完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
191 / 221
蠱惑の魔剣

アレン

しおりを挟む
 アレンが一人でふとダンジョンに潜ろうと思ったのは、冒険者ギルドが冒険者全員を招集する日の早朝だった。
「行かなくては」
 なぜそう思ったのか、自分でもわからない。冒険者ギルドの命令を無視してまで。

 探索に行きたくない日など、これまでいくらでもあった。仲間をダンジョンで失ったあの日も。自分も大怪我で死にかけたあの日も。悪夢が瞼の裏に張りつき、体をベッドに縛りつけることが何度もあった。だが今日、足は勝手に森へ向かっていた。

「シシルナ島のダンジョンほど、甘く見てはいけないところはない」
 炎が吹き出し、火の魔物が群れを成し、鉱石や宝石が採掘できる中級ダンジョン。表向きはそう呼ばれるが、実際は冒険者たちがその深淵を覗き、知り、恐れて逃げ帰る場所だった。

「そろそろ飽きたな」
「より上を目指そう!」
 そう嘯く冒険者たちは、決まって嘘つきだ。低階層ですら未踏の領域が山ほど残っているのに、見える範囲で少しだけ進み、自慢して、僅かな財宝を得て終わる——それが彼らの現実である。

 アレンはこの島の生まれではない。王国の片隅にある豊かな農村の出だ。
「いつかは冒険者になる」
 親はきちんとした教育を施してくれたが、アレンは野心に駆られて村を飛び出した。半島を下り、彷徨い、流れ着いたのがこの島だった。念願の冒険者にはなれた。だが、虚しさが残った。

「おれも、ダンジョンに取り込まれてしまうのか」

 そう思いながらも、アレンはソロで行く準備を進めていた。仲間はもういない。移住して去った者、引退した者、そしてダンジョンに消えた者——自分だけが取り残された。だからこそ彼は、新参の冒険者たちの案内人を進んで務めた。寂しさを紛らわすためかもしれない。だが、それを口にしたことは一度もなかった。

「あの天才が本気を出せば、このダンジョンの秘密すら暴くのだろうな……知りたかったな」

 アレンの言う「天才」とは、数年前に現れた狼人族の子、ノルドのことだ。狼を従え、隻眼で、足を引きずり、猫背だった少年は、いまや堂々たる青年に成長していた。彼が作る消化薬や奇跡的なポーション類は、シシルナ島の死者と負傷者を劇的に減らした。

「ああ、あの時に彼がいれば……彼女を救えたのに」

 アレンはダンジョンに消えた恋人を思い出す。明るく笑い、誰よりも先に歩み出す癖のあった彼女の声は、今も耳にやさしく残響している。だが彼女はもう戻らない。深きダンジョンは奪うばかりで、何ひとつ返してはくれなかった。

「あの男が来なければ、俺が雇いたかったな」

 ノルドの旅立ちが近いことを、アレンは肌で感じていた。荷運び人の仮面の下に隠された、冒険者としての本当の力を。だからこそアレンは、持ち金のすべてを彼に渡してでも頼もうと思っていたのだ。

「これ以上の成長は、俺にはないだろう。……最後の冒険を」

 言えなかった言葉を呟き、アレンは彼女と暮らした部屋を出た。



 アレンはダンジョンへ向かわず、ダンジョン町の大魔物の森へ足を運んだ。そして三本あるエルフツリーの最奥にあるカリスを目指した。

 この魔物の森の奥地は、グリムエイプの大群が生息する危険地帯だが、ノルドが大怪我をしながら撃退したという話を聞いていた。アレンは「たいしたものだ。俺は近寄らないように注意を促していただけだった」と呟く。ダンジョンに潜る前に、なぜかこの場所へ来なければならない気がしていたのだ。

 最奥のカリスは、昼なお暗い森の中で精霊の子が回っている場だった。アレンも何度かここを訪れている。だが、その日見たカリスの木は、どこか違って見えた。

「この木が、あの地下三階層、いやもっと下から生えているんだ。どれほど大きいんだ?」

 カリスの周りの芝生の一部だけが光り輝いているのが目に留まった。アレンは思わず触った。するとその一帯の地面が消え——アレンは地下へと落ちていった。

 一瞬、三階層に落ちたかと思ったが、さらに下へ引きずられるように落下した。闇に包まれながら、アレンは受け身を取って地面にぶつかる衝撃を和らげた。

「よかった。丈夫で安心したわ。でもそれくらいじゃないと、あの男に勝てないからね」

「誰だ?」アレンは暗視を使ったが、周囲に誰の姿もなかった。やがて、周囲がわずかに明るくなる。四階層以下の礼拝堂に似た作りだ。一つの鞄が転がり、中身が散乱している。食糧、予備の剣、ノルドから買ったらしいポーション類——。

「それで、何をすればいいんだ?」

「ええと……あの男、カリスを殺してほしい。それだけだ」

 ふふふ、と笑うような風が吹き、その声の主が答えた。

「なぜ俺に頼む?」

「あなたなら死んでも問題ないでしょ」

「はあ! 身勝手だな」

「違うわ。あなた、死にたがってるでしょ」

 本心を言い当てられ、アレンは驚いた。誰にも言われたことのない言葉だ。胸の内の空洞を誰かに見透かされたような羞恥と、どこか救われる気配が混ざる。

「だが、奴を殺す理由がわからない」

「ふざけるな! 純粋な善行でない者が言うのは許せない。お前の言葉は偽善だ! 奴がどれだけ害悪か知っているだろう?」

「ああ、そうだ。その通りだな」

「それなら、人の好きな利をあげるわ。彼女に会わせてあげる」

 ダンジョンに飲み込まれた彼女。それは生者ではないかもしれない。肉体は朽ち、骨だけか、あるいは魔物へと変わっているかもしれない——それでも、アレンの胸は震えた。

「わかった。契約をしよう!」

 その言葉とともに、冷たい印がアレンの手首に浮かび上がった。これから払うべき代償の重さが、同時に胸の底へと落ちてきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...