完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
99 / 221
二部

別れの言葉

しおりを挟む
 チャリティが終わり、簡単な打ち上げが行われた。それは、ニコラ・ヴァレンシア孤児院の卒業生たちにとって、小さな同窓会でもあった。

 島主のガレア、進行役を務めたメグミには、惜しみない賞賛と、少し皮肉交じりの激励が贈られた。
「この島を、これからも守れよ! 孤児院もな!」
「良いイベントだった。……あんたたちにしては上出来だ。」笑い声もあった。
 けれど、誰もが心の奥で、言葉にできない想いを抱えていた。

――ニコラのことだ。
 病に伏した彼女には、誰も面会を許されなかった。今回、約束を破って島に戻ってきたことに、後ろめたさを覚えている者も多かった。

 彼らにとって、ニコラはただの育ての親ではない。厳しく、優しく、泣きながら、怒りながら――
たった一人で、何十人もの子どもたちを、大人になるまで育て上げた、かけがえのない母だった。


……今も忘れない。
島を離れる朝、港で、ニコラは一人ひとりを、両腕でぎゅっと抱きしめた。

「絶対に、負けるな」と、耳元で囁いた。
泣くのを我慢していた彼らの背中を、無言で何度も何度も叩いた。

 笑って見送るはずだったのに、最後、ニコラの目からはどうしても涙が溢れた。
「戻ってこなくていい。――胸を張れる大人になって、どこかで生きろ」それが、ニコラの最後の言葉だった。振り返るなと教えられた。

 でも、誰もが、振り返らずにはいられなかった。
港に小さくなるニコラの姿は、ずっと、心の奥に焼き付いている。


 ガレアが立ち上がり、終了の挨拶をしようとしたときだった。会場の扉が静かに開き、リコが車椅子を押して現れた。

――その上にいたのは、ニコラだった。
一瞬で、会場の空気が凍りついた。
 そこにいたのは、あの日、笑って送り出してくれた、あの誇り高い母の姿ではない。
痩せ細り、土色の顔に浮かぶ骨ばった頬。
抜け落ちた髪。
 くぼんだ目だけが、それでも変わらぬ強い光を宿して、彼らを見つめていた。
 誰もが立ち尽くし、ただその姿を、呆然と見つめるしかなかった。

 小さな、小さな声が、会場の沈黙を破った。
「――お前たち、何で帰ってきた?」
絞り出すようなその声に、誰も答えることができなかった。

「……一流になったか? ……それが、お前たちの……全力か?」問いかけは、叱責でも責めでもない。

 ただ、あの朝、港で背中を叩いてくれたときと同じ、底知れぬ愛情と誇りに満ちた声だった。
 ニコラは、震える手で必死に笑顔を作った。
 かつて、何度もそうして、幼かった彼らを励まし、導いてきた、あの笑顔で。

「……会いたかったよ。嬉しかった」

 胸の奥で、何かが静かに、音を立てて崩れた。誰かが、小さくすすり泣く声を漏らした。唇を噛み締め、拳を握りしめる者もいた。

 それでも、誰一人として、声を上げて泣くことはできなかった。

 ニコラは、小さく頷き、震える声で、最後の言葉を贈った。
「助け合って……生きていけ。……私の、大切な、息子たち、娘たち」

 その声は、まるで祝福のようにあたたかく、

 けれど、取り返しのつかない別れの響きを帯びていた。

 やがて、会場には、誰のものとも知れない涙の音だけが、静かに響き渡った。


 そして、夏祭りは、二日目最終日を迎えた。

 二日目は、一日目以上の良い天気に恵まれた。ヴァレンシア孤児院のかき氷は、大人気となり、飛ぶように売れていた。

 そして、夕刻になる。全ての屋台は片付けられる。あとは、聖女様の登場を待つだけだ。広場には、島民も来島者も集まって来ている。

「ノルド、お願いがあるの?」

「どうしたの?」セラに頼まれて、ヴァルとカノンを探していたノルドのところに、メイド姿のリコがやって来た。

「どうしたの?」

「かき氷用の、特製シロップを一つ用意して欲しいの。ばぁばに食べさせたくて。夏祭りの気分を味わって欲しいの。もう少ししたら来るの」

「わかった。それで氷は?」

「今から、港の倉庫に撮りに行く。出来てると良いんだけど。売れすぎちゃって……」リコは表情を暗くした。

「それなら私が作ってあげるわ」すっと現れたのは、妖精ビュアンだ。

「ビュアン、氷できるようになったんだ! 凄い! じゃあ、僕はシロップを作るよ。材料は、持ち歩いてるからね!」

「ありがとうございます。ビュアン様! 妖精様の氷なんて、ばぁばも喜ぶよ」

「ふふん、任せなさい。犬っころ」

リコは頭を下げ、ビュアンは胸を張った。

 広場の隅の高台に、ニコラ用のテントが設営されている。そこで、かき氷を作ることになった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...