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蠱惑の魔剣
壊れていく静寂
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ノルドは、宴のざわめきを遠くに感じた。
ラゼルを囲む笑い声が、かすかに、耳障りに響く。
「……ああ、そういうことか」
呟きは、自分自身に向けられたものだった。
※
その夜。
ノルドは、テントの隅で薬品を調合していた。
静まり返った空気。宴の名残は、もうどこにもない。皆、眠りについている。
だが、眠れない。
カリスの沈黙。
探索中の違和感。
あの二人の、ラゼルへの過剰な同調。
――考えるべきことが多すぎる。
「ノルド、少しいいかしら?」
テントの外から、静かな声。
覗くようにして立っていたのは、フィオナだった。
「……どうしましたか?」
「お酒を飲みすぎたみたい。解毒薬を、もらえないかと思って」
嘘だ。
顔はうっすらと紅潮しているが、目は澄んでいる。言葉も滑らかだ。
何より、匂いが違う。いつもの酒席での彼女とは違う。
「……そんな必要があるようには、見えませんが」
声が、尖った。
自分でも驚くほどに。
フィオナは、少しだけ目を見開いた。しかし、すぐに柔らかく笑ってみせた。
「ごめんなさい、試すような真似をして。あなたの実力は理解しているつもりよ。カリスとも話してる」
その言葉が何を意味するか。考える前に、ノルドの警戒心が跳ね上がる。
──何を見抜かれた?
──何を引き出そうとしている?
「そろそろ、あなたたちの目的を教えてくれませんか?」
「そう……それは、協力してくれると思っていいのね?」
しまった。
ノルドは、唇を噛む。
選択肢を与えているようでいて、答えを選ばせているのは彼女のほうだ。
「……いえ」
「そう、残念だわ」
短く息を吐く音。
そして、声のトーンが変わる。低く、静かに。
「じゃあ、一つだけ。今日の探索で、あなたが気づいたこと──何かあったかしら?」
ノルドは、答えなかった。目を逸らさず、沈黙だけを返す。
だが、フィオナは待たない。
「あなたなら、もう気づいてるはずよ。一つは──今日一緒にいた、あの冒険者の女の子たち。二人とも、ラゼル王子の影響下にある。魔術的な魅了とは違う……気づきにくいけど、確実な何か」
言葉にされて、ノルドは息を呑んだ。
昼の探索、食事中──感じていた小さな違和感。それが今、言語として突きつけられた。
「そしてもう一つ。カリスは、このままでは……いえ、私たちは、近いうちに限界が来るわ」
心臓が、鈍く跳ねる。
カリスの蒼ざめた顔。
魔力の乱れ。集中力の欠如。
あれは、疲労なんかじゃなかった。
「私たちには、制約があるの。口に出せないこともあるし、行動にも縛りがある。そして──正気でいられる時間すら、限られている」
声は穏やかだった。
脅しでも、訴えでもない。ただ、事実の提示。
ノルドは、言葉を失った。
ただ、彼女がテントから去っていくのを、見送るしかなかった。
※
「ノルド、この仕事……降りましょう」
背後から囁く声。
いつの間にか、ビュアンが肩に立っていた。
「でも……」
迷いが、言葉になった。
そのとき、ヴァルがそっと顔を寄せ、彼の頬を舐めた。
「こら、ヴァル……くすぐったいよ」
――まったく、大事な話の最中だっていうのに。ほんとにお前は……
だが、その無邪気な温もりが、ひどく優しかった。
心が、ほぐれる。
同時に、その優しさが、今は苦しかった。
「……セラに相談しましょう。彼女なら、何か……」
妖精の言葉。
だが、それは逃げだ。提案しかできない自分。
優しさも、責任感も──今は、すべてがノルドを苦しめる重荷だった。
ラゼルを殺せば、すべては終わる。
それは「解決」かもしれない。
だが、それはノルドを壊す。
「……なんで、どいつもこいつも、ノルドを頼るんだ」
ビュアンの目が、赤く光っていた。
怒りと哀しみを、滲ませながら。
※
次の朝。
ノルドは、眠れぬ夜を越えて、眠気を抱えたまま支度をしていた。
「すいません、朝はサンドイッチです」
まったく、準備をする気が起きない。
「ありがとう、ノルド。出してくれたら私たちでやるわ」
カリスが微笑んで手伝ってくれる。
その笑顔に、ノルドの胸がズキンと痛んだ。
※
二階層の採掘場へと再び向かう。
昼過ぎには、鉱石はほとんど採り尽くされていた。
「うーん。他の場所を探すか?」
「そうですね。そうしましょう!」
シルヴィアたちの賛成に、ノルドは黙って頷いた。
「荷運び、たまには役に立て!」
ラゼルの声が響く。
彼女たちと軽口を交わしながら、先頭を歩くラゼル。
遅れがちになるカリス。顔色は悪い。
ノルドは、それに合わせて速度を緩めた。
だが、ラゼルが魔物を見つけると、先頭を切って突撃する。
列が崩れ、シルヴィアやリーヴァまでもが加わってしまう。
ヴァルがノルドの意図を察し、カリスに駆け寄った。
サラが小さな体で支えるように背中を押し、ヴァルの背にカリスを乗せる。
「使えない女だ」
ラゼルが、振り返って呟いた。
誰に言ったかは明白だった。
ロッカとダミアーノは、最後列で不貞腐れている。
「駄目だ、早く帰ろう」
ノルドは、帰り道にある比較的豊かな鉱脈に向かった。
ちらりと視界の端で、フィオナの不適な微笑みが揺れていた。
数時間、無理やり切り上げて、冒険者ギルドに戻った。
ラゼルを囲む笑い声が、かすかに、耳障りに響く。
「……ああ、そういうことか」
呟きは、自分自身に向けられたものだった。
※
その夜。
ノルドは、テントの隅で薬品を調合していた。
静まり返った空気。宴の名残は、もうどこにもない。皆、眠りについている。
だが、眠れない。
カリスの沈黙。
探索中の違和感。
あの二人の、ラゼルへの過剰な同調。
――考えるべきことが多すぎる。
「ノルド、少しいいかしら?」
テントの外から、静かな声。
覗くようにして立っていたのは、フィオナだった。
「……どうしましたか?」
「お酒を飲みすぎたみたい。解毒薬を、もらえないかと思って」
嘘だ。
顔はうっすらと紅潮しているが、目は澄んでいる。言葉も滑らかだ。
何より、匂いが違う。いつもの酒席での彼女とは違う。
「……そんな必要があるようには、見えませんが」
声が、尖った。
自分でも驚くほどに。
フィオナは、少しだけ目を見開いた。しかし、すぐに柔らかく笑ってみせた。
「ごめんなさい、試すような真似をして。あなたの実力は理解しているつもりよ。カリスとも話してる」
その言葉が何を意味するか。考える前に、ノルドの警戒心が跳ね上がる。
──何を見抜かれた?
──何を引き出そうとしている?
「そろそろ、あなたたちの目的を教えてくれませんか?」
「そう……それは、協力してくれると思っていいのね?」
しまった。
ノルドは、唇を噛む。
選択肢を与えているようでいて、答えを選ばせているのは彼女のほうだ。
「……いえ」
「そう、残念だわ」
短く息を吐く音。
そして、声のトーンが変わる。低く、静かに。
「じゃあ、一つだけ。今日の探索で、あなたが気づいたこと──何かあったかしら?」
ノルドは、答えなかった。目を逸らさず、沈黙だけを返す。
だが、フィオナは待たない。
「あなたなら、もう気づいてるはずよ。一つは──今日一緒にいた、あの冒険者の女の子たち。二人とも、ラゼル王子の影響下にある。魔術的な魅了とは違う……気づきにくいけど、確実な何か」
言葉にされて、ノルドは息を呑んだ。
昼の探索、食事中──感じていた小さな違和感。それが今、言語として突きつけられた。
「そしてもう一つ。カリスは、このままでは……いえ、私たちは、近いうちに限界が来るわ」
心臓が、鈍く跳ねる。
カリスの蒼ざめた顔。
魔力の乱れ。集中力の欠如。
あれは、疲労なんかじゃなかった。
「私たちには、制約があるの。口に出せないこともあるし、行動にも縛りがある。そして──正気でいられる時間すら、限られている」
声は穏やかだった。
脅しでも、訴えでもない。ただ、事実の提示。
ノルドは、言葉を失った。
ただ、彼女がテントから去っていくのを、見送るしかなかった。
※
「ノルド、この仕事……降りましょう」
背後から囁く声。
いつの間にか、ビュアンが肩に立っていた。
「でも……」
迷いが、言葉になった。
そのとき、ヴァルがそっと顔を寄せ、彼の頬を舐めた。
「こら、ヴァル……くすぐったいよ」
――まったく、大事な話の最中だっていうのに。ほんとにお前は……
だが、その無邪気な温もりが、ひどく優しかった。
心が、ほぐれる。
同時に、その優しさが、今は苦しかった。
「……セラに相談しましょう。彼女なら、何か……」
妖精の言葉。
だが、それは逃げだ。提案しかできない自分。
優しさも、責任感も──今は、すべてがノルドを苦しめる重荷だった。
ラゼルを殺せば、すべては終わる。
それは「解決」かもしれない。
だが、それはノルドを壊す。
「……なんで、どいつもこいつも、ノルドを頼るんだ」
ビュアンの目が、赤く光っていた。
怒りと哀しみを、滲ませながら。
※
次の朝。
ノルドは、眠れぬ夜を越えて、眠気を抱えたまま支度をしていた。
「すいません、朝はサンドイッチです」
まったく、準備をする気が起きない。
「ありがとう、ノルド。出してくれたら私たちでやるわ」
カリスが微笑んで手伝ってくれる。
その笑顔に、ノルドの胸がズキンと痛んだ。
※
二階層の採掘場へと再び向かう。
昼過ぎには、鉱石はほとんど採り尽くされていた。
「うーん。他の場所を探すか?」
「そうですね。そうしましょう!」
シルヴィアたちの賛成に、ノルドは黙って頷いた。
「荷運び、たまには役に立て!」
ラゼルの声が響く。
彼女たちと軽口を交わしながら、先頭を歩くラゼル。
遅れがちになるカリス。顔色は悪い。
ノルドは、それに合わせて速度を緩めた。
だが、ラゼルが魔物を見つけると、先頭を切って突撃する。
列が崩れ、シルヴィアやリーヴァまでもが加わってしまう。
ヴァルがノルドの意図を察し、カリスに駆け寄った。
サラが小さな体で支えるように背中を押し、ヴァルの背にカリスを乗せる。
「使えない女だ」
ラゼルが、振り返って呟いた。
誰に言ったかは明白だった。
ロッカとダミアーノは、最後列で不貞腐れている。
「駄目だ、早く帰ろう」
ノルドは、帰り道にある比較的豊かな鉱脈に向かった。
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