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サナトリウム、再び
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シシルナ島最大の祭り、冬の祝祭は、一週間続く。
シシルナ島の祭りの三日目、偽物保湿クリームの被害者がぱたりと姿を消したのは、この小さな町ならではの噂の早さゆえだった。
二日間の混乱を経て、ノルドたちは全ての被害者を治療し終え、ようやく一息つけるようになった。
四日目になると、ヴァレンシア孤児院の本物の保湿クリームが評判を呼び、倉庫に積まれていた在庫が全て売り切れた。その勢いは町中の話題になるほどだった。
「ノルド、お疲れ様。本当に助かったわ」
リコが満面の笑みでノルドに感謝の言葉を伝える一方で、ふと困った顔を見せた。
「でも、次はお菓子を売らないといけないの……」
垂れた尻尾がリコの本音を物語る。それでも、すぐに小さな笑顔を浮かべる彼女に、ノルドは肩の力を抜いた。
「大変だね。でも冬休みになったら、泊まりにおいでよ」
「うん、そうする。これ、セラ母さんに」
リコはメグミたちと作ったお菓子の詰め合わせを差し出した。それを受け取るノルドの隣で、ヴァルは鼻先でリュックをつつきながら、どこかつまらなさそうにしている。
だが、ノルドにはわかっていた。祭りの間中、ヴァルがあちこちの屋台を巡り、何かしら食べ物をもらい歩いていたことを。
「まったく、君は食いしん坊だね。でもちゃんとお返しをしないと」
そう言って、ノルドはヴァルのリュックに『蜂蜜飴』の小箱を詰め込んだ。
「これを配るんだよ。わかった?」
「ワオーン!」
嬉しそうに尻尾を振るヴァルは、一目散にまた出店のある通りへと向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、ノルドは肩をすくめて笑みを浮かべた。
「まったく、祝祭を一番楽しんでるのは君じゃないか」
※
祝祭の賑やかな雰囲気。しかしノルドはどうにも馴染めず、静かにその場を離れた。
「そうだ、サナトリウムに遊びに行こう!」
満腹になって戻ってきたヴァルを連れ、サナトリウムのある丘を目指す。途中、ノルドははっと気づいた。
「でも、困ったな。アマリに何もプレゼントが無いじゃないか」
「ワオーン」ヴァルがリュックを指し示す。
「何だこれは?」
リュックの中には、ヴァルが興味を持たなかった豪華そうなチョコレートが入っていた。
「これと、リコにもらったお菓子をお裾分けしよう」
丘を登り、サナトリウムの門番に訪問を告げると、すぐに門が開く。
「問題ありません。お通りください」
サナトリウムの玄関では、アマリが元気に出迎えてくれた。ヴァルはその姿を見るなり駆け出していく。
「風邪ひいちゃうよ。中で待っててくれたら良かったのに」
「噂に聞いた腕の立つ薬師さんだもん。大丈夫よ!」
サナトリウムのリビングで、二人のお茶会が始まる。話の中心は偽物クリーム事件のことだ。
「それで、それで……」とアマリは目を輝かせながら聞き入る。
「私も手伝いしたかったなぁ」
「次の機会に手伝ってくれればいいよ」
「うん」アマリの答えは、少し暗かった。
「ところで、ネフェルさんはどこ?」
「お姉ちゃんなら用事で出掛けたの。もうすぐお別れだよ」
「寂しくなるね」
「でもね、次の春にはお姉ちゃんが迎えに来るんだって!だから、それまでに私も強くなるって決めたんだ」
「病気は大丈夫なの?」
「うん、サルサ先生の治療のおかげ。それに……」アマリは少し俯き、力強く続けた。「姉さんに心配をかけたくないから、強くなりたいの」
「ワオーン」ヴァルが協力を約束する。「わかった」ノルドも頷いた。
しんみりとした空気を破るように、悪戯好きの老人三英雄が現れる。
「丁度よかった。遥か東の国のゲームでな、四人じゃないと面白くないのだ。やろう!」
「ルールは簡単じゃ。この牌というのをだな……」
「そうそう、これが点棒といってな……」
全然簡単ではないゲームのルールに戸惑いながらも、ノルドは老人たちとゲームを始めることになった。思いのほか熱中してしまい、結果的にはノルドの大勝ち。
「勝ち逃げはダメだ、もう半荘!」
アマリはその様子を見ながら眠そうな顔をしており、メイドが寝かしつけに来る。
「じゃあ、ノルド。またね!」執事に背負われ、アマリは部屋へ戻っていった。
ゲームは夜遅くまで続き、ヴァルはノルドの伝言を母親に届けるため、一足先に帰ることになった。
「ワオーン!」退屈から解放されて嬉しそうに、駆け出して行った。
深夜になってネフェルが帰宅する。珍しく疲れた様子だ。
「あ、ノルドだ!何してるの?」
「ゲームをして……」
「おじさん達、いじめちゃダメよ、ほどほどにね。じゃあ、ノルド、アマリが待ってるからまたね!」
まともに会話もできず、ネフェルはそのまま部屋へ向かった。
元英雄の老人たちは眠そうなのに勝つまでやめようとせず、ゲームは深夜に突入する。ノルドは、牙狼族、夜中になる程、目や頭が冴える。
執事達も、世話を焼きながら、ゲーム観戦をしている。彼らの間でチップが‘やり取りされているようだが……
「もう一回じゃ」
「こやつ、ドラゴンよりも手強いぞ」
「悪魔の手先か!」
最終局面。ノルドは最下位だったが、手は役満。勝利目前だったその時――
「おい!何してんの?」
早朝の散歩に降りてきたサルサ医師に見つかり、ようやくゲームは終了。勝利はふいになったが、解放された。
「ノルド、またな!」
逃げ足の早い老人たちはすぐに姿を消した。
サルサ医師と庭を歩きながら、ノルドは薬や呪いについての話をする。わからなかったことが解決し、有意義な時間だった。母を苦しめる呪い……
「そうだ、セラが体調を崩したら連れておいで」
その言葉だけが、ノルドの心に深く残った。
シシルナ島の祭りの三日目、偽物保湿クリームの被害者がぱたりと姿を消したのは、この小さな町ならではの噂の早さゆえだった。
二日間の混乱を経て、ノルドたちは全ての被害者を治療し終え、ようやく一息つけるようになった。
四日目になると、ヴァレンシア孤児院の本物の保湿クリームが評判を呼び、倉庫に積まれていた在庫が全て売り切れた。その勢いは町中の話題になるほどだった。
「ノルド、お疲れ様。本当に助かったわ」
リコが満面の笑みでノルドに感謝の言葉を伝える一方で、ふと困った顔を見せた。
「でも、次はお菓子を売らないといけないの……」
垂れた尻尾がリコの本音を物語る。それでも、すぐに小さな笑顔を浮かべる彼女に、ノルドは肩の力を抜いた。
「大変だね。でも冬休みになったら、泊まりにおいでよ」
「うん、そうする。これ、セラ母さんに」
リコはメグミたちと作ったお菓子の詰め合わせを差し出した。それを受け取るノルドの隣で、ヴァルは鼻先でリュックをつつきながら、どこかつまらなさそうにしている。
だが、ノルドにはわかっていた。祭りの間中、ヴァルがあちこちの屋台を巡り、何かしら食べ物をもらい歩いていたことを。
「まったく、君は食いしん坊だね。でもちゃんとお返しをしないと」
そう言って、ノルドはヴァルのリュックに『蜂蜜飴』の小箱を詰め込んだ。
「これを配るんだよ。わかった?」
「ワオーン!」
嬉しそうに尻尾を振るヴァルは、一目散にまた出店のある通りへと向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、ノルドは肩をすくめて笑みを浮かべた。
「まったく、祝祭を一番楽しんでるのは君じゃないか」
※
祝祭の賑やかな雰囲気。しかしノルドはどうにも馴染めず、静かにその場を離れた。
「そうだ、サナトリウムに遊びに行こう!」
満腹になって戻ってきたヴァルを連れ、サナトリウムのある丘を目指す。途中、ノルドははっと気づいた。
「でも、困ったな。アマリに何もプレゼントが無いじゃないか」
「ワオーン」ヴァルがリュックを指し示す。
「何だこれは?」
リュックの中には、ヴァルが興味を持たなかった豪華そうなチョコレートが入っていた。
「これと、リコにもらったお菓子をお裾分けしよう」
丘を登り、サナトリウムの門番に訪問を告げると、すぐに門が開く。
「問題ありません。お通りください」
サナトリウムの玄関では、アマリが元気に出迎えてくれた。ヴァルはその姿を見るなり駆け出していく。
「風邪ひいちゃうよ。中で待っててくれたら良かったのに」
「噂に聞いた腕の立つ薬師さんだもん。大丈夫よ!」
サナトリウムのリビングで、二人のお茶会が始まる。話の中心は偽物クリーム事件のことだ。
「それで、それで……」とアマリは目を輝かせながら聞き入る。
「私も手伝いしたかったなぁ」
「次の機会に手伝ってくれればいいよ」
「うん」アマリの答えは、少し暗かった。
「ところで、ネフェルさんはどこ?」
「お姉ちゃんなら用事で出掛けたの。もうすぐお別れだよ」
「寂しくなるね」
「でもね、次の春にはお姉ちゃんが迎えに来るんだって!だから、それまでに私も強くなるって決めたんだ」
「病気は大丈夫なの?」
「うん、サルサ先生の治療のおかげ。それに……」アマリは少し俯き、力強く続けた。「姉さんに心配をかけたくないから、強くなりたいの」
「ワオーン」ヴァルが協力を約束する。「わかった」ノルドも頷いた。
しんみりとした空気を破るように、悪戯好きの老人三英雄が現れる。
「丁度よかった。遥か東の国のゲームでな、四人じゃないと面白くないのだ。やろう!」
「ルールは簡単じゃ。この牌というのをだな……」
「そうそう、これが点棒といってな……」
全然簡単ではないゲームのルールに戸惑いながらも、ノルドは老人たちとゲームを始めることになった。思いのほか熱中してしまい、結果的にはノルドの大勝ち。
「勝ち逃げはダメだ、もう半荘!」
アマリはその様子を見ながら眠そうな顔をしており、メイドが寝かしつけに来る。
「じゃあ、ノルド。またね!」執事に背負われ、アマリは部屋へ戻っていった。
ゲームは夜遅くまで続き、ヴァルはノルドの伝言を母親に届けるため、一足先に帰ることになった。
「ワオーン!」退屈から解放されて嬉しそうに、駆け出して行った。
深夜になってネフェルが帰宅する。珍しく疲れた様子だ。
「あ、ノルドだ!何してるの?」
「ゲームをして……」
「おじさん達、いじめちゃダメよ、ほどほどにね。じゃあ、ノルド、アマリが待ってるからまたね!」
まともに会話もできず、ネフェルはそのまま部屋へ向かった。
元英雄の老人たちは眠そうなのに勝つまでやめようとせず、ゲームは深夜に突入する。ノルドは、牙狼族、夜中になる程、目や頭が冴える。
執事達も、世話を焼きながら、ゲーム観戦をしている。彼らの間でチップが‘やり取りされているようだが……
「もう一回じゃ」
「こやつ、ドラゴンよりも手強いぞ」
「悪魔の手先か!」
最終局面。ノルドは最下位だったが、手は役満。勝利目前だったその時――
「おい!何してんの?」
早朝の散歩に降りてきたサルサ医師に見つかり、ようやくゲームは終了。勝利はふいになったが、解放された。
「ノルド、またな!」
逃げ足の早い老人たちはすぐに姿を消した。
サルサ医師と庭を歩きながら、ノルドは薬や呪いについての話をする。わからなかったことが解決し、有意義な時間だった。母を苦しめる呪い……
「そうだ、セラが体調を崩したら連れておいで」
その言葉だけが、ノルドの心に深く残った。
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