完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

静謐の中庭

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サナトリウムへの坂道。
 その先を閉ざす大門。

 山肌を縫うように続く細道の果てに、それは静かにそびえていた。高く、厚く、古びてなお威厳を湛える鉄の扉。その向こうは、病と回復のあいだにある静謐な領域——選ばれた者だけが踏み入れる私有地だ。

 大門の脇には、私設の警備員たちが無言で立つ。だがその眼差しは、訪れた者によって柔らかさを変えた。
 ノルドは、顔見知りだった。いつも差し入れをくれる、優しくて気の利く子。門番たちにとっても、安心と信頼の対象だ。

「どうした、ノルド! 今日は何の用だ?」
 先頭を走るヴァルと、カリスを背負うノルドの姿を見て、門番たちの声に緊張が混じる。
「急患です。サルサ様にご連絡を」
「……ああ、わかった!」

 ぎりり、と鈍い音を立てて門が開く。緊急対応とはいえ、ノルドでなければ、この早さでは通されなかっただろう。
「サルサ様が診療室でお待ちだ」
 許された道。ノルドは大きく息を吐き、一瞬その場に足を止めたのち、再び駆け出そうとする。
「この先は急坂だ。乗っていけ!」
 門番たちが馬車を手際よく整え、ノルドたちを揺れの少ない後部へと乗せる。
 そのまま石畳を駆け上がり、馬車はサナトリウムの奥へと向かった。



 診療室。
 サルサは、運び込まれたカリスを無言で見つめていた。
 その視線には、思案の影と、かすかな微笑みが混じっている。
 彼女はカリスを静かに寝かせ、白い魔力吸収布を全身に丁寧に当てた。
 その所作は、まるで儀式のようだった。

「ノルド。この子の病気はなんだと思う?」
「……わかりません。布の色も変わってません。魔力も、汚れてないです」
 布は、確かに無反応だった。

 だがその静けさの中で、カリスの呼吸が、徐々に落ち着いていくのがわかった。
 ノルドの脳裏に、ある確信が走る。
「あっ……魔力が、過剰蓄積されてる!」
 それは単純なことだった。
 焦りのなかで、見落としていたのだ。

 ノルドは自らの未熟さを噛みしめ、唇を噛んだ。
「ははは。だがそれは症状だ。原因を調べないといけない。この子は入院させる。感染症だと、まずいからな」
「……わかりました」
 看護婦たちが手早くカリスの衣服を脱がせ、着替えを始める。
 その瞬間、ノルドは顔を赤らめ、慌てて診療室を飛び出した。

 だが、胸の奥には、別の感情が残った。
「でも、良かった……」
 思わず漏れたその言葉とともに、ノルドは気づいていた。
 カリスは、どこか母セラと似た空気を纏っている。
 凛としていて、何かを背負っていて、それでも、どこか脆い。


 待合室には、サラとヴァルがいるはずだった。
 だが、姿がない。

 そのとき——中庭から、聞き覚えのある声が響いた。
「あー、これ美味しい!」
 サラが簡素な朝食を頬張りながら、目を細め、嬉しそうに笑っていた。
 隣でヴァルも、満足げにもらった骨付き肉を食べ進めている。
 
その朝食は——母セラの手料理だった。
「ノルドも座って。朝食まだでしょ」
 驚いて振り返ると、いつの間にか背後にセラが立っていた。
 柔らかな手が、そっとノルドの肩に触れる。
「うん……」
「私も一緒に食べるから」

 その言葉に、ノルドは胸の奥が少しだけ震えた。泣きそうになるのを、なんとか堪える。
 穏やかな陽射し。揺れる木々。煮込みとパンの香り。
 朝の中庭の食卓は、戦火の予感を遠ざけるように、温かく静かだった。


 食事中の話題は、サラがノルドに武器を習っている話、シシルナ島の食文化について。
 ラゼル王子のことも、自分たちの過去も——語られない。
 それは、意図された静けさだった。

「サルサ様が、診察に来るようにって」
「えー、どこも悪くないのに!」
 むくれるサラの手を、セラはそっと取り、席を立つ。

「私も一緒に行ってあげるわ。時間がかかるから、ノルドは帰ってなさい」
「でも……」
「あの老人たちに捕まるわよ!」
 その一言に、ノルドはぞっとしたように背筋を伸ばす。

 元英雄たちの三人組——彼らに捕まれば、遊びの相手をさせられて時間が溶けてしまう。
 サラを待とうかとも思ったが、ヴァルが席を立ったのを見て、ノルドも後を追った。
 朝の中庭。風が、をなぞるように通り過ぎていく。

 ノルドは、いつもなら見送ってくれるセラが、そそくさと屋敷に戻ったことに、わずかな寂しさと違和感を覚えながら、サナトリウムを後にした。
 せっかくの休日だ。
 ドラガンたちの魔物討伐隊は気になるが、今日はひと息つこう。
 ラゼル王子の探索再開も、まだ予定は立っていない。

「どこ行こうか?」
「ワオーン!」
 ヴァルの提案は、港町。うまい魚が食べたいらしい。

 ノルドは久しぶりに、港町にあるノシロ雑貨店を訪ねることにした。
 珍しく、何の用事もなく——ただ、行ってみたくなった。
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