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最終章 牙狼の王
新たなる聖地
しおりを挟む「わーい、やっと着いたぁ!」
一台の馬車が止まるや否や、元気な犬人族の少女が飛び降りた。砂煙を巻き上げながら一直線に駆け、リコを見つけると、そのまま勢いよく飛び掛かる。
「サラ⁇ 何しに来たの⁇」
「もちろん、応援だよ、応援。私たちはノルドに助けられたんだから、恩を返しにね!」
振り向けば、フィオナとブランナの姉妹が少し遅れて歩いてくる。
森での作業を切り上げて急いできたのだろう。マントの裾には湿った土と枯れ葉がこびりついていた。
「危険だよ!」
思わず声が強くなる。
「わかってる。でも、ノルドがいれば大丈夫!」
屈託のない即答。
そうなんだけど、とリコは言葉を飲み込む。
台詞を取られ、不満げに唇を尖らせる。
けれど、気の合う二人の尻尾は正直だった。ぶんぶんと景気よく揺れ、まるで止まる理由を知らないようだ。
馬車の御者台から、ゆっくりと一人の男が降りてくる。
マルカスだった。
無精髭に、落ち窪んだ目。長い旅路の過酷さが、その顔に刻み込まれている。シシルナ島から情報収集に出て、その足でここまで来たのだろう。まともに休んでいないことは、一目でわかった。
「一人なら気楽だが、こいつらが集まるとうるさくてたまらん」
「そんなことありませんよ。話し相手をしてあげていたのに」
客車から荷物を持って降りてきたのはカリスだ。だが、荷の重さを感じさせない歩き方だった。
「お疲れ様でした」
ノルドが差し出した蜂蜜酒を、マルカスは瓶ごと受け取る。
喉が鳴る。
ごくり、ごくりと、静まりかけた野営地にやけに大きく響いた。
飲み干すと、荒く息を吐く。
「少し休ませてもらう」
「はい、テントを用意しますね。彼女たちと一緒がいいです?」
「ふざけるな、ノルド。棺桶でゆっくり寝させてくれ。だが、俺の仕事は軍医の予定だ。こき使っていいぞ!」
その言葉に、周囲の空気がわずかに緩む。
一流の医師であるマルカスが来てくれた。
それだけで、違う。
何が起きるかわからない戦場。
遠くで風が唸る。張り詰めた天幕の布が、小さく震えた。
気づけば、ノルドは拳を握りしめていた。
ゆっくりと指を開く。
――頼れる人がいる。
それだけで、胸の奥に絡みついていた緊張が、ほんの少しだけほどけた。
「途中、多くの軍と……民兵というか、民衆を追い抜いてきたぞ」
マルカスの声が、少しだけ重くなる。
「そうですか? 作戦通りですね。峠の下にある村に大きなテント村を作るつもりなんです。ガブリエルとレクシオン侯爵が手筈を整えています」
「じゃあ、食糧と宿舎は大丈夫なんだな?」
「ええ、想定内です。ガレアさんにも多額の資金を出してもらいました。他にも……」
それは、ノルドがこれまで積み重ねてきたものへの報いだった。
寄付という形で、各地から静かに送られてきた――信頼の証である。
※
峠の下にある村。それは、寂れた農村だった。
だが今は、多くのテントが並び、色とりどりの旗がはためいている。それは、大陸各地から派遣された国軍だけでない。
「民兵は、断っていたのですが……やはり来てしまったのですね」
ノルドは小さく息を吐く。もはや、小さな町になるほどの人数だ。
毎日、この地に辿り着いて来る人々。鍋の煮える匂いと、打ち鳴らされる鉄槌の音が混じり合っている。
共和国と王国の優秀な後方支援部隊、グラシアス商会員と雇った職人たち、それと聖教国の聖職者たちが総出で対応に当たっている。そのため、大きな混乱は起きていない。
「教会だけは、優先して完成させろ!」
「わかってる。建材待ちだ。設計は完成してる」
「じゃあ、上下水道を整備する」
必要なことややるべきことを、計画的に進めていく彼ら。
「グラシアスさんが、新しい町を作るって言ってましたが、冗談では無かったようです」
「ははは、やることがでかいな。将来の儲けを考えた初期投資なんじゃないのか? お前に賭けたんだな」
領主をしていたこともあるマルカスが笑った。
「でも、今までは街道にある過疎の村ですよ」
「ああ、ここが聖地になり、あの国が経済的に豊かになれば変わるだろうさ」
「必ず、そうします」
ノルドの目が鋭く光った。そこには、もはや怯えた少年の姿は無かった。
※
それから数日。
「聖妹様が、出陣された」
人の移動よりも噂は早く広がった。全て作戦通りだ。
彼女が到着する前に、小さな村に美しい教会が出来た。白壁は朝日に照らされ、まるで最初からここに在ったかのように佇んでいる。
「アマリの安全を考えて、峠の門を閉じ無いのか?」
「まだです。彼女の安全は僕たちが守ります」
これだけの大陸中の人の前で凶行に及ぶ。その可能性も十分に考えられる。
だが、このテント村に入り込んでいる獣王国の密偵たちは、リコとサラたちに監視をさせている。
彼らは、この村の状況を逐一、獣王国へ伝えているようだ。行き来する行商によって、さらに獣人族に広がるだろう。
追い詰められているはずの獣王国から、釈明も何もない。
逆に、「獣王国が徴兵を始めた」という情報がもたらされた。
だが、民衆の思いに反する行動は、愚策だ。
「戦争をすることで、狂気に落とそうというのか?」
風が強くなる。
「だが、そうはならないよ」
ノルドは不敵に微笑んだ。
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