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二部
カノンとガブリエル
しおりを挟むガブリエルは、セイに探し人の話を切り出した。
――けれど、なぜ探しているのか、その理由だけは伏せておいた。
「ふうん、なるほど。でも……グラシアスさんと一緒に来たんだよね?」
「……」
ガブリエルは口を閉ざす。だが、セイはそれ以上問わず、にっこりと笑った。
「うん、わかった。じゃあさ――こうしよう。ガブリエル、僕と友達になろうよ」
「友達だから、隠し事は無しだ。もちろん、僕も隠し事はしない」
その言葉に、嘘は全く感じなかった。ガブリエルは、全てを初めて話した。
「話はわかった。とても、近くにいるよ」
セイはにこにこと笑いながら、どこか含みのある声で答えた。
「えっ……?」
「そういえば、最初に会ったときは男の人と一緒だったなあ。今はどうなんだろうね」
セイはわざとらしく首をかしげ、意地悪そうに笑う。
「う、うそ……」
ガブリエルの頬が赤く染まる。心の中では、くだらない妄想が暴走を始めていた。
「それと――」
セイが声を落とし、少しだけ真剣な表情になる。
「会いたくないって言われるかも、覚えてないって言われるかも。その覚悟、ある?」
ガブリエルはすぐに返事ができなかった。
彼の記憶の中では、再会すれば「会いたかった」と抱きしめてくれるはずだった。
……けれど、それがただの願望だと、どこかで気づいてもいた。
「僕も、親と会ってひどい目にあったからさ」
セイは小さく笑うが、目だけは笑っていなかった。
「だから、ちょっとだけ先に言っておく。大丈夫、傷ついても立ち直れるよ」
その言葉が、優しい盾のように胸に残った。
ガブリエルは静かに深呼吸をして、こくりと頷く。
「……良かった。じゃあ、会いに行こう」
セイに促され、階段を降り、向かいの建物の階段を登っていく。
そのあいだ、ガブリエルの鼓動は早鐘のように鳴り続け、自分の足音すら大きく響いて聞こえた。
「マルカスさん、カノンさん、いますか?」
呼びかけた声は、かすかに震えていた。だが、診療所の中からは返事がない。
「まだ寝てる時間だからな」
セイは苦笑しながら、秘密の鍵置き場から鍵を取り出して、扉を開ける。そして先に立って、静かに中へと入っていった。
奥の寝室。
酒の匂いをまといながら、男がゆっくりと顔を上げる。
その美しい顔に、ガブリエルは息をのんだ。
母が愛した人——その姿が、確かな現実として、そこにあった。
「ん……神学生か? 俺を殺しに来たのかと思った」
マルカスがぼんやりとした目で、冗談めかして言う。
「何言ってるんすか!」セイが笑いながらすぐに返す。
「いや、すごい顔で睨んでたからな。でもまあ……まだまだ力が足りん!」
マルカスは体を起こしながら続けた。
「セイ、寝覚めの酒じゃなくて、お茶を頼む」
診療室で待つように言われ、ガブリエルは椅子に腰掛ける。
ふと目を向けた薬棚には、瓶が整然と並び、神学大病院のような精密さがあった。
この人が、金と腕を持つ医師であることは、一目で分かった。
「もう少ししたら診察の時間だ。患者も増えてきてる。……で、何の用だ?」
ガブリエルは少し迷ったあと、静かに尋ねた。
「……じゃあ、カノンさんも、そろそろ来ますか?」
「いや、しばらく休むってさ。……ああ、そういうことか」
マルカスの目に、一瞬だけ鋭さが宿った。
「マルカスさん、カノンさんのこと教えてもらえませんか? ガブリエルには知る権利がある」
セイの表情が引き締まる。いつもの軽口を封じた声には、真剣な思いが込められていた。
「お願いします」
ガブリエルも深く頭を下げ、その言葉に、必死に気持ちを乗せた。
「……わかったよ」マルカスは静かに息をついた。
「捜索には協力できないけど、家族として、彼女の病状についてなら話す」
「病気……ですか?」
その言葉に、ガブリエルの顔から血の気が引く。肩が小さく震えていた。
「もう、ほとんど完治してる。だが、あのままだったら廃人になってた」
淡々とした口調には、どこか温度がこもっていた。
それは突き放すようでいて、彼なりの優しさだった。
カノンの人生を代弁するのではなく、「医師」として説明する。
それがマルカスの誠実さだった。
「……そういうことだ。カノンのことは、かなり好意的に説明してるつもりだから。差し引いて聞いてくれ」
結局、マルカスは、病気の説明と言いながら、カノンの歩んだ半生についても、彼の知る限りの話をした。
そして、最後に軽く笑って付け加える。
「あと、俺とカノンの間には何もないからな」
診察の時間の前には、患者たちが次々に訪れ始めた。
ガブリエルたちは、静かに診療所を後にする。
「今日はもう遅いし、俺もやることがある」セイが申し訳なさそうに言う。
「ありがとう」
ガブリエルは短く礼を言い、聖王国の大使館へと歩き出した。
まだ心の中は整理がつかない。
——それでも、歩みは止まらなかった。
涼しくなったシシルナ島の風が、頬をそっと撫でる。
あの人が生きている。そして自分もまた、こうして歩いている。
※
「次の人、お入り下さい」マルカスが患者を呼んだ。
「ありがとう、マルカス。でも、あなた、少し、いえ、とってもお喋りね!」
そこには患者に変装したカノンが立っていた。
「口が軽いのに定評のある男でな。ガブリエルは良い男だな。芯がありそうだ」
マルカスが感想を述べると、「そうね、親に似ないで」カノンは泣き崩れた。
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