完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
96 / 221
二部

オークション 1

しおりを挟む
ニコラ・ヴァレンシア孤児院で開かれたチャリティイベントは、かつてない盛り上がりを見せていた。そして、オークションの時間がきた。

「……私が、レオナルドです。絵描きです」
 よれた服に、絵の具が飛び散った髭面の中年男が、小さな声で呟くように言った。
 それでも、静まり返った会場には、その声がはっきりと響き渡った。

 本物なのか?
 絵は知られていても、画家の姿を見た者はほとんどいない。
 これだけの名声を持ちながら表舞台に現れない男——だからこそ、偽物ではないかと疑う者がいても無理はなかった。

 画家であるネラですら、かつて師匠たちから噂を聞いただけで、本人を見たことはない。
 放浪し、気まぐれに描き、金に執着しない——そんな逸話ばかりがひとり歩きしている、孤高の天才。
 会場に漂う疑念を感じ取ったのか、レオナルドがぼそりと続けた。

「ま、疑いたくなるのも当然だ。会場の右の壁……あそこに、俺がガキの頃に描いた壁画がある。普段は物置部屋らしいが、今日は会場広げてるからな。見えるはずだ」
 スタッフの手でカーテンが開かれ、隠されていた壁が露わになる。
 視線が一斉にそちらへ集まり、場内がざわついた。
 色あせながらも力強く、壁一面に広がる大胆な筆致。
 子どもが描いたとは思えない、生命のうねりのような構図。だがどこか、幼い手つきの跡も混ざっている。

「いや、子どもの頃の絵だから……何度も母さんに、消してくれって言ったんだ。あれほど落書きするなって怒ってたくせに、なんでか残してあってさ」
 場内に混じる美術関係者たちが、目を細めて壁画を見つめる。
「サインは本物だ。……だが、今の作風とはかけ離れている」
「子どもの筆とは思えないが……まさか、全部じゃないだろう?」

「だから見せたくなかったんだよ、メグミ!」
 レオナルドが赤面しながら声を上げる。
 その顔には、かつての悪戯を暴かれたような、妙な照れくささがにじんでいた。
 実際、壁には他の子どもたちの落書きも混じっており、すべてが彼の手によるものではない。

「レオナルド様は、ニコラ・ヴァレンシア孤児院で育ち、その後、共和国の美術アカデミーへと進学。絵画コンクールでも幾度となく受賞し——現在では、シシルナ島の風景画、そして人物の内面を深く描き出す肖像画で、国際的にも高く評価されています」

 メグミが壇上に運ばれた絵へと手を伸ばし、静かに覆い布を外す。
 そこに現れたのは——
 陽光に照らされた庭の草木。遠くに、青く静かなシシルナ海。
 その中心に立ち、柔らかく微笑む若き日のニコラ。
 まるで、見る者の心に直接語りかけるような眼差し。
 彼女のまとう光の気配、風に揺れる髪、空に溶け込むような色彩。
 そのすべてが、見る者の胸の奥に、言葉を超えた“なにか”を灯した。
 場内が一瞬、凍りついたように静まり返る。

 次の瞬間、ある画商が、手にしていたグラスを取り落とした。
「……申し訳ない。なんということを。これほどの絵を前に、疑ったことが恥ずかしい……間違いない、これはレオナルド様だ」
 絵からあふれるのは、望郷の想い、彼女の慈しみ、そして——深い哀しみ。
 それらすべてが、筆を通して込められていた。
 貴賓席から人々が次々と壇上に近づいていく。

「申し訳ありません。こちらの絵は後ほど、別室にてご鑑賞いただけます。現在はオークションの最中です」
 メグミが落ち着いた声で促す。
「この絵は……売ってくれないのか?」
「レオナルド様の最高傑作だ。これは……今日のオークションに出るのか?」
 いくつもの声が重なる。

「本日、この絵はレオナルド様からニコラ様へと贈られたものです。非売品です」
 ざわめきが静まり返ったところで、メグミが続けた。
「それでは、オークションの本題へ。カタログに記載の通り、本日は肖像画作成の権利の出品となっております。よろしいですね、レオナルド様?」

「ああ。母さんに、ひとつ恩返しだ。……どこにでも行って、一枚、描いてやる。ま、値段次第で……気合いの入り方は違ってくるけどな」
 わずかに視線を逸らしながら、レオナルドはそう言った。

「それでは皆様——席にお戻りください。オークションを開始いたします」
 熱気を孕んだ拍手とざわめきの中、静かに、オークションの幕が上がった。



 オークションは続く、出品者が呼ばれて登壇するたびに、貴賓席から驚きのざわめきが起きる。

「おいおい、本当に全員が、ニコラ様の孤児院出身なのか?」
「こんなに、色んな業界に人材を輩出しているなんて」
「無名だが、その道の一流の職人もいる」

 だが、一番の驚きは、口にこそ出していないが、全ての登壇者が、ニコラに、心から感謝していることだった。

「いったい、今晩だけで、いくら売り上げが上がるんだろうか?」そんな声が聞こえてきた。
 前半のオークションが、終わった段階で、例年の十倍の売上を超えていた。島主やメグミは、笑いを堪えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...