104 / 221
外伝
別れの季節
しおりを挟む
「リコ、手伝って。食事にしましょう」
アマリの声を合図に、従者たちも席に加わった。食卓は一気ににぎやかになる。笑い声が弾け、香ばしい香りが部屋に広がっていく。
食事が終わると、セラが立ち上がった。抱えていたのは、美しい布で包まれた小箱。
「アマリ、これは契約の儀式のお礼に。……私からの、ささやかな贈り物よ」
中身は、セラが手縫いで仕立てた冒険者装束だった。アマリ専用の、ただひとつの衣装。
アマリは深く頷くと、セラの部屋へと向かっていく。
「お待たせしました。どうぞ、ご覧ください!」
勢いよく、リコが声を張り上げた。司会進行のように胸を張る。皆の視線が一斉にアマリへと注がれた。
現れた彼女は――
頭からすっぽりとフードをかぶった、黒一色のローブ姿。全身を覆うそれは機能性に満ちていたが、まるで山岳修道士のように質素で、地味だった。
ノルドがぽかんと口を開ける。
「……ノルド、完全に勘違いしてますね!」
リコがいたずらっぽく目を細める。アマリと目が合うと、彼女は小さくため息をつき――
「もう、リコったら……」
恥じらいと共に、ゆっくりとローブを脱いだ。
その下から現れたのは、精緻を極めた礼装。
ネフェルの祭礼衣装をさらに進化させた、光を帯びたドレスだった。
グラシアスから仕入れた最高級の生地が、風のようにしなやかに揺れ、小さな魔石が織り込まれて、月光のような淡い輝きを放つ。刺繍は霊樹を象り、胸元から全身にかけて、魔力の流れを導くように描かれていた。
誰かが、思わずつぶやいた。
「……なんて、美しいんだ……」
それは、ただの服ではなかった。
アマリの存在そのものを映す、祈りのような装束だった。
「そんなに魔力を出しては……」
ノルドが眉をひそめる。
「大丈夫。むしろ……気持ちが軽くなるくらい」
アマリは優しく微笑んだ。その笑みは、ほんのわずかに、安堵の色を宿していた。
※
夜になり、アマリたちが帰ったあと。
セラは静かに打ち明けた。
――アマリが抱える病について。
「彼女の体は、ずっと前から……膨大な魔力を生み出し続けているの。年々その量は増えて、自分の体に蓄積しすぎて……命を、蝕み始めていた」
それを抑えるため、サルサの“秘術”が使われていた。
「彼女は……サルサ様のサナトリウムで、余分な魔力を吸い取ってもらっていたの。吸血鬼の力でね」
けれど最近、アマリは少しずつ自力で魔力を外に流せるようになってきた。そう、本人は話していた。
そこへ、ふわりと風が舞うように、ビュアンが現れる。
「アマリの魔力はね――まるで巨大なエルフツリーみたい。優しい光と香気を放って、魔物を遠ざけ、精霊を惹きつける」
その言葉に、ノルドはしばらく黙り込んだあと、何かを思い出したようにポンと手を打った。
「そうだ、ビュアン。君にも贈り物があるんだ。……妖精様には必要ないかもしれないけど、僕とおそろいのリュックだよ!」
「ふふ……収納魔法があるから不要だけど――嬉しいわ。ノルドの気持ち、ちゃんと届いたから」
そう言って、ビュアンは小さなリュックを背に背負ってみせた。いつもの無表情の奥で、ほんのりと頬が赤らむ。
「――あら、ノルドに先を越されたわね」
そう言ったのはセラだった。奥の部屋から運んできたのは、小さなドレス。
それはアマリとおそろいの儀礼衣装。水精の色を宿した布に、宝石のような魔石がきらめいている。
「わぁ、パーティドレスだぁ! いいなぁ、ビュアン様着てみて!」
リコが尻尾を揺らしながら、興奮気味に言う。――おそらく、少し自分も欲しいのだろう。
「人間の服なんて着たら……お父様に怒られちゃうかも」
ためらうビュアンに、ノルドは静かに言葉を重ねた。
「これは……母さんが心を込めて作った服なんだ。大切な気持ちがこもってる。……精霊王様には、僕がちゃんと話すよ。だから、まずは――一度、着てみてくれないかな」
その言葉を、ビュアンはずっと待っていたのかもしれない。
「……まったく。ノルドったら」
ふっと肩をすくめながら、そっと手を伸ばした。
※
そして、冬の祝祭を前に、アマリは予定より早くシシルナ島を離れることになった。
迎えに来るはずだったネフェルは、夏祭りの伝聞が広まり、各国から要請を受けて飛び回っているらしい。今は対岸の大陸で式典を終え、アマリの到着を待っているという。
「姉さんも、ノルドに会いたがっていたわ」
「うん、僕たちがいつか、聖王国に行くよ。約束する」
「――きっとだよ」
アマリはノルドの手を、ぎゅっと握った。
ただそれだけのことで、胸の奥がぽうっと温かくなる。
甘く、淡く漂う魔力の香り。アマリの体温が、確かにそこにあった。
けれど、それも束の間。
「……そろそろ、乗船のお時間です」
見かねた執事が、遠慮がちに声をかけた。
「はい。じゃあね、ノルド」
何度も繰り返した別れの言葉を、もう一度。けれど今度のそれは、ほんの少し、大人びていた。
彼女は振り返らずに歩き出す。
タラップをのぼり、風に揺れる聖王国旗を背に、白い船に乗り込んだ。
やがて、港に残された風景の中で――
アマリの香りだけが、静かに残っていた。
そして、冬の風が吹き始めた。
別れの季節が、ほんとうに、始まったのだ。
アマリの声を合図に、従者たちも席に加わった。食卓は一気ににぎやかになる。笑い声が弾け、香ばしい香りが部屋に広がっていく。
食事が終わると、セラが立ち上がった。抱えていたのは、美しい布で包まれた小箱。
「アマリ、これは契約の儀式のお礼に。……私からの、ささやかな贈り物よ」
中身は、セラが手縫いで仕立てた冒険者装束だった。アマリ専用の、ただひとつの衣装。
アマリは深く頷くと、セラの部屋へと向かっていく。
「お待たせしました。どうぞ、ご覧ください!」
勢いよく、リコが声を張り上げた。司会進行のように胸を張る。皆の視線が一斉にアマリへと注がれた。
現れた彼女は――
頭からすっぽりとフードをかぶった、黒一色のローブ姿。全身を覆うそれは機能性に満ちていたが、まるで山岳修道士のように質素で、地味だった。
ノルドがぽかんと口を開ける。
「……ノルド、完全に勘違いしてますね!」
リコがいたずらっぽく目を細める。アマリと目が合うと、彼女は小さくため息をつき――
「もう、リコったら……」
恥じらいと共に、ゆっくりとローブを脱いだ。
その下から現れたのは、精緻を極めた礼装。
ネフェルの祭礼衣装をさらに進化させた、光を帯びたドレスだった。
グラシアスから仕入れた最高級の生地が、風のようにしなやかに揺れ、小さな魔石が織り込まれて、月光のような淡い輝きを放つ。刺繍は霊樹を象り、胸元から全身にかけて、魔力の流れを導くように描かれていた。
誰かが、思わずつぶやいた。
「……なんて、美しいんだ……」
それは、ただの服ではなかった。
アマリの存在そのものを映す、祈りのような装束だった。
「そんなに魔力を出しては……」
ノルドが眉をひそめる。
「大丈夫。むしろ……気持ちが軽くなるくらい」
アマリは優しく微笑んだ。その笑みは、ほんのわずかに、安堵の色を宿していた。
※
夜になり、アマリたちが帰ったあと。
セラは静かに打ち明けた。
――アマリが抱える病について。
「彼女の体は、ずっと前から……膨大な魔力を生み出し続けているの。年々その量は増えて、自分の体に蓄積しすぎて……命を、蝕み始めていた」
それを抑えるため、サルサの“秘術”が使われていた。
「彼女は……サルサ様のサナトリウムで、余分な魔力を吸い取ってもらっていたの。吸血鬼の力でね」
けれど最近、アマリは少しずつ自力で魔力を外に流せるようになってきた。そう、本人は話していた。
そこへ、ふわりと風が舞うように、ビュアンが現れる。
「アマリの魔力はね――まるで巨大なエルフツリーみたい。優しい光と香気を放って、魔物を遠ざけ、精霊を惹きつける」
その言葉に、ノルドはしばらく黙り込んだあと、何かを思い出したようにポンと手を打った。
「そうだ、ビュアン。君にも贈り物があるんだ。……妖精様には必要ないかもしれないけど、僕とおそろいのリュックだよ!」
「ふふ……収納魔法があるから不要だけど――嬉しいわ。ノルドの気持ち、ちゃんと届いたから」
そう言って、ビュアンは小さなリュックを背に背負ってみせた。いつもの無表情の奥で、ほんのりと頬が赤らむ。
「――あら、ノルドに先を越されたわね」
そう言ったのはセラだった。奥の部屋から運んできたのは、小さなドレス。
それはアマリとおそろいの儀礼衣装。水精の色を宿した布に、宝石のような魔石がきらめいている。
「わぁ、パーティドレスだぁ! いいなぁ、ビュアン様着てみて!」
リコが尻尾を揺らしながら、興奮気味に言う。――おそらく、少し自分も欲しいのだろう。
「人間の服なんて着たら……お父様に怒られちゃうかも」
ためらうビュアンに、ノルドは静かに言葉を重ねた。
「これは……母さんが心を込めて作った服なんだ。大切な気持ちがこもってる。……精霊王様には、僕がちゃんと話すよ。だから、まずは――一度、着てみてくれないかな」
その言葉を、ビュアンはずっと待っていたのかもしれない。
「……まったく。ノルドったら」
ふっと肩をすくめながら、そっと手を伸ばした。
※
そして、冬の祝祭を前に、アマリは予定より早くシシルナ島を離れることになった。
迎えに来るはずだったネフェルは、夏祭りの伝聞が広まり、各国から要請を受けて飛び回っているらしい。今は対岸の大陸で式典を終え、アマリの到着を待っているという。
「姉さんも、ノルドに会いたがっていたわ」
「うん、僕たちがいつか、聖王国に行くよ。約束する」
「――きっとだよ」
アマリはノルドの手を、ぎゅっと握った。
ただそれだけのことで、胸の奥がぽうっと温かくなる。
甘く、淡く漂う魔力の香り。アマリの体温が、確かにそこにあった。
けれど、それも束の間。
「……そろそろ、乗船のお時間です」
見かねた執事が、遠慮がちに声をかけた。
「はい。じゃあね、ノルド」
何度も繰り返した別れの言葉を、もう一度。けれど今度のそれは、ほんの少し、大人びていた。
彼女は振り返らずに歩き出す。
タラップをのぼり、風に揺れる聖王国旗を背に、白い船に乗り込んだ。
やがて、港に残された風景の中で――
アマリの香りだけが、静かに残っていた。
そして、冬の風が吹き始めた。
別れの季節が、ほんとうに、始まったのだ。
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる