シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

旅の終わりは、次の旅を

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「お姉ちゃん、何してるの?」

 呆れた顔をするしかないアマリ。

「おい、やめろ!」

 アイラが叫ぶ。
 だが、ネフェルが手を入れた瞬間、真っ赤な液体は音もなく溶け落ちた。

「近頃、覚えたの。すごいでしょ。まあ、体に入っても同じよ」

 それは単なる毒耐性ではない。
 触れるだけで魔物を殺す、異常な術だった。

 ヴァルは怯え、部屋の隅へと逃げ込む。

「大丈夫よ、ヴァル。おいで」

 呼ばれて、いやいやながら近づく。

「……薬を作るのが、ばからしくなりますよ」

 ノルドは深く溜息をついた。

「ううん。私は一人しかいないもの。それより――聖教国の指導部って人たちに、会えないかしら?」

「今は全員出席の、大事なミサの最中で……」

 現実に戻ったアイラが、思わず予定を口にする。

「それは都合がいいわね。ヴァル、道案内して?」

 いつにも増して従順になったヴァルの背にネフェルが乗り、駆け出した。

 ノルドは、ネフェルの内側に渦巻く怒りを感じ取る。
 慌てて、その後を追った。

 ――聖教国の中央に建つ、新しいカテドラル。

 殺された者たちを弔う、大規模なミサが行われていた。

 厳粛な空気を切り裂くように、ヴァルが突入する。
 講壇に立つ聖教国最高指導者・バズへ向かって、一目散に走った。

「警備隊、何をしている!」

 居並ぶ聖職者たちが怒鳴る。
 まさかのテロかと、場に緊張が走った。

 駆けつけたアイラが止めに入ろうとした瞬間、ノルドとリコが彼女を羽交い締めにする。

「何をする、ノルド!」

「誰も、傷つけませんよ」

「だが、無礼だろう!」

「それは……彼女、いつものことなので」

 バズが壇上から逃げると、代わりに狼の背に乗った村娘が講壇に立った。

 顔を覆っていたスカーフが、はらりと落ちる。

「誰か、引きずり下ろせ!」

「いや、待て! 待て!」

 彼女の顔を見て、聖女を知る者たちが叫んだ。

「聖女ネフェル様だ……!」

「突然でごめんなさい。非業の死を遂げた方がいると聞いて、弔いに来ました」

 透き通る声が広がり、安堵と感謝が場を満たす。

 間近にいた最高指導者が両膝をつき、手を合わせ、首を垂れた。
 波が打つように、皆が同じ姿勢を取る。
 ――ネフェルの神威が、そうさせたのだ。

「……聖女だったんだ……」

 アイラは腰が抜けたように、その場にしゃがみ込んだ。

 そこへ呼び出された警備隊長が、兵を率いて到着する。
 乱入者が聖女とは思いもよらず、彼は待機を命じ、成り行きを見守った。

 聖女は、静かに言葉を続ける。

「ですが、この場の空気は澱んでいます。どうしてでしょう?
 皆、自分の犯した罪を思い浮かべなさい」

 沈黙が流れる。

 やがて、彼女が手を挙げた。
 それは、いつもの祝福の光とは明らかに違っていた。

『断罪の光』

 その光に、ノルドの肌がチリチリと痛み、顔をしかめる。
 アイラも同じだ。
 だが、リコとアマリは平然としている。

「ノルド、大丈夫?」

 アマリが尋ねる。

「ああ、少し痛むけど平気だ」

「ふうん。きっと、私を待たせた罰ね。アイラさんは、姉さんの悪口も言ったし」

 ――言いたかったのは、それだろう。

 その場にいる全員が、何かしらの痛みを訴えていた。
 特に数人は地に伏し、のたうち回っている。警備兵も例外ではない。

 やがて、光が消えた。

「聖女様……これは……?」

 困惑した表情で、バズが尋ねる。

「原罪よ。あなたがそれほどでなくて、安心したわ。
 普段は、ここまで強くしないけれど……
 人を導く立場のあなたたちには、理解してほしかったの」

「いえ、むしろ感謝いたします。深く心に刻みました。
 ですが、異常に苦しんでいる者たちは……過剰反応を?」

「いいえ。そこに倒れている数人は、大罪を犯したの。
 この場にふさわしくない。意味、わかるでしょう?」

「警備兵! この者たちを捕えろ!」

 彼らを連れ出した後、ミサは再開された。
 最後にネフェルが祝福を降らせ、式は閉じられる。

 アイラと同じように、彼女の奇蹟を初めて目にした者も多かった。

「ああ……聖女様……」

 女聖騎士は涙を流し、それを見つめていた。

 ノルドは、思わず吹き出しそうになる。



「政治的なことは求めないで。ルカにでも尋ねて」

「は、はい。失礼しました」

 最高指導者は大人しく引き下がる。
 そうだ。聖女は、王ではない。

「バズ、商店街の修道女のパンケーキ、美味しかったわ。また食べに来るわね」

「ありがとうございます。そういった場所にも、力を入れねば……」

「ええ。そうすれば、私だけじゃなくて、川向こうからも人が遊びに来るわ」

 渡し船に、全員で乗り込む。
 岸では、アイラや警備隊員が並んで手を振っていた。

 川を行き交う船が、波を立てる。
 短い船旅だが、ここには塩の香りはない。

「ねえ、ネフェル。断罪の光って、何だったんだ?」

 ノルドが、ずっと気になっていたことを尋ねる。

「ああ、あれ? ただの自己暗示よ。
 わしが言うと思い込むみたい」

 ネフェルは、したり顔で答えた。

「それより、グラシアスたちが歓迎会の準備をしてるわ」

 短い船旅は、すぐに終わる。

「わーい。懐かしいな、聖都!」

 リコは尻尾を振った。

 船を降りる。

 ノルドたちは、ようやく聖都へと辿り着いた。

「楽しい旅だったね。でも、聖都楽しみ!」

 ビュアンの声が聞こえる。

「うん!」

 ――彼らの旅は、まだ始まったばかりだ。
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