100 / 221
二部
シシルナ島新聞 号外
しおりを挟む
妖精ビュアンは、この時のために、密かに努力を重ね、ついに氷の魔法を習得していた。
自由気ままに生きてきた彼女にとって、それは並大抵のことではない。妖精王の娘という立場にあり、プライドの高いビュアンが、仲間の妖精たちに頭を下げ、氷の花を咲かせる練習を何度も重ねたのだ。
「それじゃ、いくわよ。見てなさい、犬っころ」
ビュアンの声とともに、魔力が舞う。生まれたばかりの氷の花が、光を透かすテントの中にふわりと舞い落ちる。透明なアイスボウルに、静かに重なっていく。
「わぁ、綺麗……」リコとノルドは、手を止め、息を呑んだ。
「出来たよ」ノルドも、我に返り、氷にかける特製ヒールポーション入りの白蜜を完成させた。
「本当はレインボー氷にしようと思ってたんだけど、白蜜だけの氷も……おすすめだね!」
「試食しましょう!」ビュアンは、満足げにノルドの肩に腰を下ろした。
「とても、美味しい。口の中ですっと溶けていく」ノルドの一言に、ビュアンは胸を張る。自分が努力して創ったものを、誰かが認めてくれる。初めての感覚だった。
そんな時、予定より早くニコラの乗った馬車が到着した。それと同時に、妖精の氷は皆で食べきってしまっていた。
「どうしよう? ビュアン様……」
「いいわ。あの老婆たちにも、今日だけ特別に、私の姿を見せてあげる」
「ありがとう」
ニコラは、メグミに押された車椅子で、静かにテントに入ってきた。
「ばぁば、リコの店にようこそ。今日は、ばぁばに特別のかき氷をプレゼントしまーす」
その言葉と共に、妖精が姿を現した。創り出された氷の結晶に、リコが白蜜をそっとかける。まるで、祝福の儀式のように。
ニコラは、かき氷をほんの一口だけ口に運ぶ。
「ああ、最後に良いものをもらったよ」──しわがれた声が、精一杯の力で空気を震わせた。
「何言ってるの、ばぁば。私が、この島から旅立つまで生きてよ!」
ニコラは妖精に深く会釈をし、そっとノルドとリコの手を握った。その手はとても温かく、そして、どこか儚かった。
※
一方、カノンは大観衆に紛れて、もう一度だけ、息子のガブリエルの姿を見ようとしていた。ふと、隣の観客が持っていた新聞に目を奪われる。
それは、シシルナ島新聞の夏祭り号外だった。裏面にはイベントのスケジュールと屋台の紹介、そして表紙には──聖女様特集。いや、正確には聖女様の「随行員」特集で、大きな似顔絵とインタビュー記事が紙面を飾っていた。
「すみません。その新聞、譲っていただけませんか?」
「悪いね、姉ちゃん。これは記念だから……新聞屋の子供が配ってたよ」
カノンはその情報を頼りに、新聞を売る小さな子を探す。声をかけようとした瞬間──「やっと見つけた!」と声がした。セイだった。
「はいどうぞ!」セイは、得意げに新聞を手渡す。
カノンはそれを受け取ると、セイの声すら耳に入らないほどに記事へ没頭した。チラリとしか見られなかったガブリエルの似顔絵。そして、彼のこれまでの生き方、今の暮らし、全てが丁寧に書かれていた。まるで、彼女が知りたかった紙面だった。
カノンは、目を潤ませながら読み終え、新聞をそっと胸に抱いた。
「ありがとう。私に……届けてくれて」
「ははは、喜んでもらえて何よりです。まあ、こんな記事にするとまでは言ってなかったんですけどね」
「じゃあ……騙したの?」
「人聞きが悪いですよ、カノンさん。俺はガブリエルの友達です。あいつは、あなたに知ってほしかったんですよ。だから、俺に話したんです」
カノンは、静かに頭を下げた。
そのとき、そっと腕を握られた。「そろそろ聖女様が壇上に姿を現す時間よ。もっと、見やすい場所へ行きましょう」
それはセラの声だった。
「でも……」
「最前列に、あなたのための席を取ってあるの。行きましょう」セラの後ろから、グラシアスも現れて、カノンを挟むように歩き出した。
その席は、貴賓席。特別に準備された、母と息子が再会するための、ほんの小さな舞台だった。
※
「じゃあ、ばぁば、私たちの歌声を聴いててね。行こう、ノルド」
「えええ、俺も……」
「アマリが頑張るんだよ。ノルドも頑張らないと!」
リコはノルドの手を引っ張って、丘の上から駆けていく。ノルドは小さくため息をついたが、その足取りに、どこか誇らしさが混じっていた。
まもなく、ネフェル聖女の登場に先立ち、讃美歌の合唱が始まる。今回は、アマリとニコラ・ヴァレンシア孤児院の子供たち、そしてノルドが舞台に立つ。
アマリは、深く息を吸い込み、静かにステージ中央へ進む。その顔には、幼い頃から声を出すのが苦手だった少女の、強い決意が浮かんでいた。周囲を囲む子供たちも、その姿に背筋を伸ばす。
彼女はリコとノルドのほうをそっと振り返り、少しだけ笑ったあと、観客に向かって丁寧に一礼する。そして、ゆっくりと顔を上げた。
広場には、夜の帷がゆるやかに降り始めており、空の色と共に観客の喧騒も静まっていく。ひとつの咳払いがかすかに響いたあと、全体がしんと息をひそめた。舞台の空気が、澄んだ水のように澄み渡っていく。
「全員、起立してください。私の後について、歌唱してください」
アマリの声が、澄んだ鐘のように響く。小さな身体から放たれたその言葉には、静かだが確かな力が宿っていた。ノルドは一歩横に並びながら、気づかぬうちに胸を張っていた。
自由気ままに生きてきた彼女にとって、それは並大抵のことではない。妖精王の娘という立場にあり、プライドの高いビュアンが、仲間の妖精たちに頭を下げ、氷の花を咲かせる練習を何度も重ねたのだ。
「それじゃ、いくわよ。見てなさい、犬っころ」
ビュアンの声とともに、魔力が舞う。生まれたばかりの氷の花が、光を透かすテントの中にふわりと舞い落ちる。透明なアイスボウルに、静かに重なっていく。
「わぁ、綺麗……」リコとノルドは、手を止め、息を呑んだ。
「出来たよ」ノルドも、我に返り、氷にかける特製ヒールポーション入りの白蜜を完成させた。
「本当はレインボー氷にしようと思ってたんだけど、白蜜だけの氷も……おすすめだね!」
「試食しましょう!」ビュアンは、満足げにノルドの肩に腰を下ろした。
「とても、美味しい。口の中ですっと溶けていく」ノルドの一言に、ビュアンは胸を張る。自分が努力して創ったものを、誰かが認めてくれる。初めての感覚だった。
そんな時、予定より早くニコラの乗った馬車が到着した。それと同時に、妖精の氷は皆で食べきってしまっていた。
「どうしよう? ビュアン様……」
「いいわ。あの老婆たちにも、今日だけ特別に、私の姿を見せてあげる」
「ありがとう」
ニコラは、メグミに押された車椅子で、静かにテントに入ってきた。
「ばぁば、リコの店にようこそ。今日は、ばぁばに特別のかき氷をプレゼントしまーす」
その言葉と共に、妖精が姿を現した。創り出された氷の結晶に、リコが白蜜をそっとかける。まるで、祝福の儀式のように。
ニコラは、かき氷をほんの一口だけ口に運ぶ。
「ああ、最後に良いものをもらったよ」──しわがれた声が、精一杯の力で空気を震わせた。
「何言ってるの、ばぁば。私が、この島から旅立つまで生きてよ!」
ニコラは妖精に深く会釈をし、そっとノルドとリコの手を握った。その手はとても温かく、そして、どこか儚かった。
※
一方、カノンは大観衆に紛れて、もう一度だけ、息子のガブリエルの姿を見ようとしていた。ふと、隣の観客が持っていた新聞に目を奪われる。
それは、シシルナ島新聞の夏祭り号外だった。裏面にはイベントのスケジュールと屋台の紹介、そして表紙には──聖女様特集。いや、正確には聖女様の「随行員」特集で、大きな似顔絵とインタビュー記事が紙面を飾っていた。
「すみません。その新聞、譲っていただけませんか?」
「悪いね、姉ちゃん。これは記念だから……新聞屋の子供が配ってたよ」
カノンはその情報を頼りに、新聞を売る小さな子を探す。声をかけようとした瞬間──「やっと見つけた!」と声がした。セイだった。
「はいどうぞ!」セイは、得意げに新聞を手渡す。
カノンはそれを受け取ると、セイの声すら耳に入らないほどに記事へ没頭した。チラリとしか見られなかったガブリエルの似顔絵。そして、彼のこれまでの生き方、今の暮らし、全てが丁寧に書かれていた。まるで、彼女が知りたかった紙面だった。
カノンは、目を潤ませながら読み終え、新聞をそっと胸に抱いた。
「ありがとう。私に……届けてくれて」
「ははは、喜んでもらえて何よりです。まあ、こんな記事にするとまでは言ってなかったんですけどね」
「じゃあ……騙したの?」
「人聞きが悪いですよ、カノンさん。俺はガブリエルの友達です。あいつは、あなたに知ってほしかったんですよ。だから、俺に話したんです」
カノンは、静かに頭を下げた。
そのとき、そっと腕を握られた。「そろそろ聖女様が壇上に姿を現す時間よ。もっと、見やすい場所へ行きましょう」
それはセラの声だった。
「でも……」
「最前列に、あなたのための席を取ってあるの。行きましょう」セラの後ろから、グラシアスも現れて、カノンを挟むように歩き出した。
その席は、貴賓席。特別に準備された、母と息子が再会するための、ほんの小さな舞台だった。
※
「じゃあ、ばぁば、私たちの歌声を聴いててね。行こう、ノルド」
「えええ、俺も……」
「アマリが頑張るんだよ。ノルドも頑張らないと!」
リコはノルドの手を引っ張って、丘の上から駆けていく。ノルドは小さくため息をついたが、その足取りに、どこか誇らしさが混じっていた。
まもなく、ネフェル聖女の登場に先立ち、讃美歌の合唱が始まる。今回は、アマリとニコラ・ヴァレンシア孤児院の子供たち、そしてノルドが舞台に立つ。
アマリは、深く息を吸い込み、静かにステージ中央へ進む。その顔には、幼い頃から声を出すのが苦手だった少女の、強い決意が浮かんでいた。周囲を囲む子供たちも、その姿に背筋を伸ばす。
彼女はリコとノルドのほうをそっと振り返り、少しだけ笑ったあと、観客に向かって丁寧に一礼する。そして、ゆっくりと顔を上げた。
広場には、夜の帷がゆるやかに降り始めており、空の色と共に観客の喧騒も静まっていく。ひとつの咳払いがかすかに響いたあと、全体がしんと息をひそめた。舞台の空気が、澄んだ水のように澄み渡っていく。
「全員、起立してください。私の後について、歌唱してください」
アマリの声が、澄んだ鐘のように響く。小さな身体から放たれたその言葉には、静かだが確かな力が宿っていた。ノルドは一歩横に並びながら、気づかぬうちに胸を張っていた。
6
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる