1 / 238
シシルナ島
しおりを挟むノルドは、自由都市国家連合の一つである古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。
彼の生まれた場所は定かではない。母セラと二人きりで暮らし、彼は一人っ子だった。
背は低く猫背で、顔立ちはどこか歪み、不格好なうえ、不気味な印象を与える。隻眼で、残った片方の瞳は深い青色をたたえていた。
両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痕があり、髪が薄く、顔立ちは醜かった。彼女はいつもスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶は、冷たい風が吹く船のデッキで、母セラにしっかりと抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
まだ安定して歩くことができなかったノルドを、セラは心配していた。
成長が遅れているのではないかと案じていたが、不思議なことに、彼は言葉を発するのは同じ年頃の子どもたちよりも少し早かった。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
その言葉を聞いた瞬間、セラの目には涙が溢れた。幼い我が子のその一言が、何よりも彼女に安堵を与えたのだった。
この子と一緒なら、どこへ行ってもきっと大丈夫――そんな確信が彼女の胸に広がり、溢れる涙となって頬を伝った。
暗く広がる海の向こうに浮かぶシシルナ島。その背後から、希望の光のように、朝日がゆっくりと昇りはじめていた。
※
シシルナ島には二つの大きな町と多くの村があり、気候は一年を通じて温暖だが、四季のうち春と秋は短く、冬には大雨が続く。
セラ親子は、初めは、転々と島の中を移動していたが、やがて、魔物の森の近くの寂れた村外れの平屋の廃屋を買い取り、屋内だけを改修し住むことにした。
腕の立つ寡黙な大工が、これならもっと良い場所に、新築を建てた方が良いと口を開いたが、セラは断った。
建物は目立たず、何より森の近くであれば、いざという時に逃げ込めるからだ。セラは森の中は既に調べ尽くしていた。
ノルドの二番目に古い記憶は、家の裏庭で小さな石を的に投げて遊んでいたときのことだった。
「上手よ、ノルド」と、振り返った先にいる母が笑顔で声をかけてくれたのが誇らしくて、ノルドは胸を張り、何度も石を投げ続けた。その笑顔は今でも心の奥に淡く浮かんでいる。
母のセラは裁縫の仕事で生計を立てていた。大陸から来る商人が布や糸を運び、セラが仕立てた服を回収していき、その代わりにわずかな金銭や食料、生活必需品を置いていった。
町や村に出かけることはほとんどなく、家での日々が続いていた。
商人が置いていく品の中には、本や筆記用具も含まれており、セラはそれらを使ってノルドに文字や言葉を教えた。
学校で学ぶべきことも先に教えていったが、ノルドは嫌がらず真剣に向き合った。
ノルドは特に読書が好きで、一度本を開くと夢中になり、時間を忘れるほどだった。
セラは「そろそろ本を閉じなさい」と声をかけても、なかなか閉じさせるのに苦労した。
昼過ぎ、「おやつを作ったから一緒に食べましょう!」とセラが声をかけると、ノルドは名残惜しそうに本を閉じて立ち上がり、母のもとへ駆け寄った。
夜、セラが「もう今日は寝る時間よ」と言いながら本を取り上げると、ノルドはしぶしぶ布団に潜り込み、「じゃあ、寝るから本読んで」とねだった。
特に牙狼族の女王の伝記や英雄譚はノルドのお気に入りで、セラは何度も繰り返し読み聞かせた。
ノルドはその声に耳を傾け、安らかな表情で眠りについた。セラはその寝顔にそっと手を伸ばし「おやすみ」と心の中でつぶやいた。
そんな日々が続いていた。
※
そして、ノルドは学校に通う年齢を迎えた。
この世界では、どの国、どの地域でも教育に力を入れている。誰でも無料で教育を受けられる。
それは、教育が大人になる時のレアリティ抽選や、大人になる速度に影響を与えると信じられているからだ。もちろん、この島でも同様の対応が取られていた。
ノルドが住む村や、近隣の子どもたちが大人になるまで学ぶ場所。それが、近くにあるひときわ立派な建物だった。
それは、ノルドにとって外の世界と初めて触れ合う大きな出来事だった。
静かな日々を母セラと過ごしてきた彼にとって、学校にはさまざまな家庭の子どもたちが集まり、その活気に少し戸惑いを覚えた。
セラに手を引かれて教室に入ると、その瞬間、教室の中の子どもたちが一斉にこちらを見た。先生はまだ来ていない。
「おいおい!片目で片足引きずってるぞ!」
「へんな服着てる!」
「黒づくめのお化け老婆がいる!」
教室のリーダー格の男の子が騒ぎ出し、取り巻きがそれに続いた。
ノルドは驚いた。
それまでセラ以外とは数人の大人としか話すことがなく、このような態度を取られたことがなかったからだ。
(何故、この人たちは他人を馬鹿にするのだろうか?)
ノルドの心は混乱した。
(自分の体の障害や服装、セラの外見が彼らに何かしたのだろうか?)
不愉快というよりも、全く意味がわからなかった。
下を向いていた顔をセラに向けて、ちらりと盗み見た。
「顔を前に向けて、挨拶をしなさい、ノルド」セラの声には、厳しさと優しさが混じっていた。
「ノ、ノ、ノルドです」彼は真っ赤な顔をして震えながら言った。それが精一杯だった。
「なんだって?」教室の中で、また騒ぎが広がる。
「言葉なのか、聞こえないよ魔女の子供!」教室内で笑い声が上がる。
そのとき、調子に乗った子分の一人がノルドに向かって木の短剣を投げた。
「ばんっ!」
木の短剣はノルドに当たりそうになったが、ものすごい勢いで天井に当たり、木っ端微塵となった。
教室は突然静まり返った。セラの手刀によるものだった。
「もし、ノルドが傷ついたらどうなるか、わかるわね?」
セラは黒いスカーフの下から冷徹に一言だけ笑いながら言った。
その時、教室に年老いた男の教師が現れた。
「セラ様、わざわざご来校ありがとうございます。ノルド君、挨拶は済んだかい?」
「はい」ノルドは、やっと落ち着いて答えた。こうして、学校生活が始まった。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
23
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。
木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。
しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。
さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。
聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。
しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。
それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。
だがその後、王国は大きく傾くことになった。
フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。
さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。
これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。
しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。
異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆
八神 凪
ファンタジー
日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。
そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。
しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。
高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。
確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。
だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。
まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。
――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。
先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。
そして女性は信じられないことを口にする。
ここはあなたの居た世界ではない、と――
かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。
そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。
転生したら鎧だった〜リビングアーマーになったけど弱すぎるので、ダンジョンをさまよってパーツを集め最強を目指します
三門鉄狼
ファンタジー
目覚めると、リビングアーマーだった。
身体は鎧、中身はなし。しかもレベルは1で超弱い。
そんな状態でダンジョンに迷い込んでしまったから、なんとか生き残らないと!
これは、いつか英雄になるかもしれない、さまよう鎧の冒険譚。
※小説家になろう、カクヨム、待ラノ、ノベルアップ+、NOVEL DAYS、ラノベストリート、アルファポリス、ノベリズムで掲載しています。
クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる