされていた。

「うーん。他の場所を探すか?」
「そうですね。そうしましょう!」
 シルヴィアたちの賛成に、ノルドは黙って頷いた。

「荷運び、たまには役に立て!」
 ラゼルの声が響く。
 彼女たちと軽口を交わしながら、先頭を歩くラゼル。

 遅れがちになるカリス。顔色は悪い。
 ノルドは、それに合わせて速度を緩めた。
 だが、ラゼルが魔物を見つけると、先頭を切って突撃する。

 列が崩れ、シルヴィアやリーヴァまでもが加わってしまう。
 ヴァルがノルドの意図を察し、カリスに駆け寄った。

 サラが小さな体で支えるように背中を押し、ヴァルの背にカリスを乗せる。

「使えない女だ」
 ラゼルが、振り返って呟いた。
 誰に言ったかは明白だった。

 ロッカとダミアーノは、最後列で不貞腐れている。
「駄目だ、早く帰ろう」
 ノルドは、帰り道にある比較的豊かな鉱脈に向かった。
 ちらりと視界の端で、フィオナの不適な微笑みが揺れていた。

 数時間、無理やり切り上げて、冒険者ギルドに戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!

あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。 モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。 実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。 あらゆるモンスターへの深い知識。 様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。 自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。 降って湧いた凶悪な依頼の数々。 オースはこれを次々に解決する。 誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。 さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。 やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...