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二部
オークション 1
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ニコラ・ヴァレンシア孤児院で開かれたチャリティイベントは、かつてない盛り上がりを見せていた。そして、オークションの時間がきた。
「……私が、レオナルドです。絵描きです」
よれた服に、絵の具が飛び散った髭面の中年男が、小さな声で呟くように言った。
それでも、静まり返った会場には、その声がはっきりと響き渡った。
本物なのか?
絵は知られていても、画家の姿を見た者はほとんどいない。
これだけの名声を持ちながら表舞台に現れない男——だからこそ、偽物ではないかと疑う者がいても無理はなかった。
画家であるネラですら、かつて師匠たちから噂を聞いただけで、本人を見たことはない。
放浪し、気まぐれに描き、金に執着しない——そんな逸話ばかりがひとり歩きしている、孤高の天才。
会場に漂う疑念を感じ取ったのか、レオナルドがぼそりと続けた。
「ま、疑いたくなるのも当然だ。会場の右の壁……あそこに、俺がガキの頃に描いた壁画がある。普段は物置部屋らしいが、今日は会場広げてるからな。見えるはずだ」
スタッフの手でカーテンが開かれ、隠されていた壁が露わになる。
視線が一斉にそちらへ集まり、場内がざわついた。
色あせながらも力強く、壁一面に広がる大胆な筆致。
子どもが描いたとは思えない、生命のうねりのような構図。だがどこか、幼い手つきの跡も混ざっている。
「いや、子どもの頃の絵だから……何度も母さんに、消してくれって言ったんだ。あれほど落書きするなって怒ってたくせに、なんでか残してあってさ」
場内に混じる美術関係者たちが、目を細めて壁画を見つめる。
「サインは本物だ。……だが、今の作風とはかけ離れている」
「子どもの筆とは思えないが……まさか、全部じゃないだろう?」
「だから見せたくなかったんだよ、メグミ!」
レオナルドが赤面しながら声を上げる。
その顔には、かつての悪戯を暴かれたような、妙な照れくささがにじんでいた。
実際、壁には他の子どもたちの落書きも混じっており、すべてが彼の手によるものではない。
「レオナルド様は、ニコラ・ヴァレンシア孤児院で育ち、その後、共和国の美術アカデミーへと進学。絵画コンクールでも幾度となく受賞し——現在では、シシルナ島の風景画、そして人物の内面を深く描き出す肖像画で、国際的にも高く評価されています」
メグミが壇上に運ばれた絵へと手を伸ばし、静かに覆い布を外す。
そこに現れたのは——
陽光に照らされた庭の草木。遠くに、青く静かなシシルナ海。
その中心に立ち、柔らかく微笑む若き日のニコラ。
まるで、見る者の心に直接語りかけるような眼差し。
彼女のまとう光の気配、風に揺れる髪、空に溶け込むような色彩。
そのすべてが、見る者の胸の奥に、言葉を超えた“なにか”を灯した。
場内が一瞬、凍りついたように静まり返る。
次の瞬間、ある画商が、手にしていたグラスを取り落とした。
「……申し訳ない。なんということを。これほどの絵を前に、疑ったことが恥ずかしい……間違いない、これはレオナルド様だ」
絵からあふれるのは、望郷の想い、彼女の慈しみ、そして——深い哀しみ。
それらすべてが、筆を通して込められていた。
貴賓席から人々が次々と壇上に近づいていく。
「申し訳ありません。こちらの絵は後ほど、別室にてご鑑賞いただけます。現在はオークションの最中です」
メグミが落ち着いた声で促す。
「この絵は……売ってくれないのか?」
「レオナルド様の最高傑作だ。これは……今日のオークションに出るのか?」
いくつもの声が重なる。
「本日、この絵はレオナルド様からニコラ様へと贈られたものです。非売品です」
ざわめきが静まり返ったところで、メグミが続けた。
「それでは、オークションの本題へ。カタログに記載の通り、本日は肖像画作成の権利の出品となっております。よろしいですね、レオナルド様?」
「ああ。母さんに、ひとつ恩返しだ。……どこにでも行って、一枚、描いてやる。ま、値段次第で……気合いの入り方は違ってくるけどな」
わずかに視線を逸らしながら、レオナルドはそう言った。
「それでは皆様——席にお戻りください。オークションを開始いたします」
熱気を孕んだ拍手とざわめきの中、静かに、オークションの幕が上がった。
※
オークションは続く、出品者が呼ばれて登壇するたびに、貴賓席から驚きのざわめきが起きる。
「おいおい、本当に全員が、ニコラ様の孤児院出身なのか?」
「こんなに、色んな業界に人材を輩出しているなんて」
「無名だが、その道の一流の職人もいる」
だが、一番の驚きは、口にこそ出していないが、全ての登壇者が、ニコラに、心から感謝していることだった。
「いったい、今晩だけで、いくら売り上げが上がるんだろうか?」そんな声が聞こえてきた。
前半のオークションが、終わった段階で、例年の十倍の売上を超えていた。島主やメグミは、笑いを堪えていた。
「……私が、レオナルドです。絵描きです」
よれた服に、絵の具が飛び散った髭面の中年男が、小さな声で呟くように言った。
それでも、静まり返った会場には、その声がはっきりと響き渡った。
本物なのか?
絵は知られていても、画家の姿を見た者はほとんどいない。
これだけの名声を持ちながら表舞台に現れない男——だからこそ、偽物ではないかと疑う者がいても無理はなかった。
画家であるネラですら、かつて師匠たちから噂を聞いただけで、本人を見たことはない。
放浪し、気まぐれに描き、金に執着しない——そんな逸話ばかりがひとり歩きしている、孤高の天才。
会場に漂う疑念を感じ取ったのか、レオナルドがぼそりと続けた。
「ま、疑いたくなるのも当然だ。会場の右の壁……あそこに、俺がガキの頃に描いた壁画がある。普段は物置部屋らしいが、今日は会場広げてるからな。見えるはずだ」
スタッフの手でカーテンが開かれ、隠されていた壁が露わになる。
視線が一斉にそちらへ集まり、場内がざわついた。
色あせながらも力強く、壁一面に広がる大胆な筆致。
子どもが描いたとは思えない、生命のうねりのような構図。だがどこか、幼い手つきの跡も混ざっている。
「いや、子どもの頃の絵だから……何度も母さんに、消してくれって言ったんだ。あれほど落書きするなって怒ってたくせに、なんでか残してあってさ」
場内に混じる美術関係者たちが、目を細めて壁画を見つめる。
「サインは本物だ。……だが、今の作風とはかけ離れている」
「子どもの筆とは思えないが……まさか、全部じゃないだろう?」
「だから見せたくなかったんだよ、メグミ!」
レオナルドが赤面しながら声を上げる。
その顔には、かつての悪戯を暴かれたような、妙な照れくささがにじんでいた。
実際、壁には他の子どもたちの落書きも混じっており、すべてが彼の手によるものではない。
「レオナルド様は、ニコラ・ヴァレンシア孤児院で育ち、その後、共和国の美術アカデミーへと進学。絵画コンクールでも幾度となく受賞し——現在では、シシルナ島の風景画、そして人物の内面を深く描き出す肖像画で、国際的にも高く評価されています」
メグミが壇上に運ばれた絵へと手を伸ばし、静かに覆い布を外す。
そこに現れたのは——
陽光に照らされた庭の草木。遠くに、青く静かなシシルナ海。
その中心に立ち、柔らかく微笑む若き日のニコラ。
まるで、見る者の心に直接語りかけるような眼差し。
彼女のまとう光の気配、風に揺れる髪、空に溶け込むような色彩。
そのすべてが、見る者の胸の奥に、言葉を超えた“なにか”を灯した。
場内が一瞬、凍りついたように静まり返る。
次の瞬間、ある画商が、手にしていたグラスを取り落とした。
「……申し訳ない。なんということを。これほどの絵を前に、疑ったことが恥ずかしい……間違いない、これはレオナルド様だ」
絵からあふれるのは、望郷の想い、彼女の慈しみ、そして——深い哀しみ。
それらすべてが、筆を通して込められていた。
貴賓席から人々が次々と壇上に近づいていく。
「申し訳ありません。こちらの絵は後ほど、別室にてご鑑賞いただけます。現在はオークションの最中です」
メグミが落ち着いた声で促す。
「この絵は……売ってくれないのか?」
「レオナルド様の最高傑作だ。これは……今日のオークションに出るのか?」
いくつもの声が重なる。
「本日、この絵はレオナルド様からニコラ様へと贈られたものです。非売品です」
ざわめきが静まり返ったところで、メグミが続けた。
「それでは、オークションの本題へ。カタログに記載の通り、本日は肖像画作成の権利の出品となっております。よろしいですね、レオナルド様?」
「ああ。母さんに、ひとつ恩返しだ。……どこにでも行って、一枚、描いてやる。ま、値段次第で……気合いの入り方は違ってくるけどな」
わずかに視線を逸らしながら、レオナルドはそう言った。
「それでは皆様——席にお戻りください。オークションを開始いたします」
熱気を孕んだ拍手とざわめきの中、静かに、オークションの幕が上がった。
※
オークションは続く、出品者が呼ばれて登壇するたびに、貴賓席から驚きのざわめきが起きる。
「おいおい、本当に全員が、ニコラ様の孤児院出身なのか?」
「こんなに、色んな業界に人材を輩出しているなんて」
「無名だが、その道の一流の職人もいる」
だが、一番の驚きは、口にこそ出していないが、全ての登壇者が、ニコラに、心から感謝していることだった。
「いったい、今晩だけで、いくら売り上げが上がるんだろうか?」そんな声が聞こえてきた。
前半のオークションが、終わった段階で、例年の十倍の売上を超えていた。島主やメグミは、笑いを堪えていた。
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