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蠱惑の魔剣
穢れは水より来たり
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聖都に向かう前に、ノルドにはやるべきことがあった。
『ビブリコの発生源とその除去』である。
コレン村の近くを流れる湖を調査すれば、手がかりは見つかるはずだった。
「これは、ノルドの仕事じゃないと思うけど」
肩に座るビュアンが言う。
「そうなんだけど、このまま放っておくと大変なことになる」
ノルドは、小さな湖に流れ込む川へ白い布を浸した。すると、ある支流で、布は瞬く間に赤く染まった。
彼は地図に印をつけ、短く注記を書く。地図は、ジョゼから譲り受けたものだ。
「この川ね。ノルド、先を見てくる」
そう言って、リコは川沿いに上流へと駆けていった。しばらくして、切迫した叫び声が森に響く。
「ノルド、見つけた! 大変、大変!」
そこには、真っ赤に染まった“人の形”が転がっていた。数は、十を優に超える。
ノルドは近づき、特効薬を垂らした。じゅわっ、と音を立てて赤いものが溶け、その下から人の死体が現れる。
「リコ、騎士団長のアイラを呼んできてくれないか。
まだ近くにいるといいんだけど」
「はい、はーい」
付近に、強い魔物の気配はない。雪の残る冬の森は、不気味なほど静まり返っていた。
やがて、リコはアイラたちを連れて戻ってきた。
「……何だ、これは」
アイラの顔が引きつる。
「これが、ビブリコの発生源です。近づかないでください」
「お前は?」
「獣人族には、この魔物は効かないようです。確認は終わったので、排除しますね」
薄めた特効薬によって、赤い人形は次々と死体へと変わった。周囲の土にも薬を散布する。騎士団は距離を取り、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
「ごほっ……」
「う、うえ……」
惨状を前に、嘔吐する団員が続出する。
森の地面には、荷台の車輪の跡。死体には、縛られていた痕の残る綱。さらに、ビブリコが入っていたと思われる大きなガラス瓶が捨てられていた。
「これは殺人です。もし、村人が湖を利用することを知っていて行ったのなら……それもまた殺人です」
「身元を洗おう。その前に、神に祈らせてくれ」
アイラは騎士団員に、死体の外見や所持品、装飾品の記録を命じた。
「誰が、何の目的で……?」
「わかりません。ただ、強盗ではないことは明らかです。この遺体は、どうしますか?」
「遺族に見せるのも忍びない。国民に晒せば混乱を招く。ここで荼毘にふそう」
彼女は、淡々と準備を指示した。
「私も準備する」
簡易テントに入り、着替えを済ませて現れた彼女の姿は、騎士団長のがさつな印象とは正反対の、清楚な神官装束だった。団員たちは、一斉に首を垂れ、膝をつく。
「偉大なる神、エリスの御許へ還れ。
願いを果たせぬまま倒れた魂たちよ。
その死が、闇に呑まれることなきよう。
恐怖も、憎しみも、ここで終わらせよ。
安らぎを与え給え、エリスよ。
彼らが歩めなかった未来を、光で満たしたまえ」
その姿は、聖女ネフェルやアマリとは異なる。聖女ではなく――女神官としての祈りだった。現場での対応を終えたアイラは、落ち着いた足取りで聖教国の国都へ戻ろうとする。
「ノルド。あなたたちも、一緒に来てくれないか?」
「でも……」
「聖都へ行くんでしょう。通り道よ。いえ、ほとんど目の前。私では説明しきれない部分もあるから」
※
聖教国の国都は、聖王国の国都と大河を挟んで向かい合うように存在していた。 もとは一つの国だったという。しかし、聖女が現れなくなったことで分裂した。
神の代行者として聖女を待つ国と、神の教えを説く国。国土の大半は、聖教国に属している。
道中、リコとアイラはその歴史について語り合っていた。
「聖教国は、インチキ聖女が現れる前までは賑わっていたの。市民も多かった」
「でも、今はわりと静かね」
整然とした新しい街並みは、それでもこの国の豊かさを物語っている。
「ええ。聖女の側につくため、聖王国へ移住した市民がいたから」
「ふうん。でも聖王国民、とくに貧民からすれば、
私たちを切り捨てて独立した国よ。因果応報だわ!」
「大陸中の教会運営を担っているのは聖教国よ。それでも高位聖職者になれるのは一握り。教会方針を決めるのは、結局聖王国」
「でも、聖女が現れるまで、貧民を国都に入れなかったくせに!」
育った環境の違いが、二人の思想を分けていた。リコは口が悪いながらも淡々と語り、アイラは感情を隠さず、熱を帯びて反論する。
ノルドにとっては、正直どうでもいい話だった。
「アイラさんは、聖女ネフェルを見たことがあるの?」
「……噂なら。手品や猛獣使いだと」
「見たことないんだ。安心したよ。本気の彼女は……まあ、凄い」
ノルドとヴァル、リコは顔を見合わせて笑った。アイラは、首を傾げるだけだった。
※
「ビブリコには、不思議な特性があります。一つは寒さに強いこと。もう一つは、異常な繁殖力です。ジョゼ医師も認めています」
「つまり?」
「現場に、ビブリコを運んだ瓶が落ちていました。信じたくはありませんが……変異種を作ったか、培養した可能性があります」
ノルドの報告を受け、聖教国の指導部は頭を抱えた。
「それと、殺された者の身元が一部判明しました」
警備隊長が名を読み上げる。そこには、聖王国の司祭、聖教国の聖職者の名が並んでいた。指導部の顔から、血の気が引く。
「ここ数日、姿を見なかったが……」
「これは大規模な犯罪組織の犯行です。捜査本部を設置します」
聖教国建国以来の大事件だ。
「ああ、任せた」
「それでは、容疑者の洗い出しに入ります」
警備隊長の言葉にも、指導部は上の空だった。
「聖王国にも知らせねばならん……この時期に……」
「併合交渉の最中だというのに……」
「死んだ二人は、水面下での調整役だった」
「やっとだ……やっと聖女様が、我が国へ来てくださる約束を取り付けたのに……」
殺された者たちの“役割”を知り、衝撃を受けたのはノルドだけではなかった。
アイラもまた、言葉を失っていた。
『ビブリコの発生源とその除去』である。
コレン村の近くを流れる湖を調査すれば、手がかりは見つかるはずだった。
「これは、ノルドの仕事じゃないと思うけど」
肩に座るビュアンが言う。
「そうなんだけど、このまま放っておくと大変なことになる」
ノルドは、小さな湖に流れ込む川へ白い布を浸した。すると、ある支流で、布は瞬く間に赤く染まった。
彼は地図に印をつけ、短く注記を書く。地図は、ジョゼから譲り受けたものだ。
「この川ね。ノルド、先を見てくる」
そう言って、リコは川沿いに上流へと駆けていった。しばらくして、切迫した叫び声が森に響く。
「ノルド、見つけた! 大変、大変!」
そこには、真っ赤に染まった“人の形”が転がっていた。数は、十を優に超える。
ノルドは近づき、特効薬を垂らした。じゅわっ、と音を立てて赤いものが溶け、その下から人の死体が現れる。
「リコ、騎士団長のアイラを呼んできてくれないか。
まだ近くにいるといいんだけど」
「はい、はーい」
付近に、強い魔物の気配はない。雪の残る冬の森は、不気味なほど静まり返っていた。
やがて、リコはアイラたちを連れて戻ってきた。
「……何だ、これは」
アイラの顔が引きつる。
「これが、ビブリコの発生源です。近づかないでください」
「お前は?」
「獣人族には、この魔物は効かないようです。確認は終わったので、排除しますね」
薄めた特効薬によって、赤い人形は次々と死体へと変わった。周囲の土にも薬を散布する。騎士団は距離を取り、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
「ごほっ……」
「う、うえ……」
惨状を前に、嘔吐する団員が続出する。
森の地面には、荷台の車輪の跡。死体には、縛られていた痕の残る綱。さらに、ビブリコが入っていたと思われる大きなガラス瓶が捨てられていた。
「これは殺人です。もし、村人が湖を利用することを知っていて行ったのなら……それもまた殺人です」
「身元を洗おう。その前に、神に祈らせてくれ」
アイラは騎士団員に、死体の外見や所持品、装飾品の記録を命じた。
「誰が、何の目的で……?」
「わかりません。ただ、強盗ではないことは明らかです。この遺体は、どうしますか?」
「遺族に見せるのも忍びない。国民に晒せば混乱を招く。ここで荼毘にふそう」
彼女は、淡々と準備を指示した。
「私も準備する」
簡易テントに入り、着替えを済ませて現れた彼女の姿は、騎士団長のがさつな印象とは正反対の、清楚な神官装束だった。団員たちは、一斉に首を垂れ、膝をつく。
「偉大なる神、エリスの御許へ還れ。
願いを果たせぬまま倒れた魂たちよ。
その死が、闇に呑まれることなきよう。
恐怖も、憎しみも、ここで終わらせよ。
安らぎを与え給え、エリスよ。
彼らが歩めなかった未来を、光で満たしたまえ」
その姿は、聖女ネフェルやアマリとは異なる。聖女ではなく――女神官としての祈りだった。現場での対応を終えたアイラは、落ち着いた足取りで聖教国の国都へ戻ろうとする。
「ノルド。あなたたちも、一緒に来てくれないか?」
「でも……」
「聖都へ行くんでしょう。通り道よ。いえ、ほとんど目の前。私では説明しきれない部分もあるから」
※
聖教国の国都は、聖王国の国都と大河を挟んで向かい合うように存在していた。 もとは一つの国だったという。しかし、聖女が現れなくなったことで分裂した。
神の代行者として聖女を待つ国と、神の教えを説く国。国土の大半は、聖教国に属している。
道中、リコとアイラはその歴史について語り合っていた。
「聖教国は、インチキ聖女が現れる前までは賑わっていたの。市民も多かった」
「でも、今はわりと静かね」
整然とした新しい街並みは、それでもこの国の豊かさを物語っている。
「ええ。聖女の側につくため、聖王国へ移住した市民がいたから」
「ふうん。でも聖王国民、とくに貧民からすれば、
私たちを切り捨てて独立した国よ。因果応報だわ!」
「大陸中の教会運営を担っているのは聖教国よ。それでも高位聖職者になれるのは一握り。教会方針を決めるのは、結局聖王国」
「でも、聖女が現れるまで、貧民を国都に入れなかったくせに!」
育った環境の違いが、二人の思想を分けていた。リコは口が悪いながらも淡々と語り、アイラは感情を隠さず、熱を帯びて反論する。
ノルドにとっては、正直どうでもいい話だった。
「アイラさんは、聖女ネフェルを見たことがあるの?」
「……噂なら。手品や猛獣使いだと」
「見たことないんだ。安心したよ。本気の彼女は……まあ、凄い」
ノルドとヴァル、リコは顔を見合わせて笑った。アイラは、首を傾げるだけだった。
※
「ビブリコには、不思議な特性があります。一つは寒さに強いこと。もう一つは、異常な繁殖力です。ジョゼ医師も認めています」
「つまり?」
「現場に、ビブリコを運んだ瓶が落ちていました。信じたくはありませんが……変異種を作ったか、培養した可能性があります」
ノルドの報告を受け、聖教国の指導部は頭を抱えた。
「それと、殺された者の身元が一部判明しました」
警備隊長が名を読み上げる。そこには、聖王国の司祭、聖教国の聖職者の名が並んでいた。指導部の顔から、血の気が引く。
「ここ数日、姿を見なかったが……」
「これは大規模な犯罪組織の犯行です。捜査本部を設置します」
聖教国建国以来の大事件だ。
「ああ、任せた」
「それでは、容疑者の洗い出しに入ります」
警備隊長の言葉にも、指導部は上の空だった。
「聖王国にも知らせねばならん……この時期に……」
「併合交渉の最中だというのに……」
「死んだ二人は、水面下での調整役だった」
「やっとだ……やっと聖女様が、我が国へ来てくださる約束を取り付けたのに……」
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