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最終章 牙狼の王
ネフェルの足跡
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「天井近くに、風穴があるわ。ほら、お前たち、隠れてないで働きなさい!」
ビュアンが鋭く指示を出すと、精霊の子たちはおどおどしながらも、姿を現した。
淡い光の粒が、アマリの周囲をくるくると回る。彼女の身体から滲む、甘く澄んだ魔力を吸い取っているのだ。
やがて満足したのか、精霊の子たちの光が安定するのを見て、ビュアンは顎を上げた。
「さあ、見てきて!」
声に応えるように、精霊の子たちは一斉に光を点滅させ、天井へ向かって飛んでいく。
ノルドはその様子を見上げながら、このダンジョンの空気の薄さを改めて意識していた。音はある。風もある。だが、生き物の気配だけが決定的に欠けている。
やがて、精霊の子たちは天井に穿たれた無数の横穴の中、その一点で動きを止めた。
「あそこで、何か見つけたみたい。どうする?」
「高いな……見に行こうか」
「私がみんな運んであげるわ。ほっとくとノルドが、アマリとべたべたしすぎるから」
ビュアンがからかうように言うと、ノルドとアマリは同時に耳まで赤くなった。
「助かるよ、ビュアン。お礼はする」
「ええ、楽しみにしてるわ」
ビュアンは風の魔術を操り、全員の身体を柔らかく包み上げる。
ふわりと浮かび上がる感覚に、リコは声を弾ませた。
「わーい、空を飛んでるみたい!」
一方でヴァルは足をすくませ、無言のまま身体を硬直させている。
ノルドはそんな様子を横目で確認しつつ、精霊の子たちが集まっている穴の前に降り立った。
数人が立って歩けるほどの大きさの穴。
そこからは絶えず風が流れ込み、低く唸るような音を立てている。
――これが、さっきまで滝の音にかき消されていたのか。
ノルドは理解した。同時に、胸の奥に広がる違和感を抑えきれない。
「こんなダンジョンもあるんだな……」
だが、下級の魔物すらほとんど見当たらない。罠も、瘴気も、警戒すべき動きもない。
息をしていない。
そんな感覚が、ノルドの背筋を静かに撫でた。
このダンジョンは――死んでいる。
――あるいは。
ネフェルによって、すでに討伐された後なのか。
「扉がある」
先行していたリコとヴァルが、足を止めて告げた。
石壁に不自然なほど整然とはめ込まれた扉。
その前だけ、風が渦を巻くように舞い上がり、さらに上へと流れていく。
刻まれた文様は古く、それでいて摩耗がない。
まるで、時間だけがここを避けて通ったかのようだった。
ヴァルの喉が、無意識に鳴る。
「……同じだ」
「え?」
「シシルナ島にあったダンジョンの休憩所の扉。聖職者でないと開かない、巡礼者の扉と……同じデザインだ」
アマリは扉を見つめ、そっと息を呑んだ。
「じゃあ……私が」
彼女が扉に手をかけた瞬間、文様が淡く光を放つ。
光は拒絶ではなく、歓迎するように広がり、やがて静かに扉が開いた。
閉じ込められていたはずの、澱んだ空気の匂いはない。
扉の向こうは、広間だった。
「……お姉ちゃんの足跡だ」
土埃の積もった床に、はっきりと残る人の足跡。
ノルドの胸に、確信が落ちる。
ネフェルは、確実にここに来ている。
「あれは……何かしら?」
リコが、広間の中央に近づいた。
そこにあったのは祭壇ではない。
灰になった根を地面に張り巡らせた、枯れた植物。
その中心に――割れた水晶核が鎮座していた。
割れ目は乱暴に砕かれたものではなく、内側から引き裂かれたように歪んでいる。
亀裂の奥から、かすかに禍々しい光が脈打つように漏れていた。
「本で読んだことがある……ダンジョンコアじゃないかな」
ノルドの声は、自然と低くなる。
ネフェルは、これを壊しに来た。
そこまでは間違いない。
だが――
「本に書いてある水晶の色と違うな……何だろう?」
「これも、持って帰ったらどうかしら」
ノルドは少しだけ躊躇い、それから割れた水晶核をスライム製の袋に包み、慎重に収納した。
触れた瞬間、微かな鼓動のようなものを感じた気がしたが、口には出さなかった。
「……帰ろう」
誰も反対しなかった。
ノルドは振り返り、もう一度だけ広間を見渡す。
このダンジョンは、本当に死んでいるのか。
それとも――死にきれず、何かを待っているのか。
割れた核は、袋の中で、静かに光を残していた。
※
狭いダンジョンの出口を抜けた瞬間、空気が変わった。
ひんやりとした地下の湿気から一転、森の匂いと緊張が混じった気配が肌を刺す。
「……囲まれてるわ」
リコが低く呟く。
「だな」
ノルドもすでに気づいていた。
森の木々、その影。その一つひとつに潜む気配。数は――少なく見積もっても数十人。
敵意はある。だが、殺気は薄い。様子見、といったところか。
ノルドは一歩前に出ると、腹の底から声を張り上げた。
「我らは、聖女ネフェルの妹――アマリ様の一行だ! 何の用だ、姿を現せ!」
ざわり、と森が揺れた。
次の瞬間、木陰から一人の男が姿を現した。
ビュアンが鋭く指示を出すと、精霊の子たちはおどおどしながらも、姿を現した。
淡い光の粒が、アマリの周囲をくるくると回る。彼女の身体から滲む、甘く澄んだ魔力を吸い取っているのだ。
やがて満足したのか、精霊の子たちの光が安定するのを見て、ビュアンは顎を上げた。
「さあ、見てきて!」
声に応えるように、精霊の子たちは一斉に光を点滅させ、天井へ向かって飛んでいく。
ノルドはその様子を見上げながら、このダンジョンの空気の薄さを改めて意識していた。音はある。風もある。だが、生き物の気配だけが決定的に欠けている。
やがて、精霊の子たちは天井に穿たれた無数の横穴の中、その一点で動きを止めた。
「あそこで、何か見つけたみたい。どうする?」
「高いな……見に行こうか」
「私がみんな運んであげるわ。ほっとくとノルドが、アマリとべたべたしすぎるから」
ビュアンがからかうように言うと、ノルドとアマリは同時に耳まで赤くなった。
「助かるよ、ビュアン。お礼はする」
「ええ、楽しみにしてるわ」
ビュアンは風の魔術を操り、全員の身体を柔らかく包み上げる。
ふわりと浮かび上がる感覚に、リコは声を弾ませた。
「わーい、空を飛んでるみたい!」
一方でヴァルは足をすくませ、無言のまま身体を硬直させている。
ノルドはそんな様子を横目で確認しつつ、精霊の子たちが集まっている穴の前に降り立った。
数人が立って歩けるほどの大きさの穴。
そこからは絶えず風が流れ込み、低く唸るような音を立てている。
――これが、さっきまで滝の音にかき消されていたのか。
ノルドは理解した。同時に、胸の奥に広がる違和感を抑えきれない。
「こんなダンジョンもあるんだな……」
だが、下級の魔物すらほとんど見当たらない。罠も、瘴気も、警戒すべき動きもない。
息をしていない。
そんな感覚が、ノルドの背筋を静かに撫でた。
このダンジョンは――死んでいる。
――あるいは。
ネフェルによって、すでに討伐された後なのか。
「扉がある」
先行していたリコとヴァルが、足を止めて告げた。
石壁に不自然なほど整然とはめ込まれた扉。
その前だけ、風が渦を巻くように舞い上がり、さらに上へと流れていく。
刻まれた文様は古く、それでいて摩耗がない。
まるで、時間だけがここを避けて通ったかのようだった。
ヴァルの喉が、無意識に鳴る。
「……同じだ」
「え?」
「シシルナ島にあったダンジョンの休憩所の扉。聖職者でないと開かない、巡礼者の扉と……同じデザインだ」
アマリは扉を見つめ、そっと息を呑んだ。
「じゃあ……私が」
彼女が扉に手をかけた瞬間、文様が淡く光を放つ。
光は拒絶ではなく、歓迎するように広がり、やがて静かに扉が開いた。
閉じ込められていたはずの、澱んだ空気の匂いはない。
扉の向こうは、広間だった。
「……お姉ちゃんの足跡だ」
土埃の積もった床に、はっきりと残る人の足跡。
ノルドの胸に、確信が落ちる。
ネフェルは、確実にここに来ている。
「あれは……何かしら?」
リコが、広間の中央に近づいた。
そこにあったのは祭壇ではない。
灰になった根を地面に張り巡らせた、枯れた植物。
その中心に――割れた水晶核が鎮座していた。
割れ目は乱暴に砕かれたものではなく、内側から引き裂かれたように歪んでいる。
亀裂の奥から、かすかに禍々しい光が脈打つように漏れていた。
「本で読んだことがある……ダンジョンコアじゃないかな」
ノルドの声は、自然と低くなる。
ネフェルは、これを壊しに来た。
そこまでは間違いない。
だが――
「本に書いてある水晶の色と違うな……何だろう?」
「これも、持って帰ったらどうかしら」
ノルドは少しだけ躊躇い、それから割れた水晶核をスライム製の袋に包み、慎重に収納した。
触れた瞬間、微かな鼓動のようなものを感じた気がしたが、口には出さなかった。
「……帰ろう」
誰も反対しなかった。
ノルドは振り返り、もう一度だけ広間を見渡す。
このダンジョンは、本当に死んでいるのか。
それとも――死にきれず、何かを待っているのか。
割れた核は、袋の中で、静かに光を残していた。
※
狭いダンジョンの出口を抜けた瞬間、空気が変わった。
ひんやりとした地下の湿気から一転、森の匂いと緊張が混じった気配が肌を刺す。
「……囲まれてるわ」
リコが低く呟く。
「だな」
ノルドもすでに気づいていた。
森の木々、その影。その一つひとつに潜む気配。数は――少なく見積もっても数十人。
敵意はある。だが、殺気は薄い。様子見、といったところか。
ノルドは一歩前に出ると、腹の底から声を張り上げた。
「我らは、聖女ネフェルの妹――アマリ様の一行だ! 何の用だ、姿を現せ!」
ざわり、と森が揺れた。
次の瞬間、木陰から一人の男が姿を現した。
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