179 / 221
蠱惑の魔剣
緊急招集と大商談
しおりを挟む
翌日、冒険者ギルドの扉を押し開けた瞬間、ノルドは空気の異変に気づいた。
酒に酔った荷運び人の笑い声が響くのが日常のはずの広間は、妙な熱気とざわめきに包まれている。普段なら半分もいない荷運び人がほぼ全員集まり、冒険者たちもこぞって顔をそろえていた。
ここにいないのは、今まさにダンジョン探索中の者と、その同行荷運びくらいだろう。
「……何があったんです?」
ノルドは荷運び仲間に声をかける。
「ああ、緊急招集だってよ。ただ、俺たち荷運びには直接関係ないらしい」
「けどよ、休憩所設営の手伝いすりゃ飲み会に混ざれるんだと。しかも日当付きだぜ」
「馬鹿言え。冒険者なんぞと酒を酌み交わして楽しいか? どうせ俺たちを見下してる連中だ」
不満を吐き捨てた男が、壁のクエストボードを顎でしゃくる。
そこには一枚の紙──《緊急告知》だけが貼られており、他の依頼はすべて剥がされていた。
「……どういうことだ」
掲示を読み終えた冒険者たちが受付へと押し寄せていた。カウンターの向こうで応対するのは、ミミをはじめ数人の受付嬢。彼女たちは同じ説明を繰り返すばかりだ。
「島主様のご指示です。冒険者は全員、参加が義務付けられています」
「ダンジョンは封鎖されたんじゃないのか!」
「詳しいことは、副ギルド長ドラガンが島庁から戻り次第──」
必死の応対にもかかわらず、冒険者たちのざわめきは収まらない。
そんな中、ノルドに気づいた冒険者が駆け寄ってきた。
「ノルド! 昨日ダンジョンに潜ってただろ? 何か異常はなかったのか?」
「……いえ、特別なことはありませんでした」
「じゃあ何だ、この緊急クエストって? 低階層の魔物はマルカス様が掃討したばかりじゃないか」
冒険者たちは訝しげに顔を見合わせる。ノルドは答えを探すように視線を巡らせた。
だが、この場にいるはずの人物──まとめ役のアレンの姿が見当たらない。
「アレンか? あいつならまだ来てねぇぞ」
「こんな事態なのに? 誰かが呼びに行ってるはずだろ」
冒険者たちの間に小さな不安が広がる。アレンの家はギルドのすぐ近くだ。遅れる理由などない──そのことが、かえって胸にざらついた不安を残した。
張り紙の前が空いたのを見計らい、ノルドは歩み寄ろうとする。だがそのとき、カウンターの奥で商人たちが肩を寄せ合い、のんびり談笑しているのが目に入った。
「これじゃしばらく商売あがったりだな。──お、ノルド。昨日ダンジョン帰りだろ? 高く買い取るぜ!」
「いやいや、俺に先に声をかけろ!」
商人たちは一斉に手を伸ばす。ノルドとの取引は儲かるのだ。彼は鉱石の種類を間違えず、品質の等級まで正確に見抜く。もはや彼らよりも目利きが上だと評判だった。
「まったく、いつの間にか俺たちより知識を増やしやがって」
「まあ、誤魔化して儲けようって奴がいなくなった分、やりやすくはなったけどな」
カウンターには笑いが絶えない。緊迫した広間の空気とは対照的に、そこだけは温かい雰囲気があった。
「それはお互い様です」
ノルドが苦笑すると、商人の一人が茶化すように言った。
「ノルド、お前いい加減に手数料を取れよ。冒険者や俺たちから、がっつりな!」
「遠慮します。お金には困っていませんから」
「そういうとこだよなぁ。だから俺たちは、代わりにヴァル君に貢ぐしかないんだ!」
いつの間にか、小狼ヴァルの前には最高級の干し肉が積まれていた。
「こら、ヴァル。もらっちゃ駄目だって」
ノルドが叱っても、ヴァルはしらん顔で肉をかじっている。
「よし、じゃあ商人ギルドの部屋に行こう!」
「ちょうど今回の探索代表代理のフィオナさんとロッカさんが来たようだ。事情を聞きながら取引しよう」
この異様さを確かめるように、ギルドの入口からフィオナとロッカが姿を現し、ノルドに向かって手を振る。彼女たちの表情には、やはり不安が色濃く浮かんでいた。
「大商いの予感だな」
商人たちは一斉に「閉店」の札を掲げると、奥のアジトへと歩みだした。
「全員で行くんですか?」
「当たり前だ。ヴァル君に留守番を頼んだよ。それに、お前の持ち帰った量なら全員で相手するしかないだろ?」
「……ばれましたか。その通りです」
ノルドは微笑む。安く売る気も、高値をふっかける気もない。
※
「……ありえん量だな」
商人たちは、最初こそ競り合うように入札していたが、やがて顔色を失っていった。
「無理なら、グラシアスさんに頼みますけど?」
「ふざけるな、ノルド。ここはシシルナ島だ。俺たちだけで捌いてみせる」
フィオナとロッカは、こらえきれずに笑っていた。壁にもたれて商談を眺めるだけで、口を挟むことはないが――
数千万ゴールドになるんじゃ無いだろうか。この金額を超えたのは、東方旅団との最後の旅の時だけだ。
あの時は、シシルナ島の商人だけでは受けきれず、グラシアスに頼んで、精算して貰った。
表のギルドが騒ぎ出したのは、 ノルドたちの精算が何とか全て終了した後だった。
「ドラガンが戻ったようだな」商人が言った。
酒に酔った荷運び人の笑い声が響くのが日常のはずの広間は、妙な熱気とざわめきに包まれている。普段なら半分もいない荷運び人がほぼ全員集まり、冒険者たちもこぞって顔をそろえていた。
ここにいないのは、今まさにダンジョン探索中の者と、その同行荷運びくらいだろう。
「……何があったんです?」
ノルドは荷運び仲間に声をかける。
「ああ、緊急招集だってよ。ただ、俺たち荷運びには直接関係ないらしい」
「けどよ、休憩所設営の手伝いすりゃ飲み会に混ざれるんだと。しかも日当付きだぜ」
「馬鹿言え。冒険者なんぞと酒を酌み交わして楽しいか? どうせ俺たちを見下してる連中だ」
不満を吐き捨てた男が、壁のクエストボードを顎でしゃくる。
そこには一枚の紙──《緊急告知》だけが貼られており、他の依頼はすべて剥がされていた。
「……どういうことだ」
掲示を読み終えた冒険者たちが受付へと押し寄せていた。カウンターの向こうで応対するのは、ミミをはじめ数人の受付嬢。彼女たちは同じ説明を繰り返すばかりだ。
「島主様のご指示です。冒険者は全員、参加が義務付けられています」
「ダンジョンは封鎖されたんじゃないのか!」
「詳しいことは、副ギルド長ドラガンが島庁から戻り次第──」
必死の応対にもかかわらず、冒険者たちのざわめきは収まらない。
そんな中、ノルドに気づいた冒険者が駆け寄ってきた。
「ノルド! 昨日ダンジョンに潜ってただろ? 何か異常はなかったのか?」
「……いえ、特別なことはありませんでした」
「じゃあ何だ、この緊急クエストって? 低階層の魔物はマルカス様が掃討したばかりじゃないか」
冒険者たちは訝しげに顔を見合わせる。ノルドは答えを探すように視線を巡らせた。
だが、この場にいるはずの人物──まとめ役のアレンの姿が見当たらない。
「アレンか? あいつならまだ来てねぇぞ」
「こんな事態なのに? 誰かが呼びに行ってるはずだろ」
冒険者たちの間に小さな不安が広がる。アレンの家はギルドのすぐ近くだ。遅れる理由などない──そのことが、かえって胸にざらついた不安を残した。
張り紙の前が空いたのを見計らい、ノルドは歩み寄ろうとする。だがそのとき、カウンターの奥で商人たちが肩を寄せ合い、のんびり談笑しているのが目に入った。
「これじゃしばらく商売あがったりだな。──お、ノルド。昨日ダンジョン帰りだろ? 高く買い取るぜ!」
「いやいや、俺に先に声をかけろ!」
商人たちは一斉に手を伸ばす。ノルドとの取引は儲かるのだ。彼は鉱石の種類を間違えず、品質の等級まで正確に見抜く。もはや彼らよりも目利きが上だと評判だった。
「まったく、いつの間にか俺たちより知識を増やしやがって」
「まあ、誤魔化して儲けようって奴がいなくなった分、やりやすくはなったけどな」
カウンターには笑いが絶えない。緊迫した広間の空気とは対照的に、そこだけは温かい雰囲気があった。
「それはお互い様です」
ノルドが苦笑すると、商人の一人が茶化すように言った。
「ノルド、お前いい加減に手数料を取れよ。冒険者や俺たちから、がっつりな!」
「遠慮します。お金には困っていませんから」
「そういうとこだよなぁ。だから俺たちは、代わりにヴァル君に貢ぐしかないんだ!」
いつの間にか、小狼ヴァルの前には最高級の干し肉が積まれていた。
「こら、ヴァル。もらっちゃ駄目だって」
ノルドが叱っても、ヴァルはしらん顔で肉をかじっている。
「よし、じゃあ商人ギルドの部屋に行こう!」
「ちょうど今回の探索代表代理のフィオナさんとロッカさんが来たようだ。事情を聞きながら取引しよう」
この異様さを確かめるように、ギルドの入口からフィオナとロッカが姿を現し、ノルドに向かって手を振る。彼女たちの表情には、やはり不安が色濃く浮かんでいた。
「大商いの予感だな」
商人たちは一斉に「閉店」の札を掲げると、奥のアジトへと歩みだした。
「全員で行くんですか?」
「当たり前だ。ヴァル君に留守番を頼んだよ。それに、お前の持ち帰った量なら全員で相手するしかないだろ?」
「……ばれましたか。その通りです」
ノルドは微笑む。安く売る気も、高値をふっかける気もない。
※
「……ありえん量だな」
商人たちは、最初こそ競り合うように入札していたが、やがて顔色を失っていった。
「無理なら、グラシアスさんに頼みますけど?」
「ふざけるな、ノルド。ここはシシルナ島だ。俺たちだけで捌いてみせる」
フィオナとロッカは、こらえきれずに笑っていた。壁にもたれて商談を眺めるだけで、口を挟むことはないが――
数千万ゴールドになるんじゃ無いだろうか。この金額を超えたのは、東方旅団との最後の旅の時だけだ。
あの時は、シシルナ島の商人だけでは受けきれず、グラシアスに頼んで、精算して貰った。
表のギルドが騒ぎ出したのは、 ノルドたちの精算が何とか全て終了した後だった。
「ドラガンが戻ったようだな」商人が言った。
2
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる