181 / 221
蠱惑の魔剣
迷宮亭の賄いと島の危機
しおりを挟む
ノルドたちは、追い立てられるようにギルドを後にした。
「カリスに会いに行きましょう」
「その前に……アレンの家に寄ってもいいですか?」
「構わないわよ!」
アレンの住まいは大通り沿いの高級マンションの二階。ギルドから歩いてすぐだった。
「アレンさん! いませんか!」ノルドが声を張る。
しかし、返事はない。部屋の奥から物音一つ聞こえず、気配も途絶えている。静けさが逆に不気味だった。
一階の住人が顔を出し、ぼそりと言った。
「アレンなら、連れて行かれたよ」
「……誰に!?」ノルドが思わず詰め寄る。
「わからん。黒い外套で顔を隠したやつだ。見たこともない……よそ者だった」
ノルドの背筋に冷たいものが走った。
「ワオーン!」ヴァルが低く吠える。
「……わかってる。その匂い、間違いない。サガン監察官だ」
ノルドは歯を食いしばる。胸に嫌な予感がまとわりつき、振り払えない。
――重苦しい空気を抱えたまま、一行はシダ通りへ向かった。
※
迷宮亭の前を通りかかったとき、扉が勢いよく開き、給仕長のネラが飛び出してきた。
「ノルド! ひさしぶりじゃない、元気だった?」
「はい。料理もお弁当も、大好評でした!」
「それは良かった! でもね、ちょっと面倒があってさ……あ、そうだ! お昼食べてきなさいな。修道女さんも一緒に!」
扉を開けた瞬間、香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。
「お昼って、営業してないんじゃ……」
「今日は臨時休業。だから賄いよ」
キッチンではノゾミが鼻歌まじりに鍋をかき回している。ふわっと立ちのぼる湯気には、きのこの滋味深い香りが混ざっていた。
「はい、出来たわよ。……あら、また新しいノルドの彼女?」
茶化しながら、湯気をまとった皿をテーブルに並べていく。
「違います。依頼主――ラゼル王子のパーティの方です」
温かなリゾットを口に運ぶと、優しい旨みが舌に広がり、張り詰めていた気持ちがふっとほどけていく。
ヴァルには骨付き肉が与えられ、幸せそうにかぶりついていた。
「それでね、面倒っていうのが二つあって」ネラが声を落とした。
一つは冒険者ギルドからの大量注文。しかも「安くしろ」と無理難題つき。
「今回で最後って言ったわ。だから今日は弁当屋よ」ノゾミは苦笑する。
「すみません……」ノルドは胸が痛み、思わず頭を下げた。紹介したのが彼だからだ。
「でも、本当の問題はもう一つ」ネラの眉が曇る。
「ノルド、最近島主様に会った?」
「いいえ……何かあったんですか?」
「メグミ姉さんから伝言があったの。『島主様に関わるな。ラゼル王子にも近づくな』って。しかも珍しく、私にまで釘を刺してきたのよ」
普段は穏やかなネラの声音に、緊張がにじむ。
「ごめんなさい。ラゼル王子の仲間がいるのに……」ノゾミが謝ると、フィオナはすぐに首を振った。
「気になさらないで」
「ノゾミのことは、言われなくても私が守るのに!」ネラは彼女の肩を抱きしめた。
そのときノルドが口を開いた。
「さっきギルドで発表されました。ラゼル王子が島主代行に就任したって」
「それだ!」ノゾミがポンと手を打つ。
ノルドは大事ではないと思っていたが、それは島を揺るがす大事件だった。もし島主ガレアに何かあれば、代行のラゼル王子が即座に職務を継ぐ。――そう説明され、ようやく事態の深刻さを知った。
メグミからの指示がある一方で、島主からパーティをやるからと調理人の依頼が来ていたのだ。
「これは大変な事態です」
ネラが言い、ノゾミは頷いた。
※
「ごちそうさまでした」
ノルドたちは礼に薬を置き、迷宮亭を後にした。
入れ違いにミミたちが姿を見せる。猫人族のリーダーでもあるネラのもとへ向かうのだろう。ノルドは軽く手を振り、先を急いだ。
「まさか走って行くの?」フィオナが不満げに言う。
「ええ、時間が惜しいですから。……それともヴァルの荷車に?」
「ワオーン!」
あっという間にサナトリウム前に到着した。
「うぅ……酔った……」フィオナの顔色は青ざめている。
「大丈夫ですか?」ノルドは笑いをこらえながら声をかける。
門の先はシシルナ島の法律が及ばぬ治外法権。だが門前には数百の警備隊が攻撃陣形を敷いていた。
「何が起きてる……?」
一行は物陰に身を潜め、様子をうかがう。
「カリス様はラゼル島主代行の従者だ! 今すぐ返してもらう!」
見知った警備隊長が、門番に怒鳴っている。
「治療中だ。今動かすのは危険だと、サルサ様が判断されている。しばらく待たれよ」
門番は冷静に答える。
「そんな言い訳は通じん! こちらは武力を用いてでも取り戻す。シシルナ島とサナトリウムの友好を壊す気か!」
「今日は無理だとおっしゃられている」
押し問答が続く。だが警備長の目には本気の殺気はなく、脅しに過ぎないことが伝わってきた。
「母さんもサルサ様も中にいる。勝てるはずないのに……」ノルドは呆れたように息をついた。
「でも、あいつらの前を通るのは無理かな」
「大丈夫。交渉に行くと言えば通してくれるわ」フィオナは自信満々に笑みを浮かべた。
「カリスに会いに行きましょう」
「その前に……アレンの家に寄ってもいいですか?」
「構わないわよ!」
アレンの住まいは大通り沿いの高級マンションの二階。ギルドから歩いてすぐだった。
「アレンさん! いませんか!」ノルドが声を張る。
しかし、返事はない。部屋の奥から物音一つ聞こえず、気配も途絶えている。静けさが逆に不気味だった。
一階の住人が顔を出し、ぼそりと言った。
「アレンなら、連れて行かれたよ」
「……誰に!?」ノルドが思わず詰め寄る。
「わからん。黒い外套で顔を隠したやつだ。見たこともない……よそ者だった」
ノルドの背筋に冷たいものが走った。
「ワオーン!」ヴァルが低く吠える。
「……わかってる。その匂い、間違いない。サガン監察官だ」
ノルドは歯を食いしばる。胸に嫌な予感がまとわりつき、振り払えない。
――重苦しい空気を抱えたまま、一行はシダ通りへ向かった。
※
迷宮亭の前を通りかかったとき、扉が勢いよく開き、給仕長のネラが飛び出してきた。
「ノルド! ひさしぶりじゃない、元気だった?」
「はい。料理もお弁当も、大好評でした!」
「それは良かった! でもね、ちょっと面倒があってさ……あ、そうだ! お昼食べてきなさいな。修道女さんも一緒に!」
扉を開けた瞬間、香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。
「お昼って、営業してないんじゃ……」
「今日は臨時休業。だから賄いよ」
キッチンではノゾミが鼻歌まじりに鍋をかき回している。ふわっと立ちのぼる湯気には、きのこの滋味深い香りが混ざっていた。
「はい、出来たわよ。……あら、また新しいノルドの彼女?」
茶化しながら、湯気をまとった皿をテーブルに並べていく。
「違います。依頼主――ラゼル王子のパーティの方です」
温かなリゾットを口に運ぶと、優しい旨みが舌に広がり、張り詰めていた気持ちがふっとほどけていく。
ヴァルには骨付き肉が与えられ、幸せそうにかぶりついていた。
「それでね、面倒っていうのが二つあって」ネラが声を落とした。
一つは冒険者ギルドからの大量注文。しかも「安くしろ」と無理難題つき。
「今回で最後って言ったわ。だから今日は弁当屋よ」ノゾミは苦笑する。
「すみません……」ノルドは胸が痛み、思わず頭を下げた。紹介したのが彼だからだ。
「でも、本当の問題はもう一つ」ネラの眉が曇る。
「ノルド、最近島主様に会った?」
「いいえ……何かあったんですか?」
「メグミ姉さんから伝言があったの。『島主様に関わるな。ラゼル王子にも近づくな』って。しかも珍しく、私にまで釘を刺してきたのよ」
普段は穏やかなネラの声音に、緊張がにじむ。
「ごめんなさい。ラゼル王子の仲間がいるのに……」ノゾミが謝ると、フィオナはすぐに首を振った。
「気になさらないで」
「ノゾミのことは、言われなくても私が守るのに!」ネラは彼女の肩を抱きしめた。
そのときノルドが口を開いた。
「さっきギルドで発表されました。ラゼル王子が島主代行に就任したって」
「それだ!」ノゾミがポンと手を打つ。
ノルドは大事ではないと思っていたが、それは島を揺るがす大事件だった。もし島主ガレアに何かあれば、代行のラゼル王子が即座に職務を継ぐ。――そう説明され、ようやく事態の深刻さを知った。
メグミからの指示がある一方で、島主からパーティをやるからと調理人の依頼が来ていたのだ。
「これは大変な事態です」
ネラが言い、ノゾミは頷いた。
※
「ごちそうさまでした」
ノルドたちは礼に薬を置き、迷宮亭を後にした。
入れ違いにミミたちが姿を見せる。猫人族のリーダーでもあるネラのもとへ向かうのだろう。ノルドは軽く手を振り、先を急いだ。
「まさか走って行くの?」フィオナが不満げに言う。
「ええ、時間が惜しいですから。……それともヴァルの荷車に?」
「ワオーン!」
あっという間にサナトリウム前に到着した。
「うぅ……酔った……」フィオナの顔色は青ざめている。
「大丈夫ですか?」ノルドは笑いをこらえながら声をかける。
門の先はシシルナ島の法律が及ばぬ治外法権。だが門前には数百の警備隊が攻撃陣形を敷いていた。
「何が起きてる……?」
一行は物陰に身を潜め、様子をうかがう。
「カリス様はラゼル島主代行の従者だ! 今すぐ返してもらう!」
見知った警備隊長が、門番に怒鳴っている。
「治療中だ。今動かすのは危険だと、サルサ様が判断されている。しばらく待たれよ」
門番は冷静に答える。
「そんな言い訳は通じん! こちらは武力を用いてでも取り戻す。シシルナ島とサナトリウムの友好を壊す気か!」
「今日は無理だとおっしゃられている」
押し問答が続く。だが警備長の目には本気の殺気はなく、脅しに過ぎないことが伝わってきた。
「母さんもサルサ様も中にいる。勝てるはずないのに……」ノルドは呆れたように息をついた。
「でも、あいつらの前を通るのは無理かな」
「大丈夫。交渉に行くと言えば通してくれるわ」フィオナは自信満々に笑みを浮かべた。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる