シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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最終章 牙狼の王

奇跡の名を借りて

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正体を明かしたあと、ノルドは彼らと互いの過去を語り合った。
夜は深く、静寂を破るのは、時折遠くで響く魔物の鳴き声だけだった。

「目立たぬように。嫉妬を買わないように」
それは選択というより、生き延びるための掟だった。

狼人族の流浪の生活と、この村で置かれている立場を聞き、ノルドは胸の奥に重いものを覚えた。
息を吐いても、その重さは消えなかった。
それは彼自身の過ちではない。

だが、原因が自分の一族――王族たちにあることを、否定できなかった。
彼が生まれた時から起きた事件が、今も誰かの人生を縛っている。

逃げ延びてきたのは、かつて母を慕い、その背を追っていた者たちだ。
さらに、ノルドが語った、セラから聞いた逃亡生活の話を聞き、狼人族たちは皆、涙をした。

「セラ様、病なのですね?」
「ああ、だけど大陸一の医師が診てくれている」
「会いたい。一言、苦労を労いたい」
それは、英雄に向ける言葉だった。

大切な妃の息子、王子を守り続けた者に向けられた、静かな賛辞。
ノルドはそれが嬉しくて、同時に胸が痛んだ。
気がつけば、朝になっていた。

夜露を含んだ空気が、村を薄く包んでいる。
「村に支援をしたいんだが、構わないか? リコ」
「ええ。何を出すか、決めましょう」
常識外れな彼のことだ。

リコは一瞬だけ溜息をつき、それから帳簿を取り出し、淡々と話し合いを始めた。
その慣れた仕草が、彼女がどれほど多くの“無茶”を処理してきたかを物語っている。

「決まった。村長、この村に支援をさせてもらう」
事態を見守っていた村長に、ノルドはそう告げた。
村長は一拍遅れて、首を振る。
「聖妹様の従者の方から、物を頂くわけには参りません」

「いえ。これは狼人族を護ってくれた獣人仲間への、個人的な支援です。私の正体については……」
「もちろん、承知しております」
事情を知るノルドは、狼人族だけに物資を渡すのは拙いと判断していた。

善意は、向け方を誤れば争いを生む。
それを彼は、身をもって知っていた。
「それでは、ここに出す」
物資の中身と量に、村長と狼人族たちは目を見開いた。

言葉より先に、呼吸が止まる。
「やりすぎちゃったみたい……へへへ」
リコが苦笑いした。
大森林の奥、ここでは手に入らない香辛料や小麦、米。

生活を変えてしまうほどの量が、惜しげもなく積まれている。
心配性のノルドは、食料ひとつとっても、ありえないほど在庫を抱える。

彼にとって「足りない」は恐怖で、「余る」は安心だった。
「それと、病人を集めてくれ。俺は医師ではないが、薬師だ。薬を調合して渡そう。もちろん、金は取らない」

「じゃあ、私が助手をするわ」
眠たそうな目のアマリがそう言うと、場の空気がふっと和らいだ。
「そんな……聖妹様が」

村長は驚きながらも、診察できる家を用意した。
その背中は、嬉しさを隠しきれていなかった。
「本当に、病人だけにしてくれ!」
「いや、村長、本当に足が痛いんじゃ」
押し寄せる村人たちと役職者たちが言い争いを始める。

喜びと混乱が、同時に溢れていた。
「喧嘩しないでください。全員診ますよ。それじゃ始めます」
受付をリコが捌き、ノルドが即座に処方する。
迷いはなく、手は止まらない。

流れ作業のようで――それでも、効きすぎた。
「……お大事に」
アマリが薬を渡すたび、村人たちの顔から痛みが消えていく。
驚きと感謝が、追いつかない。

深く頭を下げられるたび、アマリは少しだけ視線を逸らした。
それに慣れていないのだと、ノルドには分かった。
昼近くまでかかった。
「リコ、アマリ。ありがとう」

「ううん……でも疲れたぁ」
「あれ、ヴァルは?」
「外で、子供たちと遊んでるよ」

そう言われて、ノルドは家の外へ目を向けた。
村の道では、狼人族の子供と、他の獣人族の子供たちが入り混じって、走り回り遊んでいた。耳の形も、姿も尻尾の色も違う。けれど、誰も気にしていない。

ヴァルが、その輪の中心に立って、鬼をやらされていた。
その後、一行は狼人族の長屋を訪れた。
遠慮して来なかった分、彼らの身体は傷だらけだった。

古傷。治りきらない裂傷。無理を重ねた痕。
「……どうして、ここまで」
思わず、声が荒れた。若い狼人族の男が、一歩前に出た。

血の匂いが残る腕を隠すこともせず、静かに笑う。
「誇りですよ」
ノルドは言葉を失った。
「俺たちは、前に立つ役目を与えられています。強いから。速いから……死ににくいから」

それは、言い訳ではなかった。ただの事実だった。
「狩りでは、先頭に立つのが役目ですから」
「勇敢であることが、求められています」
違う。それでは、狼人族だけが消耗していく。

「こんな……」
怒りが、胸を突き上げた。
「ノルド様」
「落ち着いてください」
「今は……仕方がないのです」

宥める声が重なる。彼らは怒らない術を知っていた。怒っても、何も変わらないことを。ノルドもわかっているはずだったのに。

「命さえ奪う見えない格差と軽視」 それは彼が最も嫌うものだったからだ。
力を振るうだけでは、彼らを守れない。必要なのは、村長たちと話をつけること。

「……すまない」
ノルドは深く息を吸い、声を抑えた。
「これを飲んで」
ポーションを渡す。

傷は瞬く間に塞がり、痛みが消えた。
「う、嘘だ……古傷だぞ」
「……奇跡だ」
一瞬の沈黙が落ちる。

ざわめく青年たちの間に、リコが即座に割って入った。
「いい? これは聖妹様の奇跡ってことにして」
「どうしてですか? ノルド王のお力なのに……」
「効果がありすぎるからよ」

アマリは小さく頷いた。
「私の奇跡で悪いけど……これも、彼を護るためなの」
誰も、異を唱えなかった。

狼の魔術師の所業についても、詳細に聞き出した。
その夜、一行は獣人族の村を後にした。
物資を得た村は、浮かれた空気を帯びていた。

ノルドは、村長や代表者たちに、獣人族の待遇改善をそれとなく頼んだ。
「それじゃ、また近いうちに来る」
「必ず、お待ちしています」

手を振りながら、ノルドは思う。今日の支援は、正しかったのか。

そして一行は、シシルナ島へ向かった。母セラと、聖女ネフェルの元へ。
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