シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
131 / 238
蠱惑の魔剣

町の用心棒と支配者の気配

しおりを挟む
ミミの後をついて、俺とヴァルは冒険者ギルドへ向かっていた。
「……あれ? こっちから匂いが……」

 先日見た貴族の男の匂いが、町の高級な居酒屋のほうから漂ってくる。
「あ?」

 店の入り口で、ドラガンが仁王立ちしていた。
「入るぞ、ノルド」
「ここで打ち合わせですか? ヴァルは?」
「ああ。冒険者ギルドに任せると言って、奴はこの店に入っていった。押しかけるしかないな。悪いが、ヴァルは待っててくれ」

 ヴァルはその言葉に鼻をフンと鳴らし、ミミを誘うようにして裏手へとまわっていった。
 ヴァルは、ほとんどの飲食店に顔が利く、不思議な小狼だ。

 夜な夜な繁華街を歩き、ガラの悪い客や酔っ払いの冒険者を店の外へと引きずり出す。町の、言わば用心棒。

 居酒屋の店主たちは感謝を込めて、残り物の骨付きや焼き魚を彼に差し出すのがお約束になっている。

 たまに怪我をしてノルドのもとに戻ってくるが、大抵の場合、警備隊が駆けつける前に事は収まっているらしい。

 ギルドでは、こんなやりとりも日常茶飯事だ。
「──あの狼のせいで怪我をしたんだ!」
 怒鳴りながら、新参の冒険者が飛び込んでくる。
「すいません。ヴァル、本当かい?」

 ノルドが真剣に尋ねても、小狼は知らんぷりだ。
 その直後、常連の冒険者や荷運び人たちが口々に言う。

「どうせ、お前が飲み屋で暴れたんだろう」
「いや、酔ってただけだ! 今なら荷運び人と小狼なんて──」

 暴行を棚に上げて、ノルドに掴みかかろうとするその瞬間、ギルドにいたほぼ全員が立ち上がった。
「ノルド、俺はお前の味方だ。島主様にもよしなに!」

「俺も少年を守るぞ! だから今度、ダンジョン一緒に潜ってくれ!」
 新参者は、あまりにも異様な光景に呆然と立ち尽くす。

 その背中に、ドラガンの手がそっと置かれた。
「──やめとけ。命を落とすぞ」
 その一言で、男はようやく大人しくなった。
「あの子に手を出すと、ダンジョンに必要な消火薬が手に入らなくなるぞ。作ってるのは、あの子なんだからな」

 顔役の冒険者アレンに理由を言われて、黙り込んだ。
「ヴァル、暴れちゃだめだよ。ミミ、しっかり見ててね」

 新たな騒ぎが起きないことを祈りながら、ノルドはドラガンのあとに続き、高級居酒屋の階段を静かに登っていった。



「おお、やっと来たか! 待ってたぞ!」
 その男は、もちろんラゼル王子だ。
 だが、すでに机には料理と酒が並び、手がつけられていた。杯には注がれた酒が揺れ、濃い香りが空間を満たしている。

 そして、両脇には三人の女がいた。妖艶、愛嬌、清廉――三者三様、異なる気配と装い。
 ただそこにいるだけで空気がねじれるような、奇妙な緊張がノルドの皮膚を刺した。

 姿勢を正したつもりが、肩の奥にじわじわと熱が集まる。
「ははは、さすがラゼル様、お見通しでしたか? こちらが今回の荷運び人のノルドです」
 ドラガンが紹介する。

「荷運び人のノルドです。よろしくお願いします」
 ノルドは静かに頭を下げた。その瞬間、視線が絡みつく。

 鋭く、執拗で、じっとりと湿った熱のような感触。まるで品定めをするように、隅々まで舐め回すような眼差しが背中を這った。

 ノルドは反射的に息を殺し、その場に同化する。見えない糸で引かれ、絡め取られるような奇妙な圧力――この男は、言葉より先に、空気で支配してくる。

「なんだ、女じゃないのか」
 ラゼルは落胆したように言った。だがその表情は一瞬。すぐに目を細め、笑みを貼りつける。

 おそらく、女の荷運び人などほとんどいないことは理解しているのだ。それでも、落胆を見せること自体が、相手の価値を測る手段なのだろう。

 荷運び人――それ自体がレアスキルだが、女性となればさらに希少で、ダンジョンに潜らずとも重宝されている。つまり、現場にはまず来ない。

「まあいい。さっきギルドを覗いたが、他の荷運び人よりは使えそうだな」
「もちろんです。この島一の優秀な荷運び人ですよ」

「ははは、こんな少年がか……まあ、シシルナの荷運びは碌なのがいないとは聞いてる。盗みさえしなけりゃ構わん。お前、道案内は出来るんだろうな?」

「それは先ほどもお話ししましたが、荷運び人の仕事ではありません」
 ドラガンが淡々と答える。冒険者ギルドでも説明したばかりの話だ。

「そんな常識の話をしてるんじゃない。戦闘は我々がやる。ただの道案内だ。それも出来んのにシシルナ島では優秀と言うのか? 他ではやってくれたがな」

 ラゼルの言葉に、ドラガンは眉根を寄せ、口を開きかけて……だが結局、言葉を呑み込んだ。
「別に出来ないなら構いませんよ。ラゼル様、私が……」

 そう言ったのは、ラゼルの隣に座る、小柄で痩せた犬人族の少女。透き通るような声に、どこか甘えるような響きがある。彼にだけ向けられた愛嬌だ。

 おそらく、盗賊系のスキルを持っているのだろう。
「だがな、お前は優秀だが、地元の奴の方が道を知ってるだろう! お前を疲れさせたくない。……疲れさせるのは、別の場所でだ」

 笑いながらラゼルは少女の頭を撫で、そのまま持ち上げて膝の上に乗せた。少女の目がとろんと細まり、甘えたように身体を預ける。だがどこか嘘っぽい。

「ああ、紹介しないとな。こいつは盗賊のサラだ。俺から、ちょっとしたモノを盗もうとしてな。だから捕まえて、俺好みに躾けてやったのさ」
「ラゼル様っ……」

 サラは顔を赤らめてうつむいた。
「俺が宣言通りに制覇できん理由が、冒険者ギルドに協力的でない、いや、妨害すると言うのなら、それも仕方ない。島主のガレアが恥をかくだけだ」

 その言葉に、ノルドは目を細める。
 常人ならば、こういう物言いに心を動かされるのだろう。だが冒険者たちは違う。彼らは、「言葉の裏」を見ることに長けている。

 言葉で操ろうとすればするほど、信頼は逆に遠のく。

「そんなこと、島主様は気にしませんよ」
 ドラガンがきっぱりと答えた。その声は、静かだが揺るぎなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!

あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。 モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。 実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。 あらゆるモンスターへの深い知識。 様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。 自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。 降って湧いた凶悪な依頼の数々。 オースはこれを次々に解決する。 誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。 さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。 やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

処理中です...