シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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二部

オークション 2

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 会場の空気が、ふっと静まった。
 熱気に包まれていた空間が、まるで一息つくように冷えはじめる。孤児院出身者から、関係者の出展コーナーへと切り替わったのだ。

 場を仕切る照明が一段階落ち、音楽が途切れる。ほんのわずかな間。けれどその静けさが、次の一瞬に向けた呼吸のように感じられた。

 出展者が待機する控室。
 緊張と沈黙が、照明の届かない角にまでじわじわと広がっている。
「……どうしよう、売れなかったら」
 ネラがぽつりとつぶやいた。
 今や注目されはじめた新進の画家である彼女にしては珍しく、その声にはわずかな震えがあった。

 ついさっき壇上を去ったのは、名の知れた重鎮の一人。比べられるのは当然、否応なくプレッシャーがのしかかる。
 その手を、そっと包むように握ったのはノゾミだった。

「ネラなら、大丈夫よ」
 短く、それでいて芯のある言葉だった。
 ネラは顔を上げる。ノゾミの瞳に映る自分に、かすかに勇気をもらうように。視線が、ほんの少しだけ上向いた。

「俺が先に出るよ」
 不意に響いたのは、マルカスの声だった。
「会場を温め直してくる。だから、安心して出てこい」
 その声には軽さがありながら、不思議と背中を押すような力があった。
 ネラの眉が、ほんのわずかに緩んだ。彼女はまだ不安を抱えていたが、それでも、ほんの少し笑ったように見えた。

 ──会場。
 司会のメグミが、張りのある声で次の出展者を呼ぶ。
「続いては、新進気鋭の画家、ネラ」
 だが、静まり返った壇上に現れたのは、ネラではなかった。
 ひらりと幕をくぐって出てきた男に、場内がざわめく。

「悪いな、メグミ。待ちきれなくてな。順番、先にしてもらうぜ。俺の名は──」
 名乗るより早く、貴賓席の一角がざわついた。

「そうだ、マルコシアス・カスティーオ・ヴィスコンティだ」
「嘘だろ……あいつが?」
「久しぶりに顔見たな」
 マルカスは笑う。

「シシルナ島で隠居してる。世話になった連中も来てるみたいだな。ありがとうよ」
 軽く手を挙げると、そのまま朗らかに語り始めた。
「俺が出すのは、シシルナ島の魔石のネックレスだ。ただの石だ。効能なんてない」

「嘘つけ! 本当の効果は何だ!」
「それより飲み代払えよ! 立て替えてるんだからな!」
「そうだ、貸した金も返せ!」
 声を飛ばしたのは、かつての悪友たち。貴族、商人、旅の一座まで。素性も地位も違えど、マルカスとは昔馴染みの連中だ。

「こらこら、ここはニコラのチャリティだぞ」
 マルカスが手を振って場を制する。
「ニコラには、俺が子供のころ、本当に世話になった。サルサ姉さんと三人で、よく町を抜け出して遊んだり、連れ回されたりしてな。……まったく、俺の好奇心も探究心も、きっとあのとき生まれたんだ。俺にとって、大切なお姉ちゃんだよ」

 会場がしんと静まる一瞬。
 そのあとで、ふわりとあたたかい空気が戻ってくる。
「さて、文句は今夜聞いてやる。朝までな──お前らの奢りで」
「ふざけるな! ……でもそうしよう!」
 どっと笑いが起きた。重苦しかった空気が弾けて、炎が再び灯ったような熱を帯びる。

「ニコラ様の関係者の出展は、名がなくたって逸品ばかりだ。俺の目利き、信じてくれるだろう?」
 マルカスが静かに会場を見渡す。
 重鎮たちが、一人、また一人と頷く。その目は、どこか懐かしさを帯びていた。
「じゃあ、この後も目をこらして見ておけよ。──楽しみにしてろ」

 マルカスは手を軽く振って壇を降りる。
 その足取りが床を叩いたとき、空気が変わった。拍手がひとつ、またひとつ。
 熱が戻り、オークションの炎が再び立ち上がる。

 ──そして、ネラの番が来た。
「これは……色彩が素晴らしい」
「シシルナ島の空気が、まるで感じられる……」
 観客の声が、次々と漏れる。絵の前で足を止め、囁くようにして。
 落札価格は、みるみるうちに吊り上がっていった。
 その光景を、ネラは壇上から見つめていた。
 目を見開き、立ち尽くす彼女の頬に、震えるような光が滲んでいく。
 それは照明のせいではなかった。まるで、感情の一雫が光になってこぼれ落ちたようだった。

 最終的に、作品は共和国屈指の名門画廊が競り落とした。
 控室に戻ってきたネラは、膝から崩れるようにしゃがみ込んだ。
「……ありえない……」
 目元に涙が浮かび、かすれる声が喉から漏れる。
「すごいじゃない!」
 ノゾミが駆け寄り、両肩をつかむようにして、勢いよく抱きしめた。

「あなた、一流画家として、正式に世に出たのよ!」
 ネラはゆっくりと目を見開き、その言葉の意味が胸に落ちるまで、少し時間がかかった。
 そして──こくり、と、小さく頷いた。



チャリティの終盤になって、ネフェル聖女が到着した。
「あ、ノルドだ!」
 嬉しそうに駆け寄ってくるのは、可愛らしい格好をしたアマリ。ふわふわのスカートに、光沢のあるリボン。どうやらネフェルからのプレゼントらしい。

「アマリも一緒なんだね。あれ、勇者御一行は?」
「お留守番だよ。はしゃぎすぎて、サルサ様がね!」
 アマリは声を潜めて笑う。ネフェルがサナトリウムに泊まると、一緒になって弾けてしまうらしい。

 ……そういう意味では、ネフェルも同罪なのだが、彼女は“聖女”である。
「ははは。ノルド、体調はどう?」
 悪い顔でにやりと笑いながら、ネフェルが覗き込んでくる。
「おかげさまで。今日は随行員の方もご一緒なんですね?」
「もちろん。公式行事だからね。あれ、知ってるのかい?」
「ええ」

 ノルドは、ガブリエルの顔を見て軽く会釈をした。
 知っているどころではない。昨日、一緒にいたのだ。
 魔物の森に足を踏み入れようとしていたセイとガブリエル。

 引き止めることもできず、結局ノルドもついていった。
 ガブリエルの気持ちは、痛いほどよくわかる。だから、断れなかった。
「じゃあ……遠くから、顔を見るだけなら」
 そう言ってノルドが向かったのは、森の奥。

 セラがカノンを匿っていた、小さな木造の小屋――ノルドの秘密基地だ。
 木の枝を払って扉を押し開けると、静寂が迎えてくる。
「……匂いが、薄いな」
 鼻を利かせて小屋を見回す。すでに、カノンの姿はなかった。
「何か作っていたのかな……?」
 棚の薬草類にも、道具にも、触れられた形跡はない。

 それどころか、むしろ、整えられていた。まるで誰かの帰りを待つように。

 そっと閉じた扉の向こう、森の葉音が微かに鳴った。
 ――カノンとガブリエルは、すれ違ったままだった。
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