シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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グラシアス

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「グラシアス、助けて」

 聖王国の郊外にある小さな商会。その扉を深夜に叩く音が静寂を破った。

「この声は……」

 飛び起きたグラシアスは、急いで扉を開ける。そこに立っていたのは、かつての憧れの女――セラ。しかし、以前の気品ある姿とはまるで別人のようだった。

 薄明かりの中で見ると、衣服はぼろぼろ、彼女だとわからない容姿。その腕には、赤ん坊――ノルドがしっかりと抱かれていた。

「セラ様! 医師を呼びましょう!」

 驚愕するグラシアスを前に、セラはかすかに首を振る。

「……駄目です。匿ってください、どうか……」

 震える声で懇願する彼女を見て、グラシアスは短く息を吐き、静かに頷いた。

「わかりました。まずは中へ――少し落ち着いて、何か温かいものでも」

「そんな気分じゃないわ……」

 セラの声はか細い。グラシアスは苦笑しながら、軽い調子で応じる。

「はは、セラ様じゃなくて、この子ですよ。ポーションだけじゃ育ちませんからね。最近売り出している乳児用ミルクがあります。それに哺乳瓶も」

 慣れた手つきで哺乳瓶を準備し、ノルドにミルクを飲ませる。ノルドは最初こそ落ち着かなかったが、哺乳瓶の温かさを感じると静かに飲み始めた。

「手慣れたものね……」

「お茶のお誘いはできませんが、ミルクならいつでもどうぞ」

 穏やかな口調に、セラの緊張がわずかに和らぐ。

「教えて頂戴……今後のために」



 グラシアスと話をしていたはずが、気づけば眠ってしまっていたらしい。

 目を覚ますと、静かな室内に穏やかな光が差し込んでいる。

「あ? どれくらい経ちましたか?」

 セラは少し驚いたように尋ねた。

「そうですね……だいたい一週間ですかね」

 グラシアスが穏やかな口調で答える。

「え? ごめんなさい」

 驚きと申し訳なさが入り混じるセラの声。

「気にしないでください。あの子もまだ寝ていますから。夜になると起きる子です」

 指をさすと、ノルドがすやすやと寝ているのが見える。

「セラ様の傷を治す薬を探してみたんですが、どうやら特殊な毒薬のようですね」

「グラシアス、探さないで」

セラはさっと言葉を切り、静かに続ける。

「この毒薬と解毒薬は、たぶん同時に作られているものだと思うの。つまり……解毒薬は敵の手元にあるはずよ」

「でも、このままでは傷が一生残ってしまいますよ」

「それでも構わないわ。変装にもなるし」

セラの言葉は、静かな決意を帯びていた。

「……でも、そんな……セラ様ほど美しい人が、そんな……」

 グラシアスは少し言葉を詰まらせ、心の中で何かを整理するように目を逸らす。

「お願い、グラシアス」

 セラの落ち着いた声に、グラシアスは短く息をつき、深く頷いた。

「……わかりました。それでは、今後の方針を決めましょう。一つ手だけ手があります」



 彼が聖女を見つけたのは偶然だった。いつものように獣王国への行商の帰り道のことだ。

「ねえ、お兄さん、この魔物、買ってくれない?」

 山道脇の小高い丘から、何かが転がり落ちる音がした。振り返ると、野生児のような少女が現れ、にっこりと話しかけてきた。

「何者だ?」

 グラシアスは警戒しながら声をかける。

 彼には特別なジョブがあった。セラが学者であり、裁縫師であり、料理長でもある多才な人物であるように、グラシアスも商人であり、鑑定士でもあった。

「聖女……様、ですね」

 彼はすぐにその少女の正体を見抜いた。
「あら、ばれちゃった。猟師としか言われないのに」

 少女は少し驚いたように目を見開き、肩をすくめる。

「すまん。俺の鑑定能力はちょっと変わっててな」

「そんなことより、買うの?」

少女は興味津々といった様子で問いかける。

「もちろんです。買います。お名前をお教えください」

「ネフェルよ」

少女はにっこりと笑って答えた。



 グラシアスはネフェルと取引を重ねるうちに、自然と親しくなっていった。

 ある時、彼女の家で商談をしていると、少し困った様子で相談を持ちかけられた。

「妹ができたの」

「だって、一人じゃなかったっけ?」

 ネフェルは孤児で、魔物の森に一人で暮らしているはずだった。それも恐るべき力を持ちながら。

「ふふん、落ちてたのよ。さっき拾ったんだけど、育て方がわからなくて」

「この子よ」

 奥から大事そうに抱えてきたのは、生まれて数か月ほどの赤子だった。おそらく捨て子だろう。

「じゃあ、孤児院に預けるか?」

「嫌よ。この子は私の妹、アマリよ」

「そうか。でも、一人じゃ育てるのは難しいだろう?嫌じゃなかったら、俺の家に来ないか?」

 ネフェルは少し考えた後、頬を膨らませて言った。

「……確かに、一人じゃ無理かも。町も見てみたいし、行ってみる!」

 こうして、ノルドとアマリは同じミルクで育つことになった。

【後がき】

 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部
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