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グラシアス
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「グラシアス、助けて」
聖王国の郊外にある小さな商会。その扉を深夜に叩く音が静寂を破った。
「この声は……」
飛び起きたグラシアスは、急いで扉を開ける。そこに立っていたのは、かつての憧れの女――セラ。しかし、以前の気品ある姿とはまるで別人のようだった。
薄明かりの中で見ると、衣服はぼろぼろ、彼女だとわからない容姿。その腕には、赤ん坊――ノルドがしっかりと抱かれていた。
「セラ様! 医師を呼びましょう!」
驚愕するグラシアスを前に、セラはかすかに首を振る。
「……駄目です。匿ってください、どうか……」
震える声で懇願する彼女を見て、グラシアスは短く息を吐き、静かに頷いた。
「わかりました。まずは中へ――少し落ち着いて、何か温かいものでも」
「そんな気分じゃないわ……」
セラの声はか細い。グラシアスは苦笑しながら、軽い調子で応じる。
「はは、セラ様じゃなくて、この子ですよ。ポーションだけじゃ育ちませんからね。最近売り出している乳児用ミルクがあります。それに哺乳瓶も」
慣れた手つきで哺乳瓶を準備し、ノルドにミルクを飲ませる。ノルドは最初こそ落ち着かなかったが、哺乳瓶の温かさを感じると静かに飲み始めた。
「手慣れたものね……」
「お茶のお誘いはできませんが、ミルクならいつでもどうぞ」
穏やかな口調に、セラの緊張がわずかに和らぐ。
「教えて頂戴……今後のために」
※
グラシアスと話をしていたはずが、気づけば眠ってしまっていたらしい。
目を覚ますと、静かな室内に穏やかな光が差し込んでいる。
「あ? どれくらい経ちましたか?」
セラは少し驚いたように尋ねた。
「そうですね……だいたい一週間ですかね」
グラシアスが穏やかな口調で答える。
「え? ごめんなさい」
驚きと申し訳なさが入り混じるセラの声。
「気にしないでください。あの子もまだ寝ていますから。夜になると起きる子です」
指をさすと、ノルドがすやすやと寝ているのが見える。
「セラ様の傷を治す薬を探してみたんですが、どうやら特殊な毒薬のようですね」
「グラシアス、探さないで」
セラはさっと言葉を切り、静かに続ける。
「この毒薬と解毒薬は、たぶん同時に作られているものだと思うの。つまり……解毒薬は敵の手元にあるはずよ」
「でも、このままでは傷が一生残ってしまいますよ」
「それでも構わないわ。変装にもなるし」
セラの言葉は、静かな決意を帯びていた。
「……でも、そんな……セラ様ほど美しい人が、そんな……」
グラシアスは少し言葉を詰まらせ、心の中で何かを整理するように目を逸らす。
「お願い、グラシアス」
セラの落ち着いた声に、グラシアスは短く息をつき、深く頷いた。
「……わかりました。それでは、今後の方針を決めましょう。一つ手だけ手があります」
※
彼が聖女を見つけたのは偶然だった。いつものように獣王国への行商の帰り道のことだ。
「ねえ、お兄さん、この魔物、買ってくれない?」
山道脇の小高い丘から、何かが転がり落ちる音がした。振り返ると、野生児のような少女が現れ、にっこりと話しかけてきた。
「何者だ?」
グラシアスは警戒しながら声をかける。
彼には特別なジョブがあった。セラが学者であり、裁縫師であり、料理長でもある多才な人物であるように、グラシアスも商人であり、鑑定士でもあった。
「聖女……様、ですね」
彼はすぐにその少女の正体を見抜いた。
「あら、ばれちゃった。猟師としか言われないのに」
少女は少し驚いたように目を見開き、肩をすくめる。
「すまん。俺の鑑定能力はちょっと変わっててな」
「そんなことより、買うの?」
少女は興味津々といった様子で問いかける。
「もちろんです。買います。お名前をお教えください」
「ネフェルよ」
少女はにっこりと笑って答えた。
※
グラシアスはネフェルと取引を重ねるうちに、自然と親しくなっていった。
ある時、彼女の家で商談をしていると、少し困った様子で相談を持ちかけられた。
「妹ができたの」
「だって、一人じゃなかったっけ?」
ネフェルは孤児で、魔物の森に一人で暮らしているはずだった。それも恐るべき力を持ちながら。
「ふふん、落ちてたのよ。さっき拾ったんだけど、育て方がわからなくて」
「この子よ」
奥から大事そうに抱えてきたのは、生まれて数か月ほどの赤子だった。おそらく捨て子だろう。
「じゃあ、孤児院に預けるか?」
「嫌よ。この子は私の妹、アマリよ」
「そうか。でも、一人じゃ育てるのは難しいだろう?嫌じゃなかったら、俺の家に来ないか?」
ネフェルは少し考えた後、頬を膨らませて言った。
「……確かに、一人じゃ無理かも。町も見てみたいし、行ってみる!」
こうして、ノルドとアマリは同じミルクで育つことになった。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
聖王国の郊外にある小さな商会。その扉を深夜に叩く音が静寂を破った。
「この声は……」
飛び起きたグラシアスは、急いで扉を開ける。そこに立っていたのは、かつての憧れの女――セラ。しかし、以前の気品ある姿とはまるで別人のようだった。
薄明かりの中で見ると、衣服はぼろぼろ、彼女だとわからない容姿。その腕には、赤ん坊――ノルドがしっかりと抱かれていた。
「セラ様! 医師を呼びましょう!」
驚愕するグラシアスを前に、セラはかすかに首を振る。
「……駄目です。匿ってください、どうか……」
震える声で懇願する彼女を見て、グラシアスは短く息を吐き、静かに頷いた。
「わかりました。まずは中へ――少し落ち着いて、何か温かいものでも」
「そんな気分じゃないわ……」
セラの声はか細い。グラシアスは苦笑しながら、軽い調子で応じる。
「はは、セラ様じゃなくて、この子ですよ。ポーションだけじゃ育ちませんからね。最近売り出している乳児用ミルクがあります。それに哺乳瓶も」
慣れた手つきで哺乳瓶を準備し、ノルドにミルクを飲ませる。ノルドは最初こそ落ち着かなかったが、哺乳瓶の温かさを感じると静かに飲み始めた。
「手慣れたものね……」
「お茶のお誘いはできませんが、ミルクならいつでもどうぞ」
穏やかな口調に、セラの緊張がわずかに和らぐ。
「教えて頂戴……今後のために」
※
グラシアスと話をしていたはずが、気づけば眠ってしまっていたらしい。
目を覚ますと、静かな室内に穏やかな光が差し込んでいる。
「あ? どれくらい経ちましたか?」
セラは少し驚いたように尋ねた。
「そうですね……だいたい一週間ですかね」
グラシアスが穏やかな口調で答える。
「え? ごめんなさい」
驚きと申し訳なさが入り混じるセラの声。
「気にしないでください。あの子もまだ寝ていますから。夜になると起きる子です」
指をさすと、ノルドがすやすやと寝ているのが見える。
「セラ様の傷を治す薬を探してみたんですが、どうやら特殊な毒薬のようですね」
「グラシアス、探さないで」
セラはさっと言葉を切り、静かに続ける。
「この毒薬と解毒薬は、たぶん同時に作られているものだと思うの。つまり……解毒薬は敵の手元にあるはずよ」
「でも、このままでは傷が一生残ってしまいますよ」
「それでも構わないわ。変装にもなるし」
セラの言葉は、静かな決意を帯びていた。
「……でも、そんな……セラ様ほど美しい人が、そんな……」
グラシアスは少し言葉を詰まらせ、心の中で何かを整理するように目を逸らす。
「お願い、グラシアス」
セラの落ち着いた声に、グラシアスは短く息をつき、深く頷いた。
「……わかりました。それでは、今後の方針を決めましょう。一つ手だけ手があります」
※
彼が聖女を見つけたのは偶然だった。いつものように獣王国への行商の帰り道のことだ。
「ねえ、お兄さん、この魔物、買ってくれない?」
山道脇の小高い丘から、何かが転がり落ちる音がした。振り返ると、野生児のような少女が現れ、にっこりと話しかけてきた。
「何者だ?」
グラシアスは警戒しながら声をかける。
彼には特別なジョブがあった。セラが学者であり、裁縫師であり、料理長でもある多才な人物であるように、グラシアスも商人であり、鑑定士でもあった。
「聖女……様、ですね」
彼はすぐにその少女の正体を見抜いた。
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少女は少し驚いたように目を見開き、肩をすくめる。
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「そんなことより、買うの?」
少女は興味津々といった様子で問いかける。
「もちろんです。買います。お名前をお教えください」
「ネフェルよ」
少女はにっこりと笑って答えた。
※
グラシアスはネフェルと取引を重ねるうちに、自然と親しくなっていった。
ある時、彼女の家で商談をしていると、少し困った様子で相談を持ちかけられた。
「妹ができたの」
「だって、一人じゃなかったっけ?」
ネフェルは孤児で、魔物の森に一人で暮らしているはずだった。それも恐るべき力を持ちながら。
「ふふん、落ちてたのよ。さっき拾ったんだけど、育て方がわからなくて」
「この子よ」
奥から大事そうに抱えてきたのは、生まれて数か月ほどの赤子だった。おそらく捨て子だろう。
「じゃあ、孤児院に預けるか?」
「嫌よ。この子は私の妹、アマリよ」
「そうか。でも、一人じゃ育てるのは難しいだろう?嫌じゃなかったら、俺の家に来ないか?」
ネフェルは少し考えた後、頬を膨らませて言った。
「……確かに、一人じゃ無理かも。町も見てみたいし、行ってみる!」
こうして、ノルドとアマリは同じミルクで育つことになった。
【後がき】
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