完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

壊れていく静寂

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ノルドは、宴のざわめきを遠くに感じた。
 ラゼルを囲む笑い声が、かすかに、耳障りに響く。

「……ああ、そういうことか」
 呟きは、自分自身に向けられたものだった。


 その夜。
 ノルドは、テントの隅で薬品を調合していた。
 静まり返った空気。宴の名残は、もうどこにもない。皆、眠りについている。

 だが、眠れない。
 カリスの沈黙。
 探索中の違和感。
 あの二人の、ラゼルへの過剰な同調。

 ――考えるべきことが多すぎる。
「ノルド、少しいいかしら?」
 テントの外から、静かな声。
 覗くようにして立っていたのは、フィオナだった。

「……どうしましたか?」
「お酒を飲みすぎたみたい。解毒薬を、もらえないかと思って」

 嘘だ。
 顔はうっすらと紅潮しているが、目は澄んでいる。言葉も滑らかだ。
 何より、匂いが違う。いつもの酒席での彼女とは違う。

「……そんな必要があるようには、見えませんが」
 声が、尖った。
 自分でも驚くほどに。

 フィオナは、少しだけ目を見開いた。しかし、すぐに柔らかく笑ってみせた。
「ごめんなさい、試すような真似をして。あなたの実力は理解しているつもりよ。カリスとも話してる」
 その言葉が何を意味するか。考える前に、ノルドの警戒心が跳ね上がる。

 ──何を見抜かれた?
 ──何を引き出そうとしている?
「そろそろ、あなたたちの目的を教えてくれませんか?」
「そう……それは、協力してくれると思っていいのね?」

 しまった。
 ノルドは、唇を噛む。

 選択肢を与えているようでいて、答えを選ばせているのは彼女のほうだ。
「……いえ」
「そう、残念だわ」
 短く息を吐く音。

 そして、声のトーンが変わる。低く、静かに。

「じゃあ、一つだけ。今日の探索で、あなたが気づいたこと──何かあったかしら?」
 ノルドは、答えなかった。目を逸らさず、沈黙だけを返す。

 だが、フィオナは待たない。

「あなたなら、もう気づいてるはずよ。一つは──今日一緒にいた、あの冒険者の女の子たち。二人とも、ラゼル王子の影響下にある。魔術的な魅了とは違う……気づきにくいけど、確実な何か」

 言葉にされて、ノルドは息を呑んだ。
 昼の探索、食事中──感じていた小さな違和感。それが今、言語として突きつけられた。

「そしてもう一つ。カリスは、このままでは……いえ、私たちは、近いうちに限界が来るわ」

 心臓が、鈍く跳ねる。
 カリスの蒼ざめた顔。
 魔力の乱れ。集中力の欠如。

 あれは、疲労なんかじゃなかった。
「私たちには、制約があるの。口に出せないこともあるし、行動にも縛りがある。そして──正気でいられる時間すら、限られている」

 声は穏やかだった。
 脅しでも、訴えでもない。ただ、事実の提示。
 ノルドは、言葉を失った。
 ただ、彼女がテントから去っていくのを、見送るしかなかった。


「ノルド、この仕事……降りましょう」
 背後から囁く声。
 いつの間にか、ビュアンが肩に立っていた。
「でも……」

 迷いが、言葉になった。
 そのとき、ヴァルがそっと顔を寄せ、彼の頬を舐めた。

「こら、ヴァル……くすぐったいよ」
 ――まったく、大事な話の最中だっていうのに。ほんとにお前は……

 だが、その無邪気な温もりが、ひどく優しかった。
 心が、ほぐれる。

 同時に、その優しさが、今は苦しかった。

「……セラに相談しましょう。彼女なら、何か……」
 妖精の言葉。
 だが、それは逃げだ。提案しかできない自分。
 優しさも、責任感も──今は、すべてがノルドを苦しめる重荷だった。

 ラゼルを殺せば、すべては終わる。
 それは「解決」かもしれない。
 だが、それはノルドを壊す。

「……なんで、どいつもこいつも、ノルドを頼るんだ」
 ビュアンの目が、赤く光っていた。
 怒りと哀しみを、滲ませながら。


 次の朝。
 ノルドは、眠れぬ夜を越えて、眠気を抱えたまま支度をしていた。

「すいません、朝はサンドイッチです」
 まったく、準備をする気が起きない。
「ありがとう、ノルド。出してくれたら私たちでやるわ」

 カリスが微笑んで手伝ってくれる。
 その笑顔に、ノルドの胸がズキンと痛んだ。


 二階層の採掘場へと再び向かう。
 昼過ぎには、鉱石はほとんど採り尽くされていた。

「うーん。他の場所を探すか?」
「そうですね。そうしましょう!」
 シルヴィアたちの賛成に、ノルドは黙って頷いた。

「荷運び、たまには役に立て!」
 ラゼルの声が響く。
 彼女たちと軽口を交わしながら、先頭を歩くラゼル。

 遅れがちになるカリス。顔色は悪い。
 ノルドは、それに合わせて速度を緩めた。
 だが、ラゼルが魔物を見つけると、先頭を切って突撃する。

 列が崩れ、シルヴィアやリーヴァまでもが加わってしまう。
 ヴァルがノルドの意図を察し、カリスに駆け寄った。

 サラが小さな体で支えるように背中を押し、ヴァルの背にカリスを乗せる。

「使えない女だ」
 ラゼルが、振り返って呟いた。
 誰に言ったかは明白だった。

 ロッカとダミアーノは、最後列で不貞腐れている。
「駄目だ、早く帰ろう」
 ノルドは、帰り道にある比較的豊かな鉱脈に向かった。
 ちらりと視界の端で、フィオナの不適な微笑みが揺れていた。

 数時間、無理やり切り上げて、冒険者ギルドに戻った。
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