完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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外伝

ヴァル、アリーマ記念日に出走する

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 実況が音声上拡張機から流れる。

「さあ、待ちに待った『アリーマ記念』、いよいよスタートです! まずはシシルナ犬たちが一斉に鋭いスタートを切り、観客席からは大きな歓声が上がります!」

 スタートラインから、シシルナ犬たちは力強く駆け出し、先頭争いが早くも激化。ヴァルは大外から、少し遅れ気味に犬場状態を観察するようにゆっくりとスタートした。

 ノルドは混雑した競犬場の中から、ようやく少し静かな芝生のエリアを見つけ、そこからレースを観戦し始める。

 周囲の歓声に囲まれながら、ヴァルの動きに集中する。

「ヴァル、大外なのか……わざと遅れのかな」

 ノルドは心の中でヴァルを応援し、レースに視線を注いだ。

実況:

「一番、ゼファー早くも先頭に立ちました! 最後方のヴァル、大外を走り続けています!」

 シシルナ犬たちが一気にコーナーを曲がり、観客席の前を通り過ぎていく。周囲の声が一層大きくなる中、ノルドは一瞬ヴァルを見失う。

「ヴァル、大丈夫か?」

 一瞬不安な気持ちを抱えたが、ヴァルが続くのを確認すると、安心した。

実況:

「シシルナ犬たち、みな安定した走りを見せています! それに対してヴァル、大外、かなりの距離ロスです! しかも、落とし穴に捕まりました。先頭からかなり離されています」

 このレースは、障害レースだ。ランダムに配置されている障害物。落とし穴や、地面から飛び出す柵などを回避しないといけない。

解説:

「これは、驚きですね。スタートすぐに、落とし穴とは珍しい配置です。しかもかなり、深いように見えます。よく上がってこれましたね」

 シシルナ犬たちがスピードを上げ、第一コーナーを曲がった後も前を走り続ける。しかし、そのペースに少しずつ疲れが見え始める。

実況:

「シシルナ犬たち、少しペースが落ちてきました! だがヴァル、大外を回りながらもまだまだ余力がありそうです。ここで仕掛けるのか?」

ノルドは、ヴァルが速さを保っているのを見て、「きっと来る」と感じた。

「ヴァル、行け! 今だ!」
ノルドはその一瞬を見逃すまいと目を凝らす。

実況:

「おっと! シシルナ犬たちが大幅ペースダウン! そして、ヴァルがついに追いつくのか! まさに追い風!」

 シシルナ犬たちが通り過ぎた後になって、飛び出し柵が発動する。まるで仕掛けがヴァルだけに向けられているみたいだ。

 だが、その柵は、内ラチばかりにあり、大外を走り続けるヴァルには関係無い。

実況:

「これは、柵のタイミングが少しおかしいですね。先頭の犬が通り過ぎた後に動き出すなんて…ちょっと危険です」

 向正面の直線に入ると、シシルナ犬たちは大きくスピードを落とし、後ろにいるヴァルがついにその差を縮めはじめる。観客席からは歓声と悲鳴と共に、ヴァルの走りに驚く声が聞こえる。

「来た! ヴァル、見せてくれ!」

 ノルドは胸を高鳴らせながら、視線を離さない。

実況:

「ヴァル、ここでついにシシルナ犬を抜き去ります! 前を走る十七匹を一気に抜き去りだ。すごいスピード! これは、素晴らしい走りです!」

解説:
「やはり、狼は強いですね。私の予想通りです」
実況:
「はぁ? そんなこと言ってましたっけ?」
解説:
「……」
実況:

「まだまだ、余裕を見せながら前へ前へと進んでいきます! 今度は突き放しにかかります」

 ヴァルは、落とし穴を回避して、飛びながら走る。地面の色を覚えており、もうはまったりはしない。

 ヴァルは観客席前、ゴール板の前に向けて最後の力を振り絞って突き進む。圧倒的勝利だ。

実況:
「狼のヴァルだ! 伝説の狼だ! 我々は今、伝説を目にしているのです!」

 ノルドはその瞬間、喜びに包まれながらも静かにその走りを見守る。
「やった…ヴァル、よくやった!」


 ノルドの目の前に突然現れたのは、先ほど施設を覗いていた人物、マルカスだった。

「マルカスさんですか?」

 ノルドが驚きの声を上げると、マルコスはにやりと笑う。

「ああ、そうだ。なぜ名前を知ってる?」

 マルカスは警戒心を見せるが、ノルドが答える。
「カイに聞きました」

 すると、マルカスの顔が急に穏やかになった。

「ああ、お前、牙狼族だな。手に持ってるのは、俺の作った新聞と使っていた手拭いか? それじゃあ、お前は誤魔化せないな。変装の意味が無い」

「変装してるんですか?」

「まあな、それで何の用だ? わざわざ、記事にクレームをつけにきたのか? だが、予想通りだし、文句は無いだろう?」

 一方的に話し続けるマルカスに、ノルドは困惑しながらも言葉を続けた。

「いえ、そんなつもりは……」

「お前がヴァルの本当の飼い主だな。不思議だったんだ。犬人族につき従うとは思えんからな。そうか、本命予想したから怒ったんだな?」

「違いますよ」ノルドは強く否定したが……

「だがなぁ、あんまり欲を欠くのも良くないぞ。見てみろ? あの人気を? あ? 何だ?」

 その瞬間、競技場に赤い旗が上がっており、観客席がざわめき出す。

「何が起きたんですか?」
「審議だ。何もおかしなところは無かったんだがな……」
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