完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
153 / 221
蠱惑の魔剣

命の軽さ、毒の重さ

しおりを挟む
ラゼル探索部隊は、冒険者ギルドに戻ると、いつものように清算と探索報告を済ませた。
「千五百ゴールドですね」

 ノルドが計算を終えると、仲間たちの間に歓声が上がった。ラゼルの同行に反対していたロッカたちでさえ、無邪気に笑い合い、喜びを分かち合っている。

 その様子を、シルヴィアたちは少し離れた位置から見下ろしていた。冷ややかに、けれども勝ち誇ったような微笑を浮かべて。

 体調を崩したカリスは、ヴァルの背に乗せられて、サラが付き添い、先に宿へと戻っていた。
「ラゼル様。以前ご相談していた魔物討伐隊の件ですが……ご参加いただけますか?」

 ドラガンの問いかけに、ラゼルは一瞬の迷いもなく頷いた。
「もちろんだ」
「ありがとうございます。それでは明後日から、数日かかることになりますが……」
「かまわん。ところで、女の冒険者はいるのか?」

 唐突な問いに、ドラガンの表情がわずかに翳る。返答に困るように、乾いた笑みを浮かべた。
 だがそのやり取りを聞きつけたシルヴィアたちが、すかさず声を上げた。
「私たちも参加したいです!」

 あからさまな期待と献身の入り混じった声。だが——
「ありがとう。……すまないが、今回の討伐隊の参加者はすでに決まっていてね」
 申し訳なさそうに断るドラガンが、淡々と参加者の名を読み上げる。
 ドラガン本人。元貴族の医師マルカス。その助手で娼館の主人でもあるカノン。そして、監察官サガン。

 その名が出そろった瞬間——
 ノルドの顔色が変わった。強張り、血の気が引く。
「ノルドは……参加しなくていいよ。薬だけ提供してくれれば助かる」

 ドラガンの言葉に、ノルドは深く息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
「すごいメンツだな……後をつけて、戦闘風景でも見てみたいくらいだ」
 ようやく気の抜けた冗談を口にできたその顔に、ドラガンはただ、わずかに眉を寄せて微笑を返した。


 ドラガンが島庁に呼ばれたのは、前日のことだった。
「ラゼル王子の探索状況は?」

 島主の問いに、ドラガンは慎重に言葉を選びながら答える。
「ただいま、第二階層を探索中です。進行は順調かと」
 だがその報告を聞いた途端、島主の顔は曇った。

「……どうやら、ラゼルという男は、我々の想定を超えた問題児のようだ。ニコラ様から、直々に通達があった」
 それは——ノルドが持ち帰った猛毒性の媚薬、そしてラゼルの職業が「奴隷商人」であるという、二つの報告だった。

「すいません。それで……どう動きましょうか?」
「奴が自分の奴隷にどんな薬を使おうが、職業が何であろうが……法には触れん」
 島主は静かに言った。その声の奥には、感情を抑え込んだ鋭さがあった。

「だが問題はそこじゃない。奴の真の目的だ」
 そして導き出された策は——ラゼルを周囲から孤立させ、監視の隙をつくるというもの。

「お前とサガンだけでは不十分だろう。……実はサルサ様から、マルカスとカノンも協力せよとの命が下った」
「……島外追放の方が早いのでは?」

 ドラガンがぼそりと呟いたその声に、島主は薄笑いを浮かべて応じた。
「できるもんなら、とっくにしてる。だが——ここはシシルナだ。この島のルールが、すべてを決める」
 その言葉の奥には、苛立ちと焦りが滲んでいた。
「慎重に進めてくれ。だが——お前には権限を与える。任せたぞ、ドラガン」

 自由を謳うシシルナ島。その理念の裏には、法の届かぬ者たちを裁く冷たい秤がある。

 そしていま——その秤の片方に、ラゼルという名が、静かに載せられた。
 いや、そう彼らは思い込んでいた。


 探索翌朝、ダンジョン町・ノルド家。
「ノルド、助けて!」

 甲高い悲鳴のような声に、ノルドは目を覚ました。
「サラの声……?」
 扉の前で、うたた寝していたヴァルが反応し、素早く扉を開けて彼女を通す。

「カリスが……死にそうなの! 早く来て!」
 体調を崩して宿で休んでいたカリスが、早朝になって突然、苦しみだしたらしい。
「誰かカリスを見てるのか?」

「ううん……ラゼル様は討伐隊に出かけて、フィオナも付き添って、その後用事にで出かけた。……ノルドに頼れって」
 なんて奴らだ……だが、普通の病気なら、ポーションで治るはずだ。となれば、これは——
「わかった。ヴァル、行くぞ!」

 赤錆屋では、あいも変わらず賭博が行われていた。
「用事なら早く済ませて帰ってくれ!」
 宿主はノルドたちの顔を見るなり、逃げるように奥へと引っ込んだ。

 ラゼル一行の部屋に入ると、そこにはポーションを使った形跡があった。だが……
 寝台に横たわるカリスは、呻き声すら出せないまま、苦しそうに寝返りをうっている。
 全身が冷や汗で濡れ、白い肌に生命の色がなかった。

「どうする……?」 名医マルカスも、討伐隊参加で不在だ。
「サナトリウムに頼るしかない……診てくれるかは分からないが、行くしかない」

 ノルドは、朦朧とした意識のまま横たわるカリスを背負った。
 その瞬間、彼は驚いた。
 「……軽い」

 体の重みも、命の重さも、そこには——なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...