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蠱惑の魔剣
警備兵、任務完了
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フィオナの冒険者としての第一歩──レベルアップ訓練のため、一行はノルドの家の裏に広がる魔物の森を目指して出発した。
「サナトリウムの門前、警備隊がずらっと並んで封鎖してますよ」
客席の窓から外をのぞいたノルドが、肩越しに言う。
「それなら大丈夫。カリスさえここを出れば、封鎖は解除されるわ」
ブランナが自信満々に応じた。
御者台にはグラシアス商会の青年。客席にはカリス、ブランナ姉妹、セラ親子。フィオナは布を深くかぶり、緊張を隠すように小さく身をすくめている。
「私に任せて」
カリスが窓際で軽やかに笑った。まだ変質した体には完全には慣れていない。
手を動かすたび、自分の身体が自分のものでないような奇妙な違和感がよぎる。だが、かつての気力と覇気は徐々に戻りつつあった。
「止まれ! 誰も通すな!」
門を守っていた警備隊員たちが、馬車を取り囲んだ。
「カリスです」
窓を少し開け、彼女は柔らかな笑みを見せる。
「心配をかけましたね。すっかり元気になりました。これからラゼル王子のもとに戻ります」
一瞬、緊張が走る。だがすぐに警備隊員たちは歓声を上げた。
「おおおっ! 本当に元気だ!」
「やった、これで任務終了だ!」
「さぁ飲みに行くぞ!」
喜び方は尋常ではなかった。シシルナ島民は怠け者の性分を持ち、普段から働きたがらない。
だが、ただ突っ立っているだけの退屈な任務もまた大嫌いだ。つまり「楽したいのに暇は嫌」という矛盾した感覚を抱えているのである。
だからこそ、閉鎖任務が終わったと知るや否や、彼らは雷に打たれたかのように一斉に散っていった。
「こういうときだけは行動が早いな、シシルナ島民は」
ノルドが呆れ、
「ほんとね。さっきまで石像みたいに突っ立ってたのに」
セラが肩をすくめる。
そのやり取りに、馬車の中は笑い声で満ちた。
ほどなくして、二台目の馬車──カノン親子を乗せた馬車も門前に到着したが、そこにはもう誰一人警備兵はいなかった。
拍子抜けするほどあっさりと、すんなり通過していった。
こうして一行は森の入口の村、オルヴァ村へと向かって進み出す。
揺れる馬車の中で、セラが穏やかな声で言った。
「この森は奥が深い。最初は無理をせず、基本訓練から始めましょう」
「まずは飛び道具の練習からだな」ノルドも補足する。
しかし、フィオナの表情はこわばったままだった。窓の外に見える鬱蒼とした森は、まるで巨大な口を開けて彼女を飲み込もうとしているように見えた。
鼓動は早まり、手のひらは冷たく湿っていた。
「わ、私……大丈夫かな。魔物は怖いし、また、誰かを傷つけてしまう……」
か細い声でつぶやく。
脳裏に浮かぶのは、かつての探索で負った重傷の記憶。庇ったブランナは死の淵を歩いた。その痛みと恐怖が染みつき、今も心の奥底に影を落としていた。
「大丈夫よ。今度は私一人じゃないから」
ブランナが姉らしい優しい声で、そっと妹の肩に手を置いた。
その温もりに、フィオナは小さくうなずく。だが胸の奥にはまだ不安が残っている。
「ここはノルドの森。牙狼の森よ。安心して」
セラが笑顔で告げると、不思議と恐怖が和らいだ。
「……うん」
フィオナは小さく笑い返す。
やがて馬車はノルドの家に到着した。戸口からリコとサラが駆け出し、大きく手を振って迎える。
「帰ってきたわね……家の中、どうなっているのかしら」
セラが懐かしむように呟くと、
「お帰りなさい! もちろんピカピカにしてますよ、見てください!」
リコが勢いよく飛び出し、セラの腕を掴んで答えた。
最後にフィオナが馬車から降り立つ。
その姿を見たサラは、ぎょっと目を見開いた。
「あれ……フィオナが二人!?」
「ふふ、妹のフィオナよ。私はブランナ」
ブランナが楽しげに名乗る。
「はぁ? でも匂いが違うもん」
サラが鼻をひくつかせると、リコも同じ仕草をして顔を見合わせ、二人同時にくすくす笑った。
さらに、彼女たちはカリスに気づき、驚きの声を上げる。
「カリス、変わってる!」
「うん、サルサの匂いがする!」
犬人族の嗅覚はごまかせない。匂いという直感的な評価に、当のカリスは唇を吊り上げた。
「ふふ……それは後のお楽しみ」
※
それから、家の裏庭で、昔ノルドがセラからナイフの使い方を教わったように、今度はフィオナにセラが丁寧に手ほどきすることになった。
「私も習いたい!」と、リコやサラも目を輝かせてナイフを手に取り、練習に加わる。
「えー……もう、しょうがないな」ノルドは苦笑しながら、小屋から山のように積まれた罠を運び出した。
「手伝うよ。一度やってみたかったんだ」
ガブリエルが荷車の轅を握る。その横顔は少年のように嬉しそうで、ノルドも思わず笑みを返す。
こうして二人と一匹は罠の設置を引き受けることになった。
「僕がいなくなってから、魔兎も魔物も増えてる。下手したら絶滅させちゃうところだったから良かった」
「ノルドにかかればそうなるよね。ところでどこまで行くんだ?」
「僕の隠れ家があるんだ。その周辺に設置ポイントが残ってる」
ノルドの声には懐かしさが滲む。きっと、魔兎を狩るのもこれで最後になる――そんな予感が胸をよぎる。
「誰にでも、最初に覚えた森があるんだなね。でも、この森は……特別に感じる」
「精霊王の遺跡があるからかもしれない。いや、ビュアンが生まれた場所だからだろうね」
彼らは森の奥へと足を進め、散策を楽しみながら罠を仕掛けていった。
風が梢を鳴らし、葉のざわめきがまるで歓迎の歌のように響く。静かでありながら、確かに生きている森だった。
「サナトリウムの門前、警備隊がずらっと並んで封鎖してますよ」
客席の窓から外をのぞいたノルドが、肩越しに言う。
「それなら大丈夫。カリスさえここを出れば、封鎖は解除されるわ」
ブランナが自信満々に応じた。
御者台にはグラシアス商会の青年。客席にはカリス、ブランナ姉妹、セラ親子。フィオナは布を深くかぶり、緊張を隠すように小さく身をすくめている。
「私に任せて」
カリスが窓際で軽やかに笑った。まだ変質した体には完全には慣れていない。
手を動かすたび、自分の身体が自分のものでないような奇妙な違和感がよぎる。だが、かつての気力と覇気は徐々に戻りつつあった。
「止まれ! 誰も通すな!」
門を守っていた警備隊員たちが、馬車を取り囲んだ。
「カリスです」
窓を少し開け、彼女は柔らかな笑みを見せる。
「心配をかけましたね。すっかり元気になりました。これからラゼル王子のもとに戻ります」
一瞬、緊張が走る。だがすぐに警備隊員たちは歓声を上げた。
「おおおっ! 本当に元気だ!」
「やった、これで任務終了だ!」
「さぁ飲みに行くぞ!」
喜び方は尋常ではなかった。シシルナ島民は怠け者の性分を持ち、普段から働きたがらない。
だが、ただ突っ立っているだけの退屈な任務もまた大嫌いだ。つまり「楽したいのに暇は嫌」という矛盾した感覚を抱えているのである。
だからこそ、閉鎖任務が終わったと知るや否や、彼らは雷に打たれたかのように一斉に散っていった。
「こういうときだけは行動が早いな、シシルナ島民は」
ノルドが呆れ、
「ほんとね。さっきまで石像みたいに突っ立ってたのに」
セラが肩をすくめる。
そのやり取りに、馬車の中は笑い声で満ちた。
ほどなくして、二台目の馬車──カノン親子を乗せた馬車も門前に到着したが、そこにはもう誰一人警備兵はいなかった。
拍子抜けするほどあっさりと、すんなり通過していった。
こうして一行は森の入口の村、オルヴァ村へと向かって進み出す。
揺れる馬車の中で、セラが穏やかな声で言った。
「この森は奥が深い。最初は無理をせず、基本訓練から始めましょう」
「まずは飛び道具の練習からだな」ノルドも補足する。
しかし、フィオナの表情はこわばったままだった。窓の外に見える鬱蒼とした森は、まるで巨大な口を開けて彼女を飲み込もうとしているように見えた。
鼓動は早まり、手のひらは冷たく湿っていた。
「わ、私……大丈夫かな。魔物は怖いし、また、誰かを傷つけてしまう……」
か細い声でつぶやく。
脳裏に浮かぶのは、かつての探索で負った重傷の記憶。庇ったブランナは死の淵を歩いた。その痛みと恐怖が染みつき、今も心の奥底に影を落としていた。
「大丈夫よ。今度は私一人じゃないから」
ブランナが姉らしい優しい声で、そっと妹の肩に手を置いた。
その温もりに、フィオナは小さくうなずく。だが胸の奥にはまだ不安が残っている。
「ここはノルドの森。牙狼の森よ。安心して」
セラが笑顔で告げると、不思議と恐怖が和らいだ。
「……うん」
フィオナは小さく笑い返す。
やがて馬車はノルドの家に到着した。戸口からリコとサラが駆け出し、大きく手を振って迎える。
「帰ってきたわね……家の中、どうなっているのかしら」
セラが懐かしむように呟くと、
「お帰りなさい! もちろんピカピカにしてますよ、見てください!」
リコが勢いよく飛び出し、セラの腕を掴んで答えた。
最後にフィオナが馬車から降り立つ。
その姿を見たサラは、ぎょっと目を見開いた。
「あれ……フィオナが二人!?」
「ふふ、妹のフィオナよ。私はブランナ」
ブランナが楽しげに名乗る。
「はぁ? でも匂いが違うもん」
サラが鼻をひくつかせると、リコも同じ仕草をして顔を見合わせ、二人同時にくすくす笑った。
さらに、彼女たちはカリスに気づき、驚きの声を上げる。
「カリス、変わってる!」
「うん、サルサの匂いがする!」
犬人族の嗅覚はごまかせない。匂いという直感的な評価に、当のカリスは唇を吊り上げた。
「ふふ……それは後のお楽しみ」
※
それから、家の裏庭で、昔ノルドがセラからナイフの使い方を教わったように、今度はフィオナにセラが丁寧に手ほどきすることになった。
「私も習いたい!」と、リコやサラも目を輝かせてナイフを手に取り、練習に加わる。
「えー……もう、しょうがないな」ノルドは苦笑しながら、小屋から山のように積まれた罠を運び出した。
「手伝うよ。一度やってみたかったんだ」
ガブリエルが荷車の轅を握る。その横顔は少年のように嬉しそうで、ノルドも思わず笑みを返す。
こうして二人と一匹は罠の設置を引き受けることになった。
「僕がいなくなってから、魔兎も魔物も増えてる。下手したら絶滅させちゃうところだったから良かった」
「ノルドにかかればそうなるよね。ところでどこまで行くんだ?」
「僕の隠れ家があるんだ。その周辺に設置ポイントが残ってる」
ノルドの声には懐かしさが滲む。きっと、魔兎を狩るのもこれで最後になる――そんな予感が胸をよぎる。
「誰にでも、最初に覚えた森があるんだなね。でも、この森は……特別に感じる」
「精霊王の遺跡があるからかもしれない。いや、ビュアンが生まれた場所だからだろうね」
彼らは森の奥へと足を進め、散策を楽しみながら罠を仕掛けていった。
風が梢を鳴らし、葉のざわめきがまるで歓迎の歌のように響く。静かでありながら、確かに生きている森だった。
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