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蠱惑の魔剣
聖女は死なない
しおりを挟む「くそっ、私は聖女の護衛はしないし、併合も認めん!」
指導部がぽろりと漏らした情報に、アイラは露骨に怒りをあらわにしていた。
ノルドたちは、「護衛など不要なほど強いし、そもそも彼女は国家間の思惑など気にもしていない」と内心では思っている。
「今頃になって来やがって!」
アイラの悪態は止まらない。
私を見たければ、川ひとつ越えてくればいいだけでしょう――と、ネフェルは心の中で肩をすくめた。訪問先を決めているのは、基本的に聖王国側だ。シシルナ島が例外なだけで。
「ビブリコを浴びたら、聖女はひとたまりもないだろうな。どう護衛すべきだ、ノルド?」
護衛はしないと言い切ったばかりなのに、矛盾した言葉を口にする。
「ああ、そういうことだったんですね」
ノルドは、ようやく彼女の本心に気づいた。
「それより、犯人を捕まえなければ始まりませんよ?」
ノルドは瓶に残った指紋を採取していた。容疑者の指紋を集め、照合する方法もすでに教えている。犯罪に慣れた暗殺者なら、まず指紋は残さない。つまり、相手は素人に近い。
「動機から考えて、身内が関わっている可能性が高い。今日会った指導部の中に、黒幕がいるでしょう。残念ですが」
「どうするのですか?」
「警備隊長は、仕事ができて信頼できる男です。聖職者や関係者全員に聞き込みをすると言って、指紋も採取しています」
警備隊長という役職名に、ノルドは昔のローカンを思い出し、失礼ながら小さく笑った。
「本当よ。信頼していいわ。レモンの匂いをつけて、泳がせるつもり。手伝ってくれるわよね?」
「もちろんです。獣人族でないと危険ですし、中級冒険者ですから」
「手伝いますよ。我が優秀な相棒が」
「ワオーン!」
警備隊員を囮にした“レモンの匂い作戦”。過去に一度会っている。成功への自信は十分だった。
「悪いわね、到着が遅くなって。宿は手配してあるから」
「ええ、お気になさらず。連絡も済んでいます」
「そう、よかった」
――連絡先が、聖王国の御用商人グラシアスだと聞かれなかったのは、本当によかった。
※
レモンの匂い。
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下男は仕事を終えると、人目を避けるように森の奥の小屋へ向かった。
距離を保ち、跡を追う。
「ヴァルやリコも、こちらに向かっているようです」
「じゃあ、隠れていよう」
ほどなく、他の容疑者も同じ小屋に入っていった。
一人は商人、もう一人は聖職者。
「あいつら……知ってるぞ。くそっ」
「アイラさん、会話を聞きます。静かに」
「ああ、すまん」
聞こえてきたのは、逃亡の相談だった。
「そんなこと、させるか!」
包囲を完成させ、一気に小屋へ突入する。
※
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「ワオーン!」
ヴァルは「俺のせいじゃない」と言わんばかりに姉妹のもとへ駆け寄る。
リコは無言でノルドの背後に隠れた。
「着いたよ!」
ノルドはおどけてみせる。
「迎えに来たの!」
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「ノルドがまだだから、アマリがうるさくて来たの」
姉のネフェルは、散歩の延長のような口ぶりだ。
「頼まれごとは済みました。行けますよ。遅くなってごめんね、アマリ」
ノルドがセラの髪飾りを取り出して付けると、アマリの機嫌は即座に直った。
「アマリ、わかりやすすぎ。もっと困らせないと」
リコの一言に、場が和やかな笑いに包まれる。
そのとき、肩をいからせたアイラがどかどかと現れた。
「ノルド、ありがとう。……あ、お客さんか?」
ネフェルもアマリも、お忍びの村娘姿だ。アイラは特に気に留めない。
「ええ。聖王国からのお迎えです」
「それはすまない。私はアイラ、聖騎士隊長だ。協力してもらった礼に、簡単に報告をさせてほしい。コレン村近くでビブリコを使った殺人は、村を全滅させる計画だったと自白した」
「なぜですか?」
「村長が、聖王国との併合に前向きだった。見せしめだ」
ネフェルは素知らぬ顔をしていたが、一瞬だけ顔色が変わったのを、ノルドは見逃さなかった。
「それと、ビブリコの瓶を押収した。最終手段は、偽の聖女暗殺だったらしい。ここにある、確認してほしい」
「聖女って……ネフェルのこと?」
名乗らず、ネフェルは尋ねた。
「ああ。お前、聖王国民だろ? 見たことないのか?」
「見たこと? ないわ」
「ちびっ子、お前は?」
アイラはアマリを見る。
「毎日見てるわ」
「毎日? どうせ不細工な肖像画だろ」
小馬鹿にしたその瞬間、ネフェルはビブリコの瓶へ歩み寄り、蓋を開けた。
「おい、何をする! 死ぬぞ!」
「これ、ただの魔物でしょう? ノルド?」
「はい。人族には危険な魔物です。その瓶には、数えきれないほど――」
ネフェルは躊躇なく、瓶の中へ手を差し入れた。
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