シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

英雄の名は

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「待たせたな!」
 ドラガンがギルドの階段に立ち、全員を見下ろしていた。

 冒険者、ギルド職員、荷運び人、商人、ダンジョン警備員――シシルナ島のダンジョンに関わる者ほぼすべてが集まっている。

 副ギルド長が「ダンジョンに危機があるのでは」と思わせる重大な話をすると予告していたため、全員が緊張していた。

「まず、冒険者ギルドの……いや、シシルナ島の新たな指導者を紹介する。すでにみんなもよく知っている方だ」

 ――アレンだ。
 そう信じる者が大半だった。朝から姿を見せないのも、任命式のために港町へ行ったのだろう。命を助けられた者、教えを受けた者、融通された者……アレンの功績はギルドに、そして島全体に行き渡っている。

「紹介しよう。ラゼル様だ。この冒険者ギルドのギルド長代行、そして島主代行を兼任される」
 場が凍りついた。

 アレンの名を待っていたからこそ、広間を覆ったのは驚きではなく、落胆だった。
「おい、貴様たち、拍手だ!」

 ロッカが先に手を叩く。その音に釣られて、ぱらぱらと不揃いな拍手が広がった。
「ラゼル島主代行、一言お願いします」
「ああ、歓迎されていないようだな」

 ラゼルは口元を歪め、背中の魔剣を抜き放った。
「だが、それもすぐに変わる。冒険者の力こそ、シシルナ島の力だ!」

 剣が放ったのは、見たことのない煌めきだった。だがノルドには、そこに怪しげな光が混じって見えた。不愉快な波長がギルドホールを覆い、空気を濁らせていく。

 ミミをはじめ獣人族や異種族の血を持つ者たちが顔を青ざめさせ、今にも倒れそうになっていた。だが「偉い人の話を聞かねば」と、必死に耐えている。

「この剣に誓おう。俺はお前たちを裕福にしてみせる!」
 ラゼルは剣を収めると、さらに声を張った。
「明日から冒険者全員でダンジョンに潜る。――ドラガン、告知は済んでいるな?」

「もちろんです! 参加しない者は、今後シシルナ島のダンジョンに一切入れません!」
 普段なら怒号が飛ぶ場面だ。だが今日は、誰も声をあげない。いつもなら真っ先に文句を言う冒険者たちでさえ、妙に大人しく耳を傾けていた。
「そんなことじゃない」

 ラゼルは一歩踏み出し、声を強める。
「俺は二階層と四階層に良質な鉱脈を見つけた。今までは一部の冒険者だけが得をしていた。つまり、利益を独占していたんだ!」

「そうだ!」と、誰かが呼応する。
「俺は低階層の魔物を間引いた。採掘を邪魔する奴らを減らし、誰もが掘れるようにした。これをどんどん進めていく! 冒険者だけじゃない。荷運び人も、商人も、全員で儲けるんだ!」

「確かに助かった!」
「採掘がしやすくなった!」
 賛同の声が次々と飛び、群衆は熱を帯びていく。

「俺たちはラゼル様と探索してきた! ラゼル様は俺たちを守り、儲けさせてくれた! こんなに安全で楽しいダンジョンはなかった!」

 ロッカが声を張り上げ、熱気に油を注ぐ。
 ラゼルは最後に、そこにいる全員を一人ずつ見渡した。
 その眼差しは温もりではなく、冷ややかな支配の色を帯びている。

「冒険者が儲かれば、この島全体が潤う。――俺がその先頭に立つ!」
「ラゼル様、ありがとうございます! こんな崇高な考えはなかなかできない!」
 ドラガンの目には涙が浮かんでいた。

 ……おかしい。
 ノルドはただ一人、ラゼルの詭弁とも言える言葉に、胸の奥から怒りを覚えていた。


 そして、ラゼルの演説は終わった。そこにいた冒険者で、特にランクの低い者ほど共感していたようで、場所の雰囲気は一転した。

 さらにラゼルは、ドラガンを引き連れて冒険者たちを周り、島主代行の挨拶を持ち前の軽い雰囲気でしたことで、多くの賛同者を獲得していた。

「お前たちも、参加しろよ!」
「だけどよ、
「問題を起こしたばかりだろうが、よく考えろ! あと日当を十ゴールドまで増額してやる!」

 荷運び人たちは、強制参加では無く、参加予定のものは少なかったがドラガンが脅しと更なる好条件を示したことで、殆どの荷運び人が明日からの探索に参加することになった。

「商人にも、これからも協力してもらわないといけないな」
 ラゼルは、笑って商人カウンターを見た。
「もちろんです」
 商人たちは持ち前のあたりの良さで、満面の笑顔で返した。

「今日、ノルドが持っていった私の採掘品は凄い量だったろう?」
「はい、ありがとうございます!」
「期待していてくれ、これからは組織的に大量に採掘するからな。あと、他の商人には売らせないから安心しろ、お前たちが儲かるようにしてやる!」

 利に聡い商人たちもその言葉で一気に、ラゼル指示に傾いた。だが、あくまで表面上だ。彼らほど、信頼を大切にしている人種は無い。臆病で狡猾なのだ。

「ここまでいったくれるんだぞ、ラゼル様は。悪いが今回の遠征については、必要なものは提供して欲しい」
 ドラガンは、薬品類の無償提供を強要した。
「わかりました。なんとかしましょう」商人たちはそう言うしか無かった。

「ノルドにも、かなり儲けさせている。協力してやってくれ!」
 それだけ言うと、ドラガンとラゼルは、副ギルド長室に上がっていった。

 話が違う。ラゼル一行との冒険では、確かに武器や薬をギルドに精算してもらい、荷運び人として高額な同行料ももらっているが、 ノルドからしたら特別多いものではない。何せ「仲介料」を取らない荷運び人だからだ。

「ノルド、助けてくれよ!」
 商人たちが甘えた声で話しかけてきた。なぜなら、商人が売るものの最大の仕入れ先は、ノルドだからだ。

「帰りましょう、ノルド!」話しかけていたのは、ギルドの端で姿を隠すように一部始終を見ていた、フィオナだった。
「ラゼル王子はいいのか?」
「ええ、冒険者の一斉探索に私たちは参加する義務は無い。それに疲れを取らないとね。それに……ここを早く離れましょう」

 ノルドは手を引っ張られて、逃げるように、冒険者ギルドを抜け出した。
「ちょっと相談させてくれ、ノルド」ギルドの者たちの声は、まるで亡霊の嘆きのように聞こえた。

 そして、誰もアレンのことを気に留めるものはいなかった。

 ――あれほど名を望まれた英雄の名を。
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