シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
220 / 238
蠱惑の魔剣

シシルナ島の春風

しおりを挟む
 シシルナ島に、春が訪れた。
 冬の間、眠っていた草木が一斉に芽吹き、港にはやわらかな陽光が射している。波は穏やかで、定期船の白い航跡が、島に新しい季節の始まりを告げていた。

 島全体が、長い眠りから静かに目を覚ましたかのようだった。
「おっはよー」

 明るい声とともに島を駆け抜けていくのは、配達屋のサラだ。
 島の誰もがその声を聞けば一日の始まりを実感する。

 その声は、目覚まし時計よりも正確で、そしてずっと温かい。
 彼女は配達の仕事のほか、ヴァレンシア孤児院でリコの代わりに働くこともある。孤児たちにとっては、姉のようでもあった。

 叱るよりも先に笑い、困っていれば黙って手を貸す。そんな存在だった。
 丘を降り、まず向かうのは港町にある赤い郵便局。

 島の外から定期船で運ばれてきた郵便や荷物が、ここに集まる。
 手紙一通、箱一つが、島の外の世界とつながっている証だった。

「おはようございます!」
 元気よく挨拶を返したのは、シシルナ島新聞の子供たちだ。

 この郵便局では、局員のリコを中心に、彼らや島中の路線馬車の御者までもが兼任で働いている。人手不足を工夫で補うのが、この島のやり方だった。

 肩書きよりも顔なじみが優先される、そんな島だ。
 貴重品の配達は、サラの担当だった。
 足が速く、犬人族らしい勘があり、何より信用がある。

 この島で「信用がある」というのは、何よりも重い評価だった。

「お願いしますね」
 郵便局長が机の上の荷物を指さす。
「あいよー。これは……サナトリウム行きですね」

 思わず、尻尾がぱたぱたと揺れる。そこが今日の楽しみだということを、隠す気もない。
 サラは大きなリュックに荷物を詰め込むと、勢いよく駆け出した。
 島の側道は細く曲がりくねっているが、彼女の足取りに迷いはない。

 何軒か配達を終え、最後に向かうのがサナトリウムだ。
 そこは仕事であり、息抜きであり、少しだけ特別な場所だった。

 顔なじみの門を抜けると、まずセラの姿を探す。
 丘の上に建つ歴史的な建物と庭の緑は、島の喧騒と隔絶した静かで穏やかな空気をまとっている。

 ここでは、時間の流れさえ少し遅く感じられた。
「セラ、ノルドから荷物だよ!」
 セラはキッチンで、お菓子を焼いていた。甘い香りが、庭まで流れてくる。
 その匂いだけで、訪れる者の肩の力が抜けてしまう。

「そう、ちょっと待ってて!」
「はい、はーい!」
 配送の順番を最後にしたのは、ここで少しゆっくりするためだ。

 もちろん、セラもそれを承知している。
 言葉にしなくても通じ合う距離が、二人の間にはあった。

「こっちで食べましょう。荷物は後でいいわ!」
 庭のテーブルに並べられたのは、セラの手料理だった。
 シシルナ島風のパスタと、冷たいジュース。海の幸と野菜を活かした、島らしい献立だ。

「お肉ばかりじゃ、体に良くないからね」
 そう言いながらも、イワシやメカジキがしっかり入っている。
 栄養と味、その両方を忘れないのがセラだった。

「わーい。おいしそう」
 その食事会を嗅ぎつけた英雄たちとサルサが、次々と集まってくる。
 静かな庭が、一気に賑やかになる。
 笑い声が増えるほど、春の気配も濃くなっていった。

「えー、なくなっちゃう」
「ふふふ。サラの分とは別だから、安心しなさい」

「良かった」
 心底ほっとした声に、皆の笑いが広がった。
 こうした何気ない一幕が、彼らにとっての「守るべき日常」だった。

 食事を終えると、お待ちかねの荷物の開封だ。
 ノルドの荷物には、長い手紙が添えられていた。

 紙には、彼の几帳面な字がびっしりと並んでいる。
 一文字一文字に、彼の性格がにじんでいた。

 シシル島を発ってから聖王国に到着するまでの出来事が、彼らしい丁寧さで細かく記されていた。
 サン=マリエル公国でのローカンの結婚式、魔物退治。
 ピサリオン村の斜塔での大蜘蛛退治。
 コレン村でのビブリコ除去。
 どれもが、実はただの旅ではない。

 だが、それを誇る言葉は一切なかった。
「教えてくれ!」
 暇を持て余していた英雄たちにとっては、格好の暇つぶしの物語だ。

 サラはセラの許可をもらい、手紙を読み上げる。
 セラは微笑み、サルサは感心した様子で耳を傾けていた。

「そんな高い顕微鏡を欲しがるなんて……もう」
 セラは呆れたように言うが、ノルドをそんな風に育てたのは誰だったか。

 その場にいた全員が、心の中で同じことを思っていた。
「セラ、そんなに高くないよ。グラシアスにもアルカナ精密工房にも話は通しておく。それより、荷物は何なんだい?」

「はーい。それじゃ、開けますよー」
 サルサには、ビブリコの研究結果とサンプル。
「まあ、そんなことだと思ったよ。だが、歴史に名を刻まぬことを選ぶとは……」

 だが、ノルドがそれだけの存在でないことを知っているみんなは、何も言わなかった。言葉よりも、理解が先にあった。

 セラには、ハイエルフの作る糸だった。
「これは貴重なものだな」
 英雄たちは目を見張ったが、「糸の編み方は、書いておきます リコ」というメモを見つけ、大笑いした。

「料理の才能はあるが、裁縫の才能はないらしい」
「あやつらしい!」

 春の光の下、笑い声が庭に溶けていく。
 だが、これだけの手紙でも、セラやサルサ、英雄たちの目には別のものも見えている。

 魔物の生息圏の変化、人工的に作られた魔物、それを仕掛けた者の存在。
「ノルドが、導かれて旅立った本当の理由かもしれないな」

「大丈夫でしょうか?」
「お前の育てた牙狼の王が、きっとこの大陸を救うだろうさ」

旅立った彼らを遠くから見守る者たちの姿がここにあった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!

あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。 モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。 実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。 あらゆるモンスターへの深い知識。 様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。 自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。 降って湧いた凶悪な依頼の数々。 オースはこれを次々に解決する。 誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。 さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。 やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

転生したら鎧だった〜リビングアーマーになったけど弱すぎるので、ダンジョンをさまよってパーツを集め最強を目指します

三門鉄狼
ファンタジー
目覚めると、リビングアーマーだった。 身体は鎧、中身はなし。しかもレベルは1で超弱い。 そんな状態でダンジョンに迷い込んでしまったから、なんとか生き残らないと! これは、いつか英雄になるかもしれない、さまよう鎧の冒険譚。 ※小説家になろう、カクヨム、待ラノ、ノベルアップ+、NOVEL DAYS、ラノベストリート、アルファポリス、ノベリズムで掲載しています。

処理中です...